第十話 お節介
お互いに足りない者同士の共演から一夜明けて。
天気もよく、陽射しが心地よい昼休み。
いつもの三人がシートを広げ、中庭でランチセットを広げて昼食を取っている。
「あぁー! もうすぐ筆記試験じゃんね!」
「そういえばそうですねぇ」
「ええ……」
カーラの言葉にミリエールが頷く。
「うーわ、反応うっすーい。どーせ二人は普段から勉強してるだろーから余裕だよねー」
ジッ…っと二人を羨ましげに見ながらカーラがカツサンドを頬張る。
「そんな事ないですよ……。試験前は復習しますし……ねぇ?」
「……」
そう言ってミリエールは控えめにセルヴィアに同意を求める。
「あー……」
「うん……」
「……」
カーラとミリエールが困ったように顔を見合わせてから、そっとセルヴィアの顔を見る。
さっきから言葉を発するのはカーラとミリエールの二人だけでセルヴィアはと言うと朝からずっとぼんやりしていた。
話かけても心ここにあらずと言った感じで「そうね」「どうかしら……」と短い言葉しか返ってこず、昨日セルヴィアに何かがあったのかは誰が見ても明白だった。
心配したカーラが尋ねてみても「何もないわよ」の一点張り。
今も会話に対しては上の空で一人黙々とご飯を食べている状態が続いていた。
「ねぇ……セルヴィア?」
「え? あ……。ごめんなさい、何か聞いてたかしら……?」
「いや、何も聞いてないけど……。平気? いつもよりボーッとしてるけど」
「うん、大丈夫。……心配かけてごめんなさい」
「いつもボーッとしている訳ではありません、とか言ったりしないんですね……」
珍しくミリエールがやんわりとツッコミを入れた。
「こりゃあ重症だねぇ」
「い、いつもボーッとしている訳では……」
「遅いよ」「遅いです……」
ワンテンポ遅くツッコミを入れたセルヴィアに対してカーラとミリエールの言葉がハモる。
「ねぇセルヴィア。……アルベルト君と何かあったんでしょ?」
意を決して尋ねたカーラに同調したミリエールがうんうんと頷く。
アルの名前が出た事でセルヴィアの眉がピクリと動いた。
「別に……アルとは何もないわよ……」
そう言ってセルヴィアは遠くの山へと視線を移す。
「アルって呼んでる時点で何かあったのが分かるからね?」
「う……」
しまった、という風に山を見ているセルヴィアが呻き声を漏らす。
「セルヴィアさん……私達は頼りないかも知れませんが少しでもセルヴィアさんの力になりたいんです……」
「ミリエール……」
いつも親身になって協力してくれるミリエールがいつもよりさらに真剣な顔つきでセルヴィアを見つめる。
「私達って私も頼りないチームに入ってるんだね」
「ご、ごめんなさい! そういうつもりでまとめたのではなかったんですがっ……」
「いいよー、わかってるよー」
「か、カーラさーん!」
「ふっ……あははっ……!」
真面目なシーンだったのがカーラの一言で一転していつものゆるい雰囲気に戻った事で、セルヴィアが思わず笑ってしまう。
「ふふっ、二人は本当にもうっ……」
「やっと、笑ってくれましたね」
「だね。うじうじ悩むセルヴィアはセルヴィアらしくないからね! いつも前向きでへこたれないのがセルヴィアのいいところだよ」
「あの、私だってへこたれる事ぐらいあるのだけれど……」
「まぁ、それは別にいいとして一体どうしたの?」
セルヴィアの言葉をバッサリと切り捨てたカーラは今こそ聞ける雰囲気だと思い改めて悩みの原因を聞いてみるも、セルヴィアはふるふると首を振る。
「ううん。これは私自身の問題で……アルベルト君は本当に関係ないのよ。朝から悩んでいたのは私の今後の動きについてとかで……。だから本当に心配してもらうような事は何もないの」
「そうなんですね。良かったです……」
「そっかぁ、分かったよ」
それらしい理由でカーラの探りをかわし、自己完結をした様に結論を述べるセルヴィアにミリエールがホッと安堵する。
だが、カーラだけはセルヴィアの言葉を素直に信じる事が出来ず、心にモヤモヤとした物が残ってしまっていた。
・ ・ ・ ・ ・
「アルベルトって、君かな?」
放課後。
学院から寮に向かう途中の街路樹を歩いていたアルが後ろから声を掛けられて振り返る。
そこには立っていたのは赤髪短髪の活発そうな少女。
髪も純粋な赤色ながらその瞳も真紅であり、炎の精と言われれば「あぁ、そうなのか」と納得してしまいそうな風貌をしていた。
「そうだけど……。君は誰かな……?」
既視感だ。
そんな事を思いながらも、前回と同じような答えを返してしまう。
「あぁ、私はカーラ。アルベルト君と同じ一年だよ」
そう言ってこちらへとゆっくり歩いてくるカーラ。
「ちょっとさ、私とお話しない?」
「ごめんなさい。僕、急いでるんで……」
最近はよく人に絡まれるなぁ、なんて思いつつ理由をつけて断る。
これで諦めて帰ってくれたらいいな、なんて淡い期待を抱きつつ。
「こんな可愛い女の子の誘いをふるなんて、勿体ないと思わない?」
「……ぇ……と……」
ここで普段からのコミュニケーション能力の低さがアダとなってしまった。
「そんな事ないよ、可愛いよ」なんて歯の浮くような言葉はもちろん言えないし、「可愛いから勿体ないね」なんて言った日には話に付き合わされる。
「可愛くないから勿体なくない」となんて言うのは男として最低だという認識はあるとなると、もう何をどう答えるのが最善なのかを考ても分からなくなってしまい、思考がフリーズしてしまった。
「ははっ! アル君はいい奴なんだね」
「ぇ……?」
突然笑い声をあげて、ニコニコと話しかけてくるカーラ。
「私は、セルヴィアのクラスメートでもあり、友達でもあり、舎弟でもあるみたいな? 存在」
「しゃ、舎弟……?」
最後はカーラの言った冗談なのだが、子爵令嬢と男爵令嬢という身分を考えると、「舎弟」と言うのも言い得て妙なのかも知れない。
「昨日さ、セルヴィアと何かあったの?」
「……」
「なんて野暮な事は聞かないけどさ」
「う、うん」
聞かれた事にどう答えようと悩んでいた矢先、カーラが言葉を続けてくれた事に安心したアルが内心でホッとしながら頷く。
いつの間にかカーラのペースに乗せられて会話をする流れになっている事にアルは全く気付いていなかった。
「あの子……、セルヴィアはいい子だよ」
「……そう、だね……」
昨晩のセルヴィアとの時間を思い出し、素直に頷くアル。
「私には二人の間に何があったかとかは全然分かんないし、二人みたいな境遇じゃないから偉そうな事言えたモンじゃないけどさ。セルヴィアは今の状態を少しでも良くしよう、変えていけるって信じて頑張っててさ……そんな時にアル君の事を見つけたみたいなんだよね」
「……」
「アル君を見つけた時はそれはもう目を輝かせて喜んでたんだけど……。今日は朝からずーっと死んだ魚みたいな目をしてゾンビみたいな感じでさぁ」
カーラが半分白目になって両手を前に出してゾンビのような真似をする。
アルを笑わせようとしたのかもしれないがセルヴィアの辛そうな様子……、昨晩涙を流していた姿が浮かんでしまい、胸がチクリと痛む。
全く笑わないアルに、カーラがゾンビの真似事をやめて照れ隠しのように「オホン!」咳払いを一つした。
「アル君はセルヴィアの事、気に食わなかったの?」
「そんな事! ……ないよ……」
「そっか。良かった」
力強いアルの否定を聞いて、安心して頷くカーラ。
「正直さ……アル君が普段クラスメートとかから受けてる、そのぉ……扱い、とかさぁ……。色々とう、噂で聞いたりして……その、他の生徒の事とかが嫌いだったりすると思うんだけどさ……」
さすがにサバサバした性格のカーラでもこの話がデリケートかつ軽々しく話していい話題ではない事を理解している為、アルの顔色を伺い、言葉を選びながら言いにくそうな様子で途切れ途切れに話す。
「セルヴィアや、私とかミリエールって子もそうだけどさ、そういう人間ばっかりじゃない事も見てほしいかな。って思うワケよ」
「……そうだね……」
カーラの言葉を聞いて、俯くアル。
「ごめんね。余計なお節介なのは分かってるんだけどね。それでも、このまま何もしないって言うのが私的に何かしっくりこなくってさ。セルヴィアにも今日の事言ってないんだよね」
そう言ってアハハと笑うカーラ。
「セルヴィアは、いい友達を持ったね」
「え?」
「ありがとう。ちょっと考えて、みるよ」
「あ、アル君?」
そう言って学生寮へと向かって走り出すアル。
「あっ! セルヴィアには今日の事、内緒でねー!!」
カーラが手を振りながらアルの背に向けて大声を出す。
アルの耳にカーラの言葉は聞こえていたがそれに対して答える事もなく。
アルはただひたすらその場から走り去りたい気持ちで一杯だった。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
遅々として展開も筆も進まず申し訳ありません…。