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12. 菜和美とアイリと呪いのこと

「しっかりして。このくらいのケガに負けないで!」

「このくらいのケガで大げさなんだよ!」


 レッツは心配する華芽を怒鳴りつけた。救護室から離れた廊下にもレッツ同様にケガ人が治療されるのを待っている。イセラナが泣きながら謝罪した。


「うぐっ、私が光の壁を自在に使いこなせていたら怪我をせずに済んだのに。ごめんなさい。う、うえ~ん」

「泣くな。傷口に響く。オマエの魔法なんて最初から当てにしてねえよ!」

「うわ~ん」

「レッツ、酷いよ」

「どうしろっていうんだよ! それにしても、どうして順番が回ってこないんだ」


 ケガ人はいっこうに減らない。


「ここには医者はいないわ」


 三人の前に現れたのは菜和美だった。


「直江さん」「あ、猫の異訪人」「うわ~ん」

「直江さん、お医者さんがいないって、どういうこと?」

「本当に人を助けたいとは思っていなかったってことよ」


 菜和美はレッツの血だらけの腕を見やった。


「傷口、見せてくれる? 応急処置くらいなら出来ると思うわ」


 ボンっと音がしたかと思えば、菜和美の横にはシュバルトが立っていた。


「シュバルトには医療に関する知識がつめこまれているの。単純なケガなら一目見ただけで処置方法がわかるわ。シュバルトは私にしか聞こえない声で、どのように処置すればいいのか教えてくれる。もちろんシュバルト自身も治療ができるけど」


 菜和美とシュバルトは傷口をジッと見た。


「ふん。このくらいのケガで大げさね」

「それ、さっきオレが言った」とレッツ。

「そこの子、泣いていないで救護室から包帯や消毒液、持ってこられる物を全部持ってきて。どうせ使われていないだろうし」

「は……はい」


 イセラナは救護室へ走った。


「直江さん、ありがとう」


 礼を言う華芽。菜和美はチラリとだけ見ると、すぐに目をそらした。


「花岡さんは水をたくさん汲んできて。キレイな水よ。熱湯もあればいいけど、この世界では難しいでしょうね。あなたの守護獣なら水をたくさん運べるはずよ」

「たくさん?」

「ええ。私とシュバルトで処置できるケガ人だけでも処置してみる」

「すごいね」

「あのお姫様に少しだけ同情しただけよ。それに私の仕事は、優勝すれば出来るもの。今は、やるべきではないわ」

「え?」

「早く行って。あとになって助けられなかったって後悔しても仕方がないんだから」

  



「どいてどいて」


 華芽は大会の係員や無事だった観客とともに、救護室に残っていた看護師たちの手伝い……水汲みや雑用しかできないが……に励んでいた。菜和美の処置は看護師も驚くほどの技術だった。


「まさか傷口を針で縫っちゃうなんて」


 ピョンナとともにタライやカメに水を汲んで運んでいた華芽は、菜和美の活躍に感嘆していた。


「ここにいたんだ」


 オーザックだった。ずいぶんと慌てている。話を聞くと……蘭子がちっとも工房を訪ねてこないので先に作業を進めていたものの、どうも自分だけが楽しみを独り占めしている気がして悪い気になり、街に出て暇つぶしをしていたら、物騒な噂を耳にしたという。


「街の外で異訪人の女の子が異魔獣に襲われたっていうんだ。商工会の頭が偶然通りかかって騎士を呼んだから異魔獣は逃げていったみたいだけど。女の子は怪我をしていたっていうよ。もし蘭子だったらと思ったら心配で。でも家は知らないし、ここなら華芽がいると思って来てみたんだ。何か知らないかい」

「そういえば朝から見てない……そうだっ」

「ちょっと華芽、どこに行くの?」


 蘭子が住んでいる村の場所は、以前聞いたことがある。怪我をしているのなら菜和美が必要だ。華芽はそう思い、菜和美を探した。菜和美はケガ人がいる場所を転転としていたので、すぐには見つからなかった。


 人気のない廊下で華芽は菜和美とレッツ、イセラナを見つけた。レッツの腕には包帯が綺麗にまかれていた。あれならケガはすぐに治るだろう。華芽は駆け寄ろうとしたが、すぐに歩みを止めた。レッツが菜和美に土下座したのだ。


「直江菜和美。頼む。姫殿下の呪いも、その力で治してやってくれ」

「呪い? そういえばこの世界には呪いが存在するのよね」

「姫殿下は気丈に振る舞ってはいるけど、あと何年も生きられないんだ。姫殿下はいい人だ。だから、頼む」

「無理よ。私には治すことはできない」

「そんな」

「シュバルトができることは応急処置や傷の縫合、簡単な薬の調合、処方、食生活のアドバイス。傷や病気を治すのは本人の力であって私が治すものではないわ。今日だって応急処置をしただけで傷を治すのはケガ人自身なのよ。そもそもシュバルトの知識は元いた世界の医療情報しかないの。この世界の呪いを治す方法なんて知らない」


 失望するレッツに菜和美は言った。


「いい加減、土下座はやめてくれるかしら」


 菜和美はきびすを返し去っていく。


「チクショウ!」


 悔しがるレッツ。イセラナは慰める言葉を探すが見つからない。そこへ


「華芽さ……ん」


 華芽が思いつめた顔で近寄ってきた。


「アイリは呪われているの?」





 王都から離れたところにある農村。ここは蘭子が世話になっているお爺さんの家があり、昨晩異魔獣に襲われた蘭子が担ぎこまれたところでもある。


「いやぁ助かった。騎士の馬に乗っけてもらって、ここまで帰って来たはいいけど、この村って医者がいなくてさ。村の人たちに手当てしてもらったけど、寝返りうったら包帯はほどけるし、歩いたら湿布は剥がれるし。直江が来てくれて助かったわ」


 華芽の懸念どおり怪我をしていた蘭子はベッドで横になっていた。昨晩、蘭子は異魔獣と戦い、負けてしまったのだ。そこへ通報を受けた騎士たちが駆けつけ、異魔獣は撤退。


バイクを維持できないほど消耗していた蘭子は、騎士の馬に乗せてもらい村まで帰ってきたという。


 華芽に連れられて菜和美がやってきたとき、蘭子はとても驚いた。華芽は聞く。


「二人は知り合いだったんだね」

「一年の頃、直江が何人かの女子に絡まれてるところを、アタシが通りかかったんだ」


 菜和美は蘭子の腕に包帯を巻きながらボソッと言う。


「助けてくれなんて言ったおぼえはないわ」

「ケンカのニオイがしたから、様子を見ようとしたんだ。そしたらすぐに解散しやがった」

「あなたの鋭い目で睨まれたら、普通の女子なら逃げ出すでしょうね」


 菜和美は蘭子の手当てを終えると、ずっと隣で指示をしてくれたシュバルトを心の中にしまった。


「便利な守護獣だな。医者みたいな事が出来て、それを直江に伝えることもできるなんて。医者が二人いるようなもんだな」

「そんな良いものじゃないわ」

「それにしても、まさか直江までこっちの世界に来ていたなんて驚いたよ。オメぇも家出したのか?」


 菜和美は黙る。蘭子は察して「ま、いいさ」と言った。しばらく沈黙がつづいた。


「ねえ蘭子、襲ってきた異魔獣ってどんな化け物だったの?」


 華芽はゲキトゥムの強さを知っている。蝙蝠タイプやクアメリオスのような異魔人なら倒せるはずだ。


「それがよ、蝙蝠には楽勝できたんだけど、でっかいカニみたいな化け物が地面を割って出てきたんだ。甲羅が硬くてランチャーバズーカやサーベルブレードが効かなかった。一方的にぶちのめされちまって、このザマだ。商工会の頭が通報してくれなかったらヤバかったかもな。でも次はアタシが勝つぜ」


 華芽の心配を余所に蘭子はアハハッハハハハと笑い飛ばした。


「そういや異魔獣と一緒に黒いローブのヤツがいたな。これからの策戦に異訪人は邪魔だとか何だとか言ってたけど……何だったんだろうな。戦いの最中でよく聞き取れなかった」

「話しかけてきたの? それって異魔人だよ」


 そこまで話すとお爺さんがお茶を持って部屋に入ってきた。


「さぁ、どうぞ」

「ありがとうございます」


 華芽と菜和美は礼を言って椅子に座った。


「ゆっくりしていきなさい。蘭子のお友達なら大歓迎だ。蘭子が来てくれてからというもの、半分ボケはじめていた婆さんが急にシャッキリしてね。でもやっぱりボケてるのか、死んだ息子と間違えるんだ。不思議だねぇ」

「蘭子は男の子みたいなところがあるからね」

「うるせぇよっ」


 お爺さんは蘭子が振り上げた腕に包帯が綺麗にまかれていることを目にして驚いた。蘭子は説明する。


「これな、そこにいる直江……菜和美でいいか。菜和美がやってくれたんだ」

「そうか、ありがとう。この村には医者がいなくてね。キミはいいお医者さんになれそうだ」

「いえ、私は別に……」


 すると蘭子が


「なぁ、村には身体の悪い年寄りがいるんだ。今度ここに来た時に診てくれねえかな」

「それは……構わないけど。治せるとは限らないわ」


 するとお爺さんは少し笑いながら言った。


「いいんだよ。それで。できる限りのことをしてくれれば。それだけで嬉しいんだ」


 菜和美はキョトンとした様子でお爺さんを見た。お爺さんが優しく微笑む。隣の部屋からお婆さんの声が聞こえてきた。


「誰がボケてるって? アンタだって諦めていた畑仕事、蘭子が来たとたん再開しちゃって。腰の痛みはどこにいったんだい?」

「おや、呼ばれてる。ではみなさん、ごゆっくり」


 華芽と菜和美は軽く頭を下げてお爺さんを見送った。


「そうだ。オーザックが心配してたよ。レッツやイセラナも」

「そっか。ケンカに負けるとそうなるのか。こりゃ次こそ勝たなきゃ」

「次は一人で戦ったらダメだからね。私も戦うから」


 突然、菜和美は立ち上がった。


「あなたたち、やっぱり楽しそうね。心配してくれる人がいて仲間や家族を作ってる。化け物に襲われたって聞いて、どんな顔してるのかと思ったら、また戦うとか言って笑ってるし。世界が変わっても好き勝手に生きているのね」

「直江さん?」

「……私、帰るわ」


 菜和美は部屋から出ようとする。


「直江さん、どこに帰るの? この世界に来てどこで暮らしてるの?」


 菜和美は答えられない。とても口にできない。華芽は続ける。


「私はね、王都から東に行った森の中にある寄宿舎でお世話になってるんだ。管理人さんは優しくて、会場で手当てをしてくれたレッツやイセラナも住んでいるの。よかったら一緒に来ない?」


 華芽と蘭子からは菜和美の後ろ姿しか見えない。その背中は、なんとなく寂しそうだった。


「オメぇさ、まるで自分には仲間がいないって口ぶりだよな。だけど、アタシはオメぇのこと、友達だと思ってんからな」




 菜和美は部屋から出た。閉めかけた扉の向こうから「蘭子を治してくれてありがとう」と華芽の声が聞こえてきた。


 菜和美はお爺さんとお婆さんに軽く挨拶し、家を出た。ため息をつく。


 今度、村に来たとき、診て欲しい……。自分に次はあるのだろうか。


 大会の表彰式で姫殿下を殺害し、レイアンナから元の世界に戻る方法を聞く。レイアンナの依頼人にとって姫殿下は不要な存在のようだ。理由は知らないが固執しない。元の世界に帰れれば、それでいい。


 そもそも元の世界に戻る方法はあるのだろうか。もしあるとして、どうしてレイアンナが知っている?


 しかし今は一縷の希望にすがるしかない。異世界では一人では生きていけない。そのためなら人を殺すことだって……。


でも、もし一人ではなかったら? もし生きていけるのなら、ケガ人のために抗議していたお姫様を殺さなくてもいい? どうすればいい?


「わからないわよ、そんなの」


 外はもう夕方だ。オレンジの光が菜和美の背中を押した。一人で村をあとにした。


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