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覚醒してください、勇者(魔王)。  作者: 安泰
覚醒しない勇者と魔王。
7/44

1-7

 結局エルトは一人、隣の部屋でお休みになることに。カムミュさんの部屋の前を通ったのですが、人の気配は微塵もありませんでした。


「……ひっ!?」


 風で窓が揺れる音にも思わず体が反応してしまいます。本当にどうすればよいのでしょうか。


「今わかっているのは私がカムミュさんに嫌われていて、エルトが言うには今日……」


 と、戸締まりはしっかりしときましょう。いっそ窓や扉を固定する魔法を使ってしまうのもありなのかもしれません。自分の身を護るためにも……。


「……いえ、そうではありませんよね。これでは問題の先送りです」


 私はカムミュさんと敵対関係にありたいわけではありません。エルトを応援してくれている幼馴染の女の子、勇者の成長にとってとても貴重な人材ではありませんか。エルトが覚醒する為にも、協力者は多いほうが良いのです。


「まずはカムミュさんが何に対して怒っているのかを考えるべきですね!」


 エルトの話では彼に言い寄る女性の一人、とはみなされていないようですし……。それでも害虫扱い……害を成すと思われているのでしょうか?


『彼に甘えるような真似は許さないわよ、覚えておきなさい?』


 彼女はそう言っていました。やはり彼女自身が警告した内容をしっかりと考えるべきなのでしょう。でも私はエルトに甘えていたでしょうか?


「……そうかもしれませんね」


 エルトも忠告してくれたではないですか。できる者ができない者の代わりにやらなければならないのだと。私は地上に降りてからというもの、エルトに頼んでばかりでした。そのくせに彼のやり方を非道だのなんだのと文句をつけて……。

 エルトは好きであのような二つ名を持っているわけではなく、あらゆる敵から自分や村の皆さんを守るために必要だからと背負っているのではないでしょうか。

 窓がグラグラと揺れる。風ではなく、誰かが意図的に開けようとしている。きっと彼女なのでしょう。先ほどと比べ、そこまでの恐怖はありません。きっと彼女に何を謝ればいいのか、頭の中で考えがまとまりつつあるからでしょう。


「カムミュさんですよね?少しお話を――」

「よう姉ちゃん、探したぜ」

「荒くれ者さん!?」


 窓を開けて入って来たのはお昼にエルトが追い払った荒くれ者達。油を掛けられた人はいないようですが、それぞれがしっかりと武器を手に握っています。


「昼間は世話になったからな。きちっと礼をしにきたぜ?」

「私は何もしていないのですけど!?」

「あの外道に何をしても通用する気がしねぇからな。奴の仲間を痛めつけりゃ少しは……凹むと思うか?」

「それを私に聞きますっ!?」


 もしも私がこの方々に怪我を負わされるようなことになれば……あれ、エルトが怒っている様子が思い浮かびませんね。


「姉ちゃん、苦労してんだな」

「私の表情から察しないでいただけると幸いです……」

「だがまあ俺達にも誇りはある。プロのゴロツキとしてやられたらやり返す、悪く思うなよ」

「悪くしか思えませんよ!?」


 エルトに助けを……いえ、それではまた彼に甘えてしまうことと変わりません。まずは自分自身の力で抗ってみせなければ!

 杖を構え、魔力を込める。殺傷能力は抑えるにしても、それなりの威力でなければ無力化できなかった場合に相手に躊躇させることができません。ならここは――


「へぇ、やる気かい。おもしれぇ!少しくらい抵抗してもらった方が俺達もやりがいがあるってもん――へぶっ!?」

「害虫どもが、エルトの隣の部屋でうるさいのよ」


 突如リーダーの方が壁に埋まりました。元々いた場所には足を突き出しているカムミュさんの姿が……こっちも来ました!?


「カ、カムミュさん!?」

「エルトはもう寝ているのだから、その邪魔をしないでほしいわね」

「そうは言われましても!?」

「あ、兄貴ぃ!?へ、返事をしてください!兄――へぶっ!」

「だからうるさいのよ」


 カムミュさんはリーダーの方の傍に心配そうに駆け寄った荒くれ者さんの頭を掴み、リーダー方の隣へと叩きつけます。壁に穴を開けて頭がめり込んでいますね……。


「な、なんだこいつ……明らかに動きが素人じゃねぇぞ!?」

「に、逃げ――へぶっ!」

「いや、逃さないわよ。ほら、さっさと並ぶ」


 部屋に侵入してきた荒くれ者達四名は次々と、カムミュさんによって頭を壁にめり込まされていきました。抵抗している様子はあったのですが、それはもうとても熟練した流れ作業のような感じで……。


「あ、あの、カムミュさん……」

「何よ?貴方もインテリアになりたいの?」

「こんなインテリア嫌ですよ!?えっと……その……助けていただいてありがとうございました」

「別に、エルトの部屋の隣で騒いでいたから処理しただけよ」

「そう……ですよね。……あれ、でもカムミュさんも窓から入って来たのですよね?」


 扉の方は開いていない、ならカムミュさんが入って来たのは開きっぱなしの窓ということになる。


「それがどうしたのよ」

「……もしかして外で見張っていたのですか?」

「もちろんじゃない。ゴロツキってのはくだらないプライドにまみれた雑魚なのよ。そりゃあエルトの邪魔をしてくるに決まっているでしょ」


 ……あれ、ひょっとして用事って荒くれ者達の報復に備えることだったのでしょうか?エルトは戸締まりに注意するように言っていましたが、カムミュさんが侵入してくるからだとは言っていませんし……。


「そうだったのですね。……でも助かりました」

「虫に感謝されても気味が悪いだけだわ」

「うう……」

「――でも襲われそうになったからって、すぐにエルトに助けを求めないで自分でなんとかしようとしたことは評価してあげるわ」

「え……」


 カムミュさんはそう言い残して窓から飛び降りていきました。そう言えばここ三階なのですけど……カムミュさんなら大丈夫でしょうね。


「そういうことなのですね。カムミュさんはエルトさんが都合のいいように扱われるのが……」


 少々行き過ぎなところはありますけど、カムミュさんの行動指針は常にエルトの為。なんとなくではありますけど、カムミュさんとの付き合い方が分かってきたような気がします。


「……ただ……どうしたものでしょうか……この荒くれ者さん達」


 壁に等間隔に埋め込まれた人間のオブジェ。流石にこのままこの部屋で寝る勇気はなかったので、宿屋の店主さんにお願いしてもう一つ隣の部屋を借りることにしました。なお荒くれ者達は夜のうちに衛兵さんが連行してくださったそうです。

 次の日、朝食を済ませて馬車へと乗り込み帰路につきます。私もそれなりの備品や服も購入できましたし、このヨルドムスト王国を訪れたのは正解でしたね。


「しかしまあ、よく無事だったなイリシュ」

「あ、はい。昨日の方々はカムミュさんが対応してくださったので……」

「カムミュならついでにお前も始末しそうな気がしたんだけどな」

「最初はそのつもりだったわよ」

「だったんですか!?……でも、助けてくださったことは本当に嬉しかったです!」

「だから虫を喜ばせても私に得なんてないのよ」

「酷いっ!?ちょっとは距離感が近くなったような気もしたのですが……まだまだ先は長そうです……」


 私がうなだれていると、エルトが小さく笑いました。朗らかと言うには程遠く、小馬鹿にしたような笑みではありましたが、それでもゴブリンを燃やす時に比べればずっと人間味のある顔でした。


「まあ、先は長いだろうけどな。少なくとも害虫から虫には出世できているわけだし」

「え……あ……」


 そう言えば昨日からカムミュさんの私への呼称が害虫から虫になっていました。カムミュさんの方を見ると、ぷいっと顔を逸らされました。でも、ちょっと嬉しいかも?


「何笑っているのよ、気持ち悪い。両手で虫を叩き潰して開いた時といい勝負だわ」

「そこまで言います!?……でもカムミュさんとは親しくなりたいと思っていたので、正直に嬉しいです!」

「もっと親しくなりたいのであれば、私の家のインテリアにでもなれば?週に一回くらいは掃除してあげるわよ?」

「どうしてそう猟奇的なのですか!?……それとエルト」

「どうした?」


 カムミュさんとの距離が近寄ったことを喜ぶだけではダメですよね。やはり今回の話の起点となったエルトにも言うべきことは言わなくては。


「その……昨日のことはありがとうございました。次からはなるべく自分で頑張ってみたいと思います!」

「……どういたしまして。俺も楽ができる分にはありがたいからな。だけど自分一人で何でもできるとは思わないことだ。頼るタイミングくらいは自分で覚えろよ」


 こ、これは……!エルトの反応が優しい!?これまでと随分と違いませんか!?ど、どうしましょう、この急に優しくされる感じ、とても胸にクルものが――


「頑張るとかじゃないのよ、自分のことは自分でやるのが当たり前なのよ。それをなんで堂々とエルトにアピールしているわけ?自分の餌すら満足に確保できない虫が、これからは自分で餌を探しますって宣言したところで何の感慨深さも感じないわよ。それとも褒めて欲しいわけ?そんな程度で自分を褒めて認めて欲しいとかゴミのような要求をしているの?」

「ひぃぃっ!?」


 包丁の刃がひたひたと当たっていますぅっ!?むしろぐりぐりされているのですっ!?どうして切れないのですか!?いや、そもそもカムミュさん今さっきまで視界にいたのに、どうやって背後に!?


「カムミュ、馬車の上では止めておけよ。小石踏む衝撃で刺さるぞ」

「大丈夫よ。止血くらいできるわ」

「刺さること前提ですかっ!?……そ、それはそうとカムミュさんってとてもお強いですよね……。村の警備をしているのは知っていますが、それでも随分と……荒くれ者さん達もあっさりと倒していましたし……」

「そりゃあゴロツキと比べたらな。カムミュはヨルドムスト王国から『龍殺し』『鬼殺し』『王殺し』の称号を貰ってるくらいだし」

「物騒な称号ばかりっ!?」


 龍殺しは上級ドラゴン系モンスターの討伐、鬼殺しは上級オーガ系モンスターの討伐、王殺しは各魔物の上位種、キングと名の付く変異種の討伐を認められた場合に与えられる称号です。


「別にたいしたことじゃないわよ。村は魔界に近いし、ちょっと魔界にまで乗り込んだらそういうのいくらでもいるんだし。肉が欲しい時とか狩りにいくくらいよ」

「食料目的!?上級魔物はなかなかいないと思いますよ!?」

「そうね。ドラゴンのステーキは美味しいのに、なかなか見つからないのよね。……エルトに美味しい物を食べさせてあげたいのに……」

「ああ、そういう……」


 エルトの為に貴重な食材を求めて魔界に……相当な修羅場をくぐり抜けてらっしゃるのですね。魔界に単身で乗り込んだ人間の生存率って小数三桁より低いはずですよね?


「ぶっちゃけ俺は食用に養殖している鶏肉が一番好きなんだけどな。塩焼き派だ」

「身も蓋もない!?」

「ドラゴンはまだ食えたが、オーガキングとか筋ばっかりで食えたもんじゃなかったしな」

「普通に魔物を捕食してらっしゃるのですね……」

「そりゃあ獣と同じくらいに魔物が出てくる環境なんだ。仕留めたからには食えるかどうかは確かめるだろ」


 うわぁ、知りたくなかったです。私が導いていた人間の中に魔物を食べる文化が根付いていたなんて……。


「あれ、ゴブリンは焼き殺したままでしたよね?」

「あいつらの肉は臭すぎる。そもそも人型ってのは食欲が落ちるからな」

「オーガの味の話をさっきしていましたよね!?」

「そりゃあ試すには試すさ。小さな村じゃ天候次第で農作物がダメになるし、そうなったら狩猟で食料を確保しなきゃならない。食える物を知っておくことは基本だぞ?」

「貴方女神なら魔界の女神に言いなさいよ、もっと魔物の肉の味を良くしなさいって」


 流石にそれは言えないです。野蛮なウルメシャスでもきっと私のことをドン引きした目で見てくることでしょう。


「って、カムミュさんが強いことは分かりましたけど、どうしてそこまで強いのかはわからないのですが……」

「普通に鍛えて、魔物を狩っていただけよ」

「指南を受けたりはしていないのですか?」

「別にないわ。家にあった兵法書を読んだくらいかしら」

「兵法書ですか……どなたが著者なのですか?」

「別に有名人じゃないわよ。私の曾曾曾祖父、ヤハムっていう男が遺したものよ」


 ヤハム……ヤハム……はて、どこかで……聞いた覚えのあるような名前ですねってああ!?


「思い出しました!ヤハム=エンドリフ!先代勇者の仲間の一人じゃないですか!」


 ヤハム=エンドリフ、先代の勇者の幼馴染にして世界最強の剣豪と言われた人物。勇者という理を超越した存在がいる中で、才能のみで匹敵し横に並ぶことを認められた真の天才。私の力を受けた勇者に戦いの手解きを与え、勇者をさらなる高みへと押し上げた立役者じゃないですか!


「そうなの?私の聞いた限りじゃ釣り好きの社会不適合者って話なんだけど」


 伝説で語られるヤハムは剣の鍛錬に没頭し、その合間に釣りをするだけの世捨て人のようなイメージですが、実際には村の仕事を全て放棄しての釣り三昧で、先代勇者の家に居候していたという……。


「それは間違えていませんけど……でもカムミュさんは伝説に語られるほどの英雄の血を受け継いでいたのですね。素質が十分で日々魔物を狩る生活をしていたのであれば、それほどの強さにも納得できますね」

「才能や素質なんてどうでもいいわ。私はエルトの為に何かをすることができればそれでいいの」


 カムミュさんからすれば、血筋なんてどうでも良いことなのですね。多分英雄の血を継いでいなくても、彼女はエルトの為に頑張る健気な女の子なのでしょう。


「そうですね。エルトは素敵な幼馴染がいて幸せなのですね」

「……何こいつ、いつの間にか踏み潰していた虫みたいに気持ち悪い」

「酷いっ!?」


 ◇


 今日はオリマとキュルスタインの前で魔物怪人の二人がトレーニングをしている。手合わせ形式のものだけど、やっぱりこの二体は尋常じゃないわよね。


「はぁぁっ!」

「いい動きスラ。でも関節で動きが読まれる以上はもっと緩急で惑わすことを意識しないとダメスラ」

「はいっ!」


 メンメンマの高速移動をライライムは最小限の動きだけで対応している。かなり玄人っぽい動きよね。昔魔王軍にいた暗黒騎士とか、こんな感じだったかしら。


「ライライムの物理攻撃なら大丈夫と思ってないスラ?命中する瞬間に体を固体にすれば相応の威力が生まれるスラよ?」

「ぐっ!?」


 ライライムの突き出した腕がメンメンマに命中するのと同時に、メンメンマの体が思い切り吹き飛ばされる。メンメンマは素早く受け身をとったけど明らかにダメージが大きい。今相当エグい音が聞こえたわよね、鉄球を叩きつけたようなそんな音。


「世の中には鉄の武器でもオーガの体くらい料理できる達人もいるスラ、攻撃を受け止める技術がない以上は余裕を持って回避できるように立ち回るスラ」


 メンメンマの格闘センスは飛び抜けており、時間がたてば立つほど成長しているように見える。実際に強くなっているというより、自分のスペックに感覚が追いついてきた感じかしら。


「キュルスタイン、メンメンマはどうかな?」

「ふーむ。オリマ様と同じ感想だと思いますが」

「やっぱり戦闘要員としては厳しいかな。身体能力は高いし、栄養補給の自由さから潜入捜査とかがいいかな?」

「ええ、そうですね。ただ隠密の適正があるかは難しいところですし、相応のカリキュラムを用意してあげるべきでしょうね」

「貴方達、あれだけ動ける子を戦闘要員として認めないって随分高望みしてない?」


 キュルスタインから感じる魔力は正直メンメンマやライライムよりも遥かに低い。体捌きとかも優れているようには見えないし、本当に強いの?

 視線を戻すとメンメンマが大の字で地面に倒れている。訓練も一段落したようね。ライライムは特に疲れた様子もなくゆったりとこっちにやってくる。


「オリマ様、一段落したスラ。もう暫く手合わせを続ければメンメンマも自分の能力に馴染むと思うスラ」

「お疲れ様。メンメンマもゆっくりと休んでね」

「は……はひ……。流石ライライム先輩……全然……敵いまメン……」

「あんまり根を詰めなくてもいいからね。君はどんどん強くなっている。ライライムと手合わせを続けていればまだまだ成長できるよ」

「はいっ!その辺は自分でも実感できておりますメン!可能な限り早くオリマ様達のお役に立てるように精進しますメン!」


 実際に強くなるわね、このメンマ魔物。高い能力、慢心する余裕のない環境、評価をしてくれる上司、理想的な環境なのよね。


「そうだオリマ。メンメンマの相手をライライムだけにさせるよりも、キュルスタインとかにもさせた方がいい経験になるんじゃないの?」

「うーん。それはまだ早いかな」

「早いスラね」

「どうして?キュルスタインってそこまで強いの?」

「強いですスラ。そもそもキュルスタイン様との戦いは完封される負け方しかないスラ。今キュルスタイン様と手合わせをしても何の成果も得られないまま心が折れるだけスラ」

「そ、そこまで差があるのですかメン……」


 正直ライライムが過剰評価しているようにしか感じないのだけれど、実際に手合わせを繰り返した上での評価なのだから嘘ってことはないのよね。当の本人はニコニコ笑ってオリマにお茶を淹れてるだけだけど。


「せめてライライムにダメージを与えられる程度には強くならないと話にもならないスラ」

「ライライム先輩って痛覚あるんですかメン?」

「なくても痛いと思うこともあるスラ」

「?」

「オリマ様、前ライライムにやったアレをメンメンマにしてやってくださいスラ」

「うん、わかった。それじゃあメンメンマ、ちょっと手を貸してもらえるかな?」


 メンメンマは首を傾げたままオリマに腕を差し出す。オリマはメンメンマの手首を軽く握り、もう片方の手で軽くぺちんとメンメンマの腕を叩いた。


「――ッ!?――――――ッ!?―――ッ!?」


 突如メンメンマが腕を押さえて地面を転がり回る。まるで激痛にのたうち回っているかのような感じだけど、今の気の抜けたぺちんで!?

 オリマが転がっているメンメンマの腕を掴み、軽く撫でるとメンメンマの様子が落ち着いていく。ただ目にはたっぷりの涙を浮かべており、息もかなり荒い。


「いやー、やっぱり痛いスラよね」

「一応ライライムにしたときよりかは感度を下げたつもりなんだけどね」

「はぁ……はぁ……。オ、オリマ様、今のは……一体?」

「僕はサキュバスの血を引いているって話はしたよね?サキュバスの力には感度を弄るものがあるんだ。今やったのは手のひらの衝撃に合わせて君の痛覚を跳ね上げさせたんだよ」

「ああ、感度を上げてより気持ちよくできるなら痛くすることもできるのね」

「そうです。体感としては腕を抉る威力の鞭で叩かれたくらいですかね」

「えぐくない!?」


 そりゃあ腕を押さえて転げ回るわけだわ。涼しい顔をして容赦のない一撃を披露するわね、この魔王。


「ライライムには痛覚がないけど、触覚に近いものはあるからね。だからそこの感覚を鋭敏にして痛覚の代わりにすることもできるんだ」

「スライムの体で痛みを知ったのは貴重な体験スラ。死ぬかと思ったスラ」

「そ、そこまでの痛さだったのですねメン……」

「ライライムのような痛みを知らない生き物からすれば、痛みを経験するというのは相当な精神的ダメージにもなるスラ。下手な精神攻撃よりも威力が高いスラね」

「でも僕の身体能力じゃ相手が止まっていてくれないと当てることもできませんからね。当たらなければどうということはありません」

「そ、そうですねメン」

「でもいい経験になったスラ。どんなに弱い相手の攻撃でも致命傷になることがあるスラ。常にそのことを頭に入れておくといいスラよ」

「いきなり痛い思いをさせて悪かったね、メンメンマ。少し調整しなおすからもう一度腕を貸してもらえるかな?」

「は、はいですメン」


 それにしてもオリマって普通にサキュバスらしいこともできるのね。あ、男だからインキュバスか。


「ねぇオリマ。痛覚を鋭敏にできるってことは、普通に感度を上げることもできるの?」

「できますよ。ほら」

「――――――――ッ!?」

「実践しなくてもいいのよ!?」

「うわぁ、殿方に見せたらダメな顔してるスラ」


 私の些細な好奇心により、一人の雌が忘れられない思い出を作ってしまった。オリマ……恐ろしい魔王!

 メンメンマは激痛に襲われたり、快楽の限界を突き破られたりと散々な目に遭ったもののオリマやライライムに対しては随分と懐いている模様。いや、最後のアレはある意味調教されてたのかもしれないけど……。

 それはそうと家に戻って本日のご飯タイム。やっぱりオリマの魔力は美味しいのよね!漬物代わりにメンメンマの魔力もちょこちょこ貰いつつ、オリマの魔力を堪能する。メンメンマがちょっと羨ましそうな顔で見ているわね。でもダメよ、これは私の分なんだから。


「はっ!もしかして味覚も調整してもらえればこの魔力ももっと美味しく食べられかも!?」

「ウルメシャスさん、正直オススメしないですよ。こういうのは下手に成功すると麻薬並に依存してしまいます。今後僕がいない時にあらゆる食べ物の味がしなくなったりするのは嫌でしょう?」

「そ、それもそうね」


 これ以上の感動が得られるというのは魅力的ではあるけど、以後一切の食事が楽しめなくなるというのはなかなかにホラーよね。デザートにライライムの魔力を飲んで、満足満足。

 さて、この後は何をするのかしら……って、何か外が騒がしい?


「誰か来客でも来ましたかね?」


 オリマ達が外に出ると、オリマの植物園の所にオーガらしき姿が三匹ほど見える。どれもそれなりに成長していて魔族としての知性はあるっぽいけど……何か不穏な空気ね。


「お前がこの店の店長か」

「はい、そうですけど。何か薬が入り用で?」

「はっ、お前みたいなもやしの作った薬なんかに世話になるわけねぇだろ!」


 オーガ達は笑いながらオリマを馬鹿にしている。軽くイラつくわね。これでも私が認めつつある魔王だというのに。


「俺達はこの辺りを牛耳ってるオーガ一族の使いのモンだ。最近色々物騒でよ、俺達オーガ一族がこの辺の見回りをしてやってんだ」

「それはそれは」

「だからよ、身の安全を護ってもらってる立場として、護衛料を貰おうと思ってな」


 何それ、勝手にやってきて見回りしてるから金を出せ?頭まで筋肉な雑理論ね。オリマの話じゃこの辺は多くの魔族が適度に協力しあって生活している地域のはず。いちゃもんもいいところよね。


「護衛料と言われましても。契約などはしていませんし、期間や金額も不鮮明な状況では――」

「ああん?払えねぇってんならこの店にあるモンで払ってもらおうか!?てめぇの体で払わせてもいいんだぜ!?」


 オーガはオリマの胸元を乱暴に掴んで吠える。そういう台詞はせめて女に言いなさいよ。まあオリマもウケは良さそ……って違う違う。結局暴力で無理やり強請ろうってことね。オーガと言えば魔界の戦力でも上位に位置する近接役、戦闘能力が高いのは言うまでもない。

 だけどそんなオーガに睨まれながらもオリマは柔らかい笑顔のまま、そりゃそうよね。オリマ自身がオーガより弱くても、ここにはオーガより遥かに強い魔物怪人がいるのだから。


「オリマ様に対し、何たる無礼!身の程を知るメン!」

「あん?なんだてめ――ぎゅぷ」


 メンメンマの掌底がオーガの顎に横から綺麗に入る。顎は砕けるどころか跡形もなく削ぎ落とされ、その衝撃はオーガの首を一回転させた。うん、強いんだろうなってのは分かってたけど予想以上だったわ。


「な、てめぇ!?俺達に逆らおうってのか!?」

「問答無用!後悔は死んでからするメン!」

「メンメンマ、待つんだ」


 オリマが呼び止めると、メンメンマはピタリと止まる。怒っていても主の命令には忠実なのね、素晴らしい。


「オリマ様!コイツらはオリマ様に対して無礼な真似をしたメン!」

「色々と話を聞きたいから、一匹は残さなきゃいけないんだ」

「では一匹だけを残せば良いのですメン!」

「いや、メンメンマが殺そうとしているのを止めないと皆殺しになってしまうからね。それは困るんだ」


 オリマは一体のオーガを指差す。奥にいたオーガの目、口、鼻、耳から液体が溢れ出す。オーガは声を出すこともなく、夥しい液体を出し続けたあと地面に倒れた。そして吹き出した液体は一箇所に集まり、ライライムの姿へと変化していく。


「ひ、ひぃっ!?」

「こういうことスラ」

「ライライム先輩!?いつの間に!?」

「オリマ様が結構前に合図を送っていたスラよ?だらだら喋っている間に体の中に侵入して内臓をたいらげておいたスラ。オーガの体は不味いスラね」


 内側から食われるって……何そのホラー。しかもまるで気づかなかったし……本当に密偵に向いているのねこのスライム。

 流石に僅かな時間で仲間を殺されもすれば、残されたオーガは今自分が命の危機にあることを理解した模様。


「お、お前ら!俺はオーガキング、オグガ様の部下だぞ!?こ、こんな真似をしてタダですむと思ってんのか!?」


 あ、訂正。このオーガ理解してなかったわ。この期に及んでこの場にいない権力が自分の命を助けてくれるとか、そんな夢を見ているわね。


「オリマ様、どうするスラ?」

「今欲しい情報は出たね。オーガキングのオグガ、最近この周辺で勢力を伸ばしているオーガの一族の首領だね。ゴブリンの群れを追い出した噂までは聞いていたけど、この辺の治安がマシな場所まで手出しをするようになったようだ」


 ああ、そういえばこの前ゴブリンの群れが人間界にどうこうって言っていたわね。そりゃあ弱肉強食の実力主義なのは魔界の常だけれど、わざわざ魔物を人間界に追いやるってのは違うわよね。どうせゴブリンが逃げ出したのだろうけど、支配くらいしっかりやりなさいよね。


「じゃあもう殺していいスラ?」

「折角生きた検体を獲得できたわけだし、これはこれで使わせてもらうよ。手足の腱を切断して地下の生物用の檻にでも入れておいてくれるかな?」

「了解スラ。ほら、くるスラ」

「ひっ!?は、離せ!なんだこのスライム!?振りほどけねぇ!?」


 生き残ったオーガはライライムに地下へと引きずられていった。めちゃくちゃ抵抗していたけど、ライライムも相当な怪力よね。それはそうと、オリマって意外と敵には容赦ないのね。魔王には似合わない温和な性格だと思っていたけど、そうでもないのね。


「あ、ウルメシャスさん。もう喋っても大丈夫ですよ?」

「黙っていたつもりじゃないわよ。あんなに頭の悪いオーガと話す気はゼロだけども」

「思ったよりも早く行動をしないといけなくなったかもしれませんね」

「行動って、魔王としての活動のこと?」

「はい。本当はもう少し魔物怪人を増やした後、周囲の有力者を取り込んでいこうと思ったのですが……。オーガがヤクザ紛いの行動を始めたということは他の魔族もそろそろ動き出すということです」

「そういうものなの?」

「はい。魔王が生まれるのは百年周期じゃないですか。ですから魔界としてはその時期が近くなるとある程度の権力を確保しようとする者が増えるんですよね」


 ああ、そういうこと。魔王が誕生した場合、魔族にとって優先すべきは魔王に取り入ることだ。その際にいかに有力なポジションにつけるかで一族そのものの未来が決まると言っても過言ではない。中には自分が魔王になろうとする馬鹿もいると思うのだけれど、そういうのも込みってことよね。


「出遅れたくはないってことね?」

「そうですね。放置していてもオーガの一族は頭の回る魔族に取り込まれるでしょうけど、この一帯を支配する為に出遅れると立場が弱いですから」


 無法者となりつつあるオーガの一族をどうにかしておいた方が、他の魔族への印象は良くなるってことね。そりゃあ他の魔族が解決しちゃったらその魔族に他の感謝がいくわけだし。


「それで、どういう風に対応するつもりなの?」

「労働力として確保するのもありだとは思いますけど、オグガの勢力は百前後のオーガがいると聞いています。現状それだけの数の無法者を管理できる余裕はありませんし、適当に間引いて使えそうな個体だけ支配する形になりますかね」

「そ、そう。悪くないんじゃない?」


 やだこの魔王、凄く物騒な話を淡々としているわね。ちょっとときめきそうになっちゃった。ただ百前後のオーガともなると、ライライムやメンメンマだけでどうにかできる感じじゃないわよね。


「オリマ様!討ち入りですかメン!?このメンメンマ付いていきますメン!」

「部下はやる気満々ね。キュルスタインはどうなの?」

「ふむ。オリマ様がそう決めたのであれば、今がその時なのでしょうな。このキュルスタイン、力を貸すことに不満はありませんとも」

「ただこっちの戦力は数が足りないからね。油断はできないかな」

「そうよね。他の四魔将とか呼び出せないの?」

「まだちょっと無理ですかね。連絡が取れるのが食中毒で病欠の子だけですし」


 恋にうつつを抜かしているらしい奴と、何かしら酷い事件に巻き込まれた奴はダメってことね。食中毒の奴も症状によっては足手まといになりそうだし……でもキュルスタインだけってのも物足りない気がするのだけれど……。


「百のオーガ相手にこの面子でどうにかなるの?」

「それは大丈夫ですね。ライライムは密偵、敵の本拠地の正確な戦力を割り出してもらいます。メンメンマは僕の護衛、キュルスタインは一人でオーガ全部の相手を任せる予定です」

「物凄く酷い采配じゃない!?」

「了解ですメン!」

「承知致しました」

「承知するんだっ!?相手はオーガなのよ?魔族の平均以下の貴方と違って全部が平均以上の筋力、速力を持つ戦闘種族、そんなのをまとめて相手にできるの?」

「はっはっはっ、このキュルスタイン、オーガとの戦闘は初めてですが、多分大丈夫でしょう」


 この根拠のない自信は何処から湧いてくるのやら……。でもまあいざとなればライライムやメンメンマが頑張ればそれなりに善戦はできるでしょうし、オリマが窮地に陥れば力を欲してくれるかもしれない。そうなればその時は本当の意味で魔王が誕生することになる。なれば私に止める理由はないってこと、楽しませてもらおうじゃない。


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