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7、夕焼けこやけと友達追加

 店に戻った一同。二人から皿洗いの一件を聞いたアイリはポシェットから数枚の金貨を出すと、店主に二人を解放してほしいと頼みこんだ。店主はアイリの飲食代を含めてもお釣が来るだろうと言ったが、アイリは、お釣りは誘拐未遂の迷惑料だと微笑んだ。


「見てみろよ華芽、あの子のカバン、金貨が何枚も入ってたぞ。きっとイナカから出てきた貴族なんだろうな。だから強盗に狙われたんだ」


 相手はこの国のお姫様であることを言おうとする華芽に、アイリは人差し指を顔の前に立て「ナイショです」とウインクした。


「さてお二人とも。私は意外にも王都の繁華街には疎いんです。助けてくれたお礼も兼ねて一緒に観光しませんか」


 これは聞いた蘭子は華芽を小突く。


「な、やっぱり田舎から出てきたんだ。アタシたちもこの街のことはわからないし、似たもの同士で遊ぶとしようぜ」


 三人とヌイグルミは王都を巡った。華芽が飲みたがっていたジュースのお店、数十年前の異訪人と11人の仲間たちが魔獣王を打ち倒した際に建てられた終戦記念館、街並みが眺められる観光塔などなど。


「バイクが3人乗りなら移動も楽なんだけどな。根性で3人乗れないかな」

「それは危ないよ」


 蘭子がぼやきに、華芽の指摘。アイリも蘭子に話しかける。


「守護獣は異訪人の大切なモノが二つ合わさって生まれると聞きます。バイクという乗り物が蘭子の守護獣だとわかりましたが、元はなんなのですか」

「バイクはバイクさ。こっちの世界に来てからなぜかゲキトゥムに変形できるようになった」


 意味がわからず、華芽とアイリは顔を見合わせる。蘭子は続ける。


「ゲキトゥムって知らないか。兄貴が子供のころに放送してたロボットアニメなんだけどさ。兄貴が作ったプラモをお下がりにして、子供の頃のアタシはお人形の代わりに遊んでたんだよ。家出する時、持ってきたんだけど、この世界に来たら消えてた。んで、バイクが変形したらゲキトゥムになった」


 華芽のピョンナと状況が違うが、二つの大切なものが組み合わさっているに違いない。


「だからロボットみたいな戦い方なんだね」と華芽

「私も幼いときはお人形で遊びました。お二人の世界では男女問わず年長者から頂いたものでお人形遊びをするのですね。大切なモノを受け継がせる。素敵な文化だと思います」とアイリ。


 ああ、盛大な勘違いが始まってしまったと思う華芽であった。


 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、夕日が王都を包みこんだ。オレンジに染まる西の空を、丘陵の公園から三人で眺めていた華芽は、これからもこんな時間があれば幸せだなと思った。


 そして気付いた。今の自分は愛梨がいなくても楽しんでいたのだ。愛梨には申し訳ない気がした。だけどアイリと蘭子、ピョンナと一緒に過ごした時間が楽しかったのも確かなのだ。複雑な気持ちになり、気付くと華芽は涙をこぼしていた。


 アイリと蘭子は驚いて理由を聞くが、華芽は嘘をついた。


「夕日がすごくきれいで泣けてきた」


 アイリは華芽をギュッと抱きしめた。


「あ、アイリ?」

「助けに来てくれたとき、華芽は泣いている私を抱きしめてくれました。だから今度は私の番です」

「うう……好き」

「私もこの夕日を一生忘れませんよ。みんなで歩いた繁華街、美味しいスイーツ、それらを守るためなら命をかけられます。ああ、今日まで生きていて良かった」

「大げさだよ」

「今日のことは死ぬまで忘れぬ自信はあります」


 足元ではピョンナが羨ましそうに二人を見ていた。アイリが手招きすると、ピョンナは二人に飛びついて抱きしめてくれた。


「さあ、蘭子も、こちらへ」


 アイリは蘭子も誘うが


「いいよアタシは。恥ずかしいだろうが。勝手にやってろよ」

「いいえ、仲間はずれはいけません。もはや蘭子は友達です。さぁ、ご一緒しましょう」

「蘭子、遠慮しなくていいんだよ」

「や、やめろ、それ以上近づくなよ。大声出すぞ。そういうの苦手、うわっ」


 華芽とアイリは蘭子に飛びかかった。




「もうやめろよなー、次やったらぶっ飛ばすからなー」


 蘭子は涙目で訴える。華芽とアイリはくすくすと笑いながら


「これで全員泣いたことになるね」

「そうですね」


 三人は住宅街を歩いていた。この先にアイリの行きたい店があるという。唐突に声をかけられた。


「やっと見つけましたわ!」


 見ればジャスティーナが息を切らせて立っていた。


「華芽といいましたわね。どうしてこのジャスティーナ・テイルシュテインの決闘申立てを無視しますの! 急にいなくなるものだから、市場をくまなく探して、レッツのガオネス道場に行って、もしかしたら先に向かったのかと考えてネイガス魔法院に行き、もしかしたら鉄の馬に轢かれたのかと医院に行き、高いところなら見つけられるかと閃いて観光塔を登り、それでも見つからず街をくまなく歩きまわって、ようやく見つけましたわ!」

「それは……とてもお疲れ様です」


 恐縮する華芽。ジャスティーナはアイリに気付くと驚愕した。


「あ、あなた様はまさか」

「テイルシュテイン……ああ、辺境のテイルシュテイン伯のところの末弟さんのお嬢さんですね。思い出しました。たしか5年前のパーティ以来になりますか。ご無沙汰しております」


 アイリはぺこりとお辞儀した。ジャスティーナは慌てて深々と頭を下げると華芽と蘭子に詰め寄った。


「どうしてこのお方と一緒にいますの? なにゆえ仲良い感じで歩いてますの? どのような手段を用いて知り合いましたの?」

「えっと、扉を開けたらいたっていうか」

「悪いヤツらを懲らしめたら友達になった。んで観光塔とかに行った」

「ワタクシだって観光塔をさっき……って、アイリーン様と、と、友達ですって。なんて怖れ多い!」


 ジャスティーナは口元を手で押さえてよろめいた。蘭子は少し怒る。


「なんだよ、アイリは友達を作ったらいけないのか。オマエは友達じゃねーのかよ。昔なじみなんだろ」


 アイリは沈みかけた夕陽に向かって言う。


「今日はせっかくの友達記念日でしたのに。残念です」

「アイリは友達になりたいって言ってんのによ。つまんねーな。アタシらだけで店に行こうぜ」

「あ、あ、お、お待ちになられて! ワタクシでよろしければ是非ともお友達に」


 ジャスティーナが手を差し出すと、アイリはギュッと握り返した。


 アイリに連れられて3人とヌイグルミがやってきたのは、牛の各部位や野菜を鉄板の上で焼くスタイルのお店、いわゆる焼肉屋だった。


「どうして異世界に焼き肉店があるんだろう」

「わかんねー」


 戸惑いながら席につく二人に、アイリはふふっと笑う。


「ここはかつて、魔獣を率いる魔獣王を打ち破った異訪人様のお仲間の一人が、騎士を引退後、異訪人様から教わったという牛肉の美味しい食べ方を再現できるよう設けたお店なんです。この店でお肉を焼くのはシェフではなく私たちなのですよ」


 運ばれてきた肉と野菜と水が5杯。アイリは箸を器用に使って肉を焼きだした。


「まさかアイリが異世界のお姫様で、そのお姫様が目の前で焼き肉を焼くなんてな」


 蘭子はアイリが焼いてくれたお肉を頬張りながら言った。先ほどジャスティーナからアイリの身分を教えられたのだ。


「隠すつもりはなかったのです。でも、もし身分を明かしたら距離を取られるのではないかと不安で」

「驚いたけど、もう友達だから平気だ。お姫様と友達になるなんてスゲぇーなアタシ。なぁ」


 話を向けられたジャスティーナは緊張して箸に苦戦中だった。


「そ、そうですとも。アイリーン様、このジャスティーナのことを第一の家臣だと思って存分に頼ってくださいまし」

「それじゃあ友達じゃねーだろ」


 華芽はアイリから焼き肉が盛られた小皿を受けとる。


「それにしても、こんなに早くアイリと再会できるとは思わなかったよ」

「私もです。公務で忙しくて。普段は城の者や騎士に囲まれていて、こんなふうに肩肘張らずに話せるのは嬉しいんです」


 華芽は思う。もし自分が騎士になればずっとアイリの近くにいられるかもしれない。同じ世代の女の子が近くにいれば、公務で疲れたアイリの心も少しは楽になるかもしれない。


「私、大会に出てみようと思う。もし騎士になったら、ずっとアイリの側にいられるよね」

「大会では怪我をするかもしれません。騎士になれば異魔獣と戦うこともあります。華芽を危険な目に遭わせたくない」

「それでもアイリと一緒にいたいって言ったら、イヤ?」

「そ、それは……」


 肉が焼かれ、ジュージューと音を立て、やがて黒ずんでいく。アイリは俯くしかなかった。得意の微笑みができない。これまでにないほど心が弾んでいき、口角が上がっていくのがわかった。


 友達の前とはいえ一国の姫だ。こんなにニヤけた、だらしのない顔は見せられない。でも思いは伝えたい。アイリは焦げた肉を頬張った。にがい。


「アイリ?」華芽の声。


 肉を噛みしめる。にがい。にがくて顔が引き締まる。平静さを取り戻す。これなら顔を向けられる。いつも通りに微笑み、喋ればいい。肉を飲みこんでアイリはきっぱりと伝えた。


「それは、この上なく嬉しいですね。でも無理はいけませんよ」

「じゃあ決まりだね。私、出場する!」


 肉がいつの間にかなくなっていた。ピョンナが生肉のまま食べてしまったのだ。


「ピョンナ! お肉返してよ!」と華芽。

「これで白米があれば最高なんだけどな。あと、この店の水、ぬるい」と蘭子。

「うるさいですわね。氷結魔法!」とコップに魔法をかけるジャスティーナ。

「水が冷えた。オマエって便利なのな」


 アイリは「では私は新しいお肉をもらいに行きますね」と席を立つ。


 ジャスティーナが「お伴しますわ」とついてこようとするのを、アイリはなんとかなだめて店の奥に向かった。


 店の奥は暗くて人目につかない。そんな場所に執事・リシュテルが気配もなく立っていた。


「姫殿下。セイクレン殿の管理下の店でお待ちいただく約束だったはずです。勝手な行動は困りますよ」

「その管理下のお店で一悶着ありました。魔法使いも現れたので恐らく」

「反対派が動きだしましたか。もう一人で城下に出るのは、おやめ下さい」

「それよりも例のメッセージを」


 リシュテルは懐から一通の手紙を取り出した。


「あいにく店主は狩りに行っています。これは副店主から託されました」


 アイリは手紙の内容を読む。


「確かに受け取りました。これで、より良い世界に近づくというものです」


 楽しそうにしている友達を見ながら、アイリは決意を新たにした。


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