14. もっと、友達になろう
「幼い頃の私はお城ではなく、地方の屋敷で過ごしていました。屋敷は小さな街の片隅にあり、私はよくそこを抜けだして街の子供と遊んでおりました。国王は寛大な方で、幼少期の頃は街に出て市井をよく見聞せよとの考えだったので、大目に見てもらっていました。それでも従者の方々が陰ながら見守っていてくださったんですが」
街の子供の中でも、とりわけ仲が良かったのがハンナメイアという少女だった。子供たちと楽しく遊ぶことはできたが、アイリが王族の者だとわかると、どこか距離を置かれてしまった。
だがハンナメイアはそのようなことなく、時にはアイリを叱り、あるときは誉め、またあるときはアイリがハンナメイアを咎め、勇気づけていた。そんな二人の様子を見ていたまわりの子供も、だんだんと、心からアイリと打ち解けていった。
「一年も経つ頃には王族だけど庶民みたいな子。本当に王族なのか、なんて囁かれていました。ですから私が従者とともに歩いていても、街の子供や大人たちは躊躇いもなく声をかけてくれました」
ある日、丘陵へピクニックに行こうという計画が持ち上がった。子供たちだけでは不安があると、心配性の乳母は屋敷の常駐兵や騎士たちに遠くから見守るよう命じた。
ピクニックは楽しかった。なんら普通の丘陵で、たどり着くまでは劇的なことも起きなかったが、ハンナメイアやみんなと過ごす時間は宝石のように輝いていた。
「丘陵の見晴らしの良いところでお弁当を食べたんです。美味しかった」
アイリは、また黙りこんでしまった。華芽はすぐに察することができた。
「もしかして」
「はい。突如ヘルズゲートがあらわれたのです」
ヘブンズゲートが吐きだした呪いの煙で多くの子供たちが犠牲になった。阿鼻叫喚の中、ハンナメイアはアイリの前に立ち、盾になるような形で呪いを浴びた。
すぐさま離れたところで待機していた兵たちが応戦に出たことと、偶然通りかかった旅の魔法使いの活躍によってヘルズゲートは逃げ出し、全滅は免れた。しかし
「子供たちの中には即死した者、意識不明のまま数日後に亡くなった者もいました。とりわけハンナメイアは親元に帰されても三日間苦しみ続け、一言も会話できず、水の一口すら飲めない状態で亡くなったといいます」
このときのアイリは子供たちが亡くなったことを知る由もなかった。ハンナメイア……子供一人が盾になったからといって呪いの煙を防げたわけではない。アイリも呪いの犠牲になった。
数日間苦しみ、王国の技術研究所と医療団がなんとか呪いを抑える処置をして、やっと歩けるようになったのが一ヶ月後。ハンナメイアたちが死んだことを知ったのは、そのときだった。
華芽は辛そうに話すアイリを見ていられなかった。こうしてアイリが隠していた過去を暴くことは苦しめることと同意なのだ。なぜ、そこ分からなかった。
「もういいよ、アイリ……」
「いいえ、見てください」
アイリは立ち上がるとドレスを脱いだ。
「呪われた者は胸を中心に呪いの紋様が浮かびます。呪いが侵攻すれば侵攻するほど全身に紋様が浸食し、死ぬ頃には全身、内臓に至るまで埋め尽くされます」
アイリの身体は胸元から太もも、肘の先まで奇怪な紋様に埋め尽くされていた。
「ここまで侵食されると普通なら、あっという間に全身を覆い死に至るのですが、先端医術のおかげで生きながらえています。呪いの抑制には大金が必要ですので、国民には申し訳なく思っています」
これまでアイリは長袖でロングスカートのドレスを着ていた。だから華芽は紋様に気付かなかった。言葉も出ない。
「呪いの抑制ですが、ここ最近は効果が薄れてきました。私の中では少しずつ、呪いが蝕んでいます。持って数年でしょう」
「アイリ!」
華芽は立ち上がると、アイリを抱きしめた。
「苦しかったんだね。私が家出した理由よりもずっと、ずっと大変だったんだ。それなのに、わたし、何も知らなくて……」
「優しい。温かくて優しい。死んだあの子もそうだった。もし私が王族でなかったら、もし私がピクニックに参加していなければ、元気なあの子ならヘルズゲートを見るや否や逃げおおせていたかもしれません。私さえいなければ……」
「そんなこと言わないで!」
「そうですね。みんな、そうやって励ましてくれます」
アイリはそっと華芽から離れると、ドレスを着た。
「だから私は、これ以上ハンナメイアのような犠牲を出さないためにも、二つの計画を立案しました。ひとつは異魔獣、ヘルズゲートの討伐隊の充実。もうひとつは呪いの延命ではなく、呪いを解く方法の発見……、……」
アイリは突然倒れかけた。華芽は慌てて支えると、ゆっくり二人で床に座った。
「大丈夫? もしかして」
「いいえ。これは呪いではなく、最近少し忙しかったことが原因でしょう。もう平気ですよ」
そうは言うものの、アイリは少し苦しそうだった
「呪いを解く方法を見つけるためにも私直属の部下、いいえ遺志を継ぐ仲間が必要です。解呪の方法が国外にあるとわかれば、私とともに旅立ってもらいます。私のまわりに置くのですから、ほかの王族や近しい貴族を納得させるためにも、騎士にふさわしい者でなければなりません」
アイリは立ち上がるとニコリと笑う。
「そこで、仲間の選定に今年の騎士・魔法士選抜大会を利用させてもらいました。国王も、余命数年の私のワガママを許して下さいました」
座ったままの華芽はアイリを見上げた。
「私ね、呪いを解く方法を見つけるには旅に出るしかないと思ってた。それはアイリの側から離れることになっちゃう」
そして、アイリの手を取る。
「でも、一緒に旅ができたら離れることはないね」
「華芽」
「選抜大会、がんばる! 優勝を誓うよ!」
「こ、これでは主に忠誠を誓う騎士のようですよ」
壁にかかった鏡に目を向ければ、膝をついた華芽がアイリの手を取っている。
「ふわわわわ」
「ふふふ」
アイリは心から笑った。
二人掛けのソファの上、華芽とアイリは寄りそうように座っていた。
「私ね、ここでは異訪人なんて言われてピョンナがいてくれるけど、元いた世界だと、とっても弱い子だったんだ。でも愛梨が助けてくれてたの。とってもいい子だった。
「ハンナメイアも同じです。あの子がいてくれたから今の私がある」
「じゃあ私たち、一緒だね」
「はい」
二人はどちらかともなく手を握り合った。
扉がノックされた。
「姫殿下。お時間です」
リシュテルが扉を開けた。
「選抜大会、絶対に勝つよ」
「応援しています」
「そうだ、もし時間ができたらハンナメイアさんのこと、紹介してね」
「ハンナメイアはもうお墓の下に……」
「うん。お墓参り。一緒に行こうね」
華芽はリシュテルに促され、部屋の外に出ていく。
「愛梨さんの事や、呪いのない世界の事、もっと教えてくださいね」
閉まりかけた扉の向こう、華芽が笑顔で頷くのが見えた。
部屋に残されたアイリは扉に背中を預け、誰へともなくつぶやいた。
「まさか一国の姫の心をこれほどまでに揺さぶるなんて。さすが華芽です」
アイリは腕をまくり、身体を蝕む呪いの紋様を見た。
「私も戦いに勝たなければなりませんね」
城の出口へ続く長い廊下。華芽を先導するリシュテルは不意に言った。
「姫殿下が呪いを解く方法を探していることはご存知ですね」
「はい、聞きました」
「呪いの延命治療は高額です。犠牲者の全てが延命治療を受けているとは限りません。呪いを解く方法さえあれば、多くの人を救うことができます。しかし、それを快く思わない方々もいます。ここ数日の不穏な動き、姫殿下のお命を狙ったものでしょうね」
「そんな……」
城の出口まで来るとリシュテルは立ち止まった。
「姫殿下は今回の選抜大会でご自分の騎士にふさわしい者を探しております。それは余命いくばくもない姫殿下が、御自身の想いを受け継いでくれる者を探している事でもあります。しかし貴女と出会ってから少し考え方が変わったようです」
「え?」
「想いを受け継がせるのではなく、自分とともに想いを添い遂げられる者を探すこと。これまでの姫殿下は死を覚悟しておられましたが、最近になって、これからも生きていくことを前提として、呪いを解く方法を探しはじめた気がするのです」
リシュテルは異界から来た華芽という少女をじっと見据えた。
「余命数年とはいうものの、いつ死んでもおかしくないほど、お身体は確実に弱っていた。ですが貴女がこの世界に来てからというもの、まるで呪いの進行が止まったかのようにハツラツとしておられる。古いメイドたちの中には呪いを受ける前の姫殿下が帰ってきたようだと喜ぶ者もいます」
リシュテルは頭を下げた。
「選抜大会のご活躍、心より願っております」
城を出て、城門を抜け、王都と城下町を繋ぐ長い橋を歩く。
華芽の中にはかつてない使命感が湧きあがっていた。心が熱くなる。ボンっという音とともにピョンナが飛び出した。ピョンナの顔つきもいつになく引き締まり、今は不敵な笑みも心強い。
「必ず勝って、騎士にならなくちゃね」
翌日から華芽とレッツの猛特訓が始まった。今度は華芽からレッツに頼みこんだのだ。
選抜大会と並行しながらの、たった数日の特訓。そう簡単に強くなれないのはわかっている。そこでレッツが考えた作戦はこうだ。ピョンナのために相手の隙を作る役割。
第一に試合中に相手から狙われれば、なんとか一撃目をかわす、もしくは剣で受け止める。そして距離を取る。また相手が攻撃してきたら、かわす。もしくは剣で受け止める。その隙にピョンナが相手を攻撃。
第二にピョンナと相手が戦っていたら攻撃をするふりをして近づき、相手が華芽に気付いて攻撃してきたら、かわす。もしくは剣で受け止める。そうやってピョンナが相手を攻撃できる隙を作るのだ。
とにかく華芽は相手の攻撃を見極め、相手の一撃くらいは受け止められる技術を身につけなければならない。
午前中の三回戦はなんとか勝てた。午後の四回戦は辛うじて勝てた。翌午前の五回戦は運よく勝てた。午後の六回戦はボロボロになりながらも勝てた。次の午前の七回戦は何度も負けてしまうと思ったけど勝利にしがみついた……
毎度毎度、華芽もピョンナも呆れるくらい汚れて疲れて帰ってくるものだから、出場を勧めたミューラが謝るくらいだった。
それでも毎晩のレッツの特訓、早朝の基礎トレーニング、試合の合間のイセラナの対戦相手のレクチャーは欠かさなかった。不思議と心が熱かったのだ。
そして、ついにベスト4に進出した。明日の大会最終日は午前中に準決勝、午後に決勝が行われる。ベスト4には菜和美、ジャスティーナの姿もあった。