21. 王女護衛騎士隊誕生!
三本のハサミを失ったクレウセタの巨体が地面に横たわる。残りの子ガニはハサミの消失とともには塵と化した。
「さすがに倒したよな?」
蘭子がヨロヨロと華芽のもとへ向かう。
華芽はピョンナを失い、失望しきっていた。アイリがうしろから抱きしめる。
「華芽……」
大切な物が組み合わさって出来た守護獣ピョンナ。愛梨がくれた手作りのヌイグルミ。幼い日の愛梨を映した一枚の写真。愛梨が生きていた確かな証拠。
そんな大事なものから生まれたピョンナは、愛梨の思い出とは似ても似つかぬものだったが、この世界にやって来たばかりの華芽にとっては、心強い相棒だった。
一緒に食事を取り、共に戦い、時にはベッドを取られ、幼い愛梨の顔で不敵に微笑む不思議な生き物。ピョンナの振る舞いに呆れることもあったが、もし妹がいたら、こんな生活だったのかもしれない。すると華芽は姉貴分だ。
愛梨は時々、お姉さんのようだった。そうか、愛梨もこんな気分だったのかな。華芽は、そんなふうに考えた。
もしかしたらピョンナは華芽に、愛梨の気持ちを教えてくれたのかもしれない。
「ピョンナ、お別れなんて嫌だよ」
「ピョンナちゃんは、私たちを守ってくれました……」
アイリも項垂れる。蘭子たちは、かける言葉も見つからない。
華芽は空に向かって叫んだ。
「出てきて! ピョンナー!」
すると……
ピシっ、ピシピシピシ
死骸となったクレウセタの甲羅が軋みはじめ、中から巨大守護獣化したピョンナが立ち上がった。
クレウセタの甲羅は完全に瓦解し、あとかたもなくなる。
唖然とする一同。
「竜の口の中に入って爆発したように見えたんだけどな」と蘭子。
「もしかしたら、口に入って飲みこまれていただけじゃないの?」と菜和美。
「なるほど。胃袋の中で華芽さんの呼びかけに応えて巨大化。異魔獣を体内から破壊したというわけですか」とリシュテル。
各々が考察をする中、華芽とアイリは巨大ピョンナに駆け寄る。
「ピョンナ!」
「ピョンナちゃん!」
巨大ピョンナは元のサイズに戻ると、手を伸ばす二人に飛び込んだ。
「うおおお、疲れた。疲れ果てたぁ。もうアタシは動けないぞ。焼き肉のひと切れすら飲みこめない。今なら冬眠中のカエルより熟睡できるぞ」
蘭子は倒れてしまった。ゲキトゥムに至っては、装甲が崩れ落ち、キャノン砲は自壊、基礎フレームがむき出しになった状態で、前のめりに倒れている。
華芽とピョンナ。こちらは互いに抱きしめあいながら、既に眠っていた。
「みなさん、よくやってくれました。イーエンデルヒ王国第一王女が礼を言います。本当に、ありがとう」
アイリは深々と頭を下げた。
レッツとイセラナは笑顔で応える。ジャスティーナは「そんな怖れ多い。アイリーン様の為でしたら……」と話が長く、蘭子は倒れたまま、手だけを上げて反応した。
「それにしても、よく寝てますね」
イセラナの言うとおり、華芽とピョンナは熟睡しきっている。アイリはそれを笑顔で見つめた。
「このまま寝かせといてあげましょう。あれだけ活躍したんですもの」
「でも今日って大会の準決勝があるんだけど」
レッツの言葉に一同はハッとする。しかしアイリだけは微笑みながら
「いいんです。華芽は棄権させましょう。これ以上、戦わせるのは酷ですから」
「そしたら、華芽の騎士になりたいって夢は……」
レッツが言い終える前に、アイリは人差し指を顔の前に寄せてウインクした。
「大丈夫。悪いようにはしませんよ」
「だったら私も棄権するわ」
菜和美だった。これを聞いたジャスティーナは抗議する。
「直江菜和美さんでしたわね。ワタクシとの勝負から逃げるなんて承知しませんわよ」
「私が大会に出場したのは、元の世界に帰りたかったから。それも、もう無理だわ。だから出場しても意味がない」
菜和美はジャスティーナに向き直る。少し考えて、言う。
「…………それにしてもアナタ、誰? どうして私の名前を知っているの? 気持ち悪い」
「ワ、ワタクシは準決勝の対戦相手ですわよ! どうして知らないんですの?」
「興味ないわ」
「ムキーっ」
憤慨するジャスティーナを余所に、菜和美は続ける。
「私はこれから、やるべき事があるもの」
アイリは問う。
「やるべき事?」
「男爵の屋敷では大勢の怪我人がいるはずよ。包帯や薬なら馬車の中にあるだろうし」
「直江さん、いいえ菜和美。ありがとうございます」
「ふん」
菜和美はシュバルトとともに屋敷のほうへと向かった。
「ここは?」
華芽が目を覚ますと、そこは寄宿舎の部屋。隣ではピョンナが眠っている。
「おはようございます。華芽」
ベッドの脇にいたのはイセラナだった。
「華芽は三日間も眠っていたんですよ。大きな異魔獣を相手にしていたんだから、無理もありません」
「そっか。そんなに寝てたんだ。…………三日間! 大会は?」
イセラナの説明はこうだ。大会の準決勝は華芽、菜和美が棄権したため、戦うはずだったグレイツ、ジャスティーナは不戦勝で決勝戦進出。
決勝はジャスティーナが魔力枯渇の状態だったため、一分も経たずにグレイツの勝利となった。大会史上、もっとも味気ない最終日だったそうだ。
「私、優勝できなかったんだ。アイリの騎士になれなかったんだね」
落ち込む華芽にイセラナは言う。
「姫殿下からの伝言です。目が覚めたらお城に来てほしいとのことでした」
城に向かった華芽は応接室に通された。
「ようっ。そろそろ起きる頃かと思ってたぜ。菜和美の言うとおりだな」
そこには蘭子とジャスティーナが座っていた。
「まったく、いくらなんでも眠りすぎですわよ」
二人とも、元気を取り戻している。そこへアイリがやってきた。
「華芽。よかった。痛いところはないですか」
「ごめんアイリ。私、騎士にはなれなかったよ」
華芽は申し訳なく思う。だがアイリは笑顔で椅子に座るよう促した。
「さて、揃ったところで始めましょう」
アイリの明るさに困惑する華芽。リシュテルがやってきたところで、アイリは話しはじめた。
「コホン。さてと、三人には私の騎士になっていただきます」
「ええっ」
状況を理解できない華芽。
「私は優勝してないよ」
アイリは説明する。
「ふふふ。なにも騎士や魔法士になれるのは優勝者だけとは限りません。大会で優秀な結果を残せた者が、なれるのです」
リシュテルも補足する。
「先日現れたカニ型の大型異魔獣。あれはヘルズゲートの進化前でした。ヘルズゲートは国家危機的厄災。そうなる前に討伐したのですから、ここにいる御三人は騎士にも勝る結果を残したことになります。国が騎士、魔法士として貴女方を迎え入れても、誰も文句は言えないでしょう」
華芽は、まだ半分ほどしか理解出来ていないが
「じゃあ、私はアイリの側に、いられるんだ!」
「はい、これからも、これ以上に、よろしくお願いします」
喜びが込み上げてきた。アイリは続ける。
「さて、ここからが本題です。私はある人物から焼肉店の店主経由で手紙をいただきました。ある人物は、呪いを解けるかもしれない果実の存在をつきとめました。私は、その果実を手に入れるために、この国の辺境に出向かなければなりません。そこで私の警護役、いいえ、私とともに想いを添い遂げる者たちを必要としています」
アイリは蘭子、ジャスティーナ、そして華芽をしっかりと見つめた。
「共に来てくださいますね?」
「あ……」
華芽は、こみ上げてくる気持ちとは裏腹に、あまりの展開に声が出ない。
「アタシは二日前にオーケーしたぞ」
「ワタクシは何度言われても何度も頷くだけですわ」
二人は笑顔で華芽を見てくる。華芽は深呼吸して言った。
「私、アイリと一緒なら、どこへだって行くよ!」
ポンっという音とともにピョンナが出現。腰に手を当てて胸を張る。ピョンナもやる気満々だ。アイリは満面の笑みを作って、こう言った。
「ここに、王女護衛騎士隊の結成を宣言します!」