8、王国騎士・魔法士選抜大会
王国騎士・魔法士選抜大会初日。街は祭りさながらの騒ぎだった。飲食店はこぞって会場周辺に店を出し、王都の外からは貴族、庶民問わず観戦しにやってくる。民が心待ちにしていた王国あげてのイベントなのだ。
会場の王族控室。アイリは執事姿の少年に責められていた。
「ひどいですよ姫殿下。また僕に影武者をしろって言うんですか。この前も夜になるまで影武者をやらされるし」
「あの日は友達と焼き肉を食べていたものでして」
「城下に出て焼き肉を食べる姫君なんて聞いたことありませんがっ」
少年の名はクレン。姫殿下の執事の一人であり、端正な顔立ちと華奢な体格からアイリの影武者を勤めさせられている。アイリに似ているわけではないが、王国第四技術研究所が作った高性能カツラや特殊メイク、特殊部隊仕込みの声色変化のおかげで、女装をすればアイリに見えなくもない。
ただ、本人はこの影武者役はおおいに不服のようだ。
「長時間姫殿下のふりをするこちらの身にもなってください」
「でも、クレンのお姫様姿はとっても可愛いですよ。ねぇ」
アイリがメイドたちに同意を求めると、メイドたちの口元には笑みがあふれだした。美少年が女装させられ、毎回あたふたしている様子が滑稽なのだ。
そこへ執事のリシュテルがやってきた。
「姫、そろそろ開会式のお時間です。移動を」
「わかりました。今年の大会は特別なモノ。観戦も気合を入れなければ。クレン、私は途中で抜け出そうと思うので、そのときは影武者をよろしくお願いします」
「ええっ、今日もやるんですか」
嘆くクレン、また女装が見られるとばかりに顔を見合わせる若いメイドたちを背に、アイリは観覧席へ向かった。
大会が始まり闘技場では剣士、魔法使いたちが一対一で戦いをはじめた。ついに華芽の順番が回ってきた。
控室からゲートを抜け闘技場へ進む。周囲は高い壁に囲まれていて、階段状の観覧席から多くの客が見下ろしている。まるでコロッセオだ。
華芽は床から一段高くなっている闘技場に上った。対戦相手は長い槍を構えた大柄の男だ。
大会のルールには対戦相手を殺してはいけないというものがある。武器は殺傷能力が低いモノ、木刀や切れ味の悪い刃物がベストなのだが、大抵の参加者は使いなれた武器を用意する。
男の槍もギラリと光り、斬りつけられれば大ケガしそうな代物だった。ルールはあるものの、殺さなければ反則にならないという捉え方をする者が多いようだ。
華芽は脇に携えた剣を抜き、構えた。出場すると決めてから今日まで、レッツから剣の手ほどきを受けてきたのだ。むしろレッツのほうから勝手に剣術の指南に乗りだしたと言ったほうがいい。レッツいわく
「華芽はピョンナに戦わせようとしてるんだろうけど、相手は絶対に華芽を狙ってくる。華芽自身が強くならなきゃ大会では勝ちあがれないぞ。それとピョンナの巨大化は決勝戦まで取っておけよ。そうしないと観戦している次の対戦相手に対策を練られちまう。そのためにも華芽が強くなるしかないんだ」
そう言われて、しごかれた。ただ、これっぽっちも上達しなかった。
「レッツったら、師匠ヅラしちゃって」
それでもアイリのために、大会を勝ち上がりたいと思うのが華芽だ。
ジャッジの試合開始の合図とともに華芽はピョンナを出現させた。対戦相手の男はもちろん驚き、観客席からもざわめきが起きる。
ピョンナはハンマーを構えると男に向かってまっしぐら。
「剣士と思ったら魔法使いなのか? おかしな魔法を使いやがる」
男はピョンナのハンマーをひらりとかわすと、華芽めがけて突っ込んできた。
「術者をやっちまえば、こっちのもんだ」
華芽は剣を強く握った。緊張で剣先が震える。
ここ数日でレッツから注意されたことを思い出した。華芽は転んだり攻撃を避けたりする度に剣を落としてしまう。そのたびにレッツは怒った。
「剣を放すなよ。手放した瞬間、こちらの攻撃手段は無くなっちまう。ましてや剣を相手に投げつけるなんて言語道断だ。そんなの剣士の剣術じゃない」と。
「でも、転んだら痛いじゃん。攻撃されたら驚くじゃん。剣落とすじゃん。それに私、剣士じゃないよ」
男が槍を振り上げ華芽に襲いかかる。
「でもさ、剣以外なら、投げてもいいってことだよね」
今まさに華芽に斬りかかろうとする男は、後方からの衝撃を受けて倒れ込んだ。うしろからピョンナがハンマーを投げつけたのだ。ハンマーは男の後頭部を直撃。そのまま気絶してしまった。
この試合、華芽の勝利。観覧席は歓声に沸いた。
観客席の一角ではネイガス魔法院の出場選手らが華芽の試合を見ていた。
「あれが異訪人」「召喚なんてずるくないか。実質、二人で出場しているもんだ」「そもそも剣士や魔法使いでもないのに出場していいのかよ」「どんな攻撃をしてくるのか見当つかない。こんなのフェアじゃない」
ネイガス魔法院の面々が不満を漏らす中、少女の一喝がその場を黙らせた。
「お黙りなさい! 騎士団に入団したのち、もし未知の異魔獣と戦うことになったらどうしますの。実戦ではフェアだの多勢に無勢などとは言っていられませんのよ。異訪人との戦いが怖いのなら、すぐにでも棄権なさるべきですわ。対戦相手を選り好みするような者に王国の騎士は勤まりませんもの」
ジャスティーナだった。面々は反論できない。それでもジャスティーナの表情は曇ったままだ。
「あれが異訪人の守護獣。先日焼き肉店で同席していた珍妙な生き物があれほど強いだなんて。これは何かしらの対策を練らなければいけませんわ」
正午をまわれば大会も一時休憩となり、参加者や観客は昼食を取りはじめた。
華芽とレッツとイセラナは会場脇の芝生で、応援に来たミューラとともにお弁当を食べていた。そこに遊びに来た蘭子も参加。サンドイッチにがっつくピョンナの横でイセラナが言う。
「華芽……じゃなくて華芽さん……あれ、華芽でいいんだ。華芽、初戦突破おめでとうございます」
「イセラナこそ初戦突破おめでとう」
「この前の異魔獣との戦いで少し自信がついたんです。どうにか光の壁を相手の正面に出すことくらいは出来るようになりました」
試合中、イセラナは光の壁10枚を同時に展開。そのうちの小さな一枚が走ってきた対戦相手の足元の出現し、対戦相手はバランスを崩し、足がもつれて偶然にも闘技場の外へと転んでしまったのだ。ルール上、場外へ落ちることも敗北だ。
「それにしても、オレは……」
落ち込むレッツ。レッツだけが初戦敗退だった。そんな彼の背中を蘭子がばしばしと叩く。
「そう気にするなって。また来年頑張ればいーじゃねえか。アタシ、去年の夏休みの宿題、ほとんど手をつけてなかったんだけどさ、来年こそは頑張ろうと思って、すがすがしい気持ちで新学期を迎えたぞ。アハハハっハ」
「ワケわかんねーよ」
蘭子は華芽と出会った翌日から、よく寄宿舎に遊びに来ていた。すっかりレッツやイセラナとも仲良くなっている。レッツは蘭子に言った。
「どうして蘭子は出場しないんだよ。蘭子の守護獣も強いんだろ?」
「それがさ、昔っから運動会とか試験とか苦手なんだよ。この大会って選抜試験みたいなもんなんだろ。なんだか気分が乗らなくてさ」
「なんだそれ」
芝生で昼食を取る一同に、帽子を目深に被った少女が声をかけてきた。
「こちらにいらっしゃったのね。よかった。見つけられて」
アイリだった。
「アイリ、ここに来て大丈夫なの?」
華芽は心配する。王族は庶民が足を踏み入れることができないであろう、一番上の観覧席で試合を観戦していたのだ。昼食だって、警備がいき届いたところで食べるに違いない。
「大丈夫。影武者にまかせてきましたから。私もご一緒してよろしいですか。簡単なものですがみなさんの分のランチも持ってきたんです」
華芽たちは王室のシェフが作ったというランチをごちそうになった。ミューラが作ってきたお弁当もあったので、すべて食べきれるか不安だったが、ピョンナとレッツのやけ食いで食べきることができた。
アイリは華芽の勝利を心から喜んでくれた。
満腹になったピョンナとともに蘭子は芝生に寝転んだ。
「やっぱりアタシも出場しとけばよかったかな」
どうして? と聞く華芽に蘭子は答える。
「だって華芽、いろんなやつから声をかけられてたろ」
初戦突破した華芽は、数人の商人や貴族から用心棒にならないかと声をかけられていた。たとえ優勝しなくても、その戦いぶりからスカウトを受けられるのがこの大会の特徴だ。
「私は断わっちゃったけどね」
「あーあ、職がもらえるなら大会でひと暴れしとけばよかったな。今からでもゲキトゥムを出してランチャーバズーカをブッ放してみるかな」
「それはダメだよ」
「誰か声かけてくれないもんかな」
そのとき
「あ、あの。鉄の馬を操る人ですよね」
眼鏡をかけた少年が蘭子を訪ねてきた。