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覚醒してください、勇者(魔王)。  作者: 安泰
覚醒しない勇者と魔王。
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1-5

 ヨルドムスト王国は魔界に隣接した王国です。人間界の中では隅の方にある田舎国家としての印象が強いですが、魔界の中枢となる場所に近いとあって対魔物のノウハウはなかなかのものです。私達は現在馬車を使ってその王都へと向かっています。


「馬車旅でなければ一体何日掛かっていたのやら……」

「以前も言ったが一週間前後だな。ちなみに魔物や獣とはほどほどに遭遇する。馬車の速度なら大抵逃げ切れるけどな」

「そのような道を徒歩で向かわせようとしていたのですね、この人は……」

「いいじゃない、獣の餌だなんて害虫よりも格上よ?私達の見知らぬところでクラスアップするくらいは許容してあげたっていいのだから、今からでも馬車を降りなさいよ」

「嫌ですよっ!?」


 あと何故かカムミュさんが同伴しております。『馬車は村の貴重な所有物なのだから私が警護しなきゃダメよね』と言っておりますが、多分エルトの傍にいたいのでしょう。


「エルトもそう思うわよね?こんな邪魔な置物が馬車に備え付けられているなんて、ベッドのシーツに馬糞を塗りつけたような不快感しかないわ」

「酷すぎませんかっ!?」

「どっちも五月蝿い。馬車の操縦だって神経を使うんだ。騒がしいようなら突き落とすぞ」

「ひぃっ!?」


 何が怖いかと言うと、エルトは少しも脅すような言い方をしていないのです。まるで普通のことのように、淡々と言っています。


「もう、エルトったら……。一緒に旅をするのが恥ずかしいからって、そんな照れ隠し――あっ」

「予備動作もなく蹴り落としたっ!?カ、カムミュさーんっ!?ちょ、ちょっとエルト、あの扱いはあまりにも酷いのでは!?」

「気にするな。すぐに追いついてくる」

「追いつくって、走行中の馬車にどうや――」


 振り返ると物凄い速さで走り、馬車へと迫るカムミュさんの姿が。カムミュさんは馬車の横に並走すると、馬車にぬるりと乗り込んできました。どう見ても一村人の動きじゃないですよね!?


「恋人同士の追いかけっこは楽しいわよね……。でもできるならエルトに追いかけて欲しいわ……」

「じゃあ馬車の前でも走ってたらどうだ」

「その手があったわね」

「おかしくないですっ!?」


 そして現在、目の前には振り返りながら楽しそうに笑うカムミュさんが走っています。ただしその速度は馬車がギリギリ追いつけないほどの速度です。


「ほーらエルト、捕まえてごらんなさーい?」

「顔と足の動きが一致してませんよ!?……エルト、カムミュさんの身体能力って異常じゃないですか?」

「村の警備担当で一番の猛者ってのは話しただろ。マクベタスア村の周囲は魔界に近く、それなりに魔物が出没する地域だ。村を守る連中はそれ相応の訓練をしている。カムミュはそんな連中の中でも飛び抜けて強いからな」

「そんな人に寝起きに殺されかかったのですね、私……」


 でもそこまで強いカムミュさんに好かれていながら、そこまで大変な目に遭っていないエルトのことを考えると……カムミュさんは思ったよりも正常な判断ができる人なのではないでしょうか?


「うふふ、エルトが追いかけてくれる……ああ、もっと、もっと私を追い求めて……!」

「(……いや、それはないですよね)」

「さあエルト、さあ、さあ、さあ!あっ――」


 一瞬間の抜けた声が聞こえましたが、その時私の目には足を引っ掛けて転倒するカムミュさんの姿が映っていました。その数秒後カムミュさんは馬車の影に消え、同時に馬車が何かに乗り上げたかのように大きく跳ねました。


「……カ、カムミュさーんっ!?エ、エルト!?流石に今のは不味いのではないでしょうか!?」

「大丈夫だって、あのくらいで死んでたら苦労はない。振り返ってみろ」

「いやでも……っ!?」


 エルトに言われて振り返ると、いつの間にか馬車の中にカムミュさんが座っていました。ただ頭からはそれなりの出血をしていて、かなり怖いです。


「エルトに踏まれるのもやっぱりいいわよね……」

「カ、カムミュさん!?頭どっぷり血が流れてますよ!?」

「別にこれくらい唾をつけていれば治るわよ。はっ、エルトに舐めてもらえればすぐに完治するかも……!?」

「やだよ汚い」

「そうよね……泥がついてるし……エルトに泥を舐めさせるわけにはいかないわよね……」

「そっち!?」


 一騒動はありましたが、どうにか私達はヨルドムスト王国の王都へと到着しました。関所で手続きを済ませ、長い塀に囲まれた王都の中へ。村とは違って人に溢れ、活発な印象を受ける町並み。人々の声や生活の音があちこちから聞こえてきます。


「ああ、女神としてこのように人々が活気に溢れている姿を見るのは喜ばしいことですね……」

「五月蝿いだけだろ。さて、俺はいつもの場所で道具を仕入れてくるから……カムミュはこっちのリストの買い出しを頼む」

「その害虫を使わないの?」

「カムミュさん、もう少し距離を縮めてもらえないでしょうか……」

「イリシュは王都が初めてだからな。勝手も分からないような奴に買い物を任せても仕方ない。俺と一緒の買い出しをさせて荷物載せの雑用だ」


 確かに私にリストを渡されても、どこのお店で買えばいいのかまるで分かりません。色々見て回りたい気持ちはありますが、まずはエルトの目的を済ませることから始めましょう。


「私としては一秒でもエルトが他の女と二人きりだなんて嫌なのだけれど」

「気持ちは分かりますけど……。あ、でしたら私とカムミュさん二人で――」

「カムミュと一緒に行かせても構わないんだがな。カムミュしか戻ってこない可能性が高い」

「やっぱりエルトと一緒でいいですっ!」


 ああ、カムミュさんの視線が痛い!でも今二人きりになったら本当に命の危機ですしっ!うう、どうやってカムミュさんと仲良くなればいいのでしょうか……。


「むぅ……。すぐに終わらせて戻ってくるわ!イリシュ、エルトに指一本でも触れてみなさい、触れた箇所を私の家に飾るからそのつもりでいなさいよね」

「発想が怖すぎませんか!?」

「嘘をついても匂いで分かるんだからね!」


 カムミュさんはそう言い残し、人混みの中へと消えていきました。とりあえずカムミュさんの言うことが本当だとすると、エルトには触れないように行動しなければなりません。本当に匂いでわかりそうですし……。


「まずはこの店だな。おい、オヤジ、いるか?」


 最初に訪れたのは宝石屋さん、ゴブリンの巣穴から手に入れた宝石や魔石を換金するのでしょう。


「ん、エルトか、久しぶりだな。隣のべっぴんさんは彼女か?」

「か、かか、かの――」

「荷物持ちだ。この宝石の換金を頼む。ゴブリンの巣穴で拾った奴だ」


 ……わぁー微塵も意識していないですねぇ、この勇者。ま、まあ私も意識しているつもりはないですし……。いきなり言われて戸惑ったというか……。


「お、魔界で取れる宝石も混じってるな。これはいい値で買い取れるぞ。ゴブリンのくせに宝石の価値が分かってるってのは皮肉な話だよな」

「烏だって光物を集めるだろ。そりゃあゴブリンだって集めるさ」

「ちげぇねぇ。だがよ、一個くらいそこの姉ちゃんにくれてやったらどうだ?アクセの一つや二つ贈り物してやれば喜ぶもんだぜ?」


 お店のおじさんに言われてエルトは私の方を見つめる。宝石……にはそこまで興味はありませんが……エ、エルトが贈り物として与えてくださるのならば勿論受け取るつもりはありますし……。


「こいつに必要なのは宝石より屋根付きの部屋と食料だ」

「ですよね……。あ、そうでした。私もいくつか宝石を換金してもらいたいのですが……」


 この世界に降臨する際、多少の路銀代わりに宝石をいくつか見繕っていたのです。エルトの村では役に立ちそうにありませんでしたし、ここで通貨に変えておいた方が良いでしょう。そういったわけで持参した宝石を並べていきます。


「こりゃまた随分とでかい大きさだな……しかも未加工ときた……」

「あ……もしかして加工済みじゃないと買い取ってもらえないのですか!?」


 天使達に用意させたのですが、加工済みで用意させると天使の技術が混じってしまうので自重していたのですが……これはこれで誤算でした。


「いや、問題はねぇよ。ただ原石での買い取りだと加工後の価値をある程度見積もってからじゃねぇと正確な金額を出せねぇな。身分証はあるか?」

「えっと……ないです……うう……」

「まあ盗品って感じでもねぇのは分かるから心配はしてねぇけどな。ただ身分証がないんじゃ今の段階で満額を支払うことはできねぇな。大雑把に見積もって、その半額を払おう。後日に残りを支払う形でいいか?」

「あ、はい。大丈夫です」


 そっか、宝石だとそれなりの価格になるわけですし、金銭の流れも慎重になるのですね。人間の世の中も私が想像していた以上に複雑になっていたようです。


「一度に全部換金しない方がいいぞ。原石は原石で使い道があるからな」

「そうなのですか?」

「ま、エルトの言うことは確かだな。宝石を加工するのは装飾品としての価値を高める為だ。宝石を媒体とする儀式や魔法の使用の際には原石の方がサイズ的に大きいわけだしな」

「なるほど」


 人間界にある魔法なら全て習得していたので、媒体など必要ないと思っていましたが……確かに宝石などを媒体にしていた方が本人の魔力消耗などを抑えられるのですよね。私自身の魔力がほとんどない状態ですし、これはこれで命綱なのでは……。

 とりあえずお店のおじさんに販売価格として価値のある宝石を選んでもらい、そちらを換金。残りは魔法の媒体用として残しておくことにしました。金銭も十分に確保できましたし、これなら暫くは生活に困らないでしょう。ほくほくした気持ちで宝石屋さんを後にすることになりました。店の奥からおじさんの声が響きます。


「あとこれは忠告なんだが――ってエルトがいるなら問題ねぇか。エルト、その姉ちゃんは色々世間知らずっぽいようだからな。お前がきちんと面倒見てやれよ」

「気が向いたらな」


 うーん……やはり私の挙動は色々と世間知らずに映っちゃいますよね……。実際にこの世界で生活するのは初めてなのですから仕方ないことなのですが……。とりあえずエルトに宝石屋のおじさんが言おうとしていたことを確認しておきましょう。


「エルト。お聞きしたいのですが、宝石屋のおじさんが忠告しようとしていたこととは?」

「ああ、宝石商に出入りする奴ってのは大抵目を付けられるんだ。基本宝石を持っているか、宝石を売って金を持っているかの二択だからな」

「……え」

「特に垢抜けない感じの奴とか、狙い目だからな。こんな感じで」


 エルトが面倒臭そうに親指で路地裏を差すと、その路地裏から人相の悪そうな方々が数人姿を現しました。


「よぉ姉ちゃん。随分と羽振りが良さそうじゃねぇか。ちょっとご相伴に預からせてくれよ、へっへっへ!」

「えぇー……」


 ◇


 オリマの研究風景はよく分からない感じだった。チョーク片手に黒板に片っ端から魔術の理論のようなものを書き込み、計算式やらなんやらの結果を確認し、唸っては作業を繰り返している。


「うーん。しかしこうなると……いや、でも……」


 盛大にチョークの粉が周囲に舞うため、私は少し離れた場所に置かれている。オリマは既にチョークの粉だらけだ。


「理論の段階でも随分と悩んでいるのね」

「オリマ様は兆しが見えるまでは机上で考察をし続けるスラ。ライライムが内職で用意したチョークが役立っているスラ」

「どうでもいいけどライライム。貴方チョークの粉が混ざりまくって濁った色になっているわよ」


 でもまあ、必死に何かに打ち込んでいる男の姿は嫌いじゃないわ。いい顔してるし、何よりやる気が伝わってくるのがいいわよね。


「ウルメシャス様、お茶の準備ができましたよ」

「私腕輪だから飲めないわよ。そしていたのね、キュルスタイン」


 ずっといましたと言わんばかりに隣でお茶を淹れている。風邪も治ったらしいので夜の活動に顔を出すことは不自然ではないのだけれど、やってることが執事の仕事でしかないのよね。四魔将の肩書はどうしたのよ。


「ひたしてみましょうか?」

「染み込まないわよ。それに温度は感じるのよ」

「金属の腕輪ですと比熱の関係であっという間にホットになれますね」

「紅茶のお風呂というのも悪くはなさそうなんだけどね。でも執事に風呂に入れられるって考えるとちょっとね」

「ふうむ。確かにウルメシャス様は女神、性別で言えば女性ですからね。しかしそうなるとオリマ様にも手入れされるのは恥ずかしく感じるのでは?」


 そうよねぇ。触感や痛覚があるせいであまりベタベタ触られたくはないのよね。生き物の体とは違うから汗や油、垢とかは出ないと思うのだけれど……。埃はつくし、錆びたりするかもしれないし……。


「四魔将に女はいないの?」

「一人だけですが、いますね」


 そう、ならそいつに任せるのもありよね。あ、雌型の魔物怪人を創ってもらうのもありよね。


「女の魔族も配下にいるのね。オリマってあんなのだから異性から変な目で見られそうなイメージあったんだけど」

「私を含め、自称四魔将の四人は皆オリマ様の生き様に惚れ込んだ者達です。そこに性別は関係ありませんとも」

「そこまで惚れ込む要素ある?」


 言っちゃ悪いけど、オリマには魔族としての魅力はそこまでない。サキュバスや吸血鬼の血筋からルックスはいいし、とても美味しいのだけれど保有する魔力もそこまで多くない。戦闘の才能もほとんど感じないし、実力至上主義の魔界ではハズレ物件に分類される方だ。


「オリマ様は個の本質を見てくださる方です。例えばウルメシャス様、貴方はアベレージデーモンの話を聞いた時、地味だと仰りましたよね?」

「ええ、言ったわね。ちょっとは考えを改めたけど、そこまで大きく意見を変えたつもりはないわ」

「魔族の中にある共通の認識、明確且つ分かりやすい実力がある者が評価される世界。その中で見ればウルメシャス様の評価は間違っておりません。しかしオリマ様は違った。我々にとって、見て欲しい側面を正しく見てくれた。それだけの話ではありますけどね」

「ふぅん」


 根掘り葉掘り聞きたいって気持ちにはならないけど、この言い方だと四魔将は皆オリマに心酔しているってことでいいのかしら?忠誠心があることは悪いことじゃないわよね。


「よーし!これでいけるぞー!ライライム、このリストの材料を準備してくれ!」

「りょーかいスラ」


 どうやらオリマの机上の空論タイムが終わった模様。ということはいよいよ新しい魔物怪人が生まれるってことなのかしら?


「オリマ様、このキュルスタインにできることはありますかな?」

「うーん。重い材料はライライムが運んでくれるし、細かい調整は僕が自分でやりたいし……」

「それではこのキュルスタイン、新たな魔物怪人の名前でも考えておきましょう」

「ああ、それがいいね」

「いや、それもオリマが考えたほうがいいんじゃない?」


 一応はオリマが生みだす魔物よね?名付け親になるのは生みの親がいいと思うのだけれど……。


「大丈夫ですよ。キュルスタインはネーミングセンスがいいんですよ」

「そうなの?」

「ライライムの名前もキュルスタイン様が付けてくれたスラ」

「うーん、センスの良さがピンとこないわね」


 準備も整ったらしくオリマは機械を起動し、ライライムに渡される材料を次々と機械の中へと放り込んでいく。その後機械に表示されている様々な目盛りを確認しながら細かい調整を行っていく。


「こうして実際の作業を見ていると、何をしているのかさっぱりよね」

「ライライムもそう思うスラ。本当の意味で助手になれる日は一体いつの日になるのかさっぱりスラ」

「貴方頭悪そうだものね」

「そうでもないスラが、オリマ様に比べれば虫の脳みそと大差ないのは事実スラね。この前聞いた多重次元共存変異魂魄定着確定理論とかまるで分からないスラ」


 多重次元に共存する変異型魂魄の定着を確定させる理論?異世界転生者でも召喚する方法かしら?よく分からないけどバルキスの定理を思い出すわね。


「あとはこの炉に魔力を注いでっと……。さあ、仕上げですよ!」


 オリマは壁に設置してあった何の為に使うのかわからなかった巨大なレバーを一気に下ろす。周囲の装置が物凄く激しく可動し、中央にある台座に複雑な魔法陣が次々に生み出されていく。あれ、これって召喚陣に近いような……。


「あ、忘れてた。全員サングラス着用!」

「了解スラ」

「了解です」

「えっ、サングラス?えっ?ちょっ!?」


 目を閉じることができなくても私は周囲の様子を視認することができるんだけど、当然眩しいという感触はあるわけで。研究所が光に飲まれていく。その眩しさは私の思考を全て飲み込むような、そんな――


「――さん、ウルメシャスさん?」

「……はっ!?」


 今完全に意識が飛んでいたわ。周囲の視界がぐらんぐらんしてる。オリマの心配そうな顔が一つ、二つ、うふふ、いっぱい見えるわ。思考はとりあえず落ち着いてきているけど、ひどい目に遭ったわね。


「良かった。反応がなくなっていたので」

「大丈夫っちゃ大丈夫だけど……って何で全員サングラスを準備しているのよ!?」

「魔物怪人が完成する時は凄い光が発生するんですよ」

「発生するらしいスラよ」

「発生してましたね。四魔将が視力を失いかけましたね」

「そういうことは先に言いなさいよ、先に!」


 あれ、でもサングラスとかを目の前に置かれても視界は変わらないのよね。半透明の黒い布にでも包んでもらえば良いのかしら?


「いやぁ、すみませんでした。理論が完成するとついテンションが上がってしまい、色々と他のことが疎かになってしまうというか……」

「たまにいるわよね、そういうの。でも貴方は私を最優先にしなさい!」

「そうですね。次からは準備をしっかりと済ませてから理論の構築に入ります」


 ……自分でも凄い言い方をしたんだけど、オリマも平然と受け流してくれたわね。あれ、そういえば新たな魔物怪人が見当たらないわね。


「ねぇオリマ、魔物怪人は誕生したのよね?」

「はい。先日話した通り植物型をベースにしました。ただ生まれたてでお腹が空いていたらしく、水と栄養を求めるために地上へと連れて行きました」

「へぇ、そうなのね。じゃあ早速見てみたいわ!」


 オリマの首に掛けられ、地上へと向かう。それにしても本当に魔物をゼロから生みだすことができるなんて凄いわ。魔法陣の細かい解析はできなかったけど、あれ無から有を生みだす的な凄いやつだったわよ。


「ところでオリマ様、あの新入りはどんな風に育てるスラ?」

「ライライムと同じだよ。学習装置で言語取得、一般知識の付与。その後は自己のアイデンティティを認識させ、魔王軍へと勧誘する」

「なんか随分と面倒なことをしているのね。貴方が生み出したのだから、貴方の自由に支配すればいいじゃない」

「できなくはないんですけどね。ただそうなると自主性の低い子に育っちゃいますので」

「ライライムは自主的にお手伝いができるよくできたスライムスラ」


 支配するにはするけど、それはあくまで相手が支配を望んだ場合だけだと。うーん、魔王の力は確かに強いし、一方的な支配は簡単にできるのだけれど……過去に裏切られた魔王がいないわけじゃないのよね。そういうことを考慮すれば悪くない方針だとは思うのだけれど……魔王っぽさがないのよねぇ。


「あまり気にする必要はないでしょうね。先程生まれた魔物怪人も、オリマ様には懐いておりました。すぐに忠誠を誓うことになるでしょう」

「あら、そうなの?意外とカリスマとか、その辺のスキルのレベルが高いのかしら?」

「動物や植物にはよく好かれる体質なんですよ」

「なるほど。なるほど?」


 地上へと到着し、倉庫の中から外へと出る。オリマの育てている植物園の中に誰かがいるのが見えた。……なにこれ?見たままを言葉にするなら、上半身だけが地面から出ている裸の女、というか人間に見える。ただ周囲の土から養分を吸い取っているのか、随分と朗らかな顔をしている。


「ウルメシャスさん、この子がそうですよ」

「魔力の波長から魔物っぽいのはわかるけど……見た目人間っぽくない?」

「ベースとなった素材がベージュ色ですからね」

「植物型の魔物なのよね?」

「はい。ベースとなったのは植物ですね」

「……あれ、もしかして植物型の魔物を魔物怪人にしたんじゃなくて、植物を魔物怪人にしたってこと?」

「はい。人型になりそうな魔物ですと元々魔族化できるわけですし、そうなると子供を実験材料に使うようなものですから。いっそ普通の植物から魔物を生み出した方が色々と体裁的にいいかなと」


 はぇー。魔物に知性を与えるだけじゃなくて、生物に知性を与えて魔物にもできるのね。確かに生物の定義は曖昧だし、できなくはないんでしょうけど。

 ただ気になるのはこの魔物怪人、どう見ても人間っぽい。裸の女が下半身を地面に埋めて寛いでいるだけにしか見えない。何の植物を使ったのかしら?


「ねぇオリマ。この子植物モンスターらしい特徴なくない?蔦とか葉っぱとか、そういう部位が見えないし」

「でもこうして地面に埋めると地中から魔力を集めることができるみたいですよ」

「それはそうなんだけど……。何の植物を使ったの?」

「メンマです」

「メンマっ!?」


 メンマって、あれよね?ちょっと育ったたけのこを使って作る麺類に乗せるトッピングの……。オリマは瓶に入ったメンマを見せてくる。


「はい、これです」

「うわぁ、私のイメージ通りのメンマだ……」

「キュルスタインが見舞いのお礼にと持ってきてくれていましたので」

「お見舞いのお礼にメンマってなかなか聞かないわよ」

「確かに持ってきましたな。棚に入れっぱなしでそろそろ日付的に危なかったメンマを」

「在庫処理じゃないのそれ!?」


 さっきオリマに惚れ込んだとか語っておいて、賞味期限が近い食べ物をお礼に差し出すっておかしくない!?そういう文化なの!?私女神だけど知らないわよ!?


「ライライムはメンマ好きスラ」

「ああ、じゃあこのメンマはライライムに支給しよう」

「わーいスラ」


 ライライムがメンマを摘み、体の中に取り込んでいく。あ、徐々に溶けてる。これってライライムの魔力の味がラムネに漬けたメンマ味とかにならないわよね?

 まあメンマをチョイスしたことはさておき、そんなものでも魔物怪人が生み出せるというのは純粋に凄いと認めざるを得ない。だって、あらゆる物質から魔物を作り出せるのならそれは何でもアリと言っているようなものだ。


「しかし随分と人間に似ておりますな。これは人間界に派遣するスパイとして有効活用できそうですねオリマ様」

「そうだね。学習装置に人間界の一般常識も取り入れておこうかな」

「割と普通に有効活用できそうな道を模索しているわね貴方達……」


 言われてみればこの外見は人間と瓜二つ。まさかこの女がメンマの魔物とは思わないでしょう。思うわけないでしょ。魔力を探られれば多少の不審は持たれるかもしれないけど、通常の魔物と比べても変な魔力なのよね。メンマっぽいっていうか。いや、メンマっぽい魔力って何?


「色々気をつける点は多そうですね。下半身を土に埋めて栄養を補給する人間はそこまでいないでしょうし」

「人間を散々馬鹿にしている私でも、下半身を土に埋めて栄養を補給する馬鹿な人間がいないことを知っているわよ」

「あと服も用意しなければなりませんね。全裸で下半身を土に埋めて栄養を補給する人間はそこまでいないでしょうし」

「目の前にいるのが世界にとってのオンリーワンだという確信があるわね」


 ところでこのメンマ、魔物としての能力はどうなのかしら?地面に下半身を突っ込めば栄養を補充できるという点については、兵站をそこまで必要としないということよね。よく見れば魔力も徐々に増えてるし、って回復量凄いわね。


「よしよし。僕の手入れしている土は栄養豊富で美味しいだろう?」

「きゅるるる」

「ははは、そうかそうか!」


 オリマがそんなメンマの頭を撫でると、凄く嬉しそうに甘えた声で鳴いている。現時点である程度の意思疎通も可能、学習装置とかが機能すればすぐにでも最低限の知性を得られるということよね……。


「スライムだってビームを撃てるようになるわけだし、このメンマも様子見ってところかしらね……」


 このメンマの名前はメンメンマとなった。キュルスタインのネーミングセンスに一抹の不安を感じ始めている。次もこんな感じなら私が名付けるのもありかもしれない。

 なお魔力の味は言わずもがなメンマだった。ラムネとメンマを交互におやつにするのは流石に嫌だなって思った。




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