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第六話 核心

時間は少し遡り、お昼休み。

芝生にシートを広げてランチタイム中の女生徒。





「不服だわ……実に不服だわ」


「そのお気持ちは分からないでもないですけど……。あ、お茶飲みますか?」


 ふくれっ面で一口サイズにカットされたサンドイッチを口に放り込むセルヴィアをなだめるミリエール。


「ありがとう。頂くわね」


 セルヴィアがカップを差し出すと、ミリエールが食堂から借りてきたティーポットから紅茶を注いでくれる。

 立ち上る湯気と、指に伝わってくる紅茶の温かさが心地よい。


「それは仕方ないんじゃなぁい? 貴族ハイエル平民ノイエンの差は関係ないとは言ってるけどあくまでそれは学院内での理念の話だし。平民からしたら貴族の体に傷なんて付けたらどんな仕返しをされるか分かったもんじゃないしさ。ねぇ、ミリエール?」


 最後にミリエールの顔を見やってから、シャキシャキの新鮮な野菜やこんがりベーコンがふんだんに挟み込まれた上に赤いソースがかけられているバゲットにかじりつく赤髪の少女。


「わ、私はそんな事は思っていませんが……。うーん……」


 話を振られたミリエールがすぐに否定するが、他の平民の考えも知っているので何と言っていいか分からずに言葉に詰まる。


「その理論ならカーラは私と組む事に問題はないはずなんだけどね?」


 そう言ってセルヴィアは恨めしそうにカーラと呼ばれた赤髪の少女をにらむ。


「あははー! ……私はセルヴィアとはドライな関係でいたいのさ」


「カーラさん、口にペッパーソースがついてますよ」


「いけね。どこどこ?」


 クールに決めたつもりのカーラであったがミリエールの指摘を受けて慌てふためく姿に締まらないわね、とクスッと笑ってしまった事で不貞腐ふれくされていたセルヴィアの感情が幾分か和らぐ。


「ん……。それにさぁ、私だって何だかんだ言って男爵だんしゃく令嬢なもんだからね? 子爵ししゃく令嬢をキズモノにしちゃったりなんかした日には父上の頭が余計に禿げるかも」


 口についていたソースをハンカチで拭ってからカーラは本音を漏らす。


「はぁ……。子爵令嬢って言う肩書なんてなければいいのに」


 自身が持っていた特異な能力(マジック・ドレイン)のお陰でフォルティナ学院への入学を果たしたセルヴィアだったが貴族という肩書が邪魔をして、まともに対人戦を出来ていないセルヴィアは焦りを感じていた。

 いや、肩書だけであればまだ何とかなったのかも知れないがそれに加えて魔力が常に漏れ出ていて自身では魔法を放てないというハンデがある為、貴族と平民の両方から敬遠されるという始末だった。


「まぁ、回復魔法を受けてそれを流用するだけなら怪我はないし、引き続きミリエールに協力してもらうしかないんじゃない?」


 指に付いたソースを舐めながら呑気な事を言ってくるカーラに、セルヴィアはブンブンと首を振った。


「それだけじゃダメなの。圧倒的に練習量が足りないのよ」


 口には出さないがミリエールの魔力許容量はお世辞には多いとは言えない。

 ミリエールだけでなく学院に在籍する一年生は魔力の循環や使用を習い始めたばかりと言う事もあって比較的すぐ魔力切れを起こす。


 授業で魔法を使っている事もあって放課後に使用出来る魔力はごく僅か。

ミリエールの献身的なサポートには感謝しているが、それでも足りない。


「すみません……。あまりお役に立てなくて……」

「そんな事ないわよ! ミリエールには本当に感謝しているの」


 落ち込むミリエールに、慌てて手を振って否定するセルヴィア。


「……あ、そうだ。前に私が教えてあげた子達には当たったの?」


 話の流れで前に頼まれて調べた案件を思い出し、カーラが話題を自然に切り替えた。


「ええ。当たってはみたけど……みんな「違う」とか「知らない」とかばっかりで……」


 セルヴィアはため息をついて残念そうに肩を落とした。


「そっかぁ」


 カーラは残念、と呟いて紅茶が入ったカップを口に運んだ。


 数日前。


日課である早朝ランニングをしていたセルヴィアは激しい破裂音を耳にしてその足を止めた。


 音がした方を見やれば森の方で赤々と火柱が起こり、木が炎に包まれている光景を目のあたりにして瞬時に異常事態だと思ったセルヴィアは腰のレイピアを抜いてその場へと走り出していた。


 「なんて事……!」


 目的である木へ向かう中グラリと倒れていく木に、木を焼いたであろう一人の人影が街の方へと駆けていく。


 霧と斜め後姿だったせいでハッキリとした姿は見えなかったが髪は銀髪で男性。

 服装は見慣れた……フォルテナ学院の制服で、肩に縫い込まれた校章の色は青―――つまりセルヴィアと同じ一年。


「ま、待ちなさい!!」


 セルヴィアが必死に走って呼び止めるが、声が届いているのかいないのか分からない男性はその場から走り去り、霧の中に吸い込まれてしまった。


「ま、待って……! くっ……!」


 犯人の追跡を断念したセルヴィアが足を止め、やむをえず燃えている木の対処へと頭を切り替える。


「水系の魔法どころか……私には魔法が使えない……!」


 忌々しい顔で炎を一睨ひとにらみしてから自分の無能さを恨み、セルヴィアは自警団のいる詰所に向かってきびすを返して走り出した。


 幸い飛び込んだ詰所では数人の自警団員がまさに早朝巡回に出る所であった為事情を説明して現場に案内し、木々の消火作業を行ってもらった。


 消火後、自警団員から事情聴取を受けたセルヴィアが放火をしたのでは? と疑われる一幕もあったが自身が魔法を使えない事を話し、その裏取りが出来た事もあって一言の謝罪と共に彼女は解放された。


 解放当初は放火犯と疑ってきた自警団員に憤りを感じていたが、やがて放火犯への怒りとシフトしていった。


 放火犯のせいで魔法を使えないという事を改めて告白せざるを得なかったという辱めを受けたセルヴィアは、自分の手で犯人を突き止めて懲らしめてやろうと思う気持ちと、同じ一年なのに木を一本丸々燃やすような魔力を持ちながらなぜそんな蛮行ばんこうに及んだのかを問い詰めてやりたい気持ちだった。


その話をした時「探偵みたいで面白そう」と協力してくれたのがカーラだった。

 カーラは持ち前のフットワークの軽さと交友関係の広さを駆使して、一年の銀髪の男という情報でおよそ十数人の候補をリストに書いて渡してくれた。


 そのリストを元にセルヴィアは一人一人の生徒をしらみつぶしにあたったものの全て空振り。

 最後に名前を消されずに残っていたのはアルベルト=ランケスという名の少年だった。


「この最後のアルベルト=ランケスという少年に当たってみて、外れだったら事件は振り出し、どころか迷宮入りかもね」


 リストをひらひらと振るセルヴィアの言葉で、カーラとミリエールが目を丸くして同時にセルヴィアを見る。


「な、何よ」


 二人の様子に、自分が無意識に悪い事を言ってしまったのかとセルヴィアがたじろぐ。


「彼が最後に残ったんだねぇ。こりゃ迷宮入り確定だわ」

「もしかすると、一年生の制服を着た上級生という可能性も出てきますね……」

「何のためにさー?」

「そ、それは分かりませんけど……」


「ちょ、ちょっとっ‼」


 自分を置いて話を進めていく二人に、セルヴィアは声を上げた。


「彼に会おうと何回か行ったんだけど、いつも教室にいなくって。どうして迷宮入りが確定なのよ?」


 意味が分からず尋ねるセルヴィアに、カーラがやれやれと言った様子で肩をすくめる。


「セルヴィアも耳にした事はあるんじゃない? 一年に魔法が撃てない落ちこぼれがいるって話」


「え、ええ……。確か「不発」って言う不名誉なあだ名を付けられているという……」


「それがアルベルト=ランケスさんなんですよ……」


 ミリエールが眼鏡をクイッと上げて答える。

 眼鏡を上げる意味はあったのかしら、とセルヴィアは気になったが触れなかった。


「そうなのね……」


「まぁ、可哀相だけどね。先天性の障害があって撃てないんだってさ」


 先天性の障害。

 その言葉にセルヴィアは心臓を締め付けられたような感覚に陥る。

 私も……可哀相と思われているのね。

 それは仕方がない事でしょ。

 分かってる……分かってはいる。


「あ……。いや!セルヴィアは別だよ!?」


 自身の失言に気付いて慌てて否定するカーラ。

 しかし否定をしなければという思いから言葉を発しただけに、根拠やそれらしい理由も言えずにそのままセルヴィアの反応を待つように顔色を見るだけで終わってしまう。


「ええ、分かってるから大丈夫よ」


 心からあふれ出るどろどろした感情を押し込めてセルヴィアはニッコリとほほ笑んだ。

 私は上手く笑えただろうか? そんな思いが頭をよぎる。


「そ、そっか。……うん」


 その様子にほっと胸を撫で下ろした様子のカーラを見て、セルヴィアは自分が上手く笑えた事に安堵あんどした。


(不発……かぁ)


 噂は耳にしていた。

 私と同じく先天性の障害があるにも関わらず、学校を去らずに頑張り続けている子がいるらしい、と。

 勝手ながら親近感を感じていたし、その存在が私の励みにもなった。

 でも、いざ対峙すると無様にあがく自分自身を見てしまうようで。

 同じ傷を持つ者同士ダメになってしまう気がして。


 関わらないようにしてきた。


 そういう存在だったのに、私は彼に接触しないといけない。

 その事実を突きつけられ、犯人をつきとめるという決心が若干鈍ってしまう。


「アルベルト=ランケス……」


 ミリエールとカーラが今度は校内で誰が一番強いかの談義に花を咲かせている中、セルヴィアは名前をポツリと呟いて紅茶を口に運んだ。

 口内を満たした紅茶は既に冷めていて、最初の美味しさを失っていた。




・ ・ ・ ・ ・




「先生、今宜しいですか?」


「うん? 君は……」


「セルヴィアです。セルヴィア=ワーグハーツです。」


午後の授業を終え、お手洗いに向かう最中。

教師であるグラントを見かけたセルヴィアは彼に尋ねたい事があったのを思い出し、声をかけていた。


「セルヴィア君か。どうしたのかね?」


 そわそわとした様子でチラリと廊下の奥を一瞥してから自分に向き直るグラントに違和感を感じてセルヴィアは廊下の奥に目をやった。

 とぼとぼと遠ざかっていく銀髪の少年。

 その後ろ姿と髪型にはどこか見覚えがあった。


「彼が気になるのですか?」


 聞きたい事がすっぽり抜け落ち、セルヴィアはグラントに全く違った質問をしていた。


「む? いや、彼に先ほど相談を受けたんだが、あまりいい答えを出してあげられなくてね……」


 申し訳なさそうにはにかんで顎髭をさするグラント。


「彼……、アルベルト=ランケス君ですよね? 悩んでいたのですか?」


 セルビアの問いに「うむ」と頷いて言葉を続けるグラント。


「魔法が撃てない事に対して自分はどうすれば、と。しまった……。……これは安易に他人に話す事ではなかったのう。すまん、彼の名誉の為にもワシが言った事は忘れておくれ」

「もちろんですわ。ワーグハーツの名にかけて誓います」


 そう言って恭しく一礼するセルヴィア。


「ありがとう。それで? ワシに聞きたい事があったのではないのかね?」


グラントに言われて、セルヴィアは自分が聞きたかった事を改めて思い出した。


まえがき


時間は少し遡り、お昼休み。


芝生にシートを広げてランチタイム中の女生徒。


















「不服だわ……実に不服だわ」





「そのお気持ちは分からないでもないですけど……。あ、お茶飲みますか?」





 膨ふくれっ面で一口サイズにカットされたサンドイッチを口に放り込むセルヴィアを宥なだめるミリエール。





「ありがとう。頂くわね」





 セルヴィアがカップを差し出すと、ミリエールが食堂から借りてきたティーポットから紅茶を注いでくれる。


 立ち上る湯気と、指に伝わってくる紅茶の温かさが心地よい。





「それは仕方ないんじゃなぁい? 貴族ハイエルや平民ノイエンの差は関係ないとは言ってるけどあくまでそれは学院内での理念の話だし。平民からしたら貴族の体に傷なんて付けたらどんな仕返しをされるか分かったもんじゃないしさ。ねぇ、ミリエール?」





 最後にミリエールの顔を見やってから、シャキシャキの新鮮な野菜やこんがりベーコンがふんだんに挟み込まれた上に赤いソースがかけられているバゲットにかじりつく赤髪の少女。





「わ、私はそんな事は思っていませんが……。うーん……」





 話を振られたミリエールがすぐに否定するが、他の平民の考えも知っているので何と言っていいか分からずに言葉に詰まる。





「その理論ならカーラは私と組む事に問題はないはずなんだけどね?」





 そう言ってセルヴィアは恨めしそうにカーラと呼ばれた赤髪の少女を睨にらむ。





「あははー! ……私はセルヴィアとはドライな関係でいたいのさ」





「カーラさん、口にペッパーソースがついてますよ」





「いけね。どこどこ?」





 クールに決めたつもりのカーラであったがミリエールの指摘を受けて慌てふためく姿に締まらないわね、とクスッと笑ってしまった事で不貞腐ふれくされていたセルヴィアの感情が幾分か和らぐ。





「ん……。それにさぁ、私だって何だかんだ言って男爵だんしゃく令嬢なもんだからね? 子爵ししゃく令嬢をキズモノにしちゃったりなんかした日には父上の頭が余計に禿はげるかも」





 口についていたソースをハンカチで拭ってからカーラは本音を漏らす。





「はぁ……。子爵令嬢って言う肩書なんてなければいいのに」





 自身が持っていた特異な能力マジック・ドレインのお陰でフォルティナ学院への入学を果たしたセルヴィアだったが貴族という肩書が邪魔をして、まともに対人戦を出来ていないセルヴィアは焦りを感じていた。


 いや、肩書だけであればまだ何とかなったのかも知れないがそれに加えて魔力が常に漏れ出ていて自身では魔法を放てないというハンデがある為、貴族と平民の両方から敬遠されるという始末だった。





「まぁ、回復魔法を受けてそれを流用するだけなら怪我はないし、引き続きミリエールに協力してもらうしかないんじゃない?」





 指に付いたソースを舐めながら呑気な事を言ってくるカーラに、セルヴィアはブンブンと首を振った。





「それだけじゃダメなの。圧倒的に練習量が足りないのよ」





 口には出さないがミリエールの魔力許容量はお世辞には多いとは言えない。


 ミリエールだけでなく学院に在籍する一年生は魔力の循環や使用を習い始めたばかりと言う事もあって比較的すぐ魔力切れを起こす。





 授業で魔法を使っている事もあって放課後に使用出来る魔力はごく僅か。


ミリエールの献身的なサポートには感謝しているが、それでも足りない。





「すみません……。あまりお役に立てなくて……」


「そんな事ないわよ! ミリエールには本当に感謝しているの」





 落ち込むミリエールに、慌てて手を振って否定するセルヴィア。





「……あ、そうだ。前に私が教えてあげた子達には当たったの?」





 話の流れで前に頼まれて調べた案件を思い出し、カーラが話題を自然に切り替えた。





「ええ。当たってはみたけど……みんな「違う」とか「知らない」とかばっかりで……」





 セルヴィアはため息をついて残念そうに肩を落とした。





「そっかぁ」





 カーラは残念、と呟いて紅茶が入ったカップを口に運んだ。





 数日前。





日課である早朝ランニングをしていたセルヴィアは激しい破裂音を耳にしてその足を止めた。





 音がした方を見やれば森の方で赤々と火柱が起こり、木が炎に包まれている光景を目のあたりにして瞬時に異常事態だと思ったセルヴィアは腰のレイピアを抜いてその場へと走り出していた。





 「なんて事……!」





 目的である木へ向かう中グラリと倒れていく木に、木を焼いたであろう一人の人影が街の方へと駆けていく。





 霧と斜め後姿だったせいでハッキリとした姿は見えなかったが髪は銀髪で男性。


 服装は見慣れた……フォルテナ学院の制服で、肩に縫い込まれた校章の色は青―――つまりセルヴィアと同じ一年。





「ま、待ちなさい!!」





 セルヴィアが必死に走って呼び止めるが、声が届いているのかいないのか分からない男性はその場から走り去り、霧の中に吸い込まれてしまった。





「ま、待って……! くっ……!」





 犯人の追跡を断念したセルヴィアが足を止め、やむをえず燃えている木の対処へと頭を切り替える。





「水系の魔法どころか……私には魔法が使えない……!」





 忌々しい顔で炎を一睨ひとにらみしてから自分の無能さを恨み、セルヴィアは自警団のいる詰所に向かって踵きびすを返して走り出した。





 幸い飛び込んだ詰所では数人の自警団員がまさに早朝巡回に出る所であった為事情を説明して現場に案内し、木々の消火作業を行ってもらった。





 消火後、自警団員から事情聴取を受けたセルヴィアが放火をしたのでは? と疑われる一幕もあったが自身が魔法を使えない事を話し、その裏取りが出来た事もあって一言の謝罪と共に彼女は解放された。





 解放当初は放火犯と疑ってきた自警団員に憤りを感じていたが、やがて放火犯への怒りとシフトしていった。





 放火犯のせいで魔法を使えないという事を改めて告白せざるを得なかったという辱めを受けたセルヴィアは、自分の手で犯人を突き止めて懲らしめてやろうと思う気持ちと、同じ一年なのに木を一本丸々燃やすような魔力を持ちながらなぜそんな蛮行ばんこうに及んだのかを問い詰めてやりたい気持ちだった。





その話をした時「探偵みたいで面白そう」と協力してくれたのがカーラだった。


 カーラは持ち前のフットワークの軽さと交友関係の広さを駆使して、一年の銀髪の男という情報でおよそ十数人の候補をリストに書いて渡してくれた。





 そのリストを元にセルヴィアは一人一人の生徒をしらみつぶしにあたったものの全て空振り。


 最後に名前を消されずに残っていたのはアルベルト=ランケスという名の少年だった。





「この最後のアルベルト=ランケスという少年に当たってみて、外れだったら事件は振り出し、どころか迷宮入りかもね」





 リストをひらひらと振るセルヴィアの言葉で、カーラとミリエールが目を丸くして同時にセルヴィアを見る。





「な、何よ」





 二人の様子に、自分が無意識に悪い事を言ってしまったのかとセルヴィアがたじろぐ。





「彼が最後に残ったんだねぇ。こりゃ迷宮入り確定だわ」


「もしかすると、一年生の制服を着た上級生という可能性も出てきますね……」


「何のためにさー?」


「そ、それは分かりませんけど……」





「ちょ、ちょっとっ‼」





 自分を置いて話を進めていく二人に、セルヴィアは声を上げた。





「彼に会おうと何回か行ったんだけど、いつも教室にいなくって。どうして迷宮入りが確定なのよ?」





 意味が分からず尋ねるセルヴィアに、カーラがやれやれと言った様子で肩を竦すくめる。





「セルヴィアも耳にした事はあるんじゃない? 一年に魔法が撃てない落ちこぼれがいるって話」





「え、ええ……。確か「不発」って言う不名誉なあだ名を付けられているという……」





「それがアルベルト=ランケスさんなんですよ……」





 ミリエールが眼鏡をクイッと上げて答える。


 眼鏡を上げる意味はあったのかしら、とセルヴィアは気になったが触れなかった。





「そうなのね……」





「まぁ、可哀相だけどね。先天性の障害があって撃てないんだってさ」





 先天性の障害。


 その言葉にセルヴィアは心臓を締め付けられたような感覚に陥る。


 私も……可哀相と思われているのね。


 それは仕方がない事でしょ。


 分かってる……分かってはいる。





「あ……。いや!セルヴィアは別だよ!?」





 自身の失言に気付いて慌てて否定するカーラ。


 しかし否定をしなければという思いから言葉を発しただけに、根拠やそれらしい理由も言えずにそのままセルヴィアの反応を待つように顔色を見るだけで終わってしまう。





「ええ、分かってるから大丈夫よ」





 心からあふれ出るどろどろした感情を押し込めてセルヴィアはニッコリとほほ笑んだ。


 私は上手く笑えただろうか? そんな思いが頭をよぎる。





「そ、そっか。……うん」





 その様子にほっと胸を撫で下ろした様子のカーラを見て、セルヴィアは自分が上手く笑えた事に安堵あんどした。





(不発……かぁ)





 噂は耳にしていた。


 私と同じく先天性の障害があるにも関わらず、学校を去らずに頑張り続けている子がいるらしい、と。


 勝手ながら親近感を感じていたし、その存在が私の励みにもなった。


 でも、いざ対峙すると無様にあがく自分自身を見てしまうようで。


 同じ傷を持つ者同士ダメになってしまう気がして。





 関わらないようにしてきた。





 そういう存在だったのに、私は彼に接触しないといけない。


 その事実を突きつけられ、犯人をつきとめるという決心が若干鈍ってしまう。





「アルベルト=ランケス……」





 ミリエールとカーラが今度は校内で誰が一番強いかの談義に花を咲かせている中、セルヴィアは名前をポツリと呟いて紅茶を口に運んだ。


 口内を満たした紅茶は既に冷めていて、最初の美味しさを失っていた。







・ ・ ・ ・ ・







「先生、今宜しいですか?」





「うん? 君は……」





「セルヴィアです。セルヴィア=ワーグハーツです。」





午後の授業を終え、お手洗いに向かう最中。


教師であるグラントを見かけたセルヴィアは彼に尋ねたい事があったのを思い出し、声をかけていた。





「セルヴィア君か。どうしたのかね?」





 そわそわとした様子でチラリと廊下の奥を一瞥してから自分に向き直るグラントに違和感を感じてセルヴィアは廊下の奥に目をやった。


 とぼとぼと遠ざかっていく銀髪の少年。


 その後ろ姿と髪型にはどこか見覚えがあった。





「彼が気になるのですか?」





 聞きたい事がすっぽり抜け落ち、セルヴィアはグラントに全く違った質問をしていた。





「む? いや、彼に先ほど相談を受けたんだが、あまりいい答えを出してあげられなくてね……」





 申し訳なさそうにはにかんで顎髭をさするグラント。





「彼……、アルベルト=ランケス君ですよね? 悩んでいたのですか?」





 セルビアの問いに「うむ」と頷いて言葉を続けるグラント。





「魔法が撃てない事に対して自分はどうすれば、と。しまった……。……これは安易に他人に話す事ではなかったのう。すまん、彼の名誉の為にもワシが言った事は忘れておくれ」


「もちろんですわ。ワーグハーツの名にかけて誓います」





 そう言って恭しく一礼するセルヴィア。





「ありがとう。それで? ワシに聞きたい事があったのではないのかね?」





グラントに言われて、セルヴィアは自分が聞きたかった事を改めて思い出した。













ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

セルヴィアが追っている放火犯とはもしかして……

グラント先生!?

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