表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/22

13. これからのこと……

「なんだよ、浮かない顔してるな。さっきの菜和美のこと、だけじゃなさそうだな」


 華芽と蘭子は、菜和美が去った部屋でお茶を飲んでいた。蘭子は華芽がここに来たときから彼女の表情に影があることに気付いていた。


「うん。アイリは呪われてるんだよ……あと何年かしたら死んじゃうの」

「マジかよ?」


 華芽はこの世界の呪いについて説明した。呪いを治す方法もないことも。


「ヘルズゲート。そんなバケモンまでいるのか」

「どうしよう、アイリが死んじゃうよ。直江さんでも治せないって言ってた」

「むぅ……」

「一緒に大人になれると思ったのにな……」


 二人に沈黙が訪れた。次に華芽が発した言葉は、こうだった。


「どうしてアイリは話してくれなかったんだろう」


 蘭子はう~んと考える。


「やっぱり心配させたくなかったからだろ」

「そんなの、そんなのわかってるよ」


 華芽は椅子の上で膝を抱えた。


「私だけが、一方的に友達だって思ってたのかな。それともアイリの友達っていうのは私が思っているのとは違うのかな。アイリはお姫様だもんね。考えてることが違うもん」


 華芽は膝に顔をうずめた。深くため息をつく。


「そうだった。愛梨も何も言わずに逝っちゃったんだった……」


 アイリはまだ生きている。だが、これからやってくるであろう永遠の別れは必ず来てしまう。考えたくもないのに考えてしまい、想像したくないのに想像してしまい、怖い未来で頭がいっぱいになってしまう。


 イヤなことなんて考えるな。楽しかったこと、嬉しい未来を想像して気を紛らわそう。そうしたところで華芽にとっての楽しかったこと、嬉しい未来には必ずアイリがいる。

気が紛れない。忘れられない。どうしようもない。辛い。悲しい。寂しい。


 気がついたら足が濡れていた。泣いていることに気付かなかった。泣いていることに気がついたら、一気に涙があふれてきた。ここは蘭子の部屋だ。泣き喚いたら迷惑だ。瞼をギュッとつぶるが、涙は瞼をこじ開けて、とめどなく流れて落ちる。


 もうダメだ。悲しくて変になる。このまま一生泣きつづけようか。そんなふうに思えるほど、華芽の涙腺は壊れてしまった。このまま心まで壊れてしまえば、どんなに楽なんだろう……そのとき


「だぁーああああアアああアアぁぁぁっ嗚呼アア!! めんどくせぇ! 考えるだけじゃダメだぁ! 呪いを解く方法なんてわからん!」


 蘭子は突然叫ぶと、ベッドの上で立ちあがり、飛び跳ねて床に着地。足も怪我をしているものだから「イってぇあ!」ともう一度叫ぶと、ズカズカと華芽に歩み寄り、涙でぬれた華芽の頬を両手で包んでこちらに向かせた。


「でもアタシたちは、異訪人だ!」


 そんなことはわかってる。何を言いたいのか分からない華芽に蘭子は言った。


「アタシたちは、異・訪・人なんだぁー!」

「うん。うん?」

「だから異訪人なら、気付けるかもしれないっての。呪いが解けないなんて、この世界のこの国の人間が勝手に結論付けたんだろう。でもよ、異訪人なら見つけられるかもしれない」

「蘭子……」

「こっちの世界に来て守護獣が現れたり、お姫様と知り合えたり、魔法があったり。いろんな奇跡があったじゃねえか。きっと呪いを解く奇跡みたいなものだって、きっとある。向こうの世界でなくなった居場所だって、一瞬なくなった大事なものだって、ちゃんとこの世界で見つかったんだ。家出したら奇跡が起きた。アタシたちが村を出て、王都を出て、家出ってわけじゃないけど、国の外に出れば呪いを解く方法だって見つかるかもしれない」


 それは、今の生活と決別して旅立つということだ。


「アタシ、この世界に来たばかりのとき、楽しみ9割不安1割くらいあったんだけど……正直言えば不安10割くらいあったんだけど、華芽に会って世界が開けて不安がなくなった。さっき菜和美とも会えたから、もっと心強くなった。異訪人が三人もいればこの先、呪いを解く方法もきっとみつかる」


 涙が止まっていた。蘭子のいうとおり、解呪方法ならこれから探せばいい。自分は異訪人なんだ。怖い異魔獣を14歳の女の子が倒せたくらいだ。そう考えると、華芽の心に陽の光が差し込んできた。少しずつ、少しずつだが心が温まっていく。


「これからもアタシたちが奇跡起こしてやろうじゃねーか」

「うん……うん」

「ん? 華芽、泣いてたのか?」

 

 蘭子はベッドに座り、さりげなく、華芽の涙でぬれた手をシーツで拭いていた。


「この世界に来てさ、いろんなヤツの世話になった。爺さん、婆さん、村の人たち。アタシさ、この世界で生きるなら、お恩返ししたいなって思った。呪いを解く方法を見つけることも、きっとこの世界の人たちのためになるんだろ。探そうぜ、これから。呪いを解く方法をさ」


 レッツ、イセラナ、ミューラ、それにアイリ。アイリは華芽の勝利を祈ってくれた。王都で遊んでくれた。寄宿舎に住めるようにしてくれた。出会ってくれて、友達になってくれた。


アイリにできる恩返しは何だろう。それは一緒にいること、つまり騎士になって側にいてあげること。そして呪いを解く方法を見つけに行くこと。でも前者と後者は矛盾してしまう。


 ポンっという音とともにピョンナが姿をあらわした。ピョンナは扉を開けると華芽に手招きをした。


「アイツには、もう行くべき所がわかってるみたいだな」

「私、アイリとお話ししてくる」

「おうっ」


 華芽は扉へ向かった。扉の向こうには、いつだって新しい出来事が待っている。




 イーエンデルヒ城、アイリの部屋。リシュテルがアイリに今日の報告をしている。


「爆発によるけが人ですが、街の医院への搬送は完了しました。もっとも軽傷の者は何者かに応急処置されて自力で帰宅できたので、搬送したのは重傷者16名のみです」

「そうですか。あの場に応急処置できる人がいたのですね。よかった。」

「爆発の原因ですが技術研究所の調べによると、客席には爆弾が仕掛けられていたとのこと。しかし爆弾の残留物から推定しても、あれほどの同時多発的な爆発を引き起こすには火薬の量が足りないそうです。何か別の要因があるとしか考えられません」

「あのとき見た、空に浮かぶ人影」

「はい。会場にいた警備の者によると爆発が起きる直前に空から黒い羽根のようなものが降ってきたといいます」

「すると、この件は異魔人が関わっているのですね」

「魔法使いの可能性もありますが、おそらく」


 アイリは椅子に座り、背もたれに身体を預けた。リシュテルは続ける。


「王国は今回の事件を反王国派の仕業として認識しています」

「反王国派がどうして大会を狙うのでしょうね。国民に衝撃を与えたいのなら一般席でなく王族観覧席を狙うこともできたでしょうに。それに爆弾を会場の、それも一般席だけに仕掛けたのはどうしてでしょう」

「反王国派にしては手ぬるいと仰りたいのですね」

「解呪の手段を知りえようとした矢先に、こんなことになるなんて。医師たちのあからさまな怠慢。それに爆破事件、異魔獣や異魔人の襲撃、私の誘拐未遂の三件は、まるで私がどこにいるのか分かっていたようですね」

「こちらの情報が漏れていると?」

「身近な貴族の中には医師や医療道具工房と繋がっている者もいます。彼らにとって解呪の方法を探っている私が邪魔なのでしょう。死にかけの小娘の悪あがきと」

「姫殿下、そのようなことは」


 アイリは立ち上がり窓辺に立つと夜空を見上げた。


「わかっております。ただただ死を待つのも飽きました。想いを託すのではなく、自ら想いを成し遂げる。あの子に会えたんだもの、簡単には死ねません」


 ふと視線を落とすと、なにやら城門あたりに兵が集まっている。何かあったのだろうか。


「姫殿下、失礼します」


 部屋にやってきたのはクレンだった。


「城門に姫殿下の友達と名乗る輩と人面ウサギが現れて、門番と一悶着起こしています。花岡華芽という者をご存知ですか?」


 アイリは走って部屋を出ていった。




「アイリに会わせて! 話があるの!」


 華芽は門番に取り押さえられ、ピョンナは取り囲む兵士を怪力で投げ飛ばしていた。


「コイツら反王国派か?」「いや、選抜大会で見たことある」「どうでもいい。王室護衛騎士隊を呼べ!」


 どうにかして華芽とピョンナを拘束しようとする兵士たち。


「仕方ない。矢を放て。ただの不審者じゃないぞ」


 兵の一人が弓を構えた、そのとき。


「やめなさい。その子は私の友人です!」


 そこに現れたのはアイリだった。




 華芽はピョンナを心の中に戻すと、リシュテルの案内で応接室に通された。応接室ではアイリの計らいで二人きりになれた。


「華芽のほうから訪ねてきてくれるなんて嬉しいです」

「アイリ、呪われてるんだよね」


 椅子に座った二人のあいだのテーブルの上には紅茶が用意されている。ティーカップを取ろうとしたアイリの手が止まった。


「知ってしまったのね」

「長くは生きられないって聞いたよ」


 華芽は言葉を発したとたん、ほんの一瞬で目は潤み、涙がこぼれる寸前になる。そんな友達の顔を見たアイリの胸は苦しくなってしまう。とっさに出てきた言葉は


「ごめんなさい」

「どうして謝るの?」


 しばらくの沈黙を破ったのは華芽だ。


「私、黙っていたことを怒ってはいないよ。私のいる世界には呪いなんて無い。だからよくわからないけど、アイリとお話がしたくて、ここに来たんだ」


 怒ってはいない。心配してきてくれた。それが嬉しくて、でも申し訳なくて、アイリは冷静さを保とうと必死になった。


「アイリ……」

「お話があるというのなら、先に私からお話しさせてください。呪われてしまった日のことを」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ