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やさしさの行方



「547年前……?」

「はい」


 やけにはっきりとした数字を口にしたラルフに対し、私は首を傾げた。どうして、そんなことが分かるのだろう。


 そんな気持ちが顔に出ていたのか、ラルフは私を見て眉尻を下げ、困ったように微笑んだ。

 

「勇者には、そういう力があるんですよ」

「そうなんだ……」


 一体どういう力なのだろうと気になったけれど、今はそれについて聞いている場合ではない。


 ラルフを疑う訳ではないけれど、それが本当ならば私が思っていたよりもずっと、長い時間が経っていたらしい。


「へえ、勇者ってすごいのね」


 そんな中、聖女様は何故かおかしそうに笑った。


「とにかく当時の文献を見ておくわ。本当に魔王クラスの魔物なら、何か記録が残っているでしょうし」

「聖女様、ありがとうございます」

「いいえ。私の方でも色々と気になることもあるから、また近いうちに呼ぶわね」

「はい、よろしくお願いします」


 気になることとは一体、何だろう。やはり気になったけれど今聞くべき事ではない気がして、私は頭を下げた。


「ビヴァリー」

「何かしら」

「2日後にまた来る」

「はいはい、分かったわ」


 ラルフも聖女様に用事があるようで、どうやら今では駄目らしい。そうして、私達は神殿を後にしたのだった。




 ……魔王クラスの魔物が自分を餌だと認識し、マーキングしているなんて。熊の魔物に襲われた時に向こうがこちらを恐れているように見えたのも、そのせいなのだろうか。


 そして私が何故、そんな魔物に狙われ続けているのか。聖域の力を奪ったという私は一体、何なんだろう。まだまだ分からないことは多く、気は重たくなるばかりだった。


 帰りの馬車に揺られながら、私はひたすらにそんなことを考えていたのだけれど。ラルフは私の手を取り、微笑んだ。


「リゼット様、たとえ相手が魔王クラスの魔物だとしても大丈夫ですよ。僕は魔王だって倒しているんですから」

「……ありがとう」


 ──今私がこんなにも落ち着いていられるのはきっと、ラルフが側にいてくれるお蔭だ。もしも一人きりだったならば不安で怖くて、どうにかなってしまっていたに違いない。


「とにかくリゼット様は何も心配せず、安心して過ごしていてください。明日はまた、一緒に街にでも行きましょう。リゼット様の好きそうな店を見つけたので」


 今日の夕食もリゼット様の好きな魚料理にしますね、なんて言って微笑む彼を見ていると、視界が揺れた。


 ラルフはどうして、こんなに私に優しいんだろう。不安まみれの心に優しさが染み渡り、泣きたくなる。


「本当にありがとう。ラルフがいてくれて、良かった」


 彼はそんな私の言葉に少し驚いたような様子だったけれど、やがて「当たり前のことです」とふわりと微笑んだ。


「リゼット様を守れるのは、僕だけですから」

「ふふ、そうだね」


「絶対に、僕の側から離れないでくださいね。約束ですよ」


 そんな言葉に、わたしはこくりと頷いたのだった。




◇◇◇




 それから一週間後、私はレッドフォード侯爵家の庭園で開かれたお茶会に参加していた。


「お姉様、お茶のお代わりは如何ですか?」

「ありがとう」


 隣では美しい笑みを浮かべたナディアがしっかりと場を仕切りつつも、甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれている。


「ナディア様、良ければこちらもどうぞ」

「まあ、ありがとう。いただくわ」

「あ、ありがとうございます……!」


 一方、招待客である令嬢達は、そんなナディアの一挙一動に頰を染め、悲鳴に似た声を漏らし続けていた。


 ……実はラルフの誕生日パーティーの後、彼女を慕う令嬢達のことについて相談したのだ。すると彼女はあっさりと首を縦に振り、「わかりました」と笑みを浮かべた。


『我が家でお茶会を開いて、彼女達を招きますね』

『わあ、素敵だね。きっと喜ぶよ』

『その代わり、お姉様も参加してくれますか? 私、一人では少し心細くて……』


 ナディアはそう言って、子犬のような瞳で私を見上げた。


 彼女が普段一人でいるらしいのも、実は同年代の人付き合いがあまり得意ではないからかもしれない。


『分かった、それまでに作法とか色々勉強しておくね』

『ありがとうございます。とっても楽しみです』


 そんなやり取りがあって、今に至る。


 憧れのナディアにお茶会に招待され、時折彼女と会話をしている令嬢達は皆、ひどく嬉しそうな様子で。ナディアもまた楽しそうにしており、内心ほっとしていた。


 流行りの化粧品やドレス、最近の社交界での噂話、恋人や婚約者の話など、女性だけの集まりらしい話題が続く。


 思い返せば、こんな風に女性だけで話をして楽しんだ記憶なんてほとんどなかった。つい楽しくなってしまって、私も喋りすぎてしまったと、我に帰る。


 すると隣に座るナディアが、ひどく優しい表情で私を見つめていることに気が付いた。


 同性ながら、思わずどきりとしてしまったくらいだ。


「私しか見れないよう、隠しておきたいくらい可愛いです」

「変なナディア」

「ふふ、リゼット様のお話をもっと聞きたいです」

「面白い話なんて何もないよ」

「ラルフお兄様とのお話でもいいんですよ?」


 すると向かいに座る令嬢達は口々に「ぜひ聞きたいです」「お願いします」なんて言い出した。皆実は私達のことが気になっていたらしく、タイミングを伺っていたらしい。


「ラルフ様って、本当に素敵な方ですよね」

「リゼット様が特別だというのが、こちらまで伝わってきてドキドキしてしまいました」


 そんな言葉に、何故だか顔が熱くなる。


「お二人は恋に落ちた後、婚約されたと聞きました。リゼット様は、ラルフ様のどんなところに惹かれたんですか?」


 いつの間に、そんな設定に。とにかく今もまだ婚約者のふりをしているのだ、ここで否定してはおかしいだろう。


 彼のどんなところに惹かれたのか。仮の婚約者として、ふさわしい答えを考えてみる。


「……ラルフの優しいところが、好きです」


 ──私は元々、嘘は得意ではない。けれどそんな言葉は私が思ったよりもずっと、すんなりと出てきた。


 自分でも不思議に思っていると、不意にごとり、という音がして。振り返った先には、ラルフその人の姿があった。



いつもありがとうございます!このお話も残り半分弱ですので、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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