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覚醒してください、勇者(魔王)。  作者: 安泰
覚醒しない勇者と魔王。
8/44

1-8

 ヨルドムストの王都から帰ってから、あっという間に一週間が経過しました。エルトは村の簡単な雑用を処理するだけで、これといった危険度の高い仕事には着手していません。私はエルトの手伝いをすることで衣食住のうち食と住処を保証してもらっている現状です。村内での雑用の手伝いをしていたおかげか、村の方々に顔を覚えられてきました。随分と馴染めている気がしますね。


「あ、イリュシュア様、お疲れ様です」


 そして一般通行人のように歩いている天使と遭遇しました。


「貴方は私以上にこの村に馴染んでいますよね……手にしている焼き鳥とか、特に」


 正直この子の仕事はもう切り上げてもいい気がするのですが、上空から監視ができるというのは色々と便利なのです。私自身が魔力量の都合で多くの魔法を使えない以上、この子の存在も十分ありがたいです。


「おい天使、一応こいつが女神であることは伏せてやりたいんだ。今はイリシュって呼んでやってもらえるか?」

「ああ、そうですね。人間が女神の名前を名乗るのは流石に自惚れが過ぎますからね」


 流石に天使にイリュシュア様と呼ばれたら本物だと思われると思いますけど……実際のところ、どうなのでしょうか。この子が天使であることは皆さん信じていらっしゃいますし、女神の名前の一般人扱いされるということはないと思うのですが。


「そういや天使って名前あるのか?」

「個体名のことですか?天使の階級のことでしょうか?」

「階級とかあるのか」

「ありますよ。上位、中位、下位に分類されてそれぞれの中に個体種名を持ちます。中位以上の天使は皆名前を持ち、何かしらの役割を女神様から与えられていますね」


 うーん、これって教えちゃって大丈夫なのでしょうか?まあ人間達もそれなりに調べてはいるので、近い形での知識は既に広まっているのですが。


「ということはだ、お前は中位以上の天使なのか」

「はい。私は中位の能天使、名はクルルクエルと申します」


 クルルクエルは何故かサムズアップをしてアピールしています。ただ表情はほとんど動かないのですが。


「十八年間も村に馴染んでおきながらようやく名乗ったのですか……」

「皆天使様で済ませていたので。私以外にも天使を派遣してもらえれば区別の為に名前を尋ねられたとは思うのですが」

「冷静に考えると天使一人に十八年感も同じ仕事を押し付けるとか、結構酷いことしてるよなお前も」

「必要があれば増員しましたよ!?報告ではこれといって不満などは上がってきませんでしたし……」


 でも十八年も同じ任務というのは確かにきついのかもしれません。村に順応することはこの子なりの処世術だったのでしょうか。


「強いて言うのであれば、十八年間野宿ということでしょうか」

「過酷過ぎたっ!?どうして対策をしなかったのですか!?」

「天使ですから風呂に入らなくても体は常に浄化されています。食べ物も完全に分解されるので排便の必要もありません。敵意のある獣や魔物はいるにはいますが、基本私の力でならどうにでも対処できますし」


 能天使にもなれば大抵の魔物の相手をすることはできますが、戦闘職を専門にしていない以上無理はしないで欲しいところです。


「それはそうですけど……。あれ、でもこの前エルトから干し肉を買っていましたよね?お金などはどうやって用意しているのですか?」

「食事ついでに集めた木の実や獣を村に売っています」

「何割かをこっちで貰っていい代わり、加工してやったりしてるわけだ。この前の干し肉もクルルクエルが仕留めた熊肉だぞ」

「天使が熊肉……。天界のイメージが崩れそうですね……」


 天界には当然ながら一般的な獣は存在しません。天使達の多くは木の実などを主食にしている草食的な生き方をしているのです。だから血生臭さい天使というのは……。


「手遅れだと思うぞ。この前は仕留めた魔物の肉でバーベキューパーティしてたからな」

「魔物で!?」

「この村では一部の魔物を食べる習慣もありましたので。郷に入っては郷に従え、と先輩の天使から学んでいます」


 この子の教育係って誰でしたっけ……。天界に戻った時には少し注意をしておくとしましょう。


「あまり天使のイメージを崩さないようにお願いしますね……」

「難しい相談ですね」

「そこは建前でも了承してください!?」

「人間にとっての天使のイメージというのは千差万別です。女神の遣いとしての立場だったり、愛くるしい保護対象だったりとばらつきがあります。平均値を取ろうにも、統計を取っておりませんので」

「それはそうですが……」


 そうでした。天使達の多くは論理的思考に基づいて行動する為、曖昧なことを避ける習性があるのでしたね。どう伝えたものか……でも魔物の肉を食べることが周知の事実になってしまっている今、どう取り繕ってもあまり意味がないような気もします……。


「具体的な命令を出していただければ、天使のイメージとやらを遵守する為の対応いたしますが」

「いえ……当面はこの村を中心とした周囲の監視だけで結構です……。何か変化とかはありましたか?」

「目ぼしい報告となると、近くの山が崩れたことくらいでしょうか」

「それは原因も含めて熟知しています。他に何かありませんか?」

「報告をしようと思えばこの周囲一帯で発生した動物の交尾状況なども報告できますが」

「その報告を受けて私はどう反応すれば良いのですか!?」


 いけないいけない。この子達に何か役目を与える時には具体的なことを提示しないと、本当に最小限のことしか報告してこないのです。やはり気になるのは魔界からの動きでしょうか。ウルメシャスの方でも魔王が動き出していてもおかしくない時期ではありますし……。


「魔物の動きとかがあれば報告してくれとかでいいんじゃないのか?」

「ああ、それがいいですね。上空からでしたら近くの魔界の様子も遠巻きには見えるでしょうし」

「わかりました。ではこの周囲の魔物の動き、近くの魔界の様子を報告します」

「今後エルトの監視は私がしますので、よろしくお願いしますね」

「周囲の魔物の動きに関しては、最近エルト様がホブゴブリンの巣を壊滅させたことで沈静化しています。多少の数は目撃していますが、その一件が影響してか魔界の近くへと移動をしていますね」


 エルトが最近平和に過ごしているので、今は気にする必要はなさそうですね。山が崩れたことに関しては……もう気にしないことにしましょう。


「魔界の方は……距離もありますからそこまで目新しい情報は入ってこないでしょうね」

「そうですね。何日か前に魔界の方角からビームが照射されてきて命中しかけましたが」

「それ狙われてませんか!?」

「いえ、その時は超高高度からの観測中でした。魔物の生態から考えて私を捉えることは不可能かと。恐らくは畑を荒らす烏にでもビームを放った個体がいるのではないでしょうか」

「烏にビームを放つ魔物がいるはずがないでしょう……」


 ただ超高高度ということは、雲よりも高い位置にいたこの子まで届く攻撃を放った魔物がいるということですよね?もしかしてウルメシャスの魔王……調べた方が良いかもしれませんね。


「なあクルルクエル。ホブゴブリンがこの辺にやってきた経緯とかは知っているのか?」

「魔界の方で縄張り争いが激化しているようですね。ホブゴブリンの群れがオーガに追われていたところは目撃しています」

「縄張り争いか。魔界の方でも魔王が現れる時期だろうし、今のうちに権力でも握ろうとしている魔族でもいるのかね」

「可能性はありますね。必要でしたらもう少し詳しく調査しますが」

「そ、そうですね。無理のない範囲でお願いします」


 エルトの言った推論は納得できるものですが、とても自然に大きな局面として捉えていましたね。ホブゴブリン達が現れたこと、そのことにも何かしらの要因があるのではと考える発想はとても勇者らしいです!


「オーガと言えば、この前カムミュが仕留めたオーガって結構デカかったよな」

「あれはオーガキングですね。オーガの一族を率いている個体かと」

「随分なジャイアントキリングをしているのですねカムミュさん……」


 確か何世代か前の勇者の時、オーガキングという個体は魔王の幹部クラスだったような記憶があるのですが……。エルトの味方であるカムミュさんが強いということは喜ばしいことではあるのですが、そうなるとエルトが窮地に追いやられる日はくるのでしょうか。カムミュさんにも手に負えない魔物や魔族が現れた時、エルトは無事覚醒してくれると良いのですけど……。



「ところでイリュ……イリシュ様、天界には連絡していますか?」

「え……。あ……」

「先日先輩からイリシュ様の様子を報告するように言われまして」


 そういえば天界を留守にして結構な日にちが経過しているわけですよね……。熾天使達、心配しているかもしれませんね。


「クルルクエル、私は無事であることを天界に伝えてください。この体ですと天界に報告するにも魔力の負担が大きくて……」

「わかりました。帰還する予定はないのですか?」

「その、天界に戻る魔力も使い切っている状態で……」


 天界と人間界を行き来する為に必要な魔法は最上級魔法と同等の魔力を消費します。人間の体を創り出すことも同じです。エルトに力の大半を与えていた私にとって、この最上級魔法二回分の魔力消費はありったけを使い切るようなものでした。


「別にイリシュ様の魔力がなくても先輩達を呼び出せば帰ることはできるのでは?」

「それはそうなのですが……」


 また戻ってくる時に同じ手間を掛けるというのもあれですし。他の子達に任せられるかと言うと……エルトやカムミュさんのことを考えるとちょっと……。


「やはり私の力のことですし、私自身がしっかりと監視しておきたいですから」

「そうですか。その割には成果がまるでないように見えますが」

「ばっさり言われました!?」


 私だってできることなら早いところエルトに覚醒して欲しいのですよ!ですがエルトはエルトなりの生き方がありますし、無理矢理に追い込むわけにもいきませんし……。


「まあ私達天使にこの村を焼き払えだなんて命令しないだけマシだとは思いますが」

「貴方天使ですよね!?どうしてそのような発想ができるのですか!?」

「人間界に十八年も滞在すれば人間色に染まりますよ。特に監視対象がエルト様ですし」


 ◇


 オーガキングのオグガが拠点としているのは過去それなりの魔族が住んでいた屋敷。攻略するにもなかなか骨が折れそうな場所よね。現在は夜、屋敷からちょっと離れた場所でオリマとメンメンマは待機している。ライライムとキュルスタインが偵察に向かっていて、そろそろ二時間が経過するかなってところでライライムだけが帰ってきた。


「オリマ様、ただいま戻ったスラ。早速報告するスラ。屋敷にはオグガを含め八十五体のオーガがいたスラ」

「百前後って言ってたのに、ちょっと少ないわね?」

「オリマ様のお店に集金に来た連中と同じで外回りしている感じスラ」

「あ、それもそっか。むしろ八割揃ってるのは多い方よね。ところでキュルスタインの姿が見えないけど、どうしたの?」

「キュルスタイン様は既に単身で乗り込んでるスラ」

「本当に乗り込んだの!?」


 冗談とばかり思っていたのだけれど……。うーむ、そろそろキュルスタインが弱くないってことを認めないといけないのかしら……。送り出したオリマは特に焦った様子もないままずっと時計を見ているし。


「よし、そろそろ頃合いかな。僕らも屋敷に向かおう」

「了解ですメン!」


 屋敷の正面にある扉は開かれており、中からは音がまるで聞こえてこない。もしもキュルスタインが暴れているのであれば、それなりに騒がしくても不思議じゃないのだけれど……。


「……あれ?」


 門を通ると、すぐ横にオーガが数匹地面に倒れている。目立った外傷は見られず、昏倒しているように見えるわね。


「オリマ様!注意ですメン!」

「大丈夫さ。ライライム、そこのオーガをひっくり返してもらえるかな?」


 ライライムがうつ伏せのオーガを仰向けの状態にする。乱雑に扱われても反応すら示さないけど、生きているのかしら?


「ねぇオリマ、このオーガ達死んでるの?」

「いえ、気を失わされています。この様子だと後数時間は目覚めないでしょうね」

「外傷とかは見えないけど、キュルスタインは何をしたの?」

「それは本人に説明させてあげましょうか。この様子ですと内部も制圧済みでしょうし」


 屋敷の中へと入り、奥へと進んでいく。道中には沢山のオーガが昏倒しており、これといって争った様子は見られない。そしてもっとも豪華そうな部屋にキュルスタインの姿を発見した。


「オリマ様、ご足労頂きありがとうございます」

「オグガはどれかな?」

「そこに倒れている気持ち大きな個体ですね」


 そう言って指で示す先に、ひときわ大きなオーガが昏倒していた。うん、確かにこれはオーガキングよね。ぱっと見だととても強そう。だけど戦闘すら見ることなく終わっちゃってるのは拍子抜けよねー。


「本当に一人で制圧したのね……。どうやったの?」

「ウルメシャス様はパラサイトマンドレイクという魔物をご存知ですかな?」

「ええと、確か魔物の体に寄生するマンドレイクよね?植物型の魔物というより冬虫夏草のような寄生虫に近い生態だったかしら」

「はい。パラサイトマンドレイクは近くに魔物が寄ると生物の意識を失わせる麻痺毒を吐き出します。その後意識を失った魔物の体に寄生して、自我などを奪って広範囲に生殖を行おうとします」

「植物なのに普通に動くのよね。動き自体はゆっくりだから魔物としての戦闘力は微妙だけど。ってもしかしてその麻痺毒を出せるの!?」


 キュルスタインはこくりと頷いた。オーガは強く頑丈な肉体を持つ反面、魔法的な干渉に弱い。パラサイトマンドレイクの麻痺毒は確か魔法的な効果だったわよね。そりゃあ効くわけね。


「あれ、でも貴方の性質って他の魔物の能力も参照するのよね?だから本来の魔物が持つ固有スキルよりも大分弱いって……」

「そうですね。私が使用できる麻痺毒はパラサイトマンドレイクよりも遥かに弱いですね。パラサイトマンドレイクの麻痺毒がレベルMAXなら私はレベル1です。ですが麻痺毒は麻痺毒、一時間程度展開し続けておけばオーガ達に効果を与えることは十分可能です」


 なるほど、それでオリマは二時間も外で待っていたのね。って、それって不味くない!?


「ああ、大丈夫ですよウルメシャスさん。僕とメンメンマは既にパラサイトマンドレイクの麻痺毒の解毒剤を飲んでいます」

「ライライムは元々筋肉や臓器がないので麻痺毒は効かないスラ」


 あれの解毒剤って用意できるものなの?あーでも魔物を生み出せるようなオリマなら解毒剤くらい簡単に作りそう。ていうかそもそも薬を作るのが本業だったわよね。


「でも本当にあっさりと終わっちゃったわね。オーガって結構強いはずなんだけど」

「ウルメシャスさん。人間界では人間が地上を支配していますよね?それが何故だかわかりますか?」

「うん?何故と言われても……人間界は人間界だからじゃないの?」

「人間界には人間よりも強い巨人族もいますし、ドラゴンだって生息していますよね?個の能力で人間を凌駕できる存在がいるのに、それでも人間が支配をしている理由ですよ」

「そりゃあ……ええと……。数が多いから?」

「数が多いのであれば虫の方が多いですよ」


 あ、そっか。でも虫は人間よりも弱いからで……あれ、そうなるとこれだって答えってあるの?


「勿体ぶらないで早く教えなさいよ!」

「答えは成す術を見つけ出せるからです。自分よりも力が強い存在だろうと、数で勝る存在だろうと、人間は知恵や技術を駆使してそれらに抗います。人間には他の生き物よりもできることが多い。キュルスタインの強さはそれと類似しています」

「そりゃあ引き出しは多いでしょうけど……」

「オーガの腕力は確かに強いですよ。正面から挑めば例え相手が素手で、キュルスタインが魔剣を握っていても敗れるでしょう。ですがオーガはただ力が強いだけです。熟練の技を磨いたり、魔法抵抗を高めようと訓練したりする個体がいないことは偵察で確認させてあります。そんな弱点が明確にわかっている種族が相手なら、キュルスタインが負ける要素はありませんよ」


 オリマはいつもの調子で穏やかに説明してくれる。普通に戦えばどうやっても勝ち目がないのはオリマの方だというのに、オリマにとってはオーガが取るに足りない相手でしかないと。


「うーん。とりあえずキュルスタインが強いってことは認めてあげるわ!」

「ありがとうございます。ですがこの場合、最も優れているのは私が具体的な行動を宣言していないのにも関わらず、パラサイトマンドレイクの麻痺毒を使うであろうと予測し解毒剤を準備、毒による制圧が完了する時間帯を正しく見積もれるオリマ様なのですがね」

「……えっ!?打ち合わせしてないの!?」

「ライライムを偵察に送り込み、相手がオーガであることの状況。そしてキュルスタインの性格を考慮すれば自ずとわかりますよ」

「あ、そうなの?」

「ウルメシャス様。オリマ様は簡単に言っておりますが、パラサイトマンドレイクを知っていたウルメシャス様が説明を聞くまでこれらの現状を把握できなかったことを考えてください」


 ……いや無理よね普通。そりゃあ得意な技が毒だーってなら想像できるかもしれないけど、キュルスタインは全てのスキルを保有している。その中から選ばれる手段をピンポイントで予測できるということは、オリマはキュルスタインの持つスキルを全て把握しているということになる。それこそレベル1の麻痺毒がオーガに対してどれほどの効力を示し、キュルスタインが屋敷を制圧するのに必要な時間を算出できるほどに詳しくだ。


「さて、後は外から戻るオーガに警戒しつつ交渉を始めるとしよう」


 オリマはライライムとメンメンマに命じ、昏倒したオーガ達を屋敷の庭へと運んでいく。途中屋敷に戻ってくるオーガもいたが、それはライライムとメンメンマにより速やかに処理されていった。そして数時間後、オーガ達が目を覚まし始めたのでオリマが用意した銅鑼を鳴らし、全員をまとめて起こした。


「う……なんで俺……庭なんかで……!?」


 オーガ達は現状を把握し、驚愕する。目が覚めたと思ったら自分達全員が縄で拘束されていれば無理もないわよね。


「やあ、ぼちぼち皆起きた頃でしょうから挨拶をさせてもらいます。僕の名前はオリマ、この土地で薬を作って生計を立てている者です。いきなりですが、君達オグガを頭とするオーガの一族全員を捕らえさせてもらいました」

「……はぁ?何を言ってやがる?こんな拘束――」


 縄を引き千切り、拘束を外そうとしたオーガの首が宙を舞う。動きに反応したメンメンマが力技でオーガの首を引っこ抜いて見せたのだ。


「ちなみにこの短時間では君達全員を完全に拘束することはできませんでした。その程度の縄くらいなら簡単に引き千切ることができると思います。ですからそういった動きを見せた者は今のように警告なしで処理をさせてもらいます」


 一瞬で仲間を殺されたオーガ達は急に静かになる。今殺された者だけではない、周囲をよく見れば既に殺されている仲間がちらほらと転がっているのだ。これらは外から戻ってきたところをライライム達に処理されたオーガの死体と、全員を起こしきる前に目覚め拘束を解こうとした者達だ。


「ほら、縄に力を込めちゃダメスラよ?」

「へぎゅ――」

「あ、変な動きをしたメン!」

「がぎゅ――」


 緊張が走る中一匹、さらに一匹とオーガがライライム達によって処理される。オリマと一緒の目線で見ていたけど、最初に縄を千切ろうとしたオーガ以外に逃げる素振りを見せた者はいなかった。これは打ち合わせで決まっていて、デモンストレーションとして処理されたのだ。近くにいたオーガからすれば、その仲間の動きに気づく前に処理されたという事実だけが植え付けられてしまっている。


「他の個体と話をしたり、目配せをしたりする者も同様です。それじゃあ話を続けてもいいでしょうか?」


 オーガ達からの返事がない。声を出せば殺されるかもしれない、そんな恐怖を僅かな時間で植え付けられてしまったからだ。


「誰も喋らないのは困るかな。オーガキングのオグガ、君が代表で口を開いてもらえますか?」

「……何が目的だ」


 オグガだけは他のオーガと違い、鋼鉄製の鎖で拘束されている。といってもオーガキングならば十分に破壊できる拘束ではあるのだけれど、オリマからすればほんの少しの間動きを封じさせられれば十分とのこと。それだけの時間があればライライムやメンメンマが処理できるし、オーガキングが目の前で死ねば残ったオーガは間違いなく恐怖で下手な行動を起こせなくなるわよね。


「君と似たり寄ったりだとは思いますよ。そろそろ魔王が生まれる時期で、魔界の領土を支配しておきたい。君らの仲間が僕の店に乗り込んできたので、せっかくだからということで標的にさせてもらいました」

「……話は聞く。だから仲間に手を出すのは止めてくれ」


 あら、思ったよりも仲間思いなのねこのオーガキング。オリマの店に来たオーガの程度からお山の大将くらいなものと思っていたのだけれど。

 捕らえられたオーガは全体で九十ちょい。まともな戦闘ができるオーガはそのうちの六割、残りは子供や老いている個体だ。


「それは君次第です。ただ話を聞いてくれる姿勢を見せてくれるのは嬉しいですよ。僕はサキュバスとヴァンパイアの混血ですので、君達のようなオーガからすればひ弱な存在にしか見えないでしょうし」

「そんなひ弱そうな奴が俺達全員を捕らえたんだ。何かがあると警戒する理性くらいはある……」


 これくらい話のわかる個体だらけなら楽なのだけれど、オーガの過半数は脳筋。実際に捕まっているのに縄を千切ろうとかしている馬鹿もいたしね。そういった奴らを言葉だけで大人しくさせることはできない。だからオリマは交渉に入る前にある程度の数を間引いた。他の魔族の血の臭いが付いているものを見せしめとして処理することで、不必要な個体の排除と他のオーガを黙らせることに成功したのだ。


「まずは君達を僕の配下に置きます。反対の意思のある者はいりませんので、この一帯から出ていってもらう形になります」

「そんな条件でいいのか?」

「はい。ただ出ていく者達が今後復讐に動く可能性を考慮して、その半分はこの場で間引きます」

「――っ」


 従わなければ殺す。そう脅すだけなら分かりやすいけど、従わなければその半分を間引いて殺すというのはなかなかに不気味さを掻き立てられるわよね。


「あと配下に付く者達には最低限の教育を施します。これは他の種族との軋轢を生まない為のカリキュラムですので、それ相応の努力をしてもらう形になります」

「教育と言われてもな……。俺達オーガはお世辞にも賢いとは言えねぇ種族だぞ?」

「一定期間内までにこちらが設ける水準を満たせない個体は間引きます。子供の個体に関してはその親が水準を満たせば猶予を与えます」

「無茶苦茶言いやがるな……」


 オグガは明らかに不満な顔をしている。他のオーガ達もオリマの言葉に『なんだこいつ』といった感情を滲ませている。


「腕力だけで周囲の魔族を従えようとした君達を迎え入れる為です。僕はオーガ以外も配下に加えるつもりです。そして現段階で協調性を放棄しようとしている個体を残す理由がありません」


 オリマはそんなオーガ達に対し、穏やかな口調で説明をする。だがその内容は『味方として努めるか、敵として処理されるか』といったものだ。オグガを始めとした頭の回る個体の表情からは不満は消え、焦りが見え始めている。


「……わかった。要求を飲もう。だがこの一帯から出ていく者の希望を募ることは止めてもらえねえか?俺の方から説得をしたい」

「半数は間引きますが残りは無事に去ることができるわけですし、個人の自由にすべきだと思うのですが」

「アンタの思っている以上に馬鹿が多い。一人が話に乗れば勢いでついていく奴らも出てくる」


 えぇー。オーガってそこまで馬鹿なの?二分の一で死ぬことになるのよ?あーでも戦闘の場以外で活躍しているオーガって過去の歴史を含めても見たことなかったかも。


「では猶予を与えます。ただその間に良からぬことを企てる者が現れた場合、間引く数を増やします。また残る者達への教育の水準を引き上げます」

「……それでいい」


 うわぁ、容赦ない。頭の悪いオーガのことだし、まともに考えずに行動する個体の一体や二体くらい出てきそうなのに。


「では僕達はこのまま帰ります。一週間後に結果を確認しに戻ってきますので」


 交渉は終わり、オリマ達は屋敷を後にする。あっという間に制圧して、一方的に脅して、薬を作って生計を立ててる魔族とは思えない手並みだったわね。


「ねぇオリマ。この後はどうするの?」

「うーん。お腹空いたし、食事にでも行こうかなと」

「そういう意味じゃないわよ!?展開的な意味よ!あの様子だとオグガが他のオーガを説得しちゃって、残るオーガ全部が配下になるんじゃないの?多少間引いたとしても、八十くらい超えちゃわない?」

「それは大丈夫ですよ。間違いなく足並みを乱すオーガが現れますし」

「それ大丈夫って言わなくない!?……まあ大量に間引くことには違いないってことなのね?」


 でも折角のオーガを処理してしまうのはちょっともったいないわよね。頭は悪くても戦力としては優秀なのよ?魔物怪人がおかしいだけで。


「ああいえ、実際には間引く必要はなくなりました。大丈夫だと言ったのはオグガが僕の想像よりもずっと賢かったことです」

「うん?確かにあのオーガキングは結構話が分かる感じだったし、仲間思いな印象を受けたけど……」

「今後の展開ですが、群れを出ていこうとするオーガの中には勝手に逃げ出す者もいるでしょう」

「想像に容易いわね」


 一週間後には群れを出ていこうとする者の半数を間引くと宣言しているのだ。ならその期日が来るまでに逃げ出してしまえばいいって考える輩もいるだろう。


「その責任を取らせ、オグガには個人的な罰を適当に与えて許すことにします」

「さっきの話だと連帯責任って感じだったのに?」

「はい。オグガくらいの理性がある者でしたら恩義を与えておけば相応の働きをしてくれるでしょう。あれだけ頭が回るオーガキングなら残ったオーガも僕の望む形で管理してくれるはずです」


 オリマ個人が管理できる魔族の数には限りがある。だけどその管理する魔族が他の魔族を管理すればオリマの負担は最小限のまま勢力を大きくすることができる。オグガはその管理者の一人として合格ラインを貰えたってことなのね。


「考えているのね。あ、でも誰も逃げ出さなかったらどうするの?」

「そこは抜かりありません。六日後までに逃げ出すオーガがいなかった場合、ライライムに一匹こっそり捕食させておきます」

「任せるスラ」


 やだこの魔王、朗らかな笑顔のわりにしたたか。ちょっと胸にきちゃった。


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