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覚醒してください、勇者(魔王)。  作者: 安泰
覚醒しない勇者と魔王。
9/44

1-9

 今日も小鳥のさえずりと窓から差し込む朝日で気持ちよく目覚めることができました。魔力もそれなりに回復してきましたし、これならばエルトと共にある程度までは戦えそうですね。


「本当なら朝食の用意も手伝って差し上げたいのですが……」


 私が料理を作ろうとすると、カムミュさんが物凄い目で睨んでくるのです。カムミュさん曰く『施しを受けるならまだしも、エルトの体に取り込まれる物質を用意する資格が貴方にあると思って?』とのこと。人として生活する以上、料理などはちょこちょこと勉強しようと思っていたのですが、自炊に慣れる日はまだまだ先のようです。


「おはようございます、エルト」


 居間では既にエルトが簡素な朝食を食べていました。私の分も用意してくれているのは嬉しいのですが、できれば一緒に食べたいと思うのは人の生活に興味を持ちすぎなのでしょうか。


「今日は少し森を見て回る。ついでに山菜や獣を手に入れるつもりだから、イリシュも早く準備しろよ」

「わかりました。山菜ですか、この前の天ぷらはとても美味しかったので楽しみです!もちろんお肉も!」

「お前も女神の割には雑食だよな」

「ひ、人の体で降臨していますから。雑食なのは仕方のないことなのです!」


 天界と違い、地上の食べ物はどこか臭みのようなものを感じます。血生臭さだったり、土臭さだったりですね。ですが人間達はそういったクセを上手に利用した調理法を学んでおり、より豊かな味わいがあります。クルルクエルが肉食よりになっている理由にも納得できると言いますか……。

 朝食のあと、エルトと共に森へと向かいました。今回の主な目的は以前ホブゴブリンを焼いた際に消失した森の様子を確認するとのことです。


「うわぁ……しっかりと焼けていますね」


 燃えている時と燃え尽きたあとでは、やはり印象がガラリと変わりますね。あの時は圧迫感を感じていましたが、今は寂しさだけが味を残しています。


「森の一部が焼け野原になった程度だ。地図の書き換えで見れば微々たるものだろ」

「視点が随分と広いですね!?そういえばゴブリンの死体が見えませんね」

「そりゃあ獣が食ったに決まっているだろ。多少焦げていても連中には立派な飯だ」

「うっ、想像するとなかなか凄惨な光景が脳裏に浮かびました……」

「焼けたばかりの場所じゃ獣がすぐには近寄らない。暫くすりゃ烏とかが足を運んで死体を啄み始める。それで安心と分かれば徒歩で移動する獣も食事に現れるってもんだ。暫く時間を置いてから来たのはその途中の光景を見ないで済むからってのもあるな」


 魔物も死体となれば巡って土に還るだけということですね。天界で成り行きを見守るだけでは体感できない感慨深さを覚えます。

 焼けた木片の傍には既に新たな植物の芽なども生えています。この場所も月日が過ぎれば元の姿に戻るのですね。だからといってそうポンポンと燃やして良いとは思いませんけど。


「ところでエルトは周囲を細かく調べていますけど、何か探しているのですか?」

「こういった特殊な環境だと、獣の痕跡ってのは残りやすいんだ。森の中で適当に探すより効率的に獣の動きが分かる……よし、これは比較的新しい足跡だな」

「焼いたあとの森も、色々と活用できるのですね」

「何か使えないかって、常日頃から考えてりゃ活用法なんて結構見つかるぞ」


 エルトは足跡を辿り、周囲に小動物用の罠をいくつか設置していきました。そしてその場を離れ暫く山菜取りをして戻ってくると、そこには一匹の兎が罠に掛かっていました。


「いい感じに太ってるな。帰ったらカムミュに捌かせてスープにするか」

「兎のお肉って美味しいですよね!」

「女神的にこういった見た目可愛い動物を食べるのは抵抗ないのか?」

「……あった方が良いのでしょうか?」

「……いや、別に」


 既に私の中では兎は美味しい食べ物というイメージが定着してしまっていて、可愛いと思う感情よりも食欲のほうが……。思った以上に適応しているのでしょうか?


「わ、私よりも可愛ければきっと抵抗あると思いますよ!」

「無駄に自信家だな。おい」


 うう、クルルクエルには天界のイメージをと言っておきながら、肝心の私が随分と悪いイメージを作り出してしまっている気がします……でも美味しいのですから仕方ありません。


「おや、こんなところで奇遇ですね」


 噂をすればなんとやら、草陰から仕留めたと思われる鹿を担いでクルルクエルが姿を見せました。


「お、結構でかいの仕留めたんだな」

「血抜きまでは済ませましたので、この辺の開けた場所で皮剥と解体をしようと思いまして」


 クルルクエルの手には木製のバケツ、中には鹿の内蔵らしきものがみっちりと。


「理想的な処置ができてるじゃないか。手伝おうか?」

「はい、お願いします。皮剥はまだ上手くできませんので助かります」


 二人はテキパキと鹿の解体作業を始めました。田舎育ちのエルトはともかく、クルルクエルまで熟練の狩人のように見えるのはなんと言いますか……。


「血抜きや内蔵の摘出は上手にできるのですね……」

「そういう女神様もこういう光景を見ても平然としていますよね」

「一応少しはエグいかなとは思っていますよ?ですがこれは必要な工程ですし、嫌悪感を抱くよりもしっかりと慣れておかなくてはと……。こちらの内蔵も食べるのですか?」

「食べられなくもないのですが相応の手間が掛かりますから。私はそこまで技術がありませんので、適当な穴に放置して猪などの獲物をおびき寄せる餌にします」

「カムミュと一緒なら無駄のない処理ができるんだけどな」


 カムミュさんなら確かに凄く手際が良さそうです。その光景に危機感を覚えそうですけど。


「ちょっと勿体なく感じますね」

「おたくの女神、随分と人間界に馴染んできているよな」

「天界では果物や木の実ばかりですから、肉の味を知るとだいたいこのような感じになりますよ」

「天界にいる神獣とかも美味しかったりするのでしょうか?」

「流石にそれを試そうと思ったことはありませんね。ただ女神様が望むのであれば、用意してみてもいいですが」

「ううん……超えてはいけない線を超えてしまいそうですよね……」

「多分片足くらい突っ込んでいると思うけどな」

「一応補足しておきますと、人々にとって天界に生息する神獣は神聖なイメージがありますが、人間界に降り立てる程に賢いものは一握りです。基本的に草食しかいませんので、味は良いと思われます」


 そうなのですよね。実際に地上の獣の味を知ってしまうと、神獣も美味しいのではと考え始めてしまう自分がいます。そろそろ話題を逸しておきましょう。


「ところでクルルクエル、貴方はこの辺で狩りをしているのですか?」

「この鹿はついでです。今日はこの周囲の偵察をしていました」

「貴方もそうなのですね。クルルクエルがこの周囲の確認をしてくれるのであれば、エルトがわざわざ森に来る必要もなかったですね」

「そんなわけあるか。魔物が入り込んできた場合、村じゃなくこの周囲で迎え撃つことになるんだ。精密な地形把握は何でも屋としての責務だ」

「何でも屋の仕事の範疇を超えていると思いますけど!?」


 でも以前の山の件もありましたし、エルトはこの周辺の地形を深く理解しているのでしょう。


「クルルクエル、何か変わったことはなかったか?」

「そうですね。ここ最近この周囲にオーガの群れが現れたくらいですかね」

「くらいじゃないですよそれ!?」


 オーガと言えば、魔王軍の前線の顔役です。細々した魔法などは一切使わないのですが、その高すぎる身体能力と好戦的な性格から人間の軍からはかなり恐れられている魔物です。


「オーガか。随分と物騒なのが流れ着いてきたな。以前話していたホブゴブリンを追い出した連中なんだろうが……ふむ」

「ゴブリンを追ってきたのでしょうか?」

「普通環境の変わる人間界にまで追いかけてくるか?ゴブリンがオーガにそこまで恨まれるようなことをしていたとすれば、出没時期に幅がありすぎるのも不自然だ。となると……オーガ達も魔界から逃げてきたと考えるべきか?」

「オーガが逃げるような相手なんてそうそういないと思いますよ?それこそ……あ」


 知性のある魔物の中でも戦闘力の高いオーガが敵わない相手って……ひょっとして魔王ですか!?


「近場にいたりしてな、魔王」

「ク、クルルクエル!魔界の様子はどうなっているのですか!?」

「オーガが人間界に流れ込んできたこと以外は特に目新しい変化は見られませんね。まあ局所的な戦闘などは把握しきれませんので、なんとも言えませんけど」

「人間界に流れてきたオーガの総数はどれくらいなんだ?」

「少数ですね。二十もいなかったかと」

「オーガってそこまで希少ってわけでもないだろ?」

「一つの集落で百から五百前後くらいで行動していますね」


 そう聞くと随分と数が少なく感じますね。あ、でも魔界での抗争で数を減らして生き残りが人間界に逃げ込んできたって考えれば不思議でもないですよね。


「クルルクエル、オーガ達に負傷している様子はあったのか?」

「いえ、特には」

「なら魔界でオーガの部族の一つが何処かの勢力に吸収された。その中で反対している連中が群れから離反して人間界に移住……いや、逃げてきたってところか」

「うん?どうしてそう思ったのですか?」

「オーガは以前ゴブリンを自分達の縄張りから人間界の方へと追いやった。そんな連中が好き好んで人間界の方に寄るとは考えにくい。縄張りを広げたいのであれば、魔界側で広げればいいだけの話だからな。だが実際に人間界に流れ込んできたってことはだ、これまでの縄張りにすらいられなくなったからだろう。その理由としてオーガの部族は立場的に弱い状態で別勢力に取り込まれたと考えられる。色々と面倒な条件でも提示されたんだろうな、だから群れの一部が離反した。離反した連中は自分達を吸収した勢力の近くにいることができない以上、力を溜めるまでは大人しくしなくちゃならない。だから人間界を選んだ。ちょうど追い払ったゴブリン達が住処として使っているこの近辺を狙ってな」


 うわぁ、エルトが物凄く丁寧に解説しています。少ない情報からそこまで冷静に分析できるのですか……凄いですね、この勇者。


「エルト様、イリシュ様は話の一割を理解できているかどうかです。もう少し短く区切ってはいかがでしょう」

「全部理解できましたよ!?」

「そうですか。随分と呆けた顔をしていらっしゃいましたので」


 むむむ。エルトの冷静な分析に驚いたのは事実ですが、そのような顔をしていたのでしょうか。顔を引き締めなくてはなりませんね、ムニムニ。


「眠いのですか?」

「違います!それはそうと、これからどうするのですかエルト?」

「いや別に、人間界に流れてきたオーガを処分するだけだが」

「あ、はい。そうですよね」


 魔界で何かが起こったことは確かなようですが、今その問題にエルトが関わる必要はないですよね。むしろオーガとの戦闘があるかもしれないというだけでも、十分窮地に陥る可能性はあるのですから。ここは朗報と受け取っておきましょう。


「率直な意見を言わせていただくと、エルト様の戦闘能力ではオーガの個体一匹とも満足に戦えないと思いますが」

「ばっさり言いますね!?」

「ちなみにカムミュ様なら単騎で全てのオーガを皆殺しにできると思います」

「あの子も大概ですね!?」


 あれ、でもそうなるとカムミュさんが手伝うことになれば、エルトは難なくこの問題を解決できてしまうということなのではないでしょうか?こ、これは大問題ですよ!?


「カムミュに頼るのは最終的な手段だな。あいつは村の警備担当だ。近くにオーガがいるってんじゃ村の守りを薄くするのは危険だしな」


 それなりの日数を村で過ごしましたけど村の方々、カムミュさん以外は普通の人間なのですよね。確かにカムミュさんがいない時にオーガの一匹でも村に現れたら大変なことになりそうです。


「でもそうなるとエルトだけで対処するということですか?ああいえ、私も手伝いますけど……」

「私は手伝いません。仕事に含まれていませんので」

「上司が手伝おうと言っているのに!?」

「そりゃあクルルクエルの仕事はこの辺の監視だからな。イリシュは宿と飯の代わりに俺の手伝いをするのは義務だ」

「そうですけど……なんというか釈然としませんね」

「オーガの二十匹くらいどうにでもなるさ。彼奴らは言葉を話せるだけの知能があるくせに、並の獣よりも馬鹿だからな」


 エルトは鹿肉を解体しながら思い出すかのように笑いました。うーん、この笑顔はやっぱり勇者らしくないです。



 ◇


 オリマの予測通り、オーガの連中は一週間を待たずに群れの何割かが逃げ出した。それをオリマが問い詰めると呼び出されたオグガは頭を下げ懇願してきた。


「俺が逃げた者達を始末する!その後は俺の首を差し出す!だからここにいる者達だけは許して欲しい!」

「却下です。その提案を飲む利点がこちらにはありません」

「そこをなんとか……!」

「仲間の離反を許すような者に、その粛清を任せて何の意味がありますか?」


 うーん、本人が強くないから威圧感が全くないのだけれど、それが逆にオーガ達には不気味に映っているのよね。私もちょっと薄ら寒いかも。


「それは……」

「ですが貴方が比較的マシなオーガというのも事実。正直なところ、貴方が死んでしまえば残ったオーガは大した知能も持たない無駄飯食らいでしかありません。ですので貴方への罰は今後他のオーガに教育を施す責任者として生きてもらうこととなります」

「……うん?」

「教育の水準は引き上げます。その引き上げ方として常に群れの学力を把握し、対応を続ける監視を設置すると言うわけです。そしてその監視には貴方にやってもらいます」

「……」

「釘を差しておきますが、知力の低い者からすれば勉学の監視をする存在は疎ましいだけ。貴方は今後自らの群れに憎まれる役割となるわけです」


 言っていることは分かるのだけれど、随分と甘い対応に聞こえるわよね。オグガも凄く戸惑っているし。


「お、俺が今後も群れの面倒を見ていいのか……?」

「はい。ですがその面倒を見きれない都度、群れの数が減っていくことになりますので。責任は重大ですよ」

「……感謝する」


 まあオグガからすればそう言わざるを得ないわよね。オリマ的には逃げる個体が出るように仕向けただけなのだし、当然の結果でしかないのだけれど。でもま、ライライムにこっそり食わせる必要がなくなったのはいいことよね。マッチポンプってちょっと罪悪感あるし。


「ではまず貴方にはこれで学んでもらいましょう」


 そういってオリマは一冊の本を手渡した。タイトルは『オーガでもわかる一般常識 著:オリマ=ドラクロアル』。って手製だこれ!?


「これは……?」

「僕が君達に学んで欲しい一般常識、他種族との摩耗を避ける手段を可能な限り噛み砕いたものです。文字が読めない者でも理解できるように挿絵率九割の内容となっています」


 それ、絵本って言わない?


「お、俺達は確かに賢いとは言えねぇけど、そこまで馬鹿じゃ――」

「そこまで馬鹿だと思われているのがオーガです。今の貴方達はその程度としか思われていない。そのくせ力だけは一人前で、それを誇示して他の魔族に嫌悪感を抱かせている。まずは自分がオーガであるということから離れてください」

「オーガであることを離れる……」

「種族としての誇りを持つことは悪いことではありません。ですがそれで他の種族を見下すことは悪いことです。誰もがそう考えれば他種族を見下すだけの集団に成り下がってしまうのだから。腕力への依存でしたら、先日通じない相手がいることを理解させましたからね。以前よりかは受け入れやすいと思いますよ」


 オグガはオリマの言葉を聞いて唾を飲み込む。キュルスタインによって腕力が通じないことを、その腕力もオーガの一族を上回る個体の存在がいることを思い知らされていたからだ。


「それと逃げ出した個体については僕らの方で処分します。異存はありませんよね?」

「……ない、が……少しだけ話を聞いちゃくれねぇか」

「いいですよ」

「俺の一族は元々別のオーガキング、俺の兄貴が率いていたんだ。だけどよ、少しばかり前に『惨殺姫』と出くわしちまって……兄貴は殺されちまったんだ」


 惨殺姫って、何かしらの二つ名持ち?危なさそうなイメージはあるわよね。


「一時期この周辺で有名でしたね。オーガキングでも敵いませんでしたか」

「ああ……。俺は残ったオーガキングとして一族の面倒を見ることになった。だけど俺には兄貴のような仲間を従えさせるだけの器がなかった。今回逃げ出した奴らも、兄貴ならってボヤいていたよ……。」


 このオグガっていうのはそこまで群れを統率する力がなかったのね。それで暴走した個体があちこちでイチャモンを付けたりして問題行動を起こしていたと。


「ところでその話、僕が知る意味はあります?」


 ばっさり言うわね!?でもそんなドライなところもちょっと素敵!


「逃げだしたことを見逃してくれとは言わねぇ。だが俺が不甲斐ないばっかりに奴らは一族を見捨てて行っちまったんだ。俺のせいでもある。だからできれば……なるべく苦しませずに逝かせてやっちゃもらえねぇだろうか」

「いいですよ。元々彼らについてはこの場に残ったオーガ達への見せしめも兼ねて粛清するだけです。一片の躊躇いもなく処理はしますが、わざわざ苦痛を与えたりするような真似はしないと約束しましょう」


 オグガは再び頭を深く下げて帰っていった。オグガからすれば自分達を一方的に殺せる相手から、最大限の温情を貰うことに成功したことになる。それにしても結構不憫なオーガね。


「さて、と。ライライム」

「はいスラ」


 オリマが呼びかけると、部屋の隙間からニュルりとライライムが現れた。ちょっと密偵ぽさ出しているわね。麦わら帽子を被り直さなければ完璧なんだけど。


「話は聞いていたね?逃げたオーガ達は人間界の方へと向かっていった。数は十八匹、全て処分してきてくれるかな?」

「オリマ様、何体かは実験用に捕獲とかしなくて良いスラ?」

「一応約束してあげたからね。苦しませずに実験材料にすることもできるけど……最初に捕まえた個体が一匹いれば十分かな」

「了解スラ。パパっと済ませてくるスラ」


 ライライムは麦わら帽子を帽子掛けに掛けると、床の隙間から染み込むように消えていった。


「不穏分子はあっさりと処分、なかなか魔王らしいじゃない」

「オグガの兄の話は前に聞いていましたからね。元々いたトップが死んだことで群れの協調性が乱れ、周囲の魔族と諍いが起きていたって」

「ところで『惨殺姫』ってなんなの?」

「この辺では有名な話ですよ。名前も種族も一切不明、分かっているのは包丁のような魔剣を持った女型の存在。強い魔族を狙い、一方的に惨殺して去っていく。そんな災害に付けられた呼び名です」

「何それ怖い」

「実際に魔族の中でも上位種として扱われるドラゴンやオーガキングなどが殺されていますからね。しかも恐ろしいことにその死体はバラバラに解体され、肉体の一部を持ち去られています」

「何それ怖い」


 でもそれだけ強い存在ともなると、ちょっと欲しいかもしれないわね。魔王軍には一人や二人、見た目や頭のヤバイ奴がいるのが仕様みたいなところあるし。キュルスタインとかライライムのようなおかしいのは別として。


「そういえばあんな本を作ってたのね?」

「オーガ達には協調性を学び、ある程度賢くなってもらわないと困りますから。無責任に賢くなれと言って放任するつもりはありませんよ」


 そういうところは真面目よね。一応は魔王なんだし、できなきゃ死ねくらいは突き放してもいい気がするのに。まあタイトル的にオーガを知能があるだけの獣として扱っているのはわかったけど。


「ま、これでこの辺は支配できたってことよね?」

「いえ、オーガ達が強引に奪った領土については元の魔族に返却します。」

「どうして?オリマはオーガから奪ったわけなんだし、正当な報酬でしょ?」

「この周辺は様々な魔族が生活しています。オーガのように一部族で固まるの方が稀なんですよ。支配するということはそのもの達の生き方を管理するということ。今の段階で一度に様々な魔族を受け入れると、それに対応するマニュアルを作るだけで手一杯になります」


 そっか、オリマのような混血もいるわけだし、中には特殊な生き方をしなければならない個体もいるのよね。それを全部まとめて管理するとなると、軋轢を生まないように立ち回ることが凄く大変になるわよね。


「でもその辺は勝手にやれって言えばいいんじゃないの?」

「それでは無責任過ぎて名ばかりの領主としか思われませんよ。そんな存在に命を預けたいと思いますか?」

「う、うーん……」

「この先魔界の覇権を奪い合う者達による各地での争いが始まります。それらを僕らで排除し、元々の魔族に戻していきます。そうすればどうなると思いますか?」

「元通りになるだけじゃないの?」

「一度奪われた者は、取り返してくれた者を頼るようになります。その認識が大きくなれば、支配せずとも支持を得ることはできるんですよ」


 今回オーガに領土を奪われた者達からすれば、オーガを律し土地を返還してくれるオリマは恩人となる。この先領土を欲する魔族は後を絶たなくなるわけだし、その繰り返しをしていけばオリマは様々な魔族に頼られるようになるだろう。多くの者に支持を受ければ、その影響力はどんどん膨れ上がる……と。


「でも中には貴方を都合よく利用しようとする者も現れるんじゃない?」

「いいじゃないですか。度が過ぎた者はどうなるかを知らせるのに丁度いい見せしめになりますし」


 わお。温和なようで、引き締めるところはビシっとしているわね。でも実際のところ悪い案とは思えないのよね。無秩序に領土を広げていけば敵対する相手は都度変わってくるけど、標的を絞れば対処はしやすい。オリマの強みは個の強さではなく、その綿密な対応力なのだし、意外とマッチしているのよね。


「でも結構大変だと思うわよ?魔界の覇権を握ろうって魔族なら相応の強さを持っているわけだし」

「そうですね。まずは魔物怪人を増やさなければなりませんね」

「そうね。ライライムやメンメンマは確かに強いけど、対軍能力に優れている感じじゃないわよね」


 あ、でもライライムってビーム撃てるわよね。わりと適正あるかもだけど……。


「対軍能力ならキュルスタインを始めとした四魔将の皆さんで十分だったりしますけど」

「そういえばドラゴニュートがいるのよね」


 人型のドラゴンと呼ばれているのがドラゴニュート。様々な魔法を操り、広範囲を薙ぎ払うブレスを放つ。そのうえでドラゴンに匹敵する腕力、過去の魔王軍の幹部にはほぼ必ずと言っていいほどにドラゴニュートが存在していた。

 オリマの下についているドラゴニュートがどれほどの才能を持っているのかは気になるけど……食中毒になるような子だしね……。でもオリマの指揮下なら十分輝けるとは思うのだけど。そんなことを考えていると、外で庭作業をしていたメンメンマが姿を現した。服装は一緒だけど麦わら帽子と軍手がミスマッチ。


「オリマ様、来客ですメン」

「おや、珍しいね」

「この店に客が来たところって見たことないわよね」


 オリマは魔草を育て薬として販売している。その商売相手は薬師や医者を生業にしている魔族らしく、作った薬は配達で届けているとのこと。だから個人でこの店に訪れる者はほとんどいない。初めてみた来客はキュルスタインで、次は地上げ屋のようなオーガだったし。


「直ぐそこに来ているメ――」

「オ、リ、マ、さ、まー!」


 メンメンマを押しのけ、一人の女が飛び込んできた。色んなところがバルンバルンで立派な角の生えた……あ、ドラゴニュートじゃないのこの子。


「なんだ、ケーラじゃないか。もうお腹の調子は大丈夫なのかい?」

「はい!この四魔将ケーラ!本日より復帰いたしますわ!」


 ケーラと名乗ったドラゴニュートはオリマの手を握り、跪く。犬のように尻尾が左右にブンブンと揺れており、当たると凄く痛そう。


「ねぇオリマ、これが例の四魔将なの?」

「はい。ドラゴニュートのケークシュトファフラ、長いのでケーラの愛称で呼んでいます」

「腕輪が喋った!?はっ!それはオリマ様のお母様の……まさかオリマ様のお母様!?ご挨拶が遅れて申し訳ありません!」

「違うわよ!?」


 キュルスタインにした時のようにケーラに私のことを説明した。ケーラも私が女神ウルメシャスであることを微塵も疑う余地なく信じた。


「流石オリマ様!まさかお生まれになられたときから魔界の女神の祝福を受けていらしたなんて!あ、そこにいる変な女はなんなのです?邪魔でしたら炭にして庭に撒きますが」

「メ、メンメンマですメン!オリマ様によって創り出された魔物怪人ですメン!」


 会話にまるで入ってこれずに右往左往していたメンメンマ、ケーラに睨まれた途端に物凄い速さで敬礼のポーズをとったわね。


「あら!そうとは知らずごめんなさい?……ん?オリマ様によって創り出されたということはオリマ様の娘とも言えますわね。……はっ!つまり未来の妻となる私の娘!?処女懐胎した上に気づいたらこんなに育って!?オリマ様と幸せな子育てライフのアルバムを作る計画が頓挫してしまいましてのこと!?」

「ケーラは少しせっかちな性格でして。でも素直で良い子ですよ」


 うん、とりあえずオリマに惚れ込んでいるのは私でもわかったわ。あと馬鹿なのも。メンメンマは物凄い勢いで撫でてくるケーラ相手に萎縮しまくっている。嫌なら振りほどけばいいでしょうに。あーでも四魔将ってことは自分の上司に当たるわけだし、難しいのかしら?


「なんか、凄くところどころに気品を感じそうな兆しがあるのだけど。この子ってそれなりの生まれなの?」

「ええと、確かそうですね」

「確かって……。まああまり興味があるように思えないものね」


 ケーラの服装、所々に匠の技が目立つ高価そうなアクセサリーが見えるのよね。角とかもなかなか見ないレベルで立派だし。


「はっ!?まずはオリマ様を魔王として証明してくださったウルメシャス様に挨拶をしなくてはなりませんわ!私の名はケークシュトファフラ=ダグラディアスでございます!長いのでケーラとお呼びになってくださいまし」

「そうね、よろしくねケーラ。……ん?ダグラディアス?ダグラディアスって魔界で最強のドラゴン、ウルメスティアドラゴンの一族の名前じゃなかったっけ!?」


 ウルメスティアドラゴン、その強さのあまり女神ウルメシャスの遣わした存在と呼ばれている魔界最強のドラゴンの種族。何故か私の名前の一部を使われているけど、別に私個人としては特別扱いしているわけではないわ。


「ええ、私はウルメスティアドラゴンの父と、人型の魔族である母の間に生まれたドラゴニュートですわ!」

「……そ、そうなの?ドラゴンって異種族で交われるのね……」

「ウルメシャスさん。そもそもドラゴニュートというのはドラゴンと人型の魔物の混血ですよ。ドラゴンって人型に性欲を持つことが多いですし」

「下世話な話だけど……入るの?」

「性癖を拗らせたドラゴンは基本対象と同じ種族の姿になって行為をするそうです」

「そ、そう……ドラゴニュートって何かの突然変異でドラゴンに寄った生態になったものだと思ってたわ……」


 そりゃあ混血の意味くらいはわかるわよ。同じ人型なら興味を持つことだってあるかもだし。でも山のように巨大なドラゴンと人型の魔族が営みをするイメージなんて普通沸かないでしょ?


「ちなみにドラゴンの数が少ない理由として、純血種同士で結ばれる確率が非常に低いというのが挙げられます。実際のところ、結構な数の繁殖は行っているそうですよ」

「ドラゴンは自由な種族で、美的センスは己が持ったものを大切にせよという習慣があるのですわ!」


 ケーラは自信満々に言っている。異種族に恋することにまるで抵抗がないのね。その結果ドラゴンの血筋が魔界全土に広がったと……。


「ドラゴンを生み出した私が言うのもなんだけど、異常性癖の種族だったのね……。でも最強のドラゴンの血を引いているってことは、貴方相当強いのよね?」

「もちろんですわ!私はウルメスティアドラゴンの中でも最強と言われた父に最高傑作と呼ばれております!」

「そ、そう。最強のウルメスティアドラゴンは人型の魔族と交わっているのね……」

「まあケーラは四魔将最弱ですけどね」

「ふぐっ!」


 オリマの一言にぐさりときた様子のケーラ。ということは自覚があるのよね。でも見た感じだと、本当に化物なのよねこの子。基礎スペックの時点でライライムよりも遥かに高い。キュルスタイン数万体分の魔力を感じるし……。メンメンマが萎縮しているのはケーラの能力が規格外だからなのかもしれない。


「基本能力は高いようだけど……」

「そうですね。身体能力だけで言えば四魔将どころか、この魔界全土で見ても上位だと思いますよ。攻撃魔法もほとんど扱えますし、魔力保有量も天賦の才を持っています。ですがケーラは過去に四魔将の全員と何度か手合わせをして、全敗しています」

「くすん、ですわ……」


 オリマが並以下なせいで四魔将の印象もあまり高くなかったのだけれど、ケーラを見れば最早それが間違いだったと断言できる。この子、本当に強いわよ。それよりも強いのが三人、それを従えるオリマ。過去の魔王の中でもこれだけ配下に恵まれたのっていたかしら?


「ところでケーラ、貴方これまで食中毒で休んでいたって聞いてたんだけど」

「ええ。以前キュルスタインめから贈られたメンマが古かったようでして……」

「メンマが原因だったの!?」


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