表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/37

プロローグ



「ああ、そうだ。今履いてる靴もあげる。ほら、この爪先の辺りの宝石とか、少しは薬代の足しになるでしょうし」



 私は両足の靴を脱いで軽く払うと、小さく骨ばった手のひらにそっと乗せた。もっといい靴を履いて来れば良かったなんて思いながら、素足になった爪先をドレスの裾で隠す。


「そんな、靴までなんて……貴女が困られるのでは、」

「大丈夫大丈夫、私のことはいいから。気にしないで」


 少年はひどく申し訳なさそうな顔をしているけれど、私としては全く困らないから、本当に気にしないで欲しい。


 今から行くのは畑しかない田舎なのだ。こんな上等な靴、持っていたってカビを生やして捨てることになるだけ。それならば、売り払ってお金にして役立てて貰ったほうがいい。


 ──私、リゼット・アシュバートンはこれから死ぬまでずっと、聖域と呼ばれるド田舎に引きこもるのだから。


 ちなみに聖域という響きは素敵だけれど、魔物が出ない森と畑があるだけ。そこで農業をして、静かに暮らす予定だ。


 そこへ向かう途中、馬車の窓から見えたのがこの孤児らしき兄妹だった。二人とも痩せこけているけれど、問題は妹の方で。小さな身体に浮かぶ斑点には見覚えがある。


 ()()()()()()()、妹がかかり命を落とした病だった。薬さえあれば死ぬことはないのに、貧乏で買うことが出来ないまま命を落としたのだ。


 そんな姿を見ていたら、私の腕の中で苦しみながら死んでいった妹と被り、つい放っておけなくて。気が付けば馬車を停めるよう指示していた。そして身につけていたアクセサリーを薬代にと、彼らに渡したのだ。


 大事にしていたこのネックレスも、どうせ二度と身に着ける機会なんてないだろう。私はネックレスを侍女であるリアラに渡すと、彼女は不思議そうな顔で私を見つめた。


「なぜ、私に……?」

「あの子たちだけでは舐められて、詐欺に遭うかもしれないもの。だからリアラ、あなたがついていってあげて。私はここから先、一人で行くから」

「何を仰るのです! お嬢様お一人にさせる訳には、」

「大丈夫よ、普通はみんな一人で行くものだし」


 そう、私はこれから修道院に入る……ことになっている。


「本当は、王都に恋人がいるんでしょう? 私は大丈夫だから、どうかその方と幸せに暮らして」

「…………っ」

「その代わりと言ってはなんだけど、この子達をたまにで良いから、気にかけてあげて欲しい」


 リアラは瞳に涙を溜め、何度も頷いてくれた。彼女は私が心配だからと、修道院にまで付いて来てくれようとした心優しい女性なのだ。どうか幸せになって欲しい。


 元々、途中で適当な理由をつけて彼女を自由にするつもりだったけれど、ちょうど良かった。


「貴族の方、ですよね」

「まあ、そうね」


 そんな中、兄らしき少年は私をじっと見上げた。ひどく汚れているけれど、その顔立ちは整っているように見える。


 年齢は私より少し下、というところだろうか。


「──ゆうしゃ」

「えっ?」


 そんな彼を見ていると、突然そんな言葉が口から溢れた。同時に、言いようのない恐怖が込み上げてくる。なんだか嫌な予感がして、私は「もう行くね」と声を掛けた。


「絶対にいつか、貴女を見つけてこのご恩を返します」

「本当に気にしないで。人生ってのはね、少しくらい自分勝手に生きた方が絶対いいんだから」


 そう告げると彼は息を呑み、アメジストによく似た瞳を見開いた。そんなにも、驚くようなことを言っただろうか。


 私は呼吸の荒い少女の頭を撫でると、リアラになるべく早く医者に見せるよう告げ、そのまま馬車へと乗り込んだ。



「……あーあ、そろそろ長生きしたいな」


 そんなことを独り言ち、窓の外へと視線を向ける。リアラも少年も、泣きそうな顔で私を見つめていた。どうか、皆私のことなんてさっさと忘れて、元気で過ごせますように。


 けれどそれからしばらく、少年がまっすぐに私へと向けていた紫色の美しい瞳が、頭から離れなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ