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16. 二度目の家出は全力疾走で

 ジリジリと距離をつめてくる黒の獅子団。出口は男爵の使用人に塞がれてしまっている。


 執事とメイドたちはアイリのまわりを守るように取り囲んだ。ジアール男爵は笑い飛ばす。


「無駄だ。使用人どもに何ができると」

「まだわからないのですか。私は男爵を疑った上でこの屋敷に来たのです。何も準備していないと、どうして考えられるのですか」


 ナイフを持った男がアイリに飛びかかる。


 しかし一瞬で執事の一人にねじ伏せられ、持っていたナイフは、階段上にいた別の男の足に投げつけられ刺さった。その男は階段から落下。階段下にいた別の男を巻き込み、その男が巻き込まれたはずみで手から離れたサーベルが男爵の足元に突き刺さる。


「ひいいいい」


 これを発端に黒の獅子団と執事・メイドたちの乱戦が始まった。男爵は部屋の隅に逃げる。乱戦の中、一組の執事・メイドを引き連れたアイリが悠然と近づいてきた。


「内通者がいると考えた時点で、貴族の方々には見張りをつけさせてもらいました。そして貴方の動向も調べ上げました。その者たちは何者なのか。気になりませんか」

「兵や騎士たちは大会の警備で多忙だったはず。……まさか、王国第十特殊部隊を動かしたのか」

「ふふ、正解ですよ男爵。かつての異訪人の仲間が作りあげた特殊諜報部隊。今日、彼らには執事・メイド・表にいる一般兵に扮して頂いております。一人ひとりが選りすぐりの猛者です。大掃除の巻き添えにならないよう気をつけてくださいね」


 男爵は屋敷から逃げようとするものの、ブン投げられた黒の獅子団の男が横たわり、退路が塞がれてしまった。


 男爵は見回す。黒に獅子団の数が確実に減っていっている。特殊部隊に制圧されていく。そんな中、悠然と近づいてくるアイリを見て男爵は震えあがる。


「どうしたのですか男爵、目の前にいるのは世間知らずで理想主義者で死にかけの小娘ですよ。私を怖がる必要はありません。貴方を裁くのは国なのですから。覚悟はよろしいですか」


 続々と黒の獅子団が倒されていく。そんなとき、表から声が聞こえた。

「敵襲! 敵襲!」


 玄関扉が爆発で吹き飛ぶ。黒いローブを纏った者が、蝙蝠と犀の異魔獣を引き連れて乗り込んできた。


「カラララ。まだ殺していないのカ。愚鈍な人間と契約してしまったものだ」

「おお、来てくれたか」


 男爵は慌ててローブの者に近寄った。アイリは語気を強める。


「異魔人とまで手を組んでいたのですね」

「そのとおりだ。利用出来るものは何だって利用する。姫殿下、貴女は邪魔なのだよ」


 異魔人は黒いローブを脱いだ。まるでカラスのような人間。全身が黒い羽根に覆われ、腕は翼になっている。


「我が名はコウルオセス。姫殿下、異魔人側としても人間に解呪法を見つけられては困る。ここで死んでいただけないだろうカ」

「コウルオセス殿。殺すのは構わないが私の屋敷を爆破するのはよしてくれ」


 男爵は懇願するが、コウルオセスは嘴の長い顔をかしげた。


「我々のもうひとつの目的は人間社会の混乱。内側から壊すこと。そのためにオマエにチカラを貸しているにすぎない。オマエが困ったところで知ったことカ」

「そんな……」

「利用出来るものは何だって利用する。そんなところカ」


 コウルオセスが腕を振ったとたん黒い羽根が舞い散った。


「姫殿下!」


 脇に控えていた執事に扮した特殊部隊隊員が、アイリを担いで後方にとんだ。黒い羽根は床や壁に触れたとたん爆発し、男爵は巻き込まれてしまう。


「姫殿下、こちらです」


 メイド姿の隊員の機転で、アイリたちは爆発で壊れた壁から外に出た。外では兵に扮した隊員が蝙蝠の異魔獣や犀の異魔獣と戦っていた。さらに後方には


「あれは……」


 アイリは息を飲む。巨大な白いカニの異魔獣が隊員たちを蹂躙していたのだ。コウルオセスがアイリを追って屋敷から出てきた。


「カララララ。あの異魔獣はクレウセタ。のちにヘルズゲートとなる存在。我々は異魔獣をヘルズゲートにする研究をしている。今日は制御試験も兼ねて投入してみたと言ったところカ」

「ヘルズゲートを作っているというの?」

「さぁ、試しに殺されてみるカ? それとも爆死がいいカ?」


 執事・メイド姿の隊員がアイリの前に立つ。


「姫殿下お逃げ下さい。大きなカニまで出てくるなんて計算外だった。ここはオレたちがくい止めます」

「異魔獣用の装備はありますが、どこまでもつか。王都に戻って本部に連絡を」


 二人はコウルオセスを羽交い絞めにした。アイリは二人と、この場で戦うすべての隊員たちに向かって叫んだ。


「死んではなりませんよ。時間を稼いだら貴方たちも逃げてください」


 アイリは王都に向かおうとした。しかし、ほんの数歩で立ち止まることになる。


「あなた、ですか」


 立ちふさがったのは菜和美だった。




 菜和美は剣を構えた。剣先をアイリに向ける。


「直江菜和美さん、どうして黒の獅子団とともに?」

「あんな連中と一緒にしないでくれる?」

「ちょっと菜和美ちゃん。失礼なこと言うもんじゃないよ」


 レイアンナだ。彼女は場の緊張感なんて関係なしといった感じで近づいてきた。


「菜和美ちゃんは黒の獅子団の立派な黒猫使いさ」

「レイアンナ、私の仕事は表彰式で姫を殺すことだったはず。どうしてここで殺さないといけないの」

「予定が変わったのさ。殺せるときに殺しとく。姫が屋敷に来るってジアールが言うから参じてみたものの、部下はボコられるし、こりゃ失敗かと思ったら、そうでもないようだね」


 レイアンナはニタリと口元を歪ませた。アイリはレイアンナに言う。


「そのジアール男爵は異魔人の攻撃を受けました」

「ふぅん、そうなんだ。でもジアールがアタイらの依頼人ってわけじゃないんだ。一緒に姫を殺すように命令されただけ。さて菜和美ちゃん。姫殿下の殺害、よろしく頼むよ」

「アナタがやればいいじゃない」

「ジアールは死んだんだろう。だったら屋敷の金目の物、そのままにしとくワケにはいかないじゃないか」


 屋敷は先ほどのコウルオセスの爆破のせいで火事になりかかっている。それでもレイアンナは二人に手を振りながら屋敷の中に入っていった。



「こちらにも事情があるの。悪いけど死んでもらうわ」

「直江さん……」


 一歩も逃げないアイリに菜和美は問う。


「どうして逃げないの?」

「こう見えても逃げたくて仕方がないのですよ。私が逃げないと隊員の方々も逃げられませんので」

「ふんっ、他人のため? 偽善的ね」

「あなたが守護獣を出したら、すぐに追いつかれてしまいます」

「だったら命乞いでもすれば? それからアナタがしようとしている計画……これを止めれば依頼人だって命までは取らないはずよ」


 するとアイリは首を振った。菜和美はアイリの頑なさが気に入らない。


「依頼人が言っていたそうよ。呪われてるんですってね。だったら残り少ない人生を大切に過ごしたらどうなの?」

「友達ができたんです。昔、友達を失ったんです」

「え?」

「あたらしい友達は作りませんでした。貴族には愛想よく振る舞って、私と同じように呪いに苦しむ人たちには、直接訪ねて励ましました。出会った人たちの中には同じ歳の子もいたのだから、友達を作ろうと思えば作れたんです。でも作りませんでした」


 菜和美は何を言いたいのかわからない。アイリは続ける。


「最近、とある子と出会って友達になりたいと思いました。その子は友達になってくれて、私は心を取り戻したと感じました。そして改めて気付いたんです。呪いで苦しむ人たちにも大切な友達がいることに。死ねないんだって。自分の身になってやっと気付いたんです。みなさん、心の底から生きたいと願っていることに。これまでの慰問は何だったのでしょうね。貴女の言うとおり私は偽善です。一国の姫なのに苦しむ民の本当の気持ちがわからなかった。失格です」


 アイリは強く言う。


「呪いを解く方法を探す。探し続ける。やめる気は一切ありません」


 菜和美は気圧された気がした。しかし錯覚だ。相手は武器もない、今や家来もいない、ただの少女だ。菜和美は剣を振り上げた。


「だったら、死ぬことになるわよ」

「いいえ、死ねません。私は死ぬために生きてきたのではありません。生き続けるために今を生きています。これからもあの子と一緒に、ずっと一緒に生きるんです」

「じゃあ、殺す!」

「貴女に殺されるわけにはいきません。貴女と友達になります」

「何を……」


 剣を振り下ろせば、剣士でない菜和美でも確実にアイリの身体を引き裂くことができる。殺すことができる。殺せば元いた世界に帰ることができる。できるが……


「もう一度言うわ。呪いを解くなんて、やめて。生命はいつか必ず消えてなくなるものよ」

「いつか消えるから最善を尽くしてあげたい。もちろん貴女にも。貴女は人を殺せません」

「私は命のひとつくらい」

「殺したのですか」

「殺したのと同じよ」

「でも貴女は、とても苦しそうです」


 菜和美の手から剣が落ちた。何が起きたのかわからなかったが、自分で手放したのだと気づくのに数秒かかった。手を見れば震えている。


「どうして、どうして上手くいかないの!」


 菜和美は頭を抱えた。


「ひとつくらい上手くいっても良いじゃない! なのに、なんで!」


 押し寄せてくる、怒りと悲しみ。苦しくて仕方ない。全てが嫌になる。菜和美は思いだした。そうだ、家出したときだってこんな気持ちだった。


「直江さん、私の友達を紹介します。その子は、いつでも助けに来てくれる子なんです。きっと貴女のことも」

「カララララ。まだ殺してなかったのカ? 黒の獅子団とは同族を平気で殺せる者の集まりではなかったのカ?」


 アイリの言葉を遮るように、コウルオセスが近づいてくる。隊員たちは奥で倒れていた。


「オマエは異訪人だと聞いたぞ? 黒の獅子団以外に、この世界で居場所なんてあるのカ?」


菜和美は落ちた剣を拾いあげた。


「そうね、この世界の居場所は、そこしかなかったわ」

「カラ! 殺るのカ。殺るカラには殺ればいいんじゃないカ!」

「直江さん」


 菜和美は剣を振り上げると……コウルオセスに向かって投げつけた。


「カラ!?」

「出てきなさいシュバルト!」


 ボンっという音とともにシュバルトが出現。菜和美の意をくむと、アイリを抱え上げて走り出した。そのあとを菜和美が追う。


「直江さん?」

「あなたの友達って、花岡華芽でしょ。連れて行ってあげるわ」



 菜和美は前を見据えて、走る。

「私は一度、家出したの。二度目の家出なんて、どうってことはないわ」


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