表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

夫を地獄へ

人は死ぬ。

誰にでも必ず死はつきまとう。

生きたいという最上級の願いさえも奪われて。

幸せになれないなど。なんと不幸な。

なぜ人は怪我をする。なぜ人は心を病む。

全ては神の御心のままに。

世界は動く。回る。くるくるくるくる。

回る世界に…回って止まらない世界を生きる悩める人に私は…


そうだ。『 』



俺には俺だけの生き方がある。

昔、この日本から見て西の国で奴隷と同然の扱いを受ける少年から聞いた言葉である。

差別があってはいけない。

差別されてはいけない。

誰にでも幸せになる権利があって誰にでも生きる権利がある。

幸せになりたいという欲望を抑えることなく…ただ幸せになりたい。

だから守る。生きる権利を。

私は思った。なんと素晴らしき考え。

しかし、後日少年は疲労で死んだ。

守りきれなかった生きる権利。

守りきれなかった幸せになりたいという夢。


「して。今日はどのようなご要件で」

「はい。“志道さん”。今日は私の夫を…」

「はい」

「地獄に…!行かせてやってください…」

「ほお…。地獄へ?心理的に…?それとも…」

「物理的に」


年配の女は前かがみで私に詰め寄った。


今、私はいわゆる何でも屋を営んでいる。

表向きは“志道書店”。そう本屋だ。

その主人であるのが私。性別は男。見た目は20代半ば、それか…見ようによっては後半ほどだろうか。名は志道と名乗っている。

書店は連日人が押し寄せ大盛況。休む暇もないと言ったところか。

ん?どこからか視線。窓際からか。

見ると1匹の黒猫。名は…はて…?なんだったか。

ああ、シデだ。“確か本人がそう言っていた。”しかしなんだその目は。確かに大盛況とまではいかぬがそれなりに収入はあるであろう。お前の飯も…いや。失敬。

そのような目で見てくれるなよ。

冗談はさておき…


「なるほどなるほど。して。どのような経緯がおありで?」

「夫は、義彰は…もう歳です。先が長くありません。

だから…だからせめて安らかな死を。より早い死を…!」

「なぜ…天国ではないのでしょう」

「夫は天国には行けないのです。

昔、人を殺めました…幼い、男の子でした。夫は偶然だとの一点張り。たまたまだと。誰かを失う悲しみは計り知れません。私もそうだった…」

「つまり私に夫を殺す依頼を持ってきた訳で。

ご要件は以上でよろしいですか?」


年配の女、今回の依頼人である近藤様ははい。と答えると「これが夫のいる病院です。こちらが病室」と地図を指さした後、メモ帳にその病院名と住所、病室の番号を書き記し私に差し出した。

酷く色の悪いシワだらけの手であった。

私は女をじっと見つめた後、メモを受け取り懐に入れる。

クマのある目であった。


「夫は認知症を患っています。息子だと言い張れば怪しまれないでしょう」

「息子が1人おありで…?」

「…。ただ息子だと。病院にもそう言い張ってください。

報酬は全てがそつなく終わったら…多めにお支払いします」


そう言って近藤様はこの店を後にした。

階段を降りる足取りは見た目のわりにしっかりとしていた。

店前には1台のタクシー。

近藤様がお呼びになったのだろう。

私は店先まで出てタクシーに乗り込む近藤様に頭を下げる。

おっと。忘れるところであった。


「近藤様。一つお伺いしたいこと…が…」


見上げた時には近藤様を乗せたタクシーは走り去っていた。

ふむ。もう一つ聞きたいことがあったのだが…。

まあ、よい。

依頼部屋に戻ると机には1つのティーカップ。

近藤様にお出ししたものだ。しかし1度も口をつけられることなく冷めてしまった紅茶。私は一人がけの椅子に座りティーカップを眺める。ふむ。


「おいでシデ」

「なぁ」

「猫のふりかい?珍しい」

「にゃあ」

「いや、違うな…。今君は猫なのか」

「なぁ」

「茶が余ってね。飲んでくれて構わないよ。なぁに君が死ぬことは無い。既に普通の猫ではないのだから」


猫は窓際からか降りてきてテーブルにのるとペロペロと紅茶を舌を使って器用に口に入れる。

ぴちゃぴちゃという音と差し込む夕日。

私は一時その光景を眺めたあと近藤様からいただいた紙を懐から取り出し眺めた。


「なるほどなるほど。諸塚の病院、か。

まだ面会時間を過ぎてないと良いのだが」


私は店じまいの看板を表に出すと緩い着物の上から羽織を羽織った。

準備は万全。タクシーを呼びそれに乗ってゆくとしよう。

しかし。よくよく考えてみればこの服装はいかがなものか。

近藤様のお歳は見て取れるに70ほど。

息子としていくのであれば40や50そこらの格好をするべきではないだろうか。

私は急ぎ3階に上がり服を選んだ。

1階は書店。2階は客間に依頼部屋。

そして3階が私の私室と仕事部屋というわけだ。


「やはりポロシャツであろうか。

いやしかし…オックスフォードシャツ…にコートを羽織るという手も…」


10分後。


「なんとも面倒くさい。スーツで良いではないか…」


スーツほど年齢を気にせず着れるものはないだろう。

今、私は一般社員。そしてこれから会社帰りに父親の見舞いに来た一般社員になるのだ。

長い階段を降り書店の入口とは別のドアから外に出る。

その時全身鏡に私がうつった。

なんとも見目麗しい男がそこに立つ。

しかし…。ちと若すぎだな。


「ふむ。見た目も変えてゆこう」


鏡を一撫でするとそこには“志道さん”はいなかった。

して。これは長い長い物語。

人との繋がりを見せる1人の男とシデ…

そして依頼人の物語。


「それでは行ってきます」


バタンという音に猫は顔を上げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ