2. ヌイグルミ動きまくり、私 叫びまくり
「まぁ、家出をしてこちらの世界にやって来たのね。さっきはいきなり抱きついてしまってごめんなさい」
少女はアイリーンと名乗った。先ほどは愛梨そっくりに見えたものの、通された二人きりの客室にはランプと蝋燭があるので相手の容姿が良く見える。
愛梨よりも背が高く、気品があって大人っぽい。もし愛梨が14歳になっていたら、アイリーンのような少女になっていたかもしれないなと華芽は思った。
「それにしてもハンナメイアそっくりで驚いたわ。亡くなったあの子が成長して会いに来てくれたのかと思いました」
「私もアイリーンさんのことを死んだ友達と間違えちゃいました」
「そんなに似ているの? 華芽さんも私の友達にそっくりです。雰囲気とか、喋り方とか」
「じゃあ、お互い様だね」
「そうですね」
二人は笑いあった。アイリーンといるとなんだか落ち着く。ウキウキしてきて、これから楽しいことが起きるんだろうなと思えてくる。華芽はまるで心に日が差してきたようだと感じた。ポカポカな気分になり、これが本来の心だったんだと気づいた。とっても懐かしい穏やかな気分だ。愛梨といた頃の、自分。愛梨の死後、心が鎧を纏っていたんだなと気付いた。
愛梨とアイリーンは別人だ。それがわかっている上で、友達になりたいと思った。アイリーンをじっと見てみいると彼女はニコっと笑った。
「ああ、商人のお兄さんから異訪人をお招きするオブジェを買い付けた甲斐がありました。まさかこんな素敵な女の子がやって来てくれるなんて」
オブジェというのは、先ほどのこと、扉が閉まった衝撃で落ちて壊れたオブジェのことだ。オブジェを扉や門に飾り付けると、異なる世界から勇者=異訪人を招いて、現状を良き方向に導いてくれるものだという。数十年前に現れた最初の異訪人は当時猛威を振るっていた魔獣を強大な力で倒したのだそうだ。
ちなみにオブジェを飾りだしたのは数か月前。なぜか今晩になって効果が発動したらしい。ちなみにオブジェの効果は一回きりで役割を終えると自動的に壊れると商人のお兄さんは言っていたという。
もしそれが本当ならば、華芽にとってここが異世界ということになる。この古めかしい作りの部屋といい、照明はランプと蝋燭のみであることから異世界というのも頷ける。
華芽が通って来た扉は一度閉まり、あらためて開けてみると六畳ほどの物置になっていた。その部屋のどこを探してもマンションにつながる扉なんてなかった。建物の外には出ていないが、窓から見える景色は満月の森だ。ここは繁華街からほど近い新築のマンションだったはず。雨が降っていたはずだし、立地的に森があるなんてありえない。
華芽はアイリーンに目を向ける。アイリーンは照れたようにはにかんだ。ああ癒される。この子と友達になりたいなと華芽は強く思った。
「そうだ、愛梨の写真を見せてあげるよ」
華芽はカバンの中から写真を取り出そうとした。しかし写真もピョンナもなかったのだ。
「どうしよう。大切なものなのに」
慌てる華芽の事情を聞いたアイリーンは落ちつくよう諭した。
「異訪人は大切な二つのモノを組み合わせて守護獣を生み出したといいます。守護獣は異訪人の呼びかけに応えて現れるそうなんです」
「守護獣? よくわからないけど、とりあえず出てきて。ピョンナ! 愛梨の写真!」
すると心の奥からボンっ、という音がしたかと思えば床にピョンナのヌイグルミがうつ伏せで倒れた。
「どこから出てきたの?」
華芽の疑問にアイリーンは
「守護獣は異訪人の心を温めると言います。心の中から出てきたのでは?」
「ふ……ふーん」
それにしてもピョンナが一回り大きくなっている気がした。そして勝手にむっくりと立ち上がったのだ。振り向いたその顔は写真の愛梨そのものだった。長い耳があるが、顔だけが愛梨なのだ。まるでウサギの着ぐるみを着た子供。なぜか二等身。ピョンナは華芽の混乱をよそにエッヘンと手を腰に当てて不敵な笑みを浮かべる。
「こんなの私が知ってるピョンナでも愛梨でもないよ!」
「まぁ可愛い。これが華芽さんの大切なものを組み合わせて生まれた守護獣なのですね。それにしても、お顔が幼いときの私にそっくりだわ」
ピョンナは満面の笑みでアイリーンに抱きついた。
「ふわふわでモコモコします。ああ、幸せな気分」
アイリーンはピョンナを抱きすくめた。そんな状況が1分も続いたので華芽はピョンナを羨ましく感じはじめた。
そのとき扉がノックされた。
「姫殿下。お帰りの時間はとうに過ぎております。お早めにお支度を」
扉の向こうの女性の声にアイリーンが応える。
「今行きます。華芽さん、しばらくはこちらの寄宿舎に滞在なさってください。管理人さんには私から説明しておきます。数日は忙しくてお会いできないかと思いますが、必ずや会いに来ますから」
「う、うん」
帰れなくなった今、宿泊先を手配してくれるのはありがたいと思った。それにしても姫殿下とは一体?
窓の外が少し明るくなった気がした。華芽とピョンナが窓の外を見てみれば、四角い光る物体が木々の上に浮いている。例えるなら人が隠れられるくらいの板のようなものだろうか。
「あれはイセラナさんの光魔法、光の壁です。何事でしょうか」
「ん? この世界には魔法があるの?」
直後、廊下から先ほどの妙齢の女性が部屋に割りこんできた。手には望遠鏡らしきものを持っている。
「大変ですよ姫殿下。レッツとイセラナが異魔獣に追いかけられて、こちらに向かってきています」
異魔獣って何? 華芽の問いにアイリーンが説明してくれた。
十数年前から街の外や森に現れては人々を襲っている存在で、最初の異訪人が倒した魔獣とは異なる生物であるため異魔獣と呼ばれていること。討伐隊が国中に出向いているが対応しきれないくらい手ごわいことなどを教えてくれた。
さっきノックをした老メイドがアイリーンの手を掴んで廊下に引きずり出した。
「ここは危険です姫殿下。さぁ、城に戻りましょう」
「待ってばあや。これではレッツくんとイセラナさんを見捨てることになります」
「姫殿下に何かあれば、それはこれからの国の損失。これまでの人生を無駄にするおつもりですか!」
「そんな……」
メイド数人に引きずられるアイリーンの悲しげな表情を目の当たりにした華芽の中に決意が芽生えた。
「アイリーン、私よくわからないけど、なにか怖いものがこっちに来るんだよね。だったら私がやっつけてくるよ」
「いけないわ華芽さん。せっかく会えたのにもしもの事があったら。ハンナメイアのように私の前からいなくなってしまったら」
「大丈夫。昔の異訪人って悪者をやっつけるくらい強かったんでしょ。私でもなんとかなるかもしれない。それに私って愛梨に守られてばかりだったから今度は私が守ってあげるよ。あ、こんなことをアイリーンに言うのはおかしいよね」
異訪人という言葉を耳にして驚いたメイドたちの横を、華芽とピョンナが駆けていく。
「待ってハンナメイア! 行ってはダメ。居なくならないで! ハンナメイア!」
鳴き声にも似たアイリーンの声を聞きながら華芽とピョンナは外へ向かった。
「あの、レッツくん、異魔獣をまいてから寄宿舎に戻ろうって聞いたんだけど、もしかしてまっすぐ寄宿舎に向かってません?」
「うるさいっ。イセラナだってさっきの光の壁、どうして自分と異魔獣のあいだに出さずに空に出すんだよ。魔法防壁は身を守るためのもんだろうが」
「だって、どうしても上手くいかないんだもん」
「イセラナの魔法下手!」
「そんなこと言ったらレッツくんの方向音痴!」
剣士見習いのレッツと魔法使い見習いのイセラナ。少年少女は暗い森の中を複数の蝙蝠型異魔獣に追いかけられていた。田舎から出てきた二人は立派な騎士、魔法使いになるために寄宿舎に住みながら街の修練場に通っている。
今日は夕方で修練場が終わったので、森の奥まで自主訓練をしに出かけたのだ。その帰りに異魔獣と遭遇し、二人は深夜になるまで逃げまわっていた。
「まさかこの森に異魔獣が現れるなんてな。おおっ、寄宿舎の明かりが見えてきたぞ」
そう言うレッツに、息も切れ切れのイセラナが追いかけながら注意する
「今晩は姫殿下がお見えになってるから、異魔獣を連れて帰ったらいけないんです!」
「そんなこと、わかってら!」
レッツはその場で走るのをやめると異魔獣のほうを向いて剣を抜いた。イセラナも事態を察し、彼の隣で杖を構える。
「うう……勝てるかなぁ。できるかなぁ」
「やるしかねーだろ」
異魔獣はジリジリと二人に近づいてくる。レッツは緊張で呼吸が上がり、イセラナは緊張で手が震え出す。
そこへ剣を携えた華芽が割りこんできて異魔獣に啖呵をきった。
「あなたたちが異魔獣ね。私は異訪人よ。痛い目遭いたくなかったらとっとと住処に帰りなさいっ……て、でっかい蝙蝠! いっぱいいる! キモイ!」
「誰なんだよ、オマエは!」
レッツの言葉に華芽は震えながら問いかえす。
「ね、ねぇ、あれが異魔獣?」
「知らずに乗り込んできたのか!」
華芽は寄宿舎を出るとき、止めに来た妙齢の女性こと管理人のミューラから異魔獣の恐ろしさを聞いた。
それでも、行かねばと思った。アイリーンを悲しませたくない。華芽は偶然玄関に立てかけてあった剣を手にして急行した。
とにかく目の前の蝙蝠を倒さなければ。
とりあえず剣を投げてみた。
避けられてしまった。
華芽はとりあえずレッツに意見を求めた。
「あのですね、剣当たらないの、どうしよう」
「剣術も知らずに乗り込んできたのか!」
その隙をつくように、一体の異魔獣が華芽に突っ込んできた。そのときだ。ピョンナが二等身ながら見事な跳び蹴りで異魔獣を吹き飛ばしたのだ。
華芽は感嘆の声を上げる。
「やった! ピョンナすごい!」
エッヘンと、ふんぞり返るピョンナに残りの蝙蝠が迫って来た。さすがに多勢に無勢だと感じた華芽はどこかにピョンナの武器になるものはないかと探す。
するとピョンナは突然、オエェェ~と嘔吐した。口から出てきたものは大きなハンマーだ。ピョンナはハンマーを手にすると蝙蝠異魔獣の群れに突進し、振りまわした。異魔獣は次々と倒されていく。
「あのハンマーって」
華芽は幼稚園のときのことを思い出した。華芽が悪ガキにいじめられていると、愛梨がオモチャのハンマーを振りかざして助けに来てくれたのだ。ピョンナのハンマーのデザインは大きさや威力こそ違うものの、愛梨が使っていた物だった。
「あのときはありがとう愛梨」
しみじみする華芽と、異魔獣を相手に奮闘するピョンナ。これを見たレッツはつぶやく。
「だからオマエら誰なんだよ」
これに対しイセラナは答えた。
「異訪人て言っていたよ。そうなるとウサギさんは守護獣ってことになるよね」
「異訪人? 守護獣? まさかあのオブジェは本物だったのかよ。城では飾るところがないからって、適当に寄宿舎で飾ってたのに」
「私、異訪人様たちを援護してみる。かの者を守りたまえ、出でよ光の壁!」
イセラナの呪文で複数枚の光の壁が現れた。しかし魔法障壁といったら地面と垂直で対象者の目の前にそびえるものだが、イセラナの光の壁は地面と水平だったり、斜めだったり、地面にめり込んでいたり、空中に出現したりとメチャクチャだった。利点といえば周囲が明るくなったくらいか。
「あう~。ごめんなさい異訪人様、守護獣様」
「ほんっと、ダメだよな。オマエの魔法って」
レッツに責められるイセラナをよそにピョンナは異魔獣たちを殲滅しつつあった。しかし一体の異魔獣が上空に舞いピョンナから距離を取ると、ほかの個体も真似をした。さらに空からヒットアンドアウェイで攻撃してくるのだ。
ムキになるピョンナ。華芽は少し考えるとイセラナに言った。
「そこの女の子、さっきの壁、もう一度出してくれないかな」
「え? 私の魔法なんて役に立ちませんから」
「そうだ。こいつの魔法なんかじゃ守護獣を守れねえよ!」
それでも大丈夫だからと言う華芽の要望にイセラナは承諾し、もう一度光の壁を出現させた。
「ああ、やっぱりダメぇ」
イセラナの言うとおり複数枚の光の壁が、あちこちに、空中に、地面とは斜めに出現した。
「ピョンナ! それを使って!」
華芽の声にピョンナは動いた。周囲に散らばる光の壁を足場にし、上空にいる異魔獣に追いつき撃破したのだ。この手段を用いて残りの異魔獣も倒しきった。
「すげぇ。異魔獣を全滅させやがった」
「私の魔法にあんな使い方があるなんて」
驚くレッツとイセラナであった。