4, お嬢様登場、ヤンキー娘乱入、そのとき華芽は
寄宿舎から歩いて一時間。やっと王都の門にたどり着いた。ここからまた受付会場まで歩くのだという。
「これでも寄宿舎の立地条件はいい方だぜ」とレッツ。
門をくぐると建物が続き、にぎわう市場のはずれに受付があった。混みあっている。
「華芽さん、じゃなくて華芽……私たち、受付してきますけど、どうします?」
実はまだ乗り気でない華芽である。王国騎士・魔法士選抜大会。イセラナのような魔法使い見習いも参加できる。大会で活躍すれば王国おかかえの魔法使いとして騎士団に入団できるのだ。この世界の騎士団とは剣術使いと魔法使いの強者集団のことらしい。
受付は今日と明日。ちなみに大会初日は五日後から。
「まぁ、ゆっくり考えてみるよ」
イセラナとレッツは受付の列に並びだしたので、華芽は少し離れたところで待つことにした。
寄宿舎を出る前にミューラが気になることを言っていた。アイリを迎えに来た騎士たちに異訪人の華芽が異魔獣を倒したことを告げたのだが、どうも話がかみ合わない。華芽の特徴と、騎士たちが話す異訪人の特徴が合致しないのだ。
もしかすると異訪人は華芽一人ではないのかもしれない。騎士いわく、数日前から王都の外では鉄の馬に乗った異訪人が夜な夜な目撃されているという。
華芽は自分以外の異訪人が何者なのか気になった。
ちなみにピョンナといえば朝ごはんをたっぷり食べると、用は済んだとばかりに勝手に消えてしまった。今は華芽の心の中だ。
「ピョンナも歩けばいいのに」
どうしてこの世界には電車やバスがないんだろう。そんなとき、ある集団が受付会場にやってきた。見るからにお嬢様たちだ。その中心には明らかに超お嬢様っぽい少女がいた。
「ここが、ワタクシが王国直属の魔法士になるための第一歩となる場所ですのね」
「そのとおりですジャスティーナさま」
超お嬢様と取り巻きが話しているのを聞いて、華芽は関わらないようにしようと思った。
列に並んでいたレッツがお嬢様たちに気付いた。
「あっ、オマエはネイガス魔法院のジャスティーナ!」
「あら、そこのお二人は弱小ガオネス道場の門下生ではないですの」
超お嬢様な少女はレッツとイセラナを見下すような口調で喋った。
「お二人とも、まさか選抜大会に出るのではありませんでしょうね。大会は今後の王国を担う騎士や魔法士を決める神聖なもの。そしてここは大会の受付場。まさか最弱剣士・無能魔法使いの転職相談会の受付と勘違いしてるのではなくて」
「うるさいっ。オレは騎士になるんだ。そのためにここに来たんだ!」
この二人は仲が悪そうだ。イセラナは見るからにハラハラしている。ジャスティーナは暑くもないのに扇子を出して扇ぎだした。
「だったら引きかえしたほうがよろしくてよ。優勝はこのワタクシ、ジャスティーナ・テイルシュテインが頂くのですから」
レッツは負けずに言い返す。
「だったらオマエこそ引きかえしたほうがいいぞ。なんせ今年は異訪人の華芽が出場するんだからな」
「異訪人?」
ジャスティーナと周囲の目が華芽に突き刺さった。レッツは自慢げに語る。
「華芽は昨日、異魔獣を倒したんだぞ。しかもたくさん。しかも異魔人まで倒したんだ。しかも強い守護獣までついてるんだからな。しかもオマエが大会で当たったら必ず負けるぞ」
ああレッツ、これ以上煽らないでくれと華芽は心から願った。
「ワタクシが負けるですって……」
ジャスティーナは鋭く睨んでくる。誰か、話題を変えて。
そんなとき、けたたましいエンジンの音が聞こえてきた。通行人が「なんか来るゾ!」「あれは噂の鉄の馬だ!」「ついに王都の中までやってきやがった」と騒ぎたてる。
なんだろうと音のする方に視線を向けると、通りにごったがえしていた通行人が両脇に避け、一台のバイクがこちらに向かってくるのが見えた。向かってきた……が、ジャスティーナだけが避けようとしない。バイクはジャスティーナの目前まで近づくと急停車した。
「ワルいワルい。どうもブレーキだけが苦手でさ」
ゴーグルをヘルメットに引っかけ、謝罪をするのは年端もいかない少女だった。華芽はこの子がもう一人の異訪人だと確信した。年齢は同じくらいだろうか。よく見ると……どこかで見た顔だと思った。
それはバイクの少女も同様だったようだ。華芽の視線に気付くと歩み寄り、ヘルメットを取り、眉間にしわを寄せ大胆に顔を近づけてくる。なんだか不良にすごまれているようで怖いと思う華芽だ。そして不良(仮)は思い出したかのように声を漏らした。
「あ、……あ、……あ、ああっ!」
「なにかありました?」
思わず敬語の華芽に少女は言った。
「オメぇは同じ学校のヤツじゃねえか。たしか名前は花岡華芽!」
「は、はい。花岡ですが」
「オメぇもこっちの世界に来てたんだな。奇偶じゃねーか」
少女は笑いながら華芽の背中をばしばしと叩いた。喜んでいるようだ。
「あの、えっと、誰でしたっけ」
「なんだよ忘れたのかよ。一年の頃同じクラスだった桜田だよ。桜田蘭子!」
やっと顔と名前が一致した。たしか数日前から学校に来ていない学校屈指の不良娘だ。男子相手にケンカしたり、パワハラ教師に噛みついたり、変質者が通学路に出たと聞けば授業サボって張り込みしたり。
「そういや花岡と話すのは初めてかもな。アタシんこと憶えてなくても仕方ねーか。ハハッハハハハッハ。ところでオメぇ、何かしたのか?」
華芽はあたりを見回すと、みんな二人に釘づけだった。無理もない。沈黙を壊したのはジャスティーナの取り巻きだった。
「ジャスティーナさま、お気をたしかに」
ジャスティーナはバイクの前で固まったままだった。硬直している。さすがのレッツも心配そうに声をかける。
「お~い、ジャスティーナ・テイルシュテイン?」
「はっ! わ、ワタクシは生きてますの? 轢かれてない。そう、我がテイルシュテイン家のためにも、こんなところで若さと美貌を行使しないまま死ぬわけにはいきませんわ。過酷な運命、悲運な未来、華麗に覆す美人がこれしきで! 頑張れ負けるなジャスティーナ!」
自分を鼓舞したジャスティーナは手にした扇子を蘭子にビシッと向ける。
「そこのあなた! 王都でこんな無粋な乗り物を走らせては迷惑でしょうに! 場をわきまえなさいな!」
「お、悪い。どこにも進入禁止の看板がなかったからさぁ」
蘭子がパシっと手をたたくとバイクはポンっと消えてしまった。あのバイクが蘭子の守護獣なのだろうか。
この光景を見ていたジャスティーナは驚き、周囲もざわつきだす。
「へんっ。あれくらい華芽にだってできるぜ」
レッツの言葉に、唖然としていたジャスティーナが我に返り、華芽に言う。
「ゴホンっ。そこの異訪人の方、ワタクシとここで勝負しませんこと? なにせ公衆の面前で貴女と戦えば負けると言われたんですもの。実際に戦って勝たないと気がおさまりませんわ」
突然あたりの空気が熱を失いはじめた。不自然な冷気がジャスティーナから発せられてくる。
「ワタクシの魔法は氷結魔法。さぁ異訪人さん、あなたの魔法を見せて下さいまし」
戦わなければいけない流れに飲みこまれてしまい、困惑する華芽。
「あ、あの、私、魔法なんて使えないんですけど」
「ならば、これならどうかしら?」
呆れたジャスティーナが呪文を唱えると、中空に氷の剣が出現して華芽の足元に突き刺さった。
「それを使いなさいな。ワタクシ、剣術も嗜んでいますの。魔法と剣、同時にできなければ王国一の魔法士を目指すには及びませんもの。世の中には一方も満足にできない輩がおこがましくも騎士になるなんて意気込んでいるみたいですけど」
レッツは悔しさで顔をゆがませる。ジャスティーナはもう一ふりの氷の剣を出現させて手に取った。華芽は恐る恐る口を開く。
「あの、私、剣道もやったことなくて。それにこの剣、冷たくて握れないの」
「だったら布でも巻いて持てばいいでしょ! 魔法ができない、剣も振るえない。あなた、どうやって異魔獣を倒したんですの?」
「うう……」
それはピョンナがやったことで。それにアイリーンがいたから不思議と力が湧いてきたわけで。それを言おうにも気迫に圧されて言葉が出ない華芽である。
「いいから剣を構えなさい! ワタクシの誇りに傷をつけたこと、後悔させないと気が済みませんわ」
「おい、ちょっと待てよ」
言葉を挟んだのは蘭子だった。
「アンタさ、剣術が得意なんだろ」
「もちろんですわ。騎士団に入るため、貴族の令嬢の多忙な時間をさきながら魔法の修練のほかに剣術だって」
「じゃあよ、オメぇは得意分野で初心者にケンカ売ってんだよな。それで勝って嬉しいのか? ケンカってのは弱い奴を守るため、強いバカを打ちのめすためにやるもんじゃねーのかよ」
「ううっ」
たじろぐジャスティーナに周囲の人間からの「そりゃそーだ」「剣術未経験者を相手にするなんて」「こりゃ貴族の暇つぶしもいいところだ」という批判が突き刺さった。
「ぐぬぬぬ」
顔を真っ赤にするジャスティーナ。氷の剣を落とし、両手で頭を抱えるほどの怒りで華芽を睨みだした。場の空気を変えたのはイセラナだった。
「あ、あのっ、みなさん、そろそろ受付を済ませませんか。このあと魔法の練習もしたいですし」
「そ、そうだな。イナカ貴族は放っておいて、受付しちまおう」とレッツ。
「そ、そうですわね。たかが一般庶民相手に冷静さを失っていましたわ」とジャスティーナ。
ジャスティーナは受付に向かいながら振り返る。
「異訪人のアナタ。ここでは十分に戦えませんわ。我が学びの園、ネイガス魔法院で決着をつけます。受付を済ませたらすぐに戻ってきますから、そこで待ってなさい!」
レッツとイセラナ、お嬢様たちは受付場に入っていった。野次馬たちも去っていく。華芽は、一体どうしてこんな目に遭うのだろうと呆然としていた。
「なぁ、花岡。華芽でいっか。この世界のヤツら、みんな下の名前で呼んでんし。さ、行こうぜ」
蘭子の突然の誘いに困惑する華芽。
「え? 私、勝負を挑まれてる途中なんだけど。それに行くってどこに」
「華芽はケンカをしたいのか? したくないんだろ。だったらフケちまおうぜ。せっかく王都に来たんだ。遊ぶに決まってんだろ」
蘭子が手をたたくとバイクが出現した。後部シートに華芽を誘った。
「アタシ、免許は持ってないけど運転は結構うまいんだぞ。さぁ、乗った乗った」
「停車が苦手なんだよね?」
華芽の足下の氷の剣はとっくに溶けていた。