6, よくある人助けで再会
自称・優しいお兄さんと名乗る男に蘭子が案内されたのは、山のふもとにあるガレージ付きのロッジだった。男はガレージのシャッターを開け、蘭子とバイクを招き入れた。
ガレージにはバイクと自転車、動かないであろう年代物のカブ、さらにオート三輪、机の上には無造作に置かれた工具、片隅にはバイク雑誌や地図が積まれてあった。
「コーヒーを煎れてくるけど砂糖はいくつ必要かな?」
蘭子は思わず「砂糖4つにミルクたっぷり」と言いそうになったが、ここは微笑むだけにしておくと、男もにっこり微笑みがえしをして
「そうそう、奥の扉の向こうには大事な宝物があるんだ。もし扉の向こうに行くときは大事なモノを必ず持っていかなければならないんだよ」と告げて家のほうに歩いていった。
何のことだと思いつつも、蘭子は近くのパイプ椅子に腰を下ろした。蛍光灯に照らされたバイクは、殊更に転倒の傷を目立たせた。何をやってるんだアタシは。バイクを廃棄から守るために家出したのに、テメぇがバイクを傷つけたら意味ゼロじゃないか。でも、
「バイクが相棒か。おもしろいこと言うヤツだな」
するとバイクは彼氏だろうか。彼氏と彼女、女と男。ここまで考え、蘭子の脳裏に不安がよぎった。ここにいるのは大人の男と中学生の女の子だ。たった二人きりだ。何をされるかわかったもんじゃない。
机の上の工具でヤツの股間を潰して逃げるという手もあるが、バイクを引きながらだと逃走するのは難しい。何か、もう一手ないだろうか。
蘭子は不意にガレージの奥が気になった。奥には木製の大きな扉があった。ガレージとは不釣り合いな扉だ。扉の向こうには大事な宝物があると男は言っていた。きっと扉の向こうもガレージで、レアなバイクが置いてあるに違いない。
もしものときは、その宝物を人質にして男を欺けばいい。大切なモノを持っていけというのは、よくわからないが置いていくつもりは毛頭ない。
蘭子はバイクを押しながら扉を開けた。暗い。扉を閉めれば、目が慣れるだろうと一歩踏み入れる。
「誰かいるのかね?」
見ればランプを掲げたおじいさんがこちらにやってきた。慣れてきた目で見渡せば、そこは牛舎。さらに押してきたはずのバイクが消えていたのだ。
扉は閉まり、扉に打ちつけられていたオブジェが落ちて砕けた。
ここまでの話を聞いた華芽は、思わず声を上げた。
「私と同じだ。私もそのお兄さんに会ったよ」
「マジか。あの野郎、何を企んでいやがるんだ」
「企んでいるの?」
「ああ、何か考えがあってアタシらをこっちの世界に送り込んだんだ。アイツもこっちの世界に来ていると思う。探しだして吐かせてやる」
こちらの世界に来た蘭子は牛舎の主人であるおじいさんとおばあさんの家に世話になることになった。オブジェは何年も前、おじいさんたちの息子夫婦と孫が呪いで亡くなったあとに買ったものだという。
異訪人を召喚するとは聞いていたものの、正直言えば半信半疑で、誰でもいいから遊びに来てくれれば家族を失った寂しさもまぎれるだろう、そんな想いで扉に飾ったのだという。
やって来た扉を開けても元の世界とは通じていなかったこと、バイクは探している途中でボンっと現れたことなど、華芽の場合と類似点が多かった。
この数日間、蘭子はおじいさんの手伝いをした。牛の世話や畑仕事だ。
バイクはなぜかエンジンがかかり、傷も治っていたので、夜になれば村の外を走っていた。運転は楽しくて、すぐに上達した。走行距離は夜な夜な伸びていった。
今日はおじいさんから街を見に行くといいと勧められ、おこずかいを渡されて王都にやって来たのだという。
華芽は自分が知っている異訪人のこと、守護獣のこと、異魔獣や異魔人のことを蘭子に教えた。
「アタシが元気になればバイクも元気になるってことか。だからガソリンもメンテもいらないんだな。便利な世界になったもんだ」
華芽は自分以外の人間も悩みを抱えていることくらいは知っていた。だが蘭子のように学校では全く関わりのなかった人間から家出の経緯を聞くと、あらためて思い知らされた。学校でお話しできていたらな、なんて思う。
「この世界は気に入ったんだ。アタシは何がなんでもこっちで生き抜いてやる。絶対に帰らない。そのためには、なにか職を探さなくちゃな。中学中退でも出来る仕事をさ。命がけで家出したんだ。絶対にこっちで幸せになってやる」
こっちの世界の幸せ。その言葉の意味を考えた華芽は、すぐにアイリの顔を思い浮かべた。
「私もね、家出してこっちに来たんだ。でもすぐに友達ができたの」
「オメぇも家出か。友達はどんな奴なんだ?」
「えっとね……」
そんなとき、客席から悲鳴が上がった。一人の女性客が二人の男に絡まれている。男の一人が女性の腕を掴んで外に連れ出そうとしていた。
「いや、離して!」
「うるせいっ。こっち来い」
女性客、むしろ少女と言ったほうが適切であろう彼女はなす術もない。カフェの店主はうろたえるばかりで、彼女は外に連れ出されてしまった。帽子を目深にかぶっていて顔はよく見えなかったが、声は華芽にとって聞き覚えのあるものだった。
蘭子は洗い物を途中で放り出すと、店主に駆け寄った。
「会計を済ませていない客を追いかけるのも、店員の務めだよなあ」
店主が頷くより早く、華芽は店から飛び出した。
「ひゅう~、意外だな」蘭子も華芽を追いかけた。
華芽は彼女を追いかけた。彼女は人気のない空き地に連れ込まれていた。周囲を高い建物に囲まれた都会のエアスポット。一角にはオンボロな馬車が停まっている。そこに彼女を押しこみ遠くへ連れ去る気でいるのだろう。華芽はなんとか追いつく。
「やめて! その子を離して!」
抵抗する彼女を押さえつけていた男たちは足を止める。
「邪魔をするな。ん? なんだ、まだガキじゃねえか」
男の一人がナイフを出して威嚇してきた。そこに割って入って来たのはバイクに乗った蘭子だ。
「やいっ。いくら洗っても汚ないその手を離せ!」
「洗ったらキレイになる! 今だってわりとキレイだ!」
抗議する男を見やった蘭子は
「おいおい、ナイフ持ってるよ。こりゃ本格的だな」と眉をしかめた。
男はバイクにおののいているようだ。もう一人の男が戟を飛ばす。
「ガキが二人になっただけだろうが。騒ぎになる前にやっちまえよ」
「わかってんよ、そんなこたぁ」
男がナイフを手に迫ってくる。華芽がピョンナを呼ぼうと息を吸い込むと、「アタシに任せな」と蘭子はバイクから降りると余裕の表情を作った。
「さて、相棒の本気がやっと見られる。変形だ! ゲキトゥム!」
するとバイクは人型ロボットに変形。さらに脚部の装甲が展開し折り畳み式の剣が飛び出した。
「蘭子……何それ」
「詳しい話はあとだ。行け! ゲキトゥム!」
ゲキトゥムと呼ばれたロボットはガシャン、ガシャンという稼働音を上げながら、唖然とするナイフ男に接近する。
「ゲキトゥム、サーベルブレードだ!」
蘭子の掛け声でゲキトゥムは剣を振り下ろし、男のナイフをへし折った。男は戦意を喪失し、空地の隅へ逃げる。
もう一人の男は、彼女を盾にするように後ずさった。
「な、なんなんだオマエらは。こ、こいつの命がどうなってもいいのか」
「あの野郎、卑怯者だぞ。どうする華芽」
「あの子に怪我ひとつさせたくない。ピョンナ、やっていいよ!」
男は物音に気付き、うしろを振り返ると、ウサギのような小さな生き物、ピョンナがハンマーを手に不敵な笑いを浮かべていた。目があったとたん男は、グチャ、という自分の頭頂部から響く音を耳にし、目の前が暗くなり意識を失った。
彼女は解放され、ピョンナは自慢げにふんぞり返る。
「なんだか賑やかだと思ったら妨害されていたとはな」
馬車から赤いマントをまとった中年の男が出てきた。
「ほう、魔法で人形を操っているのか? 珍しいな。そもそも操るくらいなら直接に魔法攻撃をしたほうが有効では……ブツブツ」
「どうやらアイツがここのボスみたいだな」
蘭子はゲキトゥムに「ランチャーキャノンだ」と指示。すると変形の際に背部に移動したバイクのマフラー部分がゲキトゥムの両肩に迫り出し、大砲を二門担いだようなスタイルとなった。
マフラーからローブの男めがけて火球が飛び出した。派手な爆発音とともに土煙が舞う。
「どうだ! ストライク! これがゲキトゥムの本気だ」
「ふわわわわ」
敵を倒せたものの、やりすぎなのでは、と華芽が思った矢先だ。
「火炎魔法か。なぜわざわざ人形に撃たせるのか不可解だが威力はある。だけど俺の無限の土柱の前では、攻撃は届かない」
マントの男は無傷だった。マントの男の前には何本もの太い柱が立っていた。まるで鬱蒼と生い茂る木立。マントの男が手を地面につけ呪文を唱えると、柱の前に、地面から新たな柱が生えてきた。蘭子は言う。
「あれのせいで攻撃が届かなかったんだな」
蘭子はランチャーキャノンの連射を試みる。一射目が手前の柱を壊し、二射目が二列目の柱を壊し、しかし三射目が当たる頃には再び手前の柱が生まれてしまうので奥にいるマントの男を倒すには至らなかった。
「あの柱は厄介だな。貫通力のある武器さえあれば。そうだ華芽、ウサギを借りるぞ」
「ふわわわわ、何をするの?」
ゲキトゥムはピョンナを掴むと柱群に向かって放り投げた。
「蘭子、ひどいよ」
「大丈夫だ。よく見な!」
投げられたピョンナが柱にぶつかる、そう思ったとき、ピョンナはハンマーで柱を破壊。勢いそのまま飛んでいって二列目の柱を破壊、三列目、四列目と次々破壊し、ついにはマントの男の前の柱を破壊し……
「そんなバカな! げふぇんッ」
ハンマーでマントの男の頭と悲鳴を地面に沈めると、勢い衰えずにうしろの馬車に突っ込んだ。
「メチャクチャだよ」
げんなりする華芽を余所に、蘭子は「それっトドメの集中攻撃だ」
蘭子とゲキトゥムはマントの男を踏みはじめた。そこにピョンナが馬車の扉をたたき壊してトドメに加わる。
「ふわわわわ」
ピョンナハンマーで既にトドメだったのでは、と疑問質問で頭がいっぱいの華芽。
空地の隅にいた男はその様子に恐怖し、逃げ出そうとするも、蘭子の「忘れもんだ!」とゲキトゥムに投げつけられたマントの男の下敷きとなってしまった。
華芽は彼女に駆け寄った。
「ケガはしてない? え、泣いてる。どこか痛むの?」
涙の彼女は華芽に抱きついた。
「助けてほしいと思ったら、本当に助け聞きてくれるんですもの。嬉しくって泣いてるんです。ありがとう華芽」
華芽も抱きしめ返すことで、彼女の想いに応えた。
「うん。お店で声を聞いて、すぐにアイリだとわかったよ」
帽子がはらりと落ちた。彼女の正体はアイリだった。