9、蘭子、異世界でバイクを改造するってよ
少年の名はオーザック。街はずれにある工房に住んでいる少年だ。鉄の馬-蘭子のバイクに興味を持ち、噂の少女を探しまわり運よく見つけて声をかけてきたのだという。
蘭子はこの世界の工房に興味を持ち、見せてくれる代わりにバイクを見せることを約束した。
昼休憩が終わるとアイリは観戦のために戻ることになった。別れ際にアイリは華芽の勝利を祈ってくれた。
「この世界の神よ、英雄よ、ご先祖さまよ、私の中のビブレズム鉱石よ、かの者に勝利を与えたまえ」
華芽は蘭子から一緒に工房へ行こうと誘われた。大会は参加者が多いため初戦だけで一日を費やす。午前中に試合を終えた者は午後には出番がないのだ。それでもレッツはライバルたちの戦法を知るためにも午後は試合を観戦するべきだと教えてくれた。
これに対し、蘭子は
「すぐ戻ってくるって」
華芽も観戦に乗り気ではなかったので、蘭子とともに工房を見学することになった。
オーザックに連れられ、華芽とピョンナ、蘭子は街はずれにやってきた。そこに彼の工房はあった。工房は彼の父が残してくれた物だという。
オーザックは王国の技術研究所に就職したかったものの、そこは学者やアカデミー出身の人間しか働けない場所で、彼は別の工房で下働きをして生計を立てていると言う。それでも好奇心は人一倍なので、最近になって現れた鉄の馬を是非、この目で見てみたいそうだ。
「へぇ、これがこの世界の工房か。道具はそろってるけど、やっぱり旋盤とかの工作機械は無いのな」
キョロキョロと見回す蘭子にオーザックがすがる。
「さっそく鉄の馬を見せておくれよ」
「ああ、いいぞ」
「それから分解させて」
ごんっ、と蘭子はオーザックにゲンコツをくらわす。
「痛い痛い」
「当然だろ。痛いことしたんだ。オメぇが痛いことされるようなこと言うから」
「見せてくれるって言ったじゃないか。中身を見ないと見たことにならない」
「屁理屈垂れるな」
一方、華芽とピョンナは退屈してしまった。工房を見ても面白いと思えなかったのだ。やっぱり会場に残って午後からの試合を観戦していたほうが良かったかも、と思う。
すがりつくオーザックに蘭子は見るだけだぞ、とバイクを出して見せた。
「すごい、これが噂の鉄の馬。キレイな表面だな。ん? 触り心地が鉄とは違う。では鉄の馬ではないのかな」
「どいてな。変形させてやる。ゲキトゥム!」
「すごい。自動で人型になった。中にバネが仕込んであるのかな。うしろから伸びた配管が前に向いてる。なんだろう」
「そこから火の玉が出んだよ。この前それで悪人どもを懲らしめた」
「すごい! 一体どういう構造してんだろう」
「説明の前に、なぁ、ちょっと頼みがあるんだけど」
蘭子はゲキトゥムをバイクに戻すと側面を指した。
「サイドカーにしたいんだ。そっちのほうが三人いっぺんに乗れるからさ」
「サイドカー?」
「そっか、知らないんだっけか。バイクの横にタイヤのついた椅子のようなモノをつけたいんだ」
「側車か。う~ん」
「そう側車。この工房で側車を作ってバイクにくっつけてもらえないか」
「この鉄の馬、結構いい金属で出来てるね。だからこそ噂にあるように、馬よりも早く走っても壊れないんだと思う。側車の部分だけ木材や鉛で作ってもなぁ」
「そこに良さげな金属があるじゃんかよ」
蘭子が肩越しに親指を向けた方向には、金属製の盾が壁に立てかけてあった。
「だめだめ、あれはデンラインメタル製の盾なんだ。希少な代物で親父が王国の騎士からお下がりでもらったもの。いわば家宝なんだよ」
「そうか。側車の底面にするのにちょうどいい大きさだと思ったんだけどな。簡単な設計図ならアタシが作るし、あの盾さえ使えれば他の部分は安い金属や木材でもいい気がするんだ」
「それにしたってお金だってかかる。安請け合いは出来ないよ」
二人のやり取りを見ながらも、やはり退屈になった華芽。ピョンナなんてウトウトしている。華芽も少し休みたくなって布のかかった台のようなモノに寄りかかった。しかし台ごと倒れてしまった。
「イタタタタ。なにか倒しちゃった。ゴメン……ってこれ。見て、そっくり」
それは木材で作られた自転車だった。側面は板で覆われていてチェーンは見えないものの、ハンドルやペダル、サドルだってある。蘭子も覗きにきた。
「自転車じゃねーか。この世界にもあるんだな。でも街では一度も見なかったぞ」
これにオーザックは答える。
「当然さ。自転車は王国の騎士が急ぎの連絡や任務があるときに使う乗り物だからね。なんでも異訪人の知識を元に作られたっていうよ。でも内部の構造は板で隠されていて分からないんだ。記憶を頼りに外見だけでも再現してみたものの、やっぱり動かないね」
板を外して見せてもらうとチェーンが無かった。これではペダルを踏んでも前には進まない。これを見た蘭子はオーザックに提案する。
「なぁなぁ、自転車のことを詳しく教えてやるよ。そのかわりサイドカーの件、なんとかならないか」
「自転車を知ってるの?」
「ああ、アタシらの世界では幼稚園児ですら自転車に乗ってるからな。自転車のことはよくわかる」
「ヨウチエンジがどういった官職がわからないけど……じゃあ僕でも自転車を再現できるんだね」
「おうっ」
「う~ん、わかった。蘭子も協力しておくれよ」
「もちろんだっ」
その後、蘭子とオーザックの会話はおおいに盛り上がった。会話に入れない華芽はピョンナを心に戻して、会場に帰る事にした。
「アイリが応援してくれるんだもの、明日も勝たなきゃ」
会場にやってきた華芽は一般観覧席にやってきた。参加者といっても試合の様子を見るにはここしかない。
空いている席はないかとあたりを見回すと……華芽は息を飲んだ。
人混みの中に、自称優しいお兄さんがいたのだ。
「あのっ、お兄さん」
華芽に声をかけられたお兄さんは、つい昨日会った友人のようなノリでこう言った。
「やあ、初戦突破おめでとう」
「あ、ありがとうございます……そうじゃなくって」
「ん?」
ああ、この場に蘭子がいてくれたらお兄さんに上手く質問攻めするんだろうなと思ったが、そうは言っていられない。
「扉を開けたらこの世界に飛ばされるし……ヌイグルミは動きだすし、愛梨そっくりのお姫様はいるし……その……この世界は、お兄さんは何なんですか。目的は?」
お兄さんは微笑んだ。あのときと同じ笑みだ。
「キミはこの世界が好きかい?」
「好きです」
「よかった。即答できる子が来てくれて」
華芽はアイリがいるこの世界が好きだ。アイリが愛梨に似ているからではない。今ではアイリも好きだ。もちろん愛梨だって好きだがアイリも好きだ。
しかし華芽には聞きたいことを聴いていない。
「お兄さん、質問に応えてよ」
「僕の仕事は会いたがっている人間同士を遭わせること。そして死ぬべきではない人間を生かすこと、かな」
「えっと?」
「でも、あの子は僕のミスでこの世界も嫌いになってしまうかもしれない。救ってくれると嬉しい」
「あの子?」
「僕はこちらの世界では何もできない。できることは三人がこの世界で楽しく生きることを願うだけだよ」
そのとき、華芽を呼ぶ声がした。振り向けばレッツとイセラナが立っていた。
「こんなところにいたのかよ。ちゃんと午後の試合は一発目から観てたのか?」
「華芽さん、じゃなくて華芽。何かありましたか」
華芽が視線を戻すと、もうお兄さんの姿はなかった。三人と言うのは自分とレッツ、イセラナのことだろうか。
困惑している華芽を余所にレッツが次の試合を見るように促してきた。
闘技場に目を向けると、黒髪のロング、眼鏡の少女が佇んでいた。対戦相手は筋骨隆々、背は家の天井まで届きそうな大男。武器は彼の背丈もありそうな剣だ。
「あんなヤツが優勝しても合う鎧なんて無いだろうな」とレッツ。観客は女の子が可哀相だの、結果が見えるからトイレに行ってくるだの言っている。そんな中、華芽は少女に異様な感じをおぼえた。
「あの子、もしかして……」
「なんだか可哀相ですよね。華芽もそう思いますか」
イセラナの言葉に華芽は返さず、ただただ少女を見つめた。
ジャッジが試合開始を告げた。対戦相手は剣を高く掲げながら突進してくる。少女はつぶやく。
「出てきなさい。シュバルト」
ボンっという音とともに、ネクタイにワイシャツとスラックス、白衣をまとったスラリと背の高い黒猫があらわれた。まるで頭だけが猫の男性といった風体。猫は白い手袋をした手で少女から投げ渡された剣をつかむと、風のような速さで対戦相手とすれ違った。
すると対戦相手の防具、服は粉々に破れ、手首からは大量の血が溢れた。相手は悲鳴とともに剣を落とす。
少女は顔色ひとつ変えずに言った。
「今すぐ手当てをすれば、数ヵ月後には剣を握れるようになるはずよ。今すぐ手当てをすれば、だけど」
対戦相手は負けを認め、ジャッジは少女を勝者とした。
「この勝負、直江菜和美の勝ち」
少女――菜和美は黙って翻すと闘技場をあとにした。同時にボンっという音とともに黒猫の姿も消えた。
「あの子、やっぱりそうだったんだ」
華芽は闘技場に続く廊下へと走った。その廊下で華芽は菜和美のうしろ姿を見つける。
「待って。直江さんだよね。私、同じ学校の花岡だよ」
華芽の学校で常に成績一位を取っていた直江菜和美。同じクラスでないものの、廊下で何度かすれ違ったことがある。学校では顔が広くない華芽でも記憶に残っている少女だった。
「直江さんもこっちの世界に来てたんだね」
菜和美は黙っている。そこへレッツとイセラナが遅れてやってきた。
「華芽、やっぱりその人は異訪人なのか。じゃあ黒い猫の人は守護獣ってことか」
「もしかして華芽さ……華芽のお知り合いですか」
ここで初めて菜和美が振り向いた。
「花岡さん、だったっけ。もう仲間ができたんだ。楽しそうでいいわね」
「え?」
「本当に、あなたはいつも楽しそう」
いつも楽しい? たしかにこの世界に来てからの華芽は楽しい。だが、かつていた世界では、ましてや菜和美と同級生になった中学生からの生活は、寂しさや辛さを押し殺している時間のほうが多かった。
ワケがわからない華芽は菜和美の目がこちらを睨んでいる、いや、寂しげなことに気付いた。
「もしかして直江さんも家出したの?」
菜和美は顔をしかめた。そして
「あなたも大会に出ているのよね。でも優勝するのは私よ。シュバルトの力が戦うだけのものだとは思わないことね」
そう言うと、菜和美は去っていった。