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ずっと一緒にいるために



「実は国王から、王女との婚姻を勧められそうなんです」

「えっ」


 ラルフが、王女様と結婚。突然のスケールの大きすぎる話に、私は驚きを隠せずにいた。


「勿論そんなつもりはありませんが、断っては間違いなく角が立ちます。むしろ両親にも迷惑をかけてしまうでしょうから、断ること自体無理かもしれません」


 どうやら第三王女が彼を気に入っているらしく、かなり乗り気なのだという。そんな状態で断れば、間違いなく彼が言う通り角が立つだろう。


「ですから、リゼット様には婚約者としてパーティーに参加していただいて、僕には既に心に決めた方がいるというのを広めたいんです。長年貴女を想っていたせいか僕は女性に興味がないと思われているようですし、すぐに広まるかと」

「……な、なるほど」


 ラルフの言いたいことは分かった。彼にはお世話になっているのだ、力になれることならば協力したいけれど、流石にその役回りは荷が重すぎる。


 その上、仮とは言え婚約者だというのが広まれば、間違いなくお互いの今後にかなりの影響が出てしまうだろう。あの義母達だって、黙っていないはずだ。


「その、少しだけ考えさせていただいても……?」

「勿論です。よろしくお願いします」


 ラルフはそう言って、ふわりと微笑んだ。




◇◇◇




「ご挨拶が遅くなり、申し訳ありません。お初にお目にかかります、リゼット・アシュバートンと申します」


 緊張しながら間違いなく下手なカーテシーをすると、侯爵夫妻はすぐに「顔を上げて」と声をかけてくれた。


「初めまして、リゼット。会いたかったよ」

「ええ、ええ。よろしくね」


 ……あれから数日後、領地にいた侯爵夫妻は王都の屋敷を訪れていた。私はメイド達にばっちり身支度をされた後、ラルフやナディアと共に早速挨拶をしている。


「とても綺麗な方じゃないか。流石だな、ラルフ」

「はい。リゼット様は世界一お美しいですから」

「本当に素敵な方なんですよ、お父様」


 お願いだから本当にやめて欲しい。私という人間のハードルが上がりすぎている。この兄妹は恩義を感じすぎているあまり、かなり私が美化して見えているに違いない。


 それにしても、ぽっと出の謎の伯爵令嬢の居候など嫌がられるかと思っていたけれど、驚くほどに受け入れムードだ。


「ラルフやナディアがずっと君を探していたのを知っていたから、私達も嬉しいんだよ」

「そうですねえ、二人もとても幸せそうだもの」

「はい。これ以上ないくらいに」


 ナディアはそう言うと、するりと私の腕に自身の腕を絡めた。驚くほど甘い良い香りがして、どきりとしてしまう。


 そんな彼女を見て、ラルフが「リゼット様に触るな。僕ですらまだ、そんな風に触れさせて頂いたことがないのに」と低い声を出した。何を張り合っているんだろうか。


「ははは、二人は本当にリゼットのことが好きなんだな」

「もちろんです」


 侯爵夫妻は、そんな二人を微笑ましいといった様子で見つめている。とても穏やかな方々のようだ。


「なんだか大変な事情があると聞いたわ、これからは私達のことを本当の親だと思って頼ってね」

「ありがとう、ございます」


 本当の親だと思って、という言葉に引っかかる。いくら優しい方でも普通、そこまで言ってくださるだろうか。


「それで二人は、いつ婚約するのかしら?」

「…………?」


 そんな中、とんでもない質問をされた私は変な声が出そうになるのを必死に堪えつつ、侯爵夫人を見つめ返した。


「お母様、リゼット様は危ない目に遭われたばかりなんです。そういうお話はいずれ落ち着いてからで」

「あらまあ、そうねえ。ごめんなさい、浮かれてしまって」


 するとすかさず、ナディアが斜め上のフォローをしてくれた。ちょっと待って欲しい。一体どうして、今後私とラルフが婚約するようなていで話をしているのだろうか。


 ちなみにラルフの婚約者として誕生日パーティーに参加するという件も、保留にしてもらっているままだ。とは言え、いくら考えたところで嫌なのだけれど。


 とにかく、しばらくの間お世話になりますと頭を下げれば、夫妻は「もちろん」と微笑んでくれたのだった。




◇◇◇




「リゼット様は本気で四ヶ月後にこの屋敷を出て行くおつもりのようですけど、どうされるんです?」


 リゼット様を部屋へと送り届けた後、私は兄の部屋のソファに深く腰掛け、そう問いかけた。


 向かいに座る兄は恐ろしいほどに無表情で、リゼット様を前にしている時とはまるで別人のようだ。むしろこの状態が彼にとっては普通なのだけれど。

 

「……どうすればいいのか、分からない」

「ひとつしかないでしょう」


 私がはっきりとそう言えば、彼は顔を上げた。


「リゼット様に愛されるんです」

「……僕が?」

「他に誰がいるんですか」

「リゼット様が、僕を……」


 そんなことなど考えたことすらなかった、とでも言いたげな表情を浮かべる兄に、溜め息が漏れた。


 私の兄は、おかしい。


 人の感情というものに異常に疎い上に、リゼット様以外には一切興味がなく、それ以外は本気でどうでもいいと思っているようだった。唯一、私にだけは情はあるようだけれど。


「お兄様がうかうかしている間に、リゼット様が他の男性を好きになったらどうするつもりなんです?」


 その瞬間ばきりと大きな音がして、視線を移せば兄の座っていた椅子の手元が大破していた。再び溜め息が漏れる。


「ここは田舎ではありません。若い顔の良い男だっていくらでもいるんです。リゼット様だってお年頃なんです。そのうちの一人くらいを好きになるのは当たり前ですよ」

「…………」

「その方と結婚すれば、赤の他人、それも男性であるお兄様となんて関わることはできなくなるでしょうね」


 ばきり、とまた椅子が悲鳴を上げた。


「……絶対に、嫌だ」


 当たり前だ。ずっとずっと探し求めていた彼女と再会したというのに、他の男にかっさらわれてしまうなんて、許せるはずがないだろう。兄も、そして私も。


「そうでしょう? それならばリゼット様に愛され、お兄様の側を離れないようにしていただかないと」


 そうすれば私もずっとリゼット様の側にいられる。私一人ではきっと、彼女をこの場所に繋ぎ止めることはできない。


 両親に関しては、彼女が未来の侯爵夫人として至らない点があれば、一生涯私がカバーすると既に説得してある。あと必要なのは、リゼット様のお気持ちだけだ。


 リゼット様の事情も本人から軽く聞いているけれど、この兄ならば何とかしてくれるだろう、という確信があった。


「リゼット様を、愛しているんでしょう?」

「ああ」


 そう呟いた兄の瞳は、はっきりとした熱を帯びていた。


「僕は、彼女だけをずっと想ってきたんだ」


 ……兄が彼女に向ける感情が恋心なのか愛なのか、執着なのか、はたまたそれ以外の何かなのか。私にはわからない。


 彼がリゼット様へと向ける感情の大きさは異常だ。度が過ぎている。もちろん、私が言えたことではないけれど。


「幸い、お兄様には地位も名誉も素敵なお顔もあるんです。どうか死ぬ気で頑張ってくださいね」


 リゼット様を繋ぎ止めてさえくれれば、私はそれでいい。



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