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『転移完了。座標確認……ヨーグステス人間界エリアZ-D。登録目的地との誤差なし。転移成功率百%です。お疲れ様でした。これよりシステムはスリープモードとなります』
「はーい。ありがとうございますー」
女神としての力で転移するよりも、こうして機能に特化したデバイスを使った方が楽だと感じるのは、私がまだ女神として未熟なのだと思うときもありますが、それでも便利な物は便利です。
私よりもすっごく強くて恐ろしい破壊の権化とも言われている女神の空間でも、通信販売とか普通に利用していますからね。でも空間を超えた通販って、どういう仕組なのでしょう。
ここ最近、どういうわけか妙に気に入られてしまい、頻繁にお茶会に誘われるので、そのうち聞きたいなぁとは思っているのですが……やっぱりあの御方は怖いです。
あの無言で見つめ合う時間はとても精神的にクルものがありますし、何か粗相をしてしまえばそれだけで二度と帰れないと確信できる圧力があります。
「うう……どうして私なのでしょう……。とと、そんなことを考えている場合じゃありませんでした」
今日は久しぶりに妹達と会う約束です。女神としての経験を積むため、私が創り出したこのヨーグステスを二柱で管理している可愛い妹達。イリュシュアちゃんとウルメシャスちゃん、まさかあの二人から会いたいって同時に連絡が来るなんて!
世界の管理に対して、二人共真面目に取り組んでいて『姉さんは関与しなくて大丈夫だから!』って、おかげで私は結構暇で暇で……そのおかげで怖い女神に目をつけられちゃったけど……。
「あ、来ましたよ!おーい、アラハリショメ姉さーん!」
噂をすればあの誠実そうな風格のある美人さんはイリュシュアちゃん。手を振って駆け寄ってくるだなんて、よっぽど私に会いたかったのね。私も会いたかった!
「わー!イリュシュアちゃん!お姉ちゃんですよー!」
「……姉さん」
抱きつこうと私も近寄ったところ、ガシっと肩を掴まれました。あれ、なんか凄い力で握られてる?ちょっと痛いかも?
「ど、どうしたのかしら?」
「説明してもらいますよ!異世界転生者について!」
「へ?え?」
あれぇ?私何かやっちゃってました?
◇
「あのー、イリュシュアちゃん?これはどういうこと?」
アラハリショメ姉さんは都合が悪くなるとすぐに転移して逃げる癖があります。なので私の力を使って加護を与えたロープで椅子に縛り付けました。
「それについては僕の方から説明しますよ。女神アラハリショメ様」
今この場にいるのは私とウルメシャス。そしてエルトとカムミュさん、魔王エルトと四魔将のケーラです。
「わ、わ!イリュシュアちゃん、ダメよ!?男の人がいたら危ないのよー!?」
姉さんは色欲を持つ者を裁く女神でもあります。なので姉さんに対して色欲を抱いてしまった場合、漏れなく罰せられ灰にされるのですが……。
「その点についてはご心配なく。僕は魔族と神は別の生命体だと割り切れていますし、こちらの勇者エルトは色々枯れていますので」
「微妙に腹が立つ言い方だな」
内心ボン・キュッ・ボンの姉さんですから心配はしていましたが、エルトも魔王オリマも少しも欲情していないようです。他の四魔将は万が一があるといけないのでと別室で待機中、コックンさんはどうあがいても灰燼になるので隔離されています。
「へ、勇者?」
「はい。こちらは人間界の勇者エルト、僕は魔界の魔王オリマと申します。それと――」
「一応私もいるのよ、姉さん」
「あー!その声はウルメシャスちゃん!そんな姿でどうしたの?趣味は良いと思うけど、可愛い姿も大切にしなきゃダメよ?」
「ほんと、マイペースな姉よね……。オリマ、説明を頼むわ」
魔王オリマは姉さんにこれまでの経緯を説明していきます。初めはのほほんと聞いていた姉さんでしたが、二足歩行のカブトムシの件から何かに気づいたようで顔が青くなっています。
「というわけで、僕はベニシシャケウスとその二足歩行のカブトムシが異世界人ではないのかと考えていますが、何か心当たりはありますか?」
「う、うん。ちょっと確認させてね……。おかしいなぁ、あの女神のところにいる転生者だけは絶対に入れないようにしてたのに……」
「ちょっと姉さん!?あの女神のところにいる転生者だけはって、転生者の受け入れはOKにしていたの!?」
「ひぃん!ごめんなさいー!二人の対決が毎回ぐだぐだだったから、少しくらいアクセントになるかなって……端役くらいなら良いかなって……」
ぐだぐだだったからって……否定はしませんけど……。姉さんは胸の谷間から取り出した道具を操作し、何やら確認をしている最中。あ、表情が固まりました。これは致命的なことをやらかした時の反応です。
「……アラハリショメ姉さん?」
「……ご、ごめんなさいー!」
ことのあらましはこうでした。アラハリショメ姉さんは私とウルメシャスが長い間争っているのを見守り続けていた結果、この戦いは永遠に終わらないのではと思ったそうです。
確かに勇者と魔王との戦いそのものは毎回何かしらの形で決着しているのですが、どちらが勝者になっても人間界、魔界の雌雄を決める決定打にはなっていませんでした。
神同士が関わる争いではこのような自体になることは珍しくなく、千年や万年単位の長丁場になることもあるのだとか。
そういった時、環境を変える上で役に立つのが異世界から呼ばれた人材。通称異世界人の存在です。彼らそのものが神よりも優れているというわけではないのですが、他の世界の神様が創り出した世界に生きる者達として、何かしらの影響を与えることができると期待されているのです。
まあ平たく言えば、料理の隠し味に異国のスパイスを使うような……大体はそんな感じです。
アラハリショメ姉さんは私達の争いに変化を与えるため、勇者や魔王の付近に異世界人が転生できるように仕込みをしていたそうです。
「その結果が紅鮭の魔族と、二足歩行のカブトムシ……。いや、色物どころの話じゃないですよね!?」
「そ、そのぉ……。異世界人を呼び寄せるにはそれなりに手続きとかが複雑で、異世界人を手配する神様とかもいるの……。私がお願いしたのは実績に優れたお爺ちゃん系の神だったのだけれど……偶然そのお爺ちゃんのいる空間に創生神界のブラックリストに乗っている異世界人が遊びに来ていたようなの……」
「ブラックリストとかあるの!?」
「普通はないのよ……。でもその異世界人はある異世界転生を案内する女神のところにいて、何十回と異世界転生を繰り返しているの。その行動は各世界にとても大きな影響を及ぼしていて、創世神の神達はそっと危険人物を管理するリストを作ったの……」
世界を管理することしかできない女神である私が思うのもどうかと思うのですが、人間界じみていますね、創世神界も。
「ふむ。それでそのブラックリストに乗っていたのがベニシシャケ――」
「あ、ううん。その人は転生先を紅鮭縛りにしているだけで、特に問題のない転生者なの。元々はとある世界の魔王だったそうよ」
「元魔王の転生者とかいるの!?」
「そこは逆に納得できますね。彼は名の知られていない魔族のわりに非常に貫禄がありましたから」
「そうですわね。オリマ様のカリスマ性には敵いませんけど、ベニシシャケウスが元々魔王であったと考えれば、色々と納得できますわ」
聞けば聞くほど凄そうな紅鮭?だったようです。四魔将の凄さは既に実感していますので、その中に君臨できるほどともなれば相当だったのでしょう。
「問題は……そう、二足歩行のカブトムシに転生していた人なの。さっき話した何十回も異世界転生を繰り返している転生者……。その人は毎回の転生先をくじ引きで決めているそうなの」
「くじ引きで!?くじ引きで二足歩行のカブトムシを引いて転生してきたのですか!?」
コクリと頷く姉さん。転生先ともなれば新たな人生を歩むための貴重な在り方。それをくじ引きって……しかもくじ引きの中にカブトムシが入っているって……。
「でもまあ少しは理解できるな」
「できるんですかエルト!?」
「あの人はカブトムシだったが、それでも今のカムミュよりも強いと断言できる。転生先がなんであれ、あの人は困ることがなかったんだろうな。俺はカブトムシなんぞに転生したいとは思わないが」
「カムミュさんより……強いのですか?」
「当然でしょ、私に魔力強化の基礎を教えたのはあの人なのだから」
「そ、そうでした……」
カムミュさんが使っている魔力強化は、この世界で普及しているものよりも遥かに進化したものです。その転生者はこの世界の理を熟知し、より高度な技術を生み出していたということになります。
「あれ、でもそうなるとオリマに干渉したベニシシャケウスとかいう魔族は特に問題ないということ?」
「ううん、どうかしら。その転生者自体は紅鮭への拘り以外は真面目らしいのだけれど、その件の転生者と関わると毎回非業の死を遂げつつ、何かしらハジケたりしているって聞いているけど」
「そうなのオリマ?」
「うーん。確かにベニシシャケウスは誰かに対してライバル意識と持っているようにも感じたし、僕自身彼に影響を受けたのは否めませんね」
「魔物怪人とか創り出しているものね……」
姉さんは何か端末のようなものを操作しつつ、その転生者についての情報を調べているようです。ここって電波的なの届くんですね。
「魔王と勇者を何度も討伐し、挙げ句には創造主すら倒したりしているような人なの……。二人が無事で良かったわ……」
「創造主って、私達のような女神すら相手にできるって言うの!?」
「ウルメシャスちゃんのようなというか……多分私クラスとかも……」
私も女神としてそれなりに成長していると自負していたのですが、それでもアラハリショメ姉さんには未だ敵うとは思っていないのに……。
「どうして創世神界はそんな危険人物を放っておくのよ!?」
「そ、それが……その転生者の転生先を普段から取り扱っている女神がね……すっっっっっごく恐ろしい方なの……。二人はゼーラゲジャウス様って覚えているかしら?」
「は、はい。姉さんがこの世界を創る前、色々とご指導等をしてくださった方ですよね?」
「ああ、あのよく分からない次元の強さを感じた方ね……。ってまさかあの方――じゃないわよね。あの方は女神じゃなくて神だし」
神同士でもそれなりの交流があり、力を持つ神が下位の神々の面倒をみることはよくあることです。ゼーラゲジャウス様もそんな力を持った神で、姉さんの師匠とも呼べる方だったのを覚えています。
「そのゼーラゲジャウス様が危うく消滅させられかけた相手なの……その女神は」
「うっそ!?ゼーラゲジャウス様って神同士の戦いでも秀でている方でしょ!?」
「昔神々の交流を深める機会があったのだけれど、その女神は用意されていた料理に勝手に調味料をかけられたことに腹を立てて、ゼーラゲジャウスを消し飛ばしたの……。私もその交流会に参加していて、見ていたから……」
「えぇ……」
アラハリショメ姉さんの震え具合からして、それが事実なのは認めざるを得ないようです。
あのゼーラゲジャウス様を消し飛ばしたのも信じられませんが、神がそんなことで他の神を攻撃したということも……。
「私も唐揚げにレモン汁をかけられたら似たようなことをしたわね」
「俺はレモン汁をそいつの眼に掛けるな」
「そこの勇者とその仲間物騒過ぎない?」
「……否定はできません」
「今回の転生者はその女神の管理不届きかもしれないのだけれど、私じゃどうしようもなくて……うう……」
よほどその女神が怖かったのでしょうか、姉さんは涙目で震えています。
「だ、大丈夫ですよ、姉さん!確かに色々と過ぎた影響は受けてしまっているようですけど、そ、そこまで絶望的というわけでもないですから!」
「そもそも僕らが受けた影響は個人的には良い結果ですからね。時代的には数百年から千年単位の進歩だとは思いますが」
「それ、管理する神から見たら相当なやらかしなんだけどね。オリマ」
「ご、ごめんなさいー!」
別作品勇者の肋骨でちょこちょこ出てくる女神が三女神の長女です。アラハリショメ、アラハ リショメで発音します。




