19. 私たちは、生きるんだ!
巨大ピョンナは真っ赤な爆発に包まれた。爆風に飛ばされて落ちてきたのは、焦げ付いたピョンナだった。いつもの大きさに戻っており、目は閉じている。
「ピョンナ!」
華芽は駆けよってピョンナの身体を揺さぶるが、目を覚まさない。
「カララ! 残念ながらここまでのようだ。撤退させてもらうカ!」
コウルオセスはクレウセタの横で、宙に浮かびながら言った。
ピシっ、ピシピシピシピシっ
クレウセタの背中に付き刺さった氷の剣が溶け、ヒビを突き破って出てきたのは巨大な一本の赤いハサミだった。
そのハサミはとても大きく、形状は竜の頭のように立体的だ。ハサミを開けば、まるで竜が口を開けたように見える。
「おいおい、何だありゃ」
蘭子はもちろん、その場にいる全員が驚きを隠せない。
「カラララララ~ん! これは、なんと! 異魔獣が暴走したカ! こうなると制御は難しいカ。でもうれしい誤算。この場にいる人間は皆殺しにできる。ついでに王都に誘導すれば多くの人間を始末できる。まさに形勢大逆転!」
アイリは青ざめた。
「異魔獣の暴走ですって……」
「おいっ、ヤベェじゃねーか」と蘭子。
「見ればわかんだろうよ!」とレッツ。
「慌てふためけ! さぁ、誰から死んでもらおうカ。やっぱり姫カ。それとも邪魔してくれた異訪人カ!」
そのとき、ハサミが開いた。ハサミは竜の口の中のように、空洞が奥に続いている。カニの体内まで続いているのだろう。
そのハサミが、なぜかコウルオセスが浮かぶ方向を向いていた。ハサミの中が光で満たされていく。その光がみるみる大きくなる。そして……
「カラっ……ラアアアアアアァァァァァァァ!」
光は光線となりコウルオセスを襲った。コウルオセスを余裕で包むほどの大きな光線は、そのまま後方の木々を貫き、大地に焦げ跡を残し、森林に一本の焦土を作りあげた。
コウルオセスは、もう何処にもいない。光線によって羽根の一枚も残さず、消滅されてしまった。
光線を放出したハサミは紅色を失い、だらりと横たわった。しかし根元のほうから少しずつ、赤みを増していく。
さらにクレウセタは産卵を始めた。多くの卵が生み出されていく。
「卵を産むために休んでいるのでしょうか」とイセラナ。
「まさか卵を産み終えたら、また赤色に戻って、先ほどの光線を撃つつもりではありませんでしょうね」とジャスティーナ。
リシュテルは苦悶の表情を浮かべた。
「今のうちに王都に戻って現状を騎士団に伝えましょう」
その提案にアイリは首を振った。
「いま倒しておかなければ、異魔獣は再び活動を始めます。もし王都で光線が放たれれば被害は尋常ではありません。騎士団の出撃も間に合うかどうか」
「お言葉ですが姫殿下。我々にはもう打つ手がありません。私の攻撃でも無理でしょう」
アイリは周囲を見回す。華芽はピョンナを抱きしめるが、ピョンナは動かないままだ。ゲキトゥムは火力を消費し、蘭子は疲弊している。ジャスティーナは魔法の連続で魔力をほぼ使い切っている状態だ。
「そうですね。みなさん、よくやってくれました。王都へ帰りましょう」
「まてよ」
蘭子だった。
「異魔獣を放っておいたら、どこ行くか分かんねーンだろ。やっちまおうぜ」
蘭子は異魔獣のほうへ歩いていく。ジャスティーナは声をかけた。
「ちょっと、何する気ですの」
「ゲキトゥムの最終手段を使ってやる。エネルギーの全てをキャノンにまわして、でっかい花火をぶちかますのさ。お姫様に辛い顔させとくわけには、いかねぇからな」
「でもアナタ、フラフラしてますわよ」
守護獣が力を使えば、それだけ異訪人の体力は消耗する。蘭子の腕の包帯は血で滲んでいた。傷口が開いたのかもしれない。
「最終手段ってのは、ゲキトゥムに負荷がかかる。エンジンが熱暴走を起こして爆発するかもしれない。暴走には暴走だ。ちょうどいいや。爆発したら、みんなを巻き込んじまうから、アタシとゲキトゥムは、あっちのほうでぶっ放す。みんなは先に王都に戻ってくれ」
「ふざけないでくださいまし! そんな自爆まがいの手段なんて、やるもんじゃありませんわっ」
ジャスティーナは蘭子の肩を掴んだ。だが蘭子は止まらない。
「ジャス子、アタシには爺さんと婆さんがいるんだよ」
「はぁ?」
「爺さんと婆さんには子供と孫がいたんだ。でもさ、呪いで死んじまったんだよ。あの異魔獣はヘルズゲートになるんだろ。ヘルズゲートは呪いを生むんだろ。また誰かが死ぬんだろ。ふざけるな。ふざけてるのはカニ野郎のほうだ。アタシは異訪人だ。やっつけて終わらせてくる!」
「アナタが異訪人ならワタクシなんて貴族です。アナタはこの世界に来たばかりの一般庶民。庶民を導くのが貴族の務め。このワタクシの高貴さ、素晴らしさを知らないまま見殺しにできるものですか!」
「アタシはやると決めたらやるんだ!」
「ほかに手段があるかもしれませんでしょうに!」
「あの、二人で熱苦しくなってるところ、悪いんだけど」
菜和美だった。
「熱暴走して危険なのなら、しないようにすればイイでしょ。氷の魔法で冷やせばいいのよ」
蘭子は問う。
「でも、熱くなっているモノを冷やしたら、カニの甲羅みたいにヒビが」
「頭悪いわね。急に冷やしたら金属疲労を起こすけど、最初から冷やしておけば大事には至らないわよ。冷却水やラジエーターを知らないの?」
「……兄貴が言っていたような」
「とにかく異魔獣は放っておけない。そして攻撃手段は残ってる。やることはひとつでしょう」
「菜和美、サンキュな」
「別に……」
「とにかくワタクシは冷やせばいいのですわね。残り少ない魔力、惜しみなく使いますわよ」
蘭子とジャスティーナ、菜和美はクレウセタの右側へ向かって歩みを進めた。そちらには茂みがあるので、その中にいれば少しくらいは安全という考えだ。
三人を追ってレッツがやってきた。
「オレも行くぜ。もし卵が孵って襲ってきたら、オレが倒してやる!」
イセラナもついてきた。
「生まれたての異魔獣なら、レッツくんでも倒せそうですね」
「うるせーよ」
ゲキトゥムが金属音を響かせながらあとにつづく。
蘭子は疲労困憊だが、顔のニヤニヤが止まらなかった。ジャスティーナが不審がる。
「何を笑っているんですの」
「へへ。良いことをしようとすると、みんなが付いてきてくれるんだなって」
「何を言い出すのかと思ったら。当然でしょうに。そんなことより、最後の攻撃、失敗は許されませんわよ」
アイリとリシュテルは蘭子たちを見送った。
「姫殿下、我々は安全なところへ」
アイリは華芽の肩に手をかける。
「ピョンナちゃんは?」
「どうしよう、動かないの」
ピョンナの目は閉じたままだ。ピョンナの顔は幼い日の愛梨そのもの。その顔は、愛梨と死別したときのことを思い出させる。愛梨のお葬式、棺の中で眠る親友。
「そんなのやだよ。目を覚ましてよ。ピョンナ!」
そのときだ。卵が一斉に孵り、子ガニが活動を始めた。竜のようなハサミは徐々に赤みを増していく。子ガニは蜘蛛のように、素早い動きで蘭子とアイリのほうへ押し寄せた。
「もう生まれたのかよ」
レッツは剣を構えた。蘭子方面へ向かった子ガニはレッツと菜和美のシュバルトが、アイリ方面へ向かった子ガニはリシュテルが応戦する。
「エネルギー充填開始だ!」
「熱っ。氷結魔法が追いつきませんわ」
ゲキトゥムのエネルギーが両肩のキャノンに集中していく。ゲキトゥムの各部位は軋みはじめ、上半身は熱を帯びていく。
これから撃つのは、たった一発の必殺技。最後に残された僅かな希望。必ず命中させるためにも、蘭子はゲキトゥムの横で異魔獣を見据える。
ジャスティーナはゲキトゥムの背後から、背中と腹に手を伸ばし、魔法で冷却を試みる。
エネルギーの充填とともに、ゲキトゥムの装甲の隙間から、おびただしい熱風が排出され蘭子とジャスティーナは吹き飛ばされそうになりながらも耐え忍んだ。
「んもうっ、発射はまだですの? 魔力の底が尽きそうですわ」
「まだまだぁ! 最後の大花火だ! デッカイのブッ放つための時間をくれ」
「ああっ、もうっ! 異訪人ってのは! 過酷な環境、悲運な戦況、華麗に覆す美人がこれしきで! 頑張れ負けるなジャスティーナ!」
ゲキトゥムがエネルギーを充填し、各々が子ガニ異魔獣と戦う中、予想だにしない事態が訪れた。
カニの背中を突き破り、竜のようなハサミがもう二本出現したのだ。こちらは既に紅く色づいている。まるで三つ首の竜だ。
このうちの一本がハサミを開き、華芽とアイリに狙いを定めた。光線が発射される。
「アイリだけでも逃げて」
間に合わないとわかっていた。光線は早い。それでも華芽のアイリを助けたいと思う意識が先行し、彼女を逃がすために、左手を伸ばして付き放そうとする。ところが伸ばされた手は、アイリの右手で握り返された。
「逃げるときも、笑うときも一緒です」
華芽は一瞬、目を丸くするが
「そうだね。一緒だね。私、こんなところで死ぬわけにはいかないもん」
「楽しいことがいっぱい待ってます。二人で迎えに行きましょう」
光線が二人の目前に迫る。異魔人さえ一瞬で消滅させえた、死を招く光。
光がとても眩しくて、お互いの顔が見えなくなる。でも手はつながっている。温もりで互いの存在を確かめあえる。力強い。負けたくない。
だから、襲い来る光に向かって、二人は強く、宣言した。
「私たちは、生きるんだ!」
光を遮るように、逆光の中で、小さな影がむっくりと立ち上がった。その影は二等身で、長い耳。ピョンナだった。
次の瞬間、二人は真っ白い空間にいた。上下も左右もない、宙に浮かんでいるのか、白い床に座っているのかもわからない、不思議な場所。
もしかして死んだのでは? と思う。華芽はアイリを探した。手を握っていたことを思い出し、左を向く。するとアイリも、こちらを向いたところだった。
ここはどこだろうね。声にしようとしたときだった。なつかしい声が二人に語りかけてきたのだ。
「よかった。ちゃんと生きようとしてくれて」
「これだからお姫様は、世話が焼けるんだよ」
目の前にはピョンナ。不敵な笑みでニヤリとしている。さらにピョンナの両手は、二人の少女の手とつながれていた。
ピョンナの両脇にいたのは藍郷愛梨とハンナメイアだった。