魔法少女に告白した翌日からクラスの根暗男子がこちらを見てくるんだが~根暗と蔑まれた彼は学園一の可愛さを持つ魔法少女でした~
初めまして! 俺の性癖をくらえ!
よく透き通る空だった。遮るものがない蒼天は余すことなくその蒼さを発揮している。どこか遠くの喧騒も、足早に脈打つ鼓動も、空の向こうに吸い込まれそうだった。
「あの……」
手の中が、じっとりと汗をかいていた。それは、七月に入り、徐々に増している暑さの所為か、はたまた緊張によるものか。
いずれにせよ、俺は続いて言葉を紡がなければいけなかった。
「俺、砂上 雪平って言います! 東鳴高校の二年です!」
慣れない敬語も、この瞬間のために少しだけ練習したものだ。持ち前の目つきの悪さをカバーするように、出来るだけ笑顔を意識して、目の前の彼女を見る。
「今日は、お話があって来ました!」
瓦礫の山に一人立ち、此方を見下ろす紅い眼はその銀色の長い髪も相まって、吹雪の中に居る兎を想起させた。この陽気の中でも、彼女の周りはとりわけ涼し気、というよりは寒々しく、まるで冬の空気を纏っているかのようだ。
それは、髪や目だけでなく首に巻かれた長いマフラーも一つの原因となっているだろう。紅いマフラーは、黒を基調として構成された服装の中ではひどく目立って見える。まるで、自分が生き物であると言わんばかりの証明として流された血のように、モノクロの容姿の中でも強く目を引く。
身を竦ませる様な風が、彼女のマフラーと、髪を小さく揺らした。否、それは寒々しい風などではない。夏が当の昔に到来したことを知らせる暖かい風だ。
このまま彼女の目を見ていると、自分が冬の寒空の下にいるように錯覚してしまう。それほどの非現実感を振り払うには、そして今から放つ言葉のためには、勢いが必要であった。
「俺とッ!」
後手に隠していた物を見せる。
「付き合ってください!」
それは、花束だ。
真っ赤に咲き誇る薔薇。街中を探し回り、最も綺麗なものを見繕ったはずだった。自分の情熱と愛を伝える為にはこれしかないと、短絡ながらに考えた結果だ。
しかし、彼女の体にとぐろを巻く紅を見て。次に射抜かんばかりに見つめるその瞳を見れば、その薔薇の色はどこか作り物めいてくすんで見えた。
しかし、今更引っ込めるわけにはいかない。
もう、突き出してしまったのだ。愛の言葉と共に。
一世一代の大博打。俺の人生を左右する告白の答えは――
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「はぁ……」
窓から吹き込む爽やかな風をも腐らせる、そんなため息が口から出た。今の俺にとって、端的に言って世の中はカス。ごみ同然である。
そんな底辺の価値観を持つ俺のため息に、前の席から声が掛かった。
「あれあれ? どうしたんすか雪平。随分とテンションが低い様子ですが、まさかお腹減ったんすか? まだ二時限っすから、今は耐えないと駄目っす!」
そう言って、人の好さそうな笑みを浮かべるのは俺の唯一の友、飯尾 拓だ。全体的にふっくらとした彼は、その丸々とした体同様、性格も丸く、柔和。その殆どが正反対の男だった。ちなみに頭は俺の方がかろうじて良い。
「空腹でそんな絶望をするのはお前だけだ。俺は違う。」
「ならどうしたんすか? ……あっ、分かった。マジックロジックの今月号買い忘れたんでしょう? おっちょこちょいっすねー!」
拓は勝手に決めつけ、愉快そうに肩をバシバシと叩く。その姿に少しだけイラっとした俺は、言うよりも見せつけたほうが早いだろうと雑誌を借りることにした。
「おい、今月号ちょっと貸せ」
「はいっす。もう、あれだけ好きなのにどうして買い忘れることがちょくちょくあるのか俺には理解できないっすねー。好きな物なら並んででも入手するのが俺の流儀っすから」
「はいはい」
拓から雑誌を受け取る。ややファンシー目な字体でかかれたマジックロジックというタイトルは、これが本来はどの層に向けたものなのかを表していた。しかし、そんな事はお構いなしに、ぱらぱらとページをめくる。そして、俺はあるページの見出しに手を止めた。
【東鳴市に10年ぶりに魔法少女が登場! その正体に迫った三日間】
仰々しい見出しの文句を見て、思わず鼻で笑ってしまう。その程度の日数でわかるわけがないだろうと、俺はこの記事の担当者を内心で毒づいた。
俺は彼女が初めてこの街に姿を現した五月三日からずっと追っているんだ。年季も熱量も違う。そう言ってやりたい。
「これ、見てくれよ」
そう言って記事を見せる。
拓は、その記事を見て最初は興味深そうに、しかし、徐々に興味を無くしたようになり、最後は適当に流して読んでいた。
「ああ、これはにわかもにわかっすね。書いてる奴誰っすか。もしかして新人さん?」
「いや、副編集長」
「あー、あの人っすか。自分の興味がある魔法少女の記事なら馬鹿みたいに詳しく書くんすけどね。今回はお気に召さなかったんすねぇ」
「俺あの人のアンチになるわ」
「身内から厄介アンチ出したくないので、どうか抑えてくださいっす」
拓は立ち上がった俺の肩を抑え、再び席へとすとんと座らせる。
「でも納得いかねえよ。この子は、ラピッドハートはなァ、黙々と街を守り続けてなァ、感謝も見返りもなくても、一人でなァ!」
「ファンでも厄介とか本当にどうしようもないっすね」
「でも、それだけ好きなんだよ! だって、あんな健気に街を守ってよォ、おまけにすごくかわいいし、強いんだぜ? 好きにならないやついる? いるなら俺が括る」
「括るって何をっすか。その顔で言われると冗談も冗談に聞こえないんすから、やめてください」
「……? 冗談ってなんだ」
「存外本気だぞこの人!?」
当たり前だ。あれだけ魅力的な彼女を好きにならない人なんていない。だから、誰かが告白する前に告白して、そして……。
「……ぐすっ」
「えっ、嘘。なんで泣いてるんすか? 情緒、安定してるっすか?」
「ラピッドハート、俺じゃだめだったか……?」
思い返すだけでも、辛い。
あの後、ラピッドハートは此方を暫くの間見つめ、そして――何処かへ跳んで行った。つまり、俺は見事に大玉砕したわけだ。
その翌日に、どうして陽気に学園生活を送ることができようか。
「ああ、ついにやったんすね」
拓が納得したように、そして呆れたようにして言った。
「やったよ! 髪もバッチリ決めて、花束持って! んでもって、ちゃんと聞こえるように叫んだよ!」
「それで結果は?」
「無言で逃げられた」
「ハイ、おしまい」
ぱちんと両手を叩き、茶化すように拓が言う。
「てめぇ……」
「いやいや、待ってくださいよ。なーんで僕がこんなに睨まれなければならないんすか」
「あきらかに面白がってるからだろ」
「そりゃ面白いっすよ。だって、普通魔法少女に告白しませんから。分かってるっすか? 相手、魔法少女。イコール、アイドル。オーケー?」
「オーケーじゃねえよノーサンキューだ」
「懲りない人っすねぇ」
「何度断られても俺は諦めない。だって、俺はラピッドハートの事が好き、いや大好き……愛しているんだからなァ!」
「うーん、お手上げっすねこれは」
拓が芝居がかった口調で言いながら、首を横に振る。
その時だった、
――ガタッ
突然、俺の後ろにいたクラスメイトが勢いよく椅子から立ち上がったのだ。
「あ?」
俺は思わず後方を見る。しかし、そこには既にクラスメイトの姿はなく視線を彷徨わせれば、既に廊下へと出ていく所だった。急ぎの用事だったのだろうか。
「なんだ、急にどうしたんだ」
「さあ? トイレじゃないっすか? もうすぐ休憩時間終わるっすけど、そのタイミングで尿意襲来みたいな?」
「ああ、それは慌てるわ。大変だなぁ」
「顔真っ赤だったっすから、きっとよっぽどの尿意っすよ」
「顔真っ赤にするレベルの尿意って急に来ることあるのか。こわ」
俺には、後ろの席の奴がどうにかトイレに間に合うようにと祈ることしかできない。と、そこで一つ気が付いた。
「そう言えば、俺の後ろって誰だ?」
「え? 急におかしなこと言わないでほしいっす。最後にどんでん返しがあるタイプの怖い話?」
「違う。叙述トリックじゃねえ。そう言えば知らねえなって思って」
「いや……いやいや! 嘘っすよね? このクラスになってもう三か月経つんすよ!?」
驚いたように、拓が言った。確かに少し変かも知れないが、そこまで驚くことでもない気がする。
「灯台下暗しだな」
「はぁ」
「そう呆れたような顔するな。ほら、俺興味ないならとことんどうでもいいタイプだし」
「でも、クラスメイトの事くらいは知っておいてほしいっす。興味がない事でも、いつかは巡り巡って自分に関わるかもしれないんすから」
「うっ、お前にしてはまともなこと言うな」
「当然っすよ。僕はクラスメイトのことはちゃんと覚えてるっす! 白川さん、時田さん、新寺さん――」
そうして次々と指さながら名前を言っていく拓。俺はその中で一つ、どうしても指摘しなければならない点を見つけた。
「どうして全部女子なんだ?」
「は? もしもヒロインになった時、名前呼べなかったらいけないっすから。女子の名前から覚えるのは当然の事っす」
「うっわ」
「万感の意を込めた『うっわ』っすね今の」
「お前も大概だよ」
「はぁ? 覚えてないよりはマシっす。あ、雪平の後ろの子は日下部 冬稀って名前っす」
席を指さしながら拓が教えてくれた。冬稀という名前なら、男と女の2パターンが考えられる。
「……女?」
「男っす。見えてなかったんすか?」
「ああ、ちょうど出ていったところだったからな。今までも意識したことなかったし。なんて言うんだろうな、影が薄いというか、地味というか」
そもそも、誰とも話している姿を見たことがない。本当にいるのか、それすらもわからない程に気配がないクラスメイトだ。後ろにいる、ということは分かっても、それ以上の意識は出来ない。そんな印象を持つ。
「クラスじゃ既に根暗って言われてるっすよ」
ひそひそと、耳元で囁かれた情報。それは、あまり聞きたくない情報だった。
「ちなみに、雪平は狼男って言われてるっす」
「えっ」
ひそひそついでに、拓はとんでもない爆弾を耳元でぶちまける。
「俺はオタクって呼ばれてるっす……」
「それはまあ、予想できるわ」
「えっ」
「えっ?」
俺たちの間に暫しの沈黙が流れる。
その静寂を最初に破ったのはやはりと言うべきか拓だ。
「まあ、そんな訳でこのクラスでは基本的に触れちゃいけない三男子として扱われてるっすよ、僕ら」
「えっ、それ俺も?」
「勿論」
「……そうか」
「凹んでるっすか」
「少し」
「まあ、俺も聞いた時は愕然としたっす。三神みたいでカッコいいって」
「お前強いな」
「メンタルにスキルポイント振ってるっすから」
そう茶化すように言って、拓は笑った。その笑顔は、本心からそう思っているというなによりの証左であり、彼の性根の強さを物語っていた。
「お前みたいに強く能天気に生きたいよ。そうすりゃ、三男子なんて言われずともすんだかもな」
「いや、たぶん雪平はその目つきの悪さと言うか、口の悪さというか……」
「生まれつきじゃねえか……」
心とかそういう問題ではない部分が理由で俺は頭を抱える。
「あと、たぶん女子同士の不可侵と言いますか。私も触れないからお前も触れんなよ、みたいな意味で敬遠をしていたら、みたいな……」
「不可侵……? 何言ってんだ?」
「こいつ本当に腹が立つな」
「えっ、ちょっとどうした。なんでキレてんだ?」
「自分の顔、どう思うっすか?」
「怖い」
「それだけ?」
「おう」
「もういいわ。どぶ落ちろ」
「辛辣だなオイ!」
「あー、いいなぁ。狼男さんは本当に羨ましいなぁ」
「やめろ、わざとらしいんだよお前」
「……まあ、根暗よりはマシっすけどね」
今までの雰囲気とは違った様子で拓が言う。明るさは消え、どこか後ろめたさのようなものすら感じる言い方だった。
「どういうことだ。なんかあるのか?」
「ああ、アイツはっすね――」
拓の声が、チャイムでかき消される。口の動きだけではわからず、俺はもう一度聞いた。
「すまん、もう一回頼む」
「……いや、止めとくっす。雪平には言うべきじゃ無かったから。自分の不用心さにちょっと反省っすね」
「言うべきじゃ無いってどういう――」
「ほら、先生来たっすよ」
「お、おう」
拓にそう言われて俺は慌てて教科書をだし、授業の準備をした。
既に拓は前を向き、話す気はないようだ。
(結局なんなんだ)
もやもやを残したまま授業が始まった。
その授業中――
(気のせいじゃない、よな?)
俺は一つのある事に授業そっちのけで意識を割いていた。いや、割かれていたと言ったほうが正しいだろう。
(なんか、後ろからめっちゃ視線感じるんだけど!?)
突き刺すという表現がこれほど正しいことがあるだろうか。それほどまでに、確かに視線を感じていた。
(アイツから話を聞いたから意識しちまってんのか?)
否。断じて否。
(絶対見られてだろコレ。嘘、どうして? 何かやっちまったか?)
一時になってしまったらもう駄目だ。
(振り向きたい……! けど、それでもしも目が合ったら気まずいなんてレベルじゃねぇぞ……!)
俺は結局、その授業の間を、妙なむずむずと共に過ごしたのだった。
▼
2021年。目まぐるしく変わる景色、情勢、人々。しかし、それでも変わらないものもある。
それが魔法少女。
有史以来、人々を魔の力より守り続けてきた存在。希望と光の象徴。
今もなお、彼女はたちは闇と戦い続けていた。
これは、そんな永く続く戦いの一つの終わり。その始まりの、物語。
一番最初にあったのは、なんてことのない少年の告白と花束だった。
少しでも期待していただけたら、評価のほどをお願いします。