1-6
勇者の冒険を観察していたことは何度かありましたが、この人達ってあれですよね。初々しい勇者に対して絡んでくるお約束的な。でも絡まれているのは私ですし、どちらかと言えばこれはヒロイン的な女性が勇者に助けられるパターンでしょうか。
「絡まれたのはお前だぞ。自力でなんとか頑張れよ」
「助けてくださらないのですか!?というより、多分エルトも絡まれていますよね!?」
「姉ちゃんって言われてただろ。俺は知らん」
「いや、一応兄ちゃんにも金は出してもらいたいんだが……」
「ほら!ですよね!」
人数は四人、こちらの倍の人数ですが今の私は小規模な魔法数発が限界です。でもまあ、一人くらいならどうにかなるとは思うのですが……。ゴブリンの時のような光景はちょっと控えたいと言うか……。
「ん……っ!?あ、兄貴!こいつマクベタスア村のエルトですぜ!」
「何!?あの『躊躇なしド外道』のエルトだと!?」
いまさらりと酷い二つ名が聞こえたのですが、意外としっくりくるのでビックリです。エルトの素性に気づいた荒くれ者さんたちはヒソヒソと話し合い、全員満場で頷いた後こちらに向き直りました。
「俺達の用事があるのはそこの姉ちゃんだけだ。お前は帰っていいぞ」
「あからさまにエルトを避けたっ!?」
村の人達の反応だと色々とえげつない手段で魔物を退治する人でしたが、一体このヨルドムスト王国ではどのような噂が広まっているのでしょうか。
「避けてねーよ。二兎を追う者は一兎をも得ずっていう諺に倣っているだけだ。やっぱり仕事は一件ずつやらなきゃ効率も悪いからな」
「真面目なことを言っているように聞こえますけど、強盗は仕事ではないですよ!?エルトも連れが絡まれているのですから、助け船とか出してくださいよ!?」
「おい、そいつに頼るとかずるいぞ!」
「ずるくはないと思いますよ!?」
むしろエルトを避けようとしながら、連れである私からは金品を巻き上げようという姿勢がよく分かりません。
「あ、兄貴、どうします!?」
「こ、こっちは四人だ。女の方は対して強くもなさそうだし、人数差があるなら『躊躇なしド外道』相手でも十分に勝機はある!」
結局エルトも巻き込むつもりになったようです。これならエルトもちゃんとしてくれるでしょう。
「おい、お前ら。つまらないことをしてないで真面目に働いたらどうだ」
「ああん?何真面目ぶったことを言ってやがる!」
「どうせここで人数差を活かして金品を手に入れても、お前らの顔は全員覚えたんだ。そんなもん後日お礼参りして盗まれた以上の物を奪われるだけだぞ?」
「しれっと怖いことを言っていますね!?」
「兄貴、こいつ復讐する気満々ですぜ!?」
「へ、へへ、そんなことで俺達が怯むと思ってんのか!俺達だってプロのゴロツキだ、プライドってもんがあるんだよ!」
「ゴロツキにプロとかないと思いますよ!?」
荒くれ者達はナイフを抜き、身構えます。周囲には衛兵さん達の姿などは見えませんし、これは覚悟を決めるしかないのでしょうか……。でもエルトといえば何時も通りの感じで荒くれ者さんの一人に小瓶を投げつけているし……投げつけ……!?
「うわっ!?くせぇ、油かこれ!?」
「さて、と」
エルトはそのまま懐から火打ち石を取り出し、カチカチと鳴らし始めます。脅しじゃなく、本気で火をつけようとしていますね!?
「ちょ、やめ、やめろ!?」
「おい、いくらなんでもそれはやり過ぎだろてめぇ!?」
「殺傷力のある獲物を抜いた時点でやり過ぎもくそもないだろ。逃げるなよ、火がつけにくい」
「ひぃぃ!?あ、兄貴!やっぱりこいつイカれてやがりますぜ!?」
「く、おめーら!撤収だ!」
荒くれ者達は踵を返して走り去り始めました。自分よりも人数の多い相手をこんなにもあっさりと追い払えるなんて……やっぱりエルトは凄いですね。ちょっとやり方は心配になりますけど、きっと脅すためのフリですよね、フリ。エルトの方に視線を向けると、既に火打ち石を懐に戻していました。容赦がないように見えても、きちんと常識はあるようですね。あれ、でも次に取り出しているその鉤爪付きのロープはいったい。くるくると回して……あ、投げた。鉤爪は油まみれで逃げ足の遅れている荒くれ者の足へと命中し、ピンと張られたロープによって荒くれ者は転倒します。その様子を見て逃げていた荒くれ者達は逃げるのを止めました。
「おわっ!?な、何が……あ、兄貴ぃ!?」
「誰が逃げていいって言った?お前らが絡んできたせいで貴重な瓶と油を消費したんだぞ?追い払うだけで済ませたら俺の損だろ?」
エルトは再び火打石を取り出し、倒れている荒くれ者の上でカチカチと鳴らし始めます。うわぁ、表情一つ変わっていないですこの勇者!?
「おい馬鹿な真似は止めろ!衛兵が来たら捕まるのはお前だぞ!?」
「エ、エルト!荒くれ者さんが言われる側の台詞を言っていますよ!?でも確かに衛兵さんに見つかったら問題なのでは!?」
「衛兵なら来ないぞ。さっき宝石商から出る前、こっちを値踏みしていたお前らの姿は見つけていたからな。店主に小銭を握らせてこの近くにいる衛兵を別の場所に誘導させてある」
「荒くれ者さん以上に用意が周到だ!?」
「あ、兄貴ぃ!助けてぇ!兄貴ぃ!」
背中を踏みつけられている油まみれの荒くれ者はすっかりとパニック状態に陥っており、泣きながらリーダー格の人に助けを求めています。
「わ、わかった!何が望みだ!?」
「金を出せ。油と瓶代、油が飛び跳ねて汚れたロープ代と服、靴のクリーニング代。後は手間賃だな」
「立場が逆転してますぅ!?」
「ふ、ふざけんな!金があったらお前らなんかに――ちょっと待て!そのカチカチ鳴らすのを止めろ!火花を散らすな!」
結局エルトは荒くれ者達から持ち金全てを巻き上げてしまいました。そんな彼らは全身を燃やされそうになった仲間の肩を抱きしめ、励ましながら去っていきました。
「ち、しけてるな。ペイがほとんどないじゃないか」
「油や瓶代よりも遥かに多く巻き上げていますよね!?」
「床に散らばった油を掃除するのは宝石商のオヤジだ。衛兵を遠ざけてもらった分も含めた手間賃を考えりゃほとんど実入りはないな。ああ、あとこれはお前の分だ」
「え…・・・・この銅貨は?」
「お前の分の手間賃だ。お前が慌てふためいていたおかげであの馬鹿共は俺が本気だって焦ってたわけだからな。その演技料だ」
「演技じゃないですよ!?……って本気で燃やそうとしていたわけではないのですか?」
「燃やすつもりだったぞ?」
「ですよね!?」
ここで少しでも悪そうな顔をしてくれたのならば、彼にも茶目っ気があるのだと安心できるのですが……常に真顔で言っているのですよね。
「それにしてもエルトはヨルドムスト王国の王都にも名前が伝わっているのですね。二つ名の物騒さはさておき……」
「田舎村から顔を出す連中ってのはな、王都に住むクズの標的にされやすいんだ。だから俺は村の連中が舐められないようにきちんと報復してやっているだけだ」
「報復って……そこまでやらなくても……」
二つ名というものはその文字の通り、二つ目の名前です。本人が名乗る名前以上に本人を象徴する呼び名、周囲の者達の共通の評価。『躊躇なしド外道』……もはや悪口にも近いですよね。
「人間は欲に生きる生き物だからな。自分よりも立場の弱そうな奴を見つければ搾取したくなっちまうもんだ」
「そ、そのようなことばかりではないと思いますが……」
「誰も彼もとは言わないさ。だが自分の益のためなら他者の損なんて構わないって人種はいくらでもいる。そういう奴らに対し、自衛する手段を用いないのは搾取される側の落ち度でもある。何せやり返す権利を放棄しているわけだからな」
「暴論ですね!?」
「暴論なんかじゃないだろ。誰だってやり返されるって身に沁みてりゃ悪いことなんざしないんだ。悪人が蔓延っているのはやり返さない連中がそいつらを調子に乗せているからだ」
やられたらやり返す、誰もがそのようにできれば弱者に対する悪事は大幅に減ることになるでしょう。ですがそれができないから弱者なのです。
「やり返す力がないって言うのならそれでもいいさ。でもな、大抵の場合は手段さえ選ばなきゃいくらでもやり返せる。自分の手を汚すことを厭わない覚悟を持てないことが大抵の原因だ」
「そうかもしれませんけど……ですがそれは……誰もができることではありませんし……」
「まあな。だからできる奴ができない奴の代わりにやってやらなきゃならない。お前があいつらに問答無用で魔法をぶち込めないってんなら、俺が火をつけてやるだけの話だ」
う……。エルトは私を非難しているのでしょうか。荒くれ者達に絡まれたのは私なのに、エルトに全てを任せてしまった。さらにはエルトのやり方にも文句を言って……。
「……すみません」
「なんだ、謝るのか」
「え、だって今の話は私が――」
「ならもういい。それだけ伝わっているならこれ以上の問答はいらないだろ。その先は好みの話だ」
エルトはただ酷い性格というわけではないようです。これくらい躊躇なく冷酷なことができないと、守れないものがあると知っているのでしょう。そして彼は自分の為だけではなく、他人の為にも手を汚すことができる。
「――そうですね。好みは合いそうにありませんし、このお話は終わりにしましょうか」
「ちなみにその銅貨を受け取った時点で脅迫罪の共犯だからな。自分だけ綺麗なままだと思ったら大間違いだぞ」
「巧妙な罠!?」
もしかしたらエルトは私が思っている以上に、芯の強いしっかりとした勇者なのかもしれませんね。確かに怖いところはいっぱいありますが、こういった強さも勇者に必要な要素なのかもしれません。
「害虫の分際で、何でエルトとほんわかな空気を出そうとしているの?」
「ひぃっ!?カ、カムミュさん!?」
いつの間にか背後に這い寄っていたカムミュさんが私の喉に包丁を当て、耳元でボソボソと呟きます。
「貴方、エルトには私という存在がいることを忘れて二人の関係に悦に入っていたわよね?エルトが貴方を助けたからって調子に乗っているわけじゃないわよね?エルトに無駄な労力をさせておいて、まともな感謝もせずに自分で納得して終わりとか何様なの?」
「ひぃぃっ!?」
「おいカムミュ、買い出しが終わったんだったらこっちを手伝え。イリシュじゃ油の壺一つまともに運べないからな」
「はぁーい。今行くわエルト!……彼に甘えるような真似は許さないわよ、覚えておきなさい?」
カムミュさんは音もなくエルトの隣へと移動しました。エルトとは違った意味で怖かったです。あ、ちょっと涙が出てるかも。でも今の話し方、やはり幼馴染だけあって、彼のことを詳しく知っているのでしょうか。聞いてみたいところではありますけど、今の関係ですとそのまま殺されちゃいそうですよね……。
この後エルトと一緒に必要な物資を購入し、宿を取ることになりました。エルトが言うには馬車の馬をもう少し休ませてあげたいとのこと。村の所有物ですし、私もその意見には賛成でした。ただ宿を選ぶ時、カムミュさんの視線がとても怖く別の宿を取ろうとしたのですが、『武器も持たない女が一人で宿をとって、無事でいられる確率は明日雨が降るくらい』だそうで……刺さる視線の中同じ宿になりました。
「この国って治安が悪いのですか?」
「そこまで悪いってわけでもないな。衛兵は普通に仕事をするし、冒険者も普通にいる。ただ手頃な奴に悪意を向けるような奴らも普通にいる」
「それって衛兵さんがお仕事をしていないのでは……」
「普通の範囲で仕事はしているさ。事件が起きれば対応してくれるし、目の前に怪しい奴がいれば声くらい掛けてくる。ただこの王都で起きる事件を全て未然に防ぐようなことはできない。それこそちょっとした誘導一つで騒動に駆けつけるのが遅れるくらいには人員不足だからな」
その話に昼間のことを思い出しました。荒くれ者達は白昼堂々と私達に絡んできていましたが、エルトが彼らの一人を燃やそうとすると『衛兵が来たら捕まるのはお前だぞ』とも言っていました。あのような人達は衛兵さんが普段からどういう形で王都を警邏しているのか熟知しているのでしょうか。
「私としてはエルトと同じ屋根の下に害虫がいるだけで、治安を悪くしたくなるくらいには昂ぶるわね」
「止めてください!?」
「あんまり邪険に扱うな。イリシュはお前と違って自腹で宿代を払ってるんだ。宿を選ぶ自由にまで口を挟む必要はない」
「私はエルトの護衛、村の意思で来ているのだから。エルトに近寄る害虫は――」
「カムミュ、村の意思にイリシュを排除しろというものはない。あるとすればそれはお前個人の意思だ。お前個人がイリシュと仲良くしたくないのなら好きにすればいいが、村の意思を騙るな」
「……ごめんなさい」
カムミュさんはエルトに素直に謝りました。ちょっと意外。ただその場にいるのがいたたまれないのか、カムミュさんはふらりと自室へと戻っていきました。なんというか……随分とあっさりと引き下がりましたね。
「もう少しカムミュさんと仲良くなりたいのですが……どうすれば良いのでしょうか?」
「んなもん自分で考えろ」
「酷い!?私が何を言っても取り付く島もないのですよ!?」
私はエルトに勇者として覚醒して欲しい、それだけの為にここにいるのです。エルトを異性として想っているカムミュさんの邪魔をしたいわけではないのですが、その辺の意思を示しても効果がないというか……。
「カムミュは俺に近づく異性だけを邪険に扱っているわけじゃないからな。そこを理解しなきゃ話なんてできないぞ」
「うーん?どういうことですか?」
「教えて欲しいのか?」
「それはまあ……教えて欲しいです」
「構わないけど、俺が教えたらカムミュのお前に対する評価はずっと上がらないが、いいのか?」
そう言われると聞くに聞けなくなります……。私が知りたいのはカムミュさんと仲良くなる方法であって、カムミュさんが私を嫌う理由ではないのですから。
「じ、自分で考えてみます」
「そうしろ。ただ時間の猶予はあんまりないからな」
「え、それってどういう……」
「カムミュは時間さえあれば俺の傍に居ようとするストーカーなんだが、自分から離れる時ってのは何かやらなきゃならない用事がある時だ」
「……」
「ちなみにカムミュは王都でのお使いは済んでいる」
「……」
「戸締まりには注意するんだな」
「エ、エルト……今日は一緒に眠ってもらえませんか?」
「自殺の手助けは承れないな」
……どうしろと、どうしろと!?
◇
学習装置。オリマの発明した機械であり、知性のある魔物に対し短期間で簡易的な知識を学習させることができる物だ。これ相当ヤバくない?昨日まできゅーきゅーとしか鳴いていなかったメンメンマが、学習装置を使用して一晩知識を身につけた結果、
「オリマ様!このメンメンマ、学習装置による一般常識の習得完了致しましたメン!」
これである。メンメンマは既に共通言語を問題なく喋れるようになり、その表情からはそれ相応の知性が滲み出ている。ちなみに全裸のままというのは私が不機嫌になりそうだったので、オリマに軍服を用意させて着せている。ただ下半身を土に埋めて魔力やらを補給させるためにズボンではなくスカートを着用。異世界で見たことあるわねこれ、ミニスカポリスだっけ?あれのメンマ色的な感じ。
「……やっぱりこの発明おかしくない?」
「そうですか?しっかりと機能しているように感じますけど」
「いやいや、だって一晩で言語を学習して、一般常識を身に着けているのよ!?普通ならありえないでしょ!?」
本来ならば長い年月を掛けて学ぶべきものを一晩で取得する。過去の魔王軍でもこれほどの変化をもたらすアーティファクトなんて存在していないわよ!?
「まあ確かに便利といえば便利ですけど、性能的に結構カツカツなんですよねコレ」
「カツカツ?」
「大まかな原理を説明するとですね。この学習装置は僕が知りうる一般常識を可能な限り分かりやすく噛み砕いて、順序良く頭の中に取り込ませるものなんです。ただこの分かりやすく噛み砕くという工程が問題でして、高度な知識が必要になる内容はそもそも噛み砕けないんですよ」
「……どゆこと?」
「高度な魔法などはそれを理解できるだけの高い知性が必要です。知性がなくとも使える例はありますが、それは肉体などが知性の代わりに高い適正を持っているからだったりします。つまるところ学習装置で一般常識は学べても、それらを応用できる能力はほとんど身につかないわけです」
「でもライライムはビームを撃てたわよね?適正が高かったの?」
「いえ、それもありますが彼は普通に知性が高いので」
あのスライムわりと高性能よね?身体能力もあって、知性もあって、ビームも撃てて。
「万能と言うわけではないのね。それでも凄い発明だと思うけど……これって一般の魔物には使えないの?」
「使えないですね。僕の創り出す魔物怪人達は魔族として認められるレベルの知性を持っていますので。だからこそ学習装置が機能しているというか」
「ああ、そういうことなのね」
学習装置がデタラメに凄いというわけではなく、学習装置の対象となる魔物怪人達が最初から高い知能を持っているからこそできる一晩学習というやつなのね。でも適正さえあれば簡易的なスキルはすぐ覚えられるし、凄いことには違いないのよね。
「あ、あのオリマ様!メンメンマはこれから何をすればよろしいメン!?」
「何をするかはまだ決めていないよ。魔物怪人はある程度調整して創り出してはいるけど、実際のスペックは調べてみるまでわからないからね。適材適所となる任務につけるようにまずは君の調査だ」
「了解メン!」
メンメンマの生態。まず基本的な体の構築は人型の魔族のそれと非常に似ているが、全身が植物の根としての役割も果たしているらしい。ゆえに地面に植えると土の栄養や水分、魔力を補充することができる。しかも吸収した魔力などは体に蓄えることができ、本来の肉体が持つ魔力の許容量を超えた魔力を保持することも可能。
「わりと優秀なのねこの子。ところでその蓄えた魔力とかってどの辺に溜まっているの?」
「胸に溜まっておりますメン!」
メンメンマは豊満な胸を私に見せてくる。三姉妹最大の長女級とは言わないけど、次女のイリュシュアよりも大きいわね……。なんかムカつく。
「魔力を放出すれば胸は小さくなったりするのかな?」
「いえ、この胸は自前メン。容器のようなものですから大きさは変わりまメン!あ、でも魔力を一杯に溜め込みすぎると張るかもしれまメンが……」
「オリマ、ちょっと引き千切れない?それ」
「ひぃっ!?」
「しませんよ。全身が根のような役割も果たせるということは、直接魔力を持つ生物に触れればドレインすることもできるのかな?」
「た、試してみないことにはわかりまメン」
オリマは手袋を外し、メンメンマの手を握る。そしてドレインしやすいように手の周囲に魔力を集めてみせた。
「試してごらん?土の中から魔力を集める感じをイメージして、ゆっくりでいいから」
「は、はい……あ……あっ……ん……」
メンメンマの表情がどんどん赤くなっている。あ、これは魔力を吸えているわね?しかも私と同じようにオリマの魔力を味として捉えている感じね。
「はいストップ!オリマの魔力は私の貴重なご飯なんだから、食べ過ぎないように!」
「ひゃ、ひゃい!?」
「うん。吸い取る速度はそこまでじゃないけど、これなら動けない相手から一方的に魔力を奪ったりするようなこともできそうだね」
うーむ。このメンメンマ、オリマを見る目が尊敬する魔王に大好物が混ざったような感じになっているわね。気持ちは分からないでもないけど。その後は身体能力のテストや魔法の適正の確認、性格診断などを行っていった。というか性格診断て……。
「メンメンマも普通に喋ることはできるのよね?」
「はい、特に問題なく喋ることは可能です……メン」
「ラッパーぽいわよね」
「メン!?」
ただまあ、語尾に個性を持たせることは魔物怪人に必要なアイデンティティの一つになるとオリマが言い切ったので、あまり気にしないようにはしたい。
「しかし凄いわね。身体能力が怪力のゴーレム並って……その細い体からどうやったらそんな力が出せるっていうのよ……」
メンメンマの能力水準は極めて高かった。魔法の適正はあまり高くはないが、戦闘要員としては文句なしのレベル。下手をすれば過去にいた魔王の幹部クラスまであるかもしれない。
「概ねデータは揃ったし、どういった仕事をさせようかな」
「オリマ様の為ならこのメンメンマ!どのような任務でも承りますメン!」
「気持ちは嬉しいけど、君は戦闘向きじゃなかったからあまり物騒な任務にはつけられないかな」
「えっ」
「ちょっとオリマ、メンメンマの身体能力って凄く高いじゃない。十分戦闘向けよ?」
メンメンマも自分の能力の高さと、言われた言葉の差に疑問を持っていると言った顔だ。魔法の適正を最優先にしている?でもメンメンマの魔力保有量なら下手な魔法を使わなくても魔力強化だけでかなりの戦闘力が発揮できるはずよね。
「うーん。論より証拠かな。試しにライライムと軽く手合わせしてみるといいよ。おーい、ライライムー」
オリマが大きな声で呼ぶと、麦わら帽子を被った人型スライムがとことこと歩いてくる。畑作業が似合うスライムっていうのもなんだか嫌ね。
「オリマ様どうしたスラ?」
「うん。ちょっとメンメンマと手合わせてしてもらっていいかな?」
「いいスラよ。ちょっと着替えるスラ」
「帽子を脱ぐだけでしょ」
オリマの植物園にはちょっとした空きスペースがあり、大技を使わないのであれば簡単な訓練場として利用できる。そこにライライムとメンメンマが向き合う形で対峙することになった。
「オリマ様、手合わせのルールなどはどのようにいたしまメン?」
「メンメンマは全力で、ライライムは……まあライライムに任せようかな」
「わかったスラ」
あ、メンメンマが分かりやすく不機嫌そうな顔をしているわね。ライライムは魔物怪人として先輩ではあるが、その保有魔力量はメンメンマより遥かに少ない。私の見立てだとメンメンマの方が遥かに強いと思うのだけれど……。あ、でもビームが命中したら分からないわね。
「それでは……始め!」
合図と共に飛び込んだのはメンメンマ、無駄のない魔力強化によって高まった身体能力。一瞬でライライムに拳が届く間合いまで届き、予備動作をほとんど行わずにその拳をライライムの胴体へと叩きつける。学習装置で基礎的なことだけを学んでいるとは言え、その基礎的なことができているというのは凄いことなのよね。
「――っ!?」
「早いスラねー。でもスライムの体は液体スラよ?」
ライライムは胴体を貫かれているにもかかわらず、ふにょふにょとその場で揺れている。ただ、これってちょっとおかしいのよね。メンメンマはスライムの特性くらい知ってそうなのだけれど……。
「そんな、魔力強化した一撃なら液体の魔物でもダメージを与えられるはずじゃ――」
「それは込められた魔力が液体に浸透すればの話スラ。普通のスライムならいざしらず、ライライムは魔力強化ができるスライムスラ。魔力強化同士が相殺し合えば、残る衝撃は物理的なものだけスラ。ならスライムの体には何の影響もないスラ」
……あれ、それってヤバくない?スライムは液体に魔力が宿っている魔物だ。一応外見では見つからないコアがあるのでそこさえ狙えば一撃でも倒せなくはないが、流体の中を移動するコアを破壊するのは至難の業。だから普通は液体にダメージが通るように魔力による衝撃を浸透させる。だけどライライムの場合、その液体自体に魔力強化を行える。
同じ学習装置で基礎を学んだ両名の魔力強化の練度は近い。魔力総量が多くても魔力強化を自在に増やせるというわけではないのだから、互いの攻撃力と防御力は近しくなる。
つまるところメンメンマは物理攻撃だけで戦わなくてはならず、ライライムは物理攻撃が一切通用しないスライムなのだ。
「くっなら手数でコアを狙って――」
「メンメンマは肉体が魔族に似ているスラね?なら骨、関節があるということスラ。関節は効果的に体を固定したまま動かす仕組み、初動から次の動作も簡単に読めるスラ」
メンメンマが続いて攻撃を繰り出そうとするよりも早く、ライライムがメンメンマを飲み込んでいく。メンメンマは頭だけを残して全身を綺麗に飲み込まれる形となった。
「なっ、動け――!」
「外部に関節を付与するようなイメージで固定しているスラ。動かそうとすれば反対側の関節にも力が掛かって、自分自身の力で反発が起きるスラよ。この状態で動くということは、自分で自分の体を持ち上げることと同じスラ。ところで後は首周りを固くすれば締め落とせるスラね。魔力強化で抗ってもいいスラけど、面倒になったら直接鼻と口、皮膚を塞いで呼吸を止めるスラ。降参をオススメするスラ」
「……私の、負けですメン」
やだこのスライム強い。そっかースライムが対人技術覚えたらこうなっちゃうのか。自分は関節とかないくせに、相手の関節を利用した戦い方ができるとかずるいとしか言いようがない。一度取り込めば関節を自由に極められるし、呼吸器だって意識的に狙い放題。流体だから体の動きとか予測できないし、ほんとずるい。
「まあこんな感じかな。メンメンマは戦闘向けじゃない。だからといって不当な扱いをするつもりはないよ。君には君ならではの仕事が必ずある。その分野ならライライムよりも優れた結果を出せる。出せなかったのならばそれは君の能力を活かしきれない僕の無能さからくるものだ」
「オ、オリマ様が無能などと!そんなことは決してありえまメン!」
「その評価が正しいものになるように努力させてもらうよ」
まあ実際にこんな化物スライムを生み出しているのだし、オリマは凄いと言えば凄いのよね。でも自身が力を欲すればそんなライライムでさえ瞬殺できるほどの力を得られるんだけど……この様子じゃダメよねー。でも主力がいい感じなのは確認できたし、これはこれで悪くないわ。
「メンメンマ、頑張るスラよ。ライライムも同じ非戦闘員として応援しているスラ」
「はい!頑張りま……メン?」
「……非戦闘員?」
「そうスラよ?ライライムがオリマ様から与えられている仕事は密偵スラ」
「そうなのオリマ?」
「そうですよ。ライライムは通常のスライムよりも自由に体を変化させられますから。空気が通る隙間さえあれば何処にだって侵入できます。戦闘能力はパッとしませんけど、それでもそれを補える能力がありますからね!」
いや、そりゃそうだけど。このスライム、洒落にならないくらい強いのよ?それが密偵役で収まるの?あれ、何か基準がおかしくない?
「ライライムって、弱いの?」
「オリマ様よりかは強いスラ。でもライライムも雑魚の分類スラ」
「ちょ、ちょっと待って。その基準ってどの辺を指しているの?」
「四魔将スラ」
四魔将の一人、アベレージデーモンのキュルスタインとは既に会っている。全ての魔族、魔物の平均値しか持たない悪魔。数の総数で言えば知性が弱く、非力な魔物の方が多いのだから基本的には魔族の平均以下の能力となる。あれが四魔将最強ってオリマは言っていたけど、あれ?ちょっとよく分からない。
「……嘘でしょ?」
「嘘じゃないスラ。ライライムはキュルスタイン様といっぱい手合わせしたスラけど、かすり傷一つ負わせたことがないスラ」
まったくもってイメージが沸かない。身体能力で数十倍以上優れているライライムが、何をどうやれば負けるというのか。というより、その話が本当だとして、その四魔将を従えているオリマって……。
「オリマって実は凄く強い?」
「弱いですよ」
「雑魚中の雑魚スラ」
「魔王に対する言い方酷くないっ!?」
ここまでバッサリ言うということは、オリマは本当に弱いのだろう。私もオリマの魔力を食べているわけだし、隠した実力を見つけたとかそんなことはない。この私、ウルメシャスの力がなければただの非力な魔族でしかないのだ。
「事実ですからね。僕は戦闘能力が皆無と言ってもいいです。でも四魔将の皆は強いですよ」
「あの四人は全員が魔王になれる器スラ」
「いやいや……」
そんなので、魔王に匹敵するかもしれない四魔将を従えているって言うの?オリマにはまだ私の知らない何かがある、というのかしら?……これはこれで楽しみになってきたわね。
あ、でも魔王になれる器とか言ってる連中が軒並み病欠するってのはないわー。流石にライライムの盛り過ぎよね。……よね?