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それから暫く経った。姉さんはヨーグステス全域のチェックに追われている。なんでも件の転生者は平然と理に干渉し、それが後の世に多大な影響を及ぼすこともあるとか。
異世界の人間は思考の差異がある。だからこそ招かれた異世界転生者はその世界で独自の功績を残すことができると姉さんは言っていた。
「オリマの魔物怪人もそんな異世界人の影響なのかしらね?」
「確かにベニシシャケウスの姿を見て、ピンときたものはありましたね」
「頭が魚の魔族もいるわよね?何か違いとかあるの?」
「ありますよ。彼は紅鮭の魔族です。魚系の魔族ではないんですよ」
「……?魚系の魔族でしょ?」
「いえ、紅鮭の魔族です。そこが他の魔族とは違うんですよ」
ちょっと言っていることの意味が分からない。紅鮭も魚よね?じゃあ紅鮭の魔族なら魚系の魔族に分類されるんじゃないの?
「魚系の魔族の立場で説明しましょうか。彼らの中に紅鮭に似た顔の個体は存在するでしょう。ですが『紅鮭としての姿』として生まれた魔族は一人として存在しないのです」
「あー。そういうこと。紅鮭型の魔族じゃなくて、紅鮭として生まれた魔族ということなのね」
「ええ。この違いは魔物怪人の本筋、何かを媒介として作り出される魔族と一致しています」
「だからオリマはそのベニシシャケウスの姿でピンときたと」
犬系や猫系の魔族として生まれることはあっても、ポメラニアンの魔族とか、シャムの魔族として存在することはない。似ることはあっても、それはあくまで個性の範囲なのよね。
だけどその異世界人は紅鮭の魔族として転生していた。見た目だけなら変化は感じないけど、オリマのような感受性の高い人物が見れば感じ取るものがあると……。
「見た目もそうでしたが、立ち振舞いとかも独特でしたからね。色々と感銘は受けていましたよ」
「魔王として覚醒していなかったオリマの前に、転生者が現れていたってのはちょっと運命を感じるわね。まあそれを言うと四魔将全員がそうなんだけど」
最強の魔王の元に強者が集まることは当然。だけどオリマはそうではなかった。魔王としての力も、その因果も仕事をしていないはずなのに、彼の周りに集まったのは魔王の側近として相応しい人物達だ。
「彼らとは色々ありましたけど、なんだかんだで気に入ってもらえたので、側にいてもらっている形ですね」
「オリマって魔族としての力量は下級よね?変わり者のキュルスタインはとにかく、ケーラやサッチャヤンとかは興味を示すとは思わないのだけれど」
「そのへんはまあ……」
「妙に濁すわね?」
「それは私が説明致しましょう」
お茶とお茶菓子を持って現れたキュルスタイン。美味しそうだけど、この体じゃ食べられないのよね。イリュシュアだって同じ姿の肉体作ってたんだし、私も作ろうかしら。
でも絶世の美女の私の本来の姿でオリマの前に現れたら、彼の目的を妨害してしまう可能性が出てくるのよね。魔王を拐かすって、魔界を司る女神として流石に不味いわよね!?うーん、でも美味しそうな食べ物を食べられないのは……!
「とりあえず説明を頼むわ」
「何か別のことで悩んでいるような気がしたのだけれど……」
「では失礼して……。私達四魔将は皆、率直に言いまして我の強い自惚れ屋でございました」
「ケーラやサッチャヤンは分かるけど、貴方からは想像もつかないわね」
「力を持つ者達にとって、アベレージデーモンは魔界の平均ながら弱者としての見方が強かったのです。なので軽んじられ差別を受けている種族でしたからね。性格も捻れていたのですよ」
アベレージデーモンはあらゆる能力やスキルが魔界全ての魔族や魔物の平均値となる種族。平均的と言えばバランス良く聞こえるけど、下層の者達の力も参照されるから実質的に戦闘能力があるものから見れば弱く見える。
あらゆるスキルのレベルも平均的だから、マイナーなスキルを持っていてもそのレベルは最底辺から伸びることはなく、大半が実戦に使えない。
確かにデーモン種族からみれば同じ名前を持ちながら地味で弱い種族。差別とかを受ける可能性は十分にある。
「でもキュルスタインには固有スキル、『臆病者の想定』があるのよね?」
「はい。なのでかつての私は自分が最強に成りうると慢心しておりました」
あらゆるスキルを熟知しているキュルスタインにとって、敵の攻撃はただ規模が大きいだけの既知の手段でしかない。そこに加わるのは自らが想定した範囲の障害を無力化できる固有スキル『臆病者の想定』。規模だけが拡張されている敵のスキルは全て無力化できるという魔王クラスと呼ぶに相応しい反則級のスキル。
そんなものがあれば、自分達を差別する連中を見返すとか、それこそ魔王を目指そうとさえするでしょうね。
「……でも負けたのね。オリマに」
「はい。正々堂々と戦い、敗れました。私も、ケーラも、サッチャヤンも、ベニシシャケウスも」
以前キュルスタインが溢した言葉。キュルスタインやケーラはかつてオリマ相手に屈したことがあるということ。
オリマという人物を理解してきたからこそ、驚くことではないと思えている。能力は並以下だろうとも、オリマの知能は強者をも脅かすことができる。突発的な戦闘では決して敵わない相手だろうとも、万全の準備を持って挑めば可能性を見出すことができる。
「ていうか全員敗れてから傘下に加わった系なの?捻りないわね。ああ、それでオリマが濁してたのね」
「お恥ずかしながら、我々は皆オリマ様の素晴らしさを初見で見抜けない節穴揃いでして。ですが、今では皆がそれを熟知しております」
「ケーラとかもうゾッコンだものね」
ああ、でもゾッコンな理由もピンときたわね。ドラゴンの一族は実力を認めた者に対して非常に友好的になる。それが自分を倒した者ならばなおさらよね。
自分よりも遥かに弱いはずの相手が、自分を凌駕する。純粋な強者にとって、この経験は力でねじ伏せられるよりも新鮮に感じるんでしょうね。
「一応フォローしておきますけど、それぞれ違う立場で、色々あった上で衝突していますよ。その後の展開は……その、似ていますけど」
「そっか……。私がオリマの覚醒を待っている間に、とっくに魔王として物凄い戦いを経験していたのね」
オリマと四魔将達の関係は既に安定したものとなっていた。そこに至るまでを私は知らなかったから、驚き、ツッコミを入れ、疑惑の目を向けていた。
オリマの覚醒が起きず、痺れを切らせて様子を見ようとするまでの間、私は何をしていたんだっけ。正直思い出すこともないくらいに惰性に待ち続けていた気がする。
もうちょっとしっかりと観察していたら、退屈なんて吹き飛ぶような展開が待っていたのかもしれない。
そう考えるとちょっともったいなかったわね。面白い物語の冒頭を見逃してしまったかのような気持ち。
私とイリュシュアとの勝負だったはずなのに、気づいたら異世界人が乱入していたりして、私の魔王も気づいたら壮絶な経験を済ませちゃってた。
「これからですよ、ウルメシャスさん。僕が思い描いた、魔王としての未来はこれから切り拓いていくんです」
「オリマ……」
「時間はまだまだ沢山あります。ウルメシャスさんが知りたい僕の過去があるのなら、合間を見つけて話しますよ。ですから、この先の物語は一緒に楽しみましょう!」
オリマの気の使い方で、私が少し拗ねていたんだなって気づいてしまった。ダメね、ウルメシャス。こんなことで魔王に慰められてどうするのよ。
そうよ、私はイリュシュアに勝つことよりも、私の魔王がどれだけ格好良く活躍できるかを楽しみにしていたじゃない。今回はそれが私の想像を超えた形で現れただけよ。こんなところで拗ねて、見応えのある今後を見逃すようなことなんてあって良いはずないじゃない!
「そうね。じゃぁ早速聞きたいんだけど、ベニシシャケウスの最期って――」
「オ、リ、マ、さ、まー!四魔将がケーラ!馳せ参じましたわー!」
「……」
いつかきっと聞き出してやる。




