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20. ピョンナと友達と、サヨナラの時

「ひさしぶりね、華芽」

「愛梨!」


 藍郷愛梨。死んだはずの友達。ずっと会いたかった友達。だけど会えなかった友達。華芽は混乱することすら忘れて話しかけた。


「今までどこにいたの? ずっとここにいたの? 私ずっと会いたかった。ずっと探してた。ずっとずっとお話ししたかった。私だけが大きくなって、中学生になって、ずっと寂しくて。なのに、どうして会いに来てくれなかったの? どうして急にいなくなるの? どうして……どうして……死んじゃったの?」


 華芽の目から涙があふれだした。


「私だって、死んで驚いたんだから。病気って怖いね」


 愛梨は困ったように笑顔を作った。小学生のころと変わらない口ぶりと表情で華芽に語りかける。


「私ね、ずっと華芽のこと見てたんだよ。華芽ったら私のことばかりで、中学校では新しいお友達を作ろうとしないんだもん」

「それは……それだけ愛梨のことが」

「それで華芽が辛くなったら、元も子もないでしょ」

「私だって、私だって……辛くて、寂しくて、大変なこといっぱいあったんだから!」


 涙はますます溢れてくる。呼吸に嗚咽が混じり込み、息をするのも苦しい。愛梨は言う。


「ああ、もう。これからは私のことで泣くのは禁止。華芽はこの世界に来て、せっかく変わろうとしているんだから。気付いてるよね。笑顔が増えたこと。あともう少し。もう少しで、私の大好きな華芽が帰ってくる。だから、もう泣かないで。一緒にいて嬉しい友達ができたんだから。明るい自分を、かくれんぼさせてはダメ。喜ぶことに喜んで、楽しいことに楽しんで」

「でも、でも……それでも、愛梨のいない世界は寂しいよ」


 華芽は、鳴き声で満たされそうになる喉から、なんとか思いの丈を捻りだした。華芽の悲鳴にも似た訴えに、愛梨は悲壮を帯びた静かな声で


「嬉しいな。こんなにいい子と離れるなんて、バカだよね」とつぶやく。


「愛梨……」


 愛梨は俯き、首を横に振り、華芽に向き直ると、いつもの声色で「コラ!」とたしなめた。


「それだけ思ってくれれば、じゅうぶんなんだから。これからは私が大好きな華芽のために、華芽は華芽を大事にしてほしいな」

「でも、私は愛梨が好きなんだ。好きな子がいないと、私」

「それでも、生きるって言ってくれた」

「それは……」

「わかってる。それでいいの」


 愛梨は一呼吸つくと、やさしく、ゆっくりと言う。


「私の番は終わったの。ううん、私は華芽の心の中にいることにしたの。これから華芽がいっぱいお話しして、たくさん会って、助けてあげたり助けたられたりするのは、華芽の隣にいる女の子の番。女の子の名前は?」

「アイリ……」

「アイリちゃんに感謝だな。アイリちゃんと仲良くね。さて、本当はもっと、もっと話がしたいけど」


 愛梨の顔が悲しげになる。華芽が不安げなことに気付くと、がんばって微笑み、それから、優しい微笑みになるまで一瞬だった。


「時間が来ちゃった。私、行くね。これでお別れ」


 愛梨はピョンナと手を離すと、ピョンナとともに、まわれ右。再び手をつなぐ。


「行かないで愛梨!」

「大丈夫。私とはお別れだけど、もう一人の私が華芽の中にいるよ。心がポッと暖かくなったら、それは私だよ。だから、いつも一緒だよ。一緒だから大丈夫なんだよ」




「こんにちは、アイリーン」

「ハンナメイア!」


 ハンナメイア。幼いころにたくさん遊び、語らい、同じ時間を過ごした親友。命の恩人であり、自分の犠牲になった子。突然の再会で胸がいっぱいになったアイリは、なんとか言葉を紡ぎだした。


「私、ずっと貴女に謝りたかった。私のせいで……私がいなければ」

「ストーップ。勝手に話を進めないでよ」

「貴女は私の身代わりに……」

「それは私が勝手にやったこと。私だって驚いたよ。体って勝手に動くんだね。それだけアイリーンの存在は大きかったってことかぁ」

「やっぱり私が……」

「あー、あー、あー! どれだけ自分が可哀相なら気が済むの? それとも二人揃って、すぐに死んじゃったほうが良かった? じゃあ聞くけどね。右手で捕まえている女の子が、これから化け物の呪いを受けようものなら、アイリーンは見ているだけなの?」

「華芽が呪いに……そんなことはさせない。呪いくらい、私が受けて立ちます」

「うん、うん。昔から変わってない。アイリーンは忘れているんだろうけど、あの日、化け物が出てきたとき、私を守るように立っていたのはアイリーンなんだよ」

「え?」

「だから、私だって強い子だよって思わせたくて、アイリーンの前に立ちたかったの。そんなとき偶然、化け物が呪ってきたから、自然と体が前に飛び出しただけなの」


 アイリは必死に思い出そうとした。だが、友達との死別が強烈過ぎて、ほかの記憶があいまいだ。


「つまり、誰も悪くないの。アイリーンだって呪われた。いっぱい苦しんだ。もういいんだよ。これ以上この話をすると、意地悪するよ。アイリーンのふわふわのスカートの中に入ってみたり、アイリーンと友達になりたがってるヘビやミミズを連れてきたり……」

「それはやめてぇ!」


 ハンナメイアは眉間にしわを寄せる。アイリーンは何も言えずにいると、ハンナメイアはパッと明るい表情を浮かべた。


「キシシシシ。ごめんね。意地悪タイムはもう終わり。思い出した? 私ってそんなに良い子じゃないよ。あんまり美化しないでね。これからは自分の未来を美化しなきゃ」

「未来」

「そう。アイリーンったら寂しがり屋なのに強がってばかりだった。でも、もう安心だね。お友達も、たくさん出来た。背も伸びた。一人でいろんなことができる」

「ワガママを言わせて。私は一人では何もできない。これから為すべきことが怖い。不安で潰れそう。だから一緒にいてほしいの」

「その役目は、もう無理だよ」


 アイリは心の痛みを隠せない。


「また、そんな顔をする。ダメなお姫様だなぁ。その手は何のためにあるのさ」


 手を見ようとした。だが、右手は今、確かに繋がれている。


「華芽……」

「その役目は隣にいる子がやってくれる。さぁて、もう出発進行の時間だ……安心したら、お別れ、したくなっちゃった。行くね」


 ハンナメイアの頬を、涙が伝っていくのをアイリは見逃さなかった。必死に呼びとめる。


「お別れなんてしたくない。話したいことがたくさんあるの!」


 それでもハンナメイアはピョンナの手を離すと、ピョンナとともにアイリに背中を見せる。そして再びピョンナと手をつないだ。


 アイリは涙とともに訴える。


「どうして行くなんて言うの!」

「生きるって、言ってくれたから!」


 ハンナメイアは背中を震わせて叫んだ。そして振り返らず、やさしく、言葉を送る。


「もう泣かないでアイリーン。涙は、泣き虫な私が、全部……もらっていくから。これからは、その手を、絶対離しちゃだめだよ」



 白い空間の中、愛梨とハンナメイア、ピョンナは手をつないで駆けだした。彼女たちの背中に、華芽とアイリは声を涸らして引き止める。だが、その声は届かない。轟音にかき消される。この轟音は、一体どこから。そう思ったとき、白い空間が消えた。




 気がつけば、ピョンナがクレウセタのハサミから発射された光線を一身に受け止めていた。轟音は光線の音だった。


 光線の照射が終わり、竜頭のようなハサミは色を失い、ぐったりとする。


 一方、ピョンナは光線の熱量のせいか、身体は炎に包まれていた。そして、そのまま駆けだした。目標は三本目のハサミ。こちらも、今まさに光線を発射しようとしているところだった。


 華芽とアイリが声を上げたのは同時だった。


「ピョンナ! 戻って来て!」

「行ってはダメ! ピョンナちゃん!」


 炎に包まれたピョンナは、光を増す竜口の中に飛び込んだ。ピョンナの姿が光の中に消え、次の瞬間、竜頭は爆発四散した。


「ピョンナー!」


 華芽の悲鳴が響き渡った。


 クレウセタは生命の危機を察知し、二本のハサミから光弾を乱発射させた。紅く染まりきっていないハサミからの光弾だったが、威力は地面を抉り溶かすほどのものだ。周囲に降り注ぐ光。


 そのうちの一発が、不幸にも攻撃の準備を進めている蘭子とジャスティーナへと向かっていった。


「桜田蘭子! 逃げて!」


 菜和美の叫びもむなしく、光弾の着弾まであとわずか。そのときだった。


「大切な、大切な、かの者たちを、お願いだから守りたまえ! 出てきて! 出てきて! 光の壁!」


 イセラナの呪文に応えるように、十枚の光の壁が蘭子たちの目の前に展開、組み合わされ、地面に垂直な巨大な障壁となった。


 壁から照らし出される神々しい光は、光弾をかき消し、蘭子たちを守り通すと、消えていった。


「やった。できた。やりました。初めて、できました、魔法。疲れたぁ」


 イセラナは笑顔のまま、ひっくり返った。

 


 ゲキトゥムの装甲の割れ目から、排熱のための強烈な熱風が吐きだされていた。その熱風の中で蘭子はクレウセタを睨む。


「イセラナがやってくれた。ピョンナも身体を張った。次はこっちの番だぁ!」

「熱っ。氷結魔法が追いつかないなんて。そんなこと、熱っ、あってたまるもんですか。ワタクシの魔法は、熱っ、機械の熱なんかに溶かさることはなくってよ!」


 ゲキトゥムに氷結魔法をかけるものの、熱により瞬時に溶かされる。ジャスティーナは溶かされるたびに魔法をかけ続けた。大量の水蒸気が発生し、さらに熱風を浴びるものだから体力は削がれていく。

 

 蘭子は叫ぶ。


「残りのハサミは、あと二つ! エネルギー充填まで、あと少しだ!」


 限界のジャスティーナも叫ぶ。


「まぁーだーでーすーのぉぉぉぉぉ」

「あとちょっとだ。エネルギー充填99パーセント!」

「ぬぅぅぅはぁぁぁぁぁ。アー、イー、リー、ンさ、まぁぁぁぁぁ!」

「来たぞ! エネルギー充填100パーセントだ! いっけええええええええ」


 ゲキトゥムのキャノン砲から強大な熱線が発射された。衝撃でゲキトゥムの装甲はガタガタと音を立てて弾け飛び、蘭子とジャスティーナも後方へ吹き飛ばされた。


 熱線は一直線にクレウセタに向かった。そして二本の竜頭のようなハサミは熱線に溶かされ、消滅した。


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