誕生日パーティー 2
これはよくある「貴女みたいな女に、ラルフ様は似合わないわ!」という展開だろうと、身構えたのだけれど。
「……その、貴女はナディア様と、仲が良いの?」
やがてリーダー格らしい令嬢は、顔を真っ赤にしてそう呟いたのだ。予想外すぎる質問に戸惑ってしまったものの、私はすぐに「仲は良いと思いますけど」と答えた。
すると彼女達の瞳が大きく見開かれ、キラキラと輝く。
「わたくし達、ナディア様とお近づきになりたいんです」
「えっ」
……話を聞いてみると、どうやら彼女達は皆ナディアに憧れているらしい。侯爵令嬢であり魔法学園でも首席、そしてあの美しさ。彼女に憧れる気持ちもわかってしまう。
また、彼女もラルフ同様普段は寡黙で無口で、話しかけづらいのだという。学園でもいつも一人でいるようで、常に笑顔を浮かべてフレンドリーな様子しか知らなかった私は、やはり驚きを隠せずにいた。
そんな中、先ほど彼女と仲良く話をしていた私を見て、こうして話を聞きに来たんだとか。睨みつけているように見えたのは、緊張のあまり顔が強ばっていたせいのようだ。
「ええと、ナディアがもし良いと言ってくれたら、皆で話が出来る機会を作りますね」
「ありがとうございます……!」
そうして彼女達の名前を聞き、後日連絡すると言って解散した。まずはナディアの意志を聞かなければ。
とにかく予想していたような悪い事態にはならず、ほっと安堵した時だった。
「……リゼット?」
不意に聞き覚えのある声が、私の名を呼んだのだ。
恐る恐る振り返ると、そこにはやはりロイの姿があった。彼に会うのは、聖域で魔物に襲われた日以来だ。
「なんで、お前がこんな場所にいるんだ」
そう呟いた彼は、ひどく驚いた表情を浮かべている。
田舎に引きこもっていた私がこうして侯爵令息の誕生日パーティーに参加しているのだ、当然の反応だろう。
「そっちこそ、どうして……」
「付き合いだよ、付き合い。まあ用事があって遅れて、今来たばかりなんだけどな。お前は?」
伯爵令息である彼なら、この場に呼ばれていたっておかしくはない。完全に頭から抜けていたことを悔やんだ。
「聖域が安全じゃなくなったから、今は王都に住んでて……そうだ、おばあちゃんは元気?」
「ああ。流石に今は大人しく家にいるよ。元気だ」
「良かった」
ラルフから家に戻ったという報告は聞いていたものの、こうして元気だという話を聞けて安心した。私はおばあちゃんに何度も救われたのだ。
ロイはおばあちゃんから聞いて私が元貴族ということは知っており、その家に戻ったのだと勘違いしたようだった。
「面倒な集まりとは言え、あの勇者サマの婚約者っていう女の顔は気になってたんだよな。お前はもう見たか?」
「えっ? いや、その……」
「女っ気がないことで有名だったあの男が、ベタ惚れらしいぞ。絶世の美女なんじゃないかって言われてるくらいだ」
「ええ……」
まさかその婚約者が自分だなんて、言い出しにくいにも程がある。しかも絶世の美女だなんて噂が流れているようで、気が重くなった。
世の期待に応えられず、申し訳ない気持ちになる。
とは言え、遅かれ早かれバレることなのだ。さっさと正直に言ってしまおうと、私は口を開いた。
「実はその、私がその婚約者だったり……」
そう告げると、ロイは「は」と間の抜けた声を漏らした。
「面白くもない冗談はやめろよ。あんな田舎にずっといたお前があの、勇者サマの婚約者だって?」
「ま、まあ……」
さっぱり信じてもらえない。どうやら彼は、ラルフが聖域に通い詰めていたことは知らないらしい。
けれど無理に説得して信じてもらう必要もないのだ、このまま適当に流して立ち去ろうと思っていた時だった。
「本当ですけれど、何か? お姉様、この方はなあに?」
私に後ろから抱きつくようにして現れたナディアに、ロイの瞳が驚いたように見開かれる。
「ナディア・レッドフォード……? まさか、本当に?」
流石にロイもナディアの言葉は信じたようで、そんな問いに対して私はこくりと頷いた。
「……いつから、あいつとデキてたんだよ」
「えっ?」
「そりゃあ、ラルフ・レッドフォードなんかと俺じゃ、比べ物にもならねえよな。見向きもされなかった理由も分かったよ。あんな場所に住んでたのは、密会かなんかの為か?」
なんだか、訳の分からない話になってきた。その上、彼は本気で怒っているようだ。これではまるで、彼が本気で私のことを好いているようではないか。
私にくっついたままのナディアは、耳元で「この男、私の魔法で黙らせましょうか?」なんて言っている。
「……俺はお前が、誰のものにもならないから諦めたんだ」
「ロイ?」
「それなのに、こんな……!」
やがて悲痛な表情を浮かべたロイがそう呟き、私へと乱暴に手を伸ばした時だった。
「何をしている」
伸ばされた腕が、私まで届くことはなくて。いつの間にか側に来ていたラルフが、ロイの腕をしっかりと掴んでいた。
ラルフの美しい瞳は、ぞっとするほどに冷え切っている。
「今、リゼット様に触れようとしたように見えたが」
「……っ俺は、こいつと元々、」
「やめとけやめとけ。死ぬぞ、お前」
そう言ったのは、ラルフの後ろからひょっこりと顔を出したメルヴィンというあの魔導士だった。
先日彼に殺されかけたのを思い出し、思わず後ずさった私を見て「流石に俺も、こんな場所じゃ何もしねえよ」と苦笑いを浮かべている。さっぱり信用できない。
「それにしても、どいつもこいつもこの化け物女の何がそんなに良いんだ? 趣味悪すぎるだろ」
「ば、化け物女……」
「メルヴィン、お前も死にたいのか?」
ラルフに思い切り睨まれた彼は「はいはい、スミマセン」と棒読みで言うと、やがてロイへと視線を向けた。
「お前、マジで殺されたくなきゃさっさと失せろ」
「…………っ」
「家族は大事だろ?」
そんな言葉に対しロイは悔しそうな表情を浮かべると、あっという間に背を向け立ち去っていった。
「……あの」
「俺はお前を助けた訳じゃない、あの男の命を助けたんだ。俺は人間には優しいからな」
メルヴィンという男はそんなよく分からないこと言い、小馬鹿にしたような表情で私を見下ろしている。
ラルフはこちらに向き直ると、私の手を取った。先程の冷ややかな様子が嘘のように、柔らかい雰囲気を纏っている。
「リゼット様、大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう。ラルフこそ大丈夫なの?」
「はい」
「おい嘘つくな、全然大丈夫じゃねえだろ。こいつ、偉いおっさんの大事な話の途中でいきなり飛び出してったからな。俺もだるかったから、便乗してついてきたけど」
全然大丈夫じゃなさそうだ。ラルフは私がいることで、全く社交に集中できていないようだった。
「ごめんね、気を遣わせて」
「リゼット様は何も悪くありません!」
「そうです!お兄様が勝手に暴走しているだけですから、お気になさらないでください。あんな男、お兄様があと一秒遅ければ私が吹っ飛ばしていたのに、余計なお世話です」
慌ててそう言った二人を、引いたような表情で見つめていたメルヴィンという男は「そういや」と口を開いた。
「来週、ビヴァリーが戻ってくるらしいな」
「……そうなんですか?」
「ああ。今聞いた」
「そのようです。リゼット様、一緒に会いに行きましょう」
「うん、ありがとう」
思っていたよりも早くやってきたその機会に、嬉しいような怖いような、複雑な気持ちになる。
けれど前に進むためには、死なないためには必要なことなのだ。ラルフにも聖女様にも、感謝してもしきれない。
そんな私に向かって「大丈夫ですよ」とまるで子供をあやすように優しく呟いたラルフの手を、私は無意識のうちにきつく握り返していたのだった。