第3話 焦点の歩(しょうてんのふ) 戦略編
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私以外の方がご覧になっている事実、震えるくらい嬉しいというのは本当なのですね。
重ねて、お礼を申し上げます。
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焦点の歩
相手の駒が複数利いているマスに歩を打つこと。
いずれの駒で歩を取っても形が崩れることが多く、また飛車や角が利いている場合には、その利きが止まってしまうこともある。
(引用:「将棋講座ドットコム」https://将棋講座.com/手筋/焦点の歩.html)
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とある公園の青空の元、今日も戦が行われている。
ゴールデンウィークという時期らしく、人はわんさかとジョギングしたり、バドミントンやサッカー、野球などしたりして楽しんでいる。
少し離れたところでは、煙がもくもくと流れている。
おそらく、バーベキューを楽しんでいるのだろう。
木々の青々しい葉が風によってゆらゆらとざわついている。
その葉たちのいたずらか、日陰ができたりできなかったり。
暑さ、涼しさもちょうどいい。
なんと、この盤面以外の平和なことよ。
生きることは戦うことだと誰かが言っていたような気がする。
そんな殺伐とした中、心の羽を休める日などあってもいいだろう。
人よ、よく休み、よく生きるのだ。
もっとも、スポーツやバーベキューなど私と縁があるはずもない。
私は歩。
見上げれば、多くの人間の目が我々と盤上を眺め、固唾を飲んでいる。
戦況は序盤から中盤に差し掛かったところだろうか。
私はいつも角将軍の前に布陣しているので、敵に捕まる回数が多い。
今日もまた、飛車先の歩の交換のため、生贄になったのだ。
将棋で「開戦」と言われるのは、だいたい歩の交換をしてからである。
将棋には「序盤」「中盤」「終盤」がある、
「序盤」は、次の2つで進められる。
攻めのための飛車の位置を決める「戦法」をお互いさぐる。
決まったところで玉を詰まされないよう「囲い」をつくる。
攻め方と守り方を決める。これが「序盤」だ。
「終盤」は、お互い玉の詰ませ合いになるのでわかりやすい。
駒の向かう先が玉に近づいていくからだ。
問題が「中盤」だ。
どこからどこまでが「中盤」なのか、対局中はなかなかわからない。
「中盤」のひとつの目安として、「相手の陣形を崩す」がある。
目標として、相手より駒をたくさん取る。相手の囲いを弱くする、が挙げられるだろう。
恋愛に例えれば、
「序盤」は異性と知り合う。
「終盤」は告白するためのデートを準備、実行。
「中盤」は、コンタクトをとって、仲よくなることだろう。
この「中盤」が本当に難しい。
将棋は勝ち負けのつく「終盤」が大事だとよく言うが、私に言わせれば、その「終盤」にさしかかるための「中盤」がかなり重要だと考える。
結局、将棋も恋愛も「ミスが命取り」となるのだ。
・・・・話が逸れた。
さて、私は今捕虜になり、かつて敵だった駒台に置かれている。
最初に捕虜になったのは私だった。
つまり、「中盤」は私が引き起こしたといっていいだろう。
私が原因でけんかが始まった・・・?
なんということだろう!
この事実に気づいてしまった、この瞬間の責任の重圧を感じられずにいられようか。
常に周囲に気を配ることを忘れず、調和を第一と心がけていた私が、こともあろうか不協和を生み出すきっかけとなってしまった。
いくら指令に従ったとはいえ、私の良心がさいなまれるのは当然だ。
癒しが欲しい。
今回は次の出番がなかなか来ないので考えてしまうことがかなり多い。
誰かに相談しようにも、駒台には私以外だれもいない。
これはなかなかに辛い案件だ。
そうこうしているうちに、戦況が少々動き出してきた。
今の味方は、どうやら攻めに向かっているらしい。
敵の角、飛車、銀、桂馬のいるとても守りの方そうなところを崩そうとしている。
こちらも飛車、角、銀と攻めは豊富だが、1枚足りない。
長い静寂が走る。
周囲の人間もどう攻めていくのか、期待を込めたまなざしで盤上を見つめている。
そして、我が大将が指令を出した。
私の出番だと。
準備を努め、指令通りに移動する。
今回は必殺のエクスカリバーを持たせてもらえなかった。
敵陣に向かうにも関わらず、いい武器を持たせてもらえない。
その不安を胸に抱きつつも、指令は絶対だと足を進めていく。
指令の紙を頼りに「3三」と書かれたところに布陣する。
よし着いた。
水筒に手をやり、一口含んでから周囲を見渡す。
な、なんということだ。
目の前には飛車将軍、右斜め前に角将軍、その後ろに桂馬大尉、そして、私の後ろに銀少佐がいる。
獅子身中の虫、ではないか。
私は歩。
確かにただの一兵である私の価値は低いのかもしれない。
しかし、だからと言って、こんな無謀なところに放り込むなんて駒をなんだと考えているんだ!
どうしようもない怒りが込みあがってきたものの、指令は絶対であり、守らない選択肢はない。
すがる思いは、この出撃にきっと何か意味があるのだろう、そう信じることだった。
敵の動きが止まった。
周囲の駒達は怯える様子はないが、真剣に私を見つめている。
誰が捕まえるか、それを考えているのだろう。
それくらいは私にもわかる。
しかし、動く気配がない。
不意に後ろに目をやる。
銀少佐もじっと私を見ている。
彼女に何故、そちらは固まっているのか、尋ねてみた。
「君を捕まえるのは簡単にゃ。飛車、角、桂馬のどれでもいいにゃ。だけど、角、桂馬で君を取ると、その次はうちが捕まるにゃ。歩の君と銀の私、交換は損にゃ」
なるほど、と深く感心する。
うちの大将すげぇ。
「なら、飛車で私を捕えればいいではないですか?」
と、率直に聞く。
「きっと、そうなると思うんだけど、飛車は角で取られるにゃ。その先をうちの大将は考えているにゃ」
私を取った先を今考えるなんて、私には到底できない思考能力だ。
「・・・・取り合いになるんですね」
「そうにゃ」
「中盤」がはじまったきっかけは私なのに、それが大取物に繋がるなんて、どう責任を取ればいいものか。
そして、飛車将軍が私の前に近づいてきた。
「捕まってもらおうか」
「謹んでお請けします」
そうだ。これでいい。
捕虜になることで責任を果たそう。
拷問でもなんでも受けて、罪を償えば良い。
そして、許しを請うのだ。
「さぁ、こちらへ」
案内された相手の駒台。
次に言われたことは
「俺のために頑張ってくれよ!」
と、裏切りを促す甘い言葉だった。
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