決意
「こんな形で呼び出してしまってごめんなさいね。どうしても、ラルフがいない時に話をしたくて」
「いえ、大丈夫です」
聖女様はそう言って、困ったように微笑んだ。どうやら、メルヴィンという男の言っていたことは本当だったらしい。けれど出会い頭に殺されかけたのだ、疑うのも当然だろう。
何も言わずに家を空けてきて心配されないかと不安に思っていると、私の代わりを適当に作って来たから大丈夫だと言われてしまった。流石、国一番の魔導士なだけある。
前回と同じ椅子を勧められ、彼女の向かいに座る。私から少し離れたところに、メルヴィンも腰を下ろした。
「早速だけど、本題に入るわね」
「はい」
「リゼットの魂は、私達聖女のものに近いと思うの」
「……えっ?」
私の魂が、聖女のものに近い。突然の信じられない話に、私は今しがた出されたばかりのお茶を零しかけた。
「魔物の黒い魔力に覆われているけれど、うっすらと隙間から見える貴女の魂は、私達と同じ色をしてる」
「私の魂が……?」
「思い当たることはない? 何か力が使えるとか」
「……あ、」
そこで私はふと、一度目、二度目の人生で回復魔法らしきものが使えていたことを思い出していた。そしてそれを伝えたところ、彼女は納得したような様子を見せた。
聖女というのは、一人ではないらしい。今代、国が把握している中で一番力があるのがビヴァリー様というだけで、私のように自覚も認知もされていない人間はいるのだという。
「やっぱりね。きっと力が弱り、使えなくなっていったのは魔物の影響によるものでしょう。ここからは、リゼットの魂が聖女のものだというていで話を進めるわ」
「……はい」
「ラルフの言っていた547年前を調べた結果、魔王討伐との記録があったの。当時の勇者パーティは全滅したものの、相討ちになった、とも書かれていたけれど」
勇者パーティが全滅だなんて。それほどに強く厄介な相手だったのだろう。想像するだけで恐ろしくなる。
「……私はね、実は生き延びていた手負いの魔王が、当時のリゼットを襲ったんじゃないかと思ってる」
そして聖女様は、はっきりとそう言って。視界の端で、メルヴィンの真っ赤な瞳が見開かれるのが見えた。
私もまた息を呑み、次の言葉を待った。
「魔物と魔王の違いは知ってる?」
「い、いえ」
「特殊な能力を持っているかどうかよ。この魔王は時を操る能力なんてものを持っていたせいで、勇者一行は苦戦した末に全滅したみたい」
時を、操る能力。どくん、と心臓が嫌な音を立てていく。
「それにね、私達聖女の魂って魔物にとって何よりも力になるの。何よりのご馳走ね」
「……そんな」
「手負いの魔王が回復するまでの餌として、自身の能力で何度もお前を転生させていた、というのは考えられない? 勇者パーティーが命懸けで負わせたダメージだもの、それくらいしないと回復しなくてもおかしくはないわ」
あくまで私の考えた仮説だけれどね、と聖女様は言ったけれど。私には、それが真実のように思えていた。
「どうしてリゼットに固執するのかは分からないけれど、それほどにお前の魂が特別だったのかもしれないわね。それに人間を一人転生させるくらい、簡単でしょうし」
言葉を失う私に、彼女は続けた。
「私が何故、こんなにも厳重に守られているか知ってる?」
前回も今回も、彼女の周りには大勢の騎士の姿がある。
聖女様という立場だからかと思っていたけれど、どうやら違うらしい。私は首を左右に振った。
「私ね、もうすぐ20歳になるの。人間って、20歳が一番魂が輝くんですって。魔物にとっては食べ頃みたい」
「…………っ」
「きっとリゼットも、毎回そのタイミングを狙われていたんでしょう。お前が20歳になるまでは身を潜めて眠り、食べてを繰り返して、完全回復を待っているのかもしれない。これが私の考えた仮説よ。どうかしら?」
彼女の話は、筋が通っているように思う。むしろそれ以外に考えられないくらいで。
私は「そんな気が、します」と、消え入りそうな声で呟くことしか出来なかった。
「ひっでえ話だな。まるで食用の家畜じゃんか」
「メルヴィン、やめなさい」
聖女様は諫めるようにメルヴィンを睨んだけれど、きっと彼の言う通りだった。
魔物にとっての私は、家畜と同じなのだろう。一番美味しくなる時期まで肥えさせられて、時が来れば当たり前のように食べられてしまう。ただの餌に過ぎない。
それでも、自分がそんな理由で何度も何度も生まれ直しては苦しみ続けていたなんて、信じたくなかった。私の今までの人生は、何だったのだろう。
「何より500年も経っている上に、三度もお前を食べているんだもの。そろそろ復活してもおかしくないわ。復活さえすればもうリゼットに用はないでしょうし、お前が今後転生することもないでしょうね」
──私はきっと、勘違いをしていた。もちろん二度と魔物に食われる辛い思いはしたくなかったけれど、今回がダメでも次回は、という気持ちが心のどこかにあったのだ。
「……今回が、ラストチャンスかもしれないわ」
だからこそ、やがて告げられたそんな言葉に泣き出したくなった。
「そんな魔王が完全に復活してしまえば、ラルフだって私達だって、無事でいられるか分からないわ。むしろ当時よりも力をつけている可能性だってあるもの」
「だろうな、時を操る能力ってなんだよ。やばいだろ」
「何としても食い止めないと」
聖女様やメルヴィンも、かなりの危機感を抱いているようで。彼女は深い溜め息を吐くと、顔を上げた。
「そいつが姿を現すのは、いつ?」
「誕生日の日の、夜中です」
「そう。事前にやって来るのが分かっていることだし、国中の聖女や魔導士を集めて二ヶ月もあれば、封印用の結界を張っておくことは出来ると思うわ」
けれど、と聖女様は続けた。
「リゼットにはおびき寄せるための餌になってもらわなくてはいけなくなるし、安全の保証も出来なくなる」
聖女様の話を聞きながら、そんな気はしていた。だからこそ彼女は、ラルフ抜きで話をしようとしたのだろう。
もちろん死にたくない。死にたくなんてない。けれど私一人の命で、多くの犠牲が出ることはなくなるのだ。それに、あの魔物の恐ろしさは私が一番分かっていた。
間違いなくあれは、世に放ってはいけないものだ。
「でも、ラルフが許すか?」
「あの様子を見る限り、許すわけがないでしょうね」
二人の言う通り、絶対にラルフは許さないだろう。
あんなにも私を想い、守ってくれると言った彼を裏切る形になってしまうと思うと胸がじくじくと痛んだ。それでも。
「その方法で、お願いします。ラルフには絶対に黙ったまま進めてください。その代わり、誕生日までどこか私が隠れて暮らせる場所を用意していただけないでしょうか?」
「それはもちろん、大丈夫だけれど……」
「ありがとうございます。ラルフの元を離れて、誕生日まではそこで過ごそうと思います。私もその、彼を騙したような形のまま一緒にいるのは辛いので」
「……分かったわ。私達も出来る限りのことをしてお前を守るし、仮説が外れていてただの上位の魔物が現れた時には、結界をすぐに解いて討伐するから」
「はい」
やがて、聖女様は「ごめんなさい」と長い睫毛を伏せた。けれど彼女が悪いわけではない。もしも本当に魔王クラスの魔物だったならば、私一人の命で済むなら安いものだ。きっと誰だって同じ選択をする。
今すぐ泣き出したくなるのを必死に堪え、私は唇をきつく噛んだ。泣くのは、一人になってからだ。
──そうして私は一週間後に侯爵家を、ラルフの下を離れる決意をしたのだった。
そろそろ、ヤンデレタグが仕事をし始めます。