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22. 旅立ち

 蘭子とジャスティーナは用があると言って帰っていった。華芽とアイリは城のバルコニーから城下を見下ろしている。


「アイリは呪いを解けるかもしれない方法を、知っていたんだね」

「隠していたわけではありませんが、果実が実るのが少し先のことだったんです。それに、あくまで『呪いを解けるかもしれない』というものなので、時期尚早かと思いました」

「そういうことだったんだ。私、騎士として頑張るよ」

「ありがとう。お二人も快諾してくれました」


 蘭子とジャスティーナには二日前に告げていたらしい。事情を聞いた二人は即答したそうだ。


「それにしても菜和美は残念でした」


 菜和美だけはアイリの申し出を拒否した。黒の獅子団にそそのかされていたとはいえ、姫の殺害しようとしたのだ。王家の中には菜和美が騎士になる事を反対する者もいた。


 戦いのあと、騎士団・医師団が男爵の屋敷に到着。けが人の救護や後処理を始めた。黒の獅子団の生存者は捕えられ、近辺に潜伏していたレイアンナも捕えられた。


「菜和美は、元の世界に帰る方法と引きかえに、私の殺害を試みたといいます。しかし頭目のレイアンナは、そのような方法は知りませんでした」


 口から出まかせだったのだ。これを知った菜和美は意気消沈となってしまった。


「私も、異訪人を元いた世界に返す方法は知りません」

「そうなんだ」

「蘭子が言っていました。菜和美にはゆっくりする時間が必要なのだと。でも菜和美がこの世界に来たことは、決して無意味なことではないと思うのです」


 菜和美は蘭子とともにお爺さんの家でお世話になっているという。アイリは続けた。


「異訪人を招くといわれるオブジェ。異なる世界から勇者を招いて、現状を良き方向に導いてくれるもの。菜和美を呼び寄せた黒の獅子団は、これ以上の罪を重ねずに済んだんですから」


 華芽は頷く。


「旅から帰ってきたら、また直江さんのことを誘ってみようね」

「はい」


 部屋に目を向けると、ピョンナはメイドたちが用意してくれたお菓子やケーキを頬張っていた。華芽は、ピョンナが両手にイチゴのケーキを持ちながら幸せそうにする姿を見て、ふいに、ある事を思い出した。


「私ね、異魔獣の光線に撃たれそうになったとき、真っ白い世界にいたんだ」

「あっ、私もです」


 二人は顔を見合わせた。


「そこで愛梨と会ったんだよ」

「私はハンナメイアと会いました」


 二人はしばらく間を置くと、フフッと笑いあった。


「愛梨に怒られて、励まされて、なんだか嬉しかったな」

「とても貴重な経験でした。きっと二人は、長いあいだ見守っていてくれたんですね」


 アイリは空を見上げる。


「生きている私たちは、精一杯生きなければなりません」

「うん」


 華芽はあらためてピョンナを見る。


「ピョンナって何なんだろう?」

「私たちもお菓子を頂きましょうか。このままでは無くなってしまいますよ」

「そうだね」


 二人は部屋の中に入っていった。




 それから一ヶ月。騎士になるための書類手続きやら健康診断やら、城内の人間からは数十年ぶりの異訪人到来と騒ぎたてられて、それなりに忙しい日々だった。


 姫殿下が辺境まで旅をするのは危険だとかで、入念な計画が作成された。


 まずアイリの影武者が率いる一行が、辺境の貴族を訪問。外面上は姫殿下の挨拶まわりという体裁をとる。まだ反姫殿下の勢力がいたとしても、こちらを狙うだろうという考えだ。


 一方で本物のアイリは少人数を従えて、呪いを治すと言われている果実を取りに行く。王女護衛騎士隊の初仕事だ。




 ついに旅立ちの日の朝。蘭子はアイリに村まで迎えに来てほしいと言った。これは村に残る菜和美を考慮してのことだ。


 馬車に乗ったアイリ、華芽、ジャスティーナが村についてみると、蘭子とともに大勢の村人がやってきた。


「おお、姫殿下だ」「まさか、この村から騎士が生まれるとはねぇ」「蘭子ちゃん、体に気をつけるんだよ」


 みんな蘭子の無事を願い、見送りに来たのだ。その中に菜和美の姿があったが、距離をとり、黙っている。


「ねぇ蘭子、直江さんは?」

「ああ、あれから何度か誘ったんだけど、旅には出たくないみたいだ」


 蘭子のケガは全快し、ゲキトゥムも元通りだ。しかし側車は前回の戦闘で盾として使ってしまったため、外装が壊れ、底面のデンラインメタル製の盾しか原形をとどめていなかった。蘭子は側車のことは諦めて、盾はオーザックに返却した。


 蘭子はお爺さんとお婆さんに別れを告げた。


「爺さん、婆さん、世話になった。でも旅が終わったら、また世話になるけど、いいかな」

「もちろん歓迎だよ。婆さんと一緒にボケずに死なずに待ってるよ」

「ケガには気をつけるんだよ。蘭子はすぐに怪我をする。まったく誰に似たんだかね」

「婆さん、蘭子は息子じゃないってば」


 お婆さんに睨まれたお爺さんは呆れてしまう。


 そこへ菜和美がやってくる。


「桜田蘭子……」

「村のみんなのこと、頼んだぞ。レッツやイセラナには、たまに様子を見に来るよう頼んであるから、困ったことがあったら相談しな」


 リシュテルに促され、蘭子は馬車に乗り込んだ。村人が手を振る。そして、馬車が遠くに見える頃には、村人は家や畑に戻り、その場には菜和美とお爺さんとお婆さんだけとなった。


「本当は行きたかったんじゃないかい?」


 お爺さんに言われ、菜和美は黙りこむ。


「ワシたちのことを気にしているのかい。確かに菜和美は、この村のお医者さんのような存在だ。でもそれは言い訳なんだろう」

「私は……」

「いいんだよ。ワシらはこれまで、医者がいなくても助けあって生きてきた。蘭子は無鉄砲な子だ。助け合おうにも人数が足りない。菜和美、蘭子の側にいてやってくれ」

「私は別に。ただ、言い忘れたことがあっただけ」

「菜和美よ、その理由で十分だぁよ。今すぐ追いかけて、伝えておいで」


 お婆さんに言われて、菜和美は馬車を見た。もう、米粒のような大きさだ。


「私は……私は……」


 そのとき、オーザックがやってきた。木製の自転車を押し、さらに自転車のうしろには、バイクの側車をソリのように引いている。


「あれ? 蘭子はいないの?」

「蘭子なら、もう行っちまったよ」


 オーザックはお爺さんの言葉に頭を抱えた。


「明日じゃなくて今日だったのか。せっかく側車を強化して、自転車も完成させて驚かそうと思ったのに。追いかければ間に合うかな。よしっ」


 オーザックは自転車に跨り、馬車を追いかけようとした。しかし、少し進んだだけで転んでしまう。立ち上がって、また自転車を漕ぎだすが、フラフラとよろめいて、また転ぶ。


「う~ン、蘭子の世界の乗り物は難しいな。本当に乗り物なのかな。もしかして、蘭子は僕に教えていないことがあるのかな? なおさら追いついて聞きださないと……」


 再びオーザックは自転車を漕ぎだすが、また転ぶ。たいして進んでいない。


「う~ん、もしかして特殊な訓練を受けないと乗れないのかな。騎士が乗りこなせていると考えると、この世界の人間でも適応できるわけで……」

「いい加減にして!」


 菜和美はオーザックから自転車を奪い取った。


「お爺さん、お婆さん、私」

「ああ、行っておいで」「病気には気をつけるんだよ」


 菜和美は自転車を全力で漕ぎだした。目指すは蘭子たちが乗る馬車だ。


「ちょっと、それ、僕の自転車だよっ」


 オーザックは菜和美を追いかける。菜和美は馬車を追いかける。叫びながら追いかける。


「桜田蘭子、花岡華芽、アイリーン・イーエンデルヒ! 私はまだ、ありがとうって、言ってない!」




 馬車の中では四人が話を弾ませていた。アイリが言う。


「これから行く辺境の街には温泉があるんですよ。果実を取りに行く前に、そこへ立ち寄りましょう」


「この世界にも温泉があるのか。楽しみだな」と蘭子。


「温泉! アイリーン様、是非お背中を流させてくださいまし」とジャスティーナ。


 華芽は窓の外の景色を眺めていた。


「温泉街についたら、華芽は何をしたいですか」


 アイリにたずねられた華芽はしばらく考えると


「いろんなものを見てみたい。みんなとゆっくり歩きたいな」


 ポンっという音とともにピョンナが現れる。アイリはピョンナを膝の上に乗せた。


「華芽と蘭子にとっては、この世界は異世界。異世界まで家出したのですから、ゆっくり歩いてみてまわるのも、いいかもしれませんね。ピョンナちゃんと一緒に」


 馬車は進む。呪いを解くという想いを叶えるために。


 華芽は馬車の扉に目を向けた。この扉を開けるとき、外にはどんな景色が広がっているのだろう。もう寂しさも迷いもない。友達と一緒に扉を大きく開け放とう。


 扉の向こうには、いつも新しい世界が待っている。


おわり


最後まで読んでいただき ありがとうございました。初投稿の作品だったので、読みにくかったと思います。それでも時間をさいて下さった読者の皆様、感謝致します。

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