2-7-1
異世界人の介入が懸念されてから、クルルクエルには姉さんへ連絡をつけてもらう為に天界に戻ってもらいました。
そして確認が取れ次第今後の方針を考えるつもりだったのですが、何故か森の中に建てられた小屋の中に連れてこられています。そこにはコックンさんとシレミリアさんも一緒です。
「あの、エルト?ここは?」
「ここは昔俺が作った秘密基地みたいなもんだ。親父とおふくろがあんまりにもうざかった時に家出した時に建てた」
「それ、何年前ですか?」
「さてな。まだ十代になりたてだったような気がする」
十代なりたてで普通の小屋を建てるって……この頃からなんでも屋の才能はあったようです。でもちょっといいですね、この生活をするのに必要最低限の設備だけを整えてる感じ。
「いやー懐かしいな。俺もよく遊びに来てたけど、今でも手入れはしてあんのな」
「手入れしてるのは俺じゃなくて村長だけどな。プチ瞑想の時に利用させてやってる対価だ」
「爺ちゃんらしいな」
村長に子供が作った小屋の管理をさせていることについては……もう触れないでおきましょう。あの村長さんなら喜んでやりそうですし……。
「ええと、それでどうしてここに?」
「俺の読みだと今日か明日くらいに魔王が人間界にくる」
「「えっ!?」」
シレミリアさんと一緒に驚くも、エルトは特に気にしない様子で窓の外を眺めています。魔王がここに!?それが本当なら一大事どころじゃないですよ!?
「カムミュが狩ってきたドラゴンの肉な、一応解析の魔法で調べて見たんだがどうもかなりの有力者っぽかった。恐らくは特定の地域を支配しているような奴だったんだろう。そう遠くないうちに魔王の耳にも入るだろうから、行動力のある魔王ならそろそろ話をしにこっちにくると判断した」
「そ、そこまで分かるのですか……」
優れた術者だと他の要素を汲み取れるとは聞いていましたが……。エルトの性格を考えれば熟練さにも納得いくようないかないような。
ああ、でもライライム達の動きとかを考慮すれば魔王側から何かしらのアクションがあっても不思議ではないですよね。今日明日とかピンポイントでの推測はできませんけど……。
「お、来たようだな」
「――っ!」
数度入り口の部屋をノックする音、それにエルトがどうぞと答えると扉は開かれました。そしてその奥からは以前見たキュルスタインと名乗った悪魔、見た目は爽やかな青年なのに何処か禍々しいアンデッド、可憐ながらも獰猛さを秘めているドラゴニュート、そして……混血なのかその種族は判明できませんが、独特な空気を持つ顔立ちの整った魔族が姿を現しました。あれが魔王……オリマ!
「あー!サッちゃんじゃん!元気にしてた?」
「ん?わぁ!コックンじゃないか久しぶり!それに……シレミリアだっ!」
「く、くるな!」
爽やかな顔つきのアンデッド、サッチャヤンがコックンさんと抱き合い、そのままシレミリアさんの方へと流れましたがシレミリアさんは凄まじい速度で回避しました。ちょっとだけカムミュさんに迫ってましたね、今の速度。
コックンさん達の動きで、緊迫しそうだった空気がどんどん緩んでいきます。
「恥ずかしがり屋さんだなぁ……。まあ、今日はお仕事だから自重自重。あ、オリマ様、オイラは彼女の隣に座って良い?」
「自重してないだろ!?」
「コックン、悪いけどこういう時は互いの勢力が向き合う形で座るんだよ。そっちの方が絵になるからね」
「あー、それは仕方ない」
「仕方ないんですか……」
魔王オリマの口調はどこか穏やかですが、なんだかこう……ちょっとした研究職のような変人オーラを感じますね。ただやはり魔王なのは間違いありませんね、彼からはとても慣れ親しんだ魔力を――
「ちょっとイリュシュア!なんで貴方人間界に降臨してるのよ!干渉はしないって約束だったでしょ!」
「うわ、なんか腕輪っぽいのが喋りましたっ!?……って、その声はウルメシャスですか!?」
「そーよ!貴方が人の姿で降臨してたって知ってたら私だってそうしたのに!降臨するなら先に私に一言断りを入れなさいよね!」
「うわぁ、この無茶振りの仕方……本物ですね。久しぶりに再会した妹が腕輪に……ちょっと複雑ですね。きちんとご飯は食べていますか?偏食になっていませんか?」
「この体で食べられるわけないでしょ!?」
それもそうでした。そうなると魔力をもらっている感じでしょうか。以前キュルスタインが言っていた話の意味がようやく理解できましたね。
「顔見知り同士でだらだら会話をするな。騒がしいやつは蹴り出すぞ」
「す、すいませんエルト!」
「――え、こいつが勇者?全然ぱっとしないんだけど……」
「ウルメシャスさん、彼は本物ですよ。実際さっきから何度も解析の魔法を向けられていて、結構困ってたりしています」
「そうなの、って何してんのよ!?」
エルトはエルトで無言のまま色々やっていたのですね……らしいといえばらしいのですが……。
「問題ないですよ。色々と仕組みを変えて繰り返されていますが、キュルスタインが完全に癖を把握しました。ケーラとサッチャヤンは分析されたようですが、まあそれくらいは良しとしましょう」
「やっぱ優秀だな、そのアベレージデーモン」
「四魔将最強ですからね」
「正直に言いますと魔法の構築から完全に別物に仕上げてこられていて、結構必死でしたね。ケーラとサッチャヤンの解析すら許すつもりはありませんでした。申し訳ありません」
「構わないよ。最初からこっちの二人は見せるつもりだったからね。純粋な戦闘力を持つことも証明しておかないと、殺戮姫をけしかけられかねないし」
コックンさんや私達がわいわいやっている間にすごい情報戦が繰り広げられていたようです。でも流石は魔王、堂々としていて貫禄を感じさせますね……。
小屋の中央に置かれているテーブルを挟み、それぞれが椅子に。勇者と魔王がこのような形で向き合うことになるなんて前代未聞です。
「歓迎は少々手荒かったけど、こうして招いてくれてありがとう。レンタルしたワイバーンを二匹ほど弁償する必要はあるけど、感謝しているよ」
「どういたしまして。村の近くを魔物で飛んでやって来ることの意味を理解できる良い授業料だな」
「ははっ、違いない。この三人はキュルスタイン、ケーラ、サッチャヤン。僕と共に歩む四魔将だ。そっちの面々の名前は既に把握しているから、自己紹介の必要はないよ」
エルトは皮肉に対して皮肉で返していますが、オリマの方はその返しを気に入った様子。それにしてもこの魔王、独特ではありますが個から感じる強さはほとんどありませんね。それこそエルトと同じか、それ以下……。
ただその配下、四魔将と呼ばれた魔族達はかなりの手練です。キュルスタイン以外はこうして対面しているだけでも、かなりの実力者であることが伝わってきます。
ただケーラと呼ばれたドラゴニュートはカムミュさんを睨んでいますし、サッチャヤンはずっとシレミリアさんを見つめてウインクを飛ばしています。カムミュさんはエルトから視線を外しませんし、シレミリアさんはずっと視線が泳いでいます。コックンさんは……寝ていますね。
勇者と魔王の話を真面目に聞いているのは……キュルスタインと私だけでしょうか。ああ、いえウルメシャスもいましたね。
「一人足りないのな」
「色々と事情があってね。それで本題に入る前に……何か尋ねたいことでもあるのかな?」
「ああ、ちょっと気になることがあってな。魔物怪人についてだ」
「馬鹿な勇者ね!こっちの手の内をみすみす話すわけないじゃない!」
「支障のない範囲でしたら構いませんよ」
「ちょっとオリマッ!?」
あ、ウルメシャスのツッコミがとてもスムーズですね。きっと私と似たような境遇なのでしょうか……いえ、多分私の方が酷い扱いだと断言できますが。
「製造工程については恐らくお前が独自に構築したもんなんだろう。ただ着想を得たのは誰かの影響だったりしないか?」
「ふむ……。やはりそちらにもいたようですね、異世界人が」
「異世界人っ!?ちょっとオリマ!?それ初耳なんだけど!?」
ウルメシャスの気持ちも分かります。私も今内心とてもビックリしていますし。ただ今の言葉……魔界にも異世界人がいたと……二人以上もこの世界に?
「こっちは二足歩行のカブトムシなんだが、そっちは二足歩行のクワガタだったりするのか?」
「流石にそれはないよ。というより二足歩行のカブトムシって……僕が知り合った人も結構挑戦的だったけど、そっちはより凄いね」
「比較対象が他にないから何とも言えないがな。ちなみにどんな奴だったんだ?」
「紅鮭の魔族だね」
「「紅鮭の魔族っ!?」」
ウルメシャスとハモってしまいました。過去に色々な魔物は見てきましたが、そんな魔物は聞いたことがありません。魚型の魔物がいないわけではありませんが、紅鮭って……。
「ふざけた魔族もいたものだな」
「二足歩行のカブトムシに影響された君等が言えた義理じゃないと思うけど……だけどはっきりしたよ。殺戮姫――カムミュの異様な強さを始めとした諸々の理由が」
「ちなみにそいつはどうなったんだ?こっちは気づいたら消えてたが」
「彼はとても良い人だったよ。僕らの心の支えだったと言っても過言ではない。だけど研究時についうっかり……」
「ちょっと待って!ひょっとして四魔将の四人目ってそれ!?紅鮭の魔族なの!?」
「はい。彼の名はベニシシャケウス、四魔将最後の将です」
えぇ……異世界人が魔王の配下にいたなんて……。しかもウルメシャス、今知ったって感じですよね。
ですが魔王オリマが魔物怪人という、これまでになかった奇妙な存在を生み出していたのが異世界人の影響だったというのならば少し納得です。
「異世界人が身近にいたってんなら、こっち側にいた異世界人の存在にも勘づくってわけか」
「二足歩行のカブトムシには流石に表情が崩れそうでしたけどね。女神イリュシュア、貴方はこのことは?」
「え、あ、その……二足歩行のカブトムシの話は最近で、紅鮭の方は今しがた……」
「ちょっとオリマ、なんで私には聞かないの?」
「それなりに付き合いもありますし、聞かなくとも知らないかなと」
「う、そりゃそうだけど……。ちょっとイリュシュア!このこと姉さんには確認したの!?」
「連絡を取ろうとはしてますよ!」
半信半疑でしたが、魔王がその正体を知っていたのであればもう間違いはありません。これは一度女神三姉妹全員で話し合いをすべきなのでしょう。現在はその異世界人達はいないようですが、この世界にどれだけの影響を及ぼしたのかを調べる必要があります。
「勇者エルト、君にはこのことを踏まえた上である提案をしようと思ってね。僕が直接ここまで足を運んだというわけだ」
「不可侵協定だろ。了承してやるよ」
「――やっぱり良いね、君は。勇者にしておくには惜しい人材だ」
「勇者が一番良い職なのですが!?」
「勇者になったつもりは微塵もない」
え、不可侵協定?それって魔界は人間界に攻め入らないということですか?魔王がその提案を持って人間界にやってきたと?ちょっと理解が追いつけません。
「ちょ、ちょっとオリマ!私にも分かるように説明しなさい!?」
あ、ウルメシャスも理解が追いついていないようでなによりです。喜んで良いのか微妙だとは思いますが、嬉しいから良しとしましょう。
「僕の目的は元々魔界を統べることです。ですが人間界には然程興味はありません」
「えっ」
「魔界はある程度力で捻じ伏せれば支配できますけど、人間界は勝手が違うでしょう。仮に支配できたとしても必ず反感を持たれ、どこかで反旗を翻されます。完全に憂いを無くすには根絶やししかありません。ウルメシャスさんは魔族と人間の優劣をはっきりさせたいだけで、人間を根絶やしにしたいというわけではないのですよね?」
「う、うーん……根絶やしにしちゃっても良いかなとは思っているけど……絶対にしたいってわけじゃないわね」
「そんな軽い気持ちで根絶やしにされたらいい迷惑なのですが!?」
この子は女神なのに本当に思考が短慮ですよね!?まあそこが可愛いところだったりするのですが……それで人間界を滅ぼされるのは遠慮願いたいです。
「女神イリュシュアの立場も似たようなものでしょう。白黒をはっきりつけたくても魔界を完全に滅ぼすつもりはない、ですよね?」
「あ、はい……そもそもウルメシャスがふっかけてきた勝負事ですし……」
「魔族と人間を生み出した女神として、どちらが優れているか優劣を決めることを非難するつもりはありません。ですがその方法を改めるべきだとは提言させていただきます」
「ええと……具体的には?」
「そもそも戦闘力だけを比べるのは間違いなんですよ。競える項目はいくらでもあるのですから、種としての優劣を決めるのならばもっと広い視野を持つべきだと思うんです」
「あ、はい……おっしゃるとおりで……」
って私魔王に納得させられています!?女神としてそれはどうなのですか!?で、でも言っていることは凄くまともなんですよね……。そもそもウルメシャスの暴論から始まったことなのですし、私的にはこの意見はとてもしっくりくると言いますか……。
「じゃあオリマはどんな風にしたいのよ?仲良く手を取り合えっていうの?」
「僕は人間界と魔界が競い合う関係は悪くないと思っていますよ。ですがそれが殺し合いだけと言うのは……正直幼稚かなと」
「うっ」
「勇者エルト、君はどう思っているかな?」
「わりとどうでもいい」
「エルトっ!?」
とても真面目な意見を言っている魔王に対して、どうでもいい!?いえ、エルトの性格を考えれば高尚な思想はあまり興味がないのかもしれませんが……。
「俺はそもそも平穏に生きられたらそれで十分なんだ。優劣を決めたいのなら迷惑を掛けない範囲でやってくれってとこだ」
「つまり賛同してくれると」
「好意的に解釈してくれるな」
「好意的に解釈したいからね。やはり君は僕が思っていた通り、素敵な勇者だ」
「気持ち悪いな」
エルトが……素敵?今まで見てきたエルトの行動が脳裏に浮かんできて、なお混乱しているのですが……。
「やっぱり嫌いだわ、その男」
「カムミュちゃんがここまで素で嫌うのって、本気で嫉妬してボブっ!」
「コックンさん!?」
カムミュさんの隣に座っていたコックンさんが、突然真横にスライドして壁に叩きつけられました!?
「肘の可動だけであの威力……やりますわね……。こう、くっと……」
「ケーラ、サッチャヤンを吹き飛ばさないようにね。それで話は戻しますが、僕は魔界を統べ、この思想を根付かせようと思います。そして人間界にも似た思想が根付いて欲しいと願っています」
「魔界だけ変わっても意味はないからな。それで不可侵協定ってわけだ」
「エルト。君個人が動き回ることが億劫だと言うのであれば、僕が協力しよう。共にこの世界の質を上げていかないか?」
「さっきも言ったが、どうでもいい。俺に迷惑を掛けない範囲でやってくれ」
「この勇者は……。ちょっとオリマ、こんな奴の協力なんていらないでしょ!?」
なぜでしょうか、少し恥ずかしい気持ちになってしまうのは……。勇者と魔王、共にイメージからかけ離れた存在なのに魔王の方がしっかりし過ぎていているからでしょうか……。
「彼の協力は必要不可欠ですよ、ウルメシャスさん。彼にそのつもりはなくとも、人間界にとって勇者とは大きな影響力を及ぼす存在なのですから。人間界を変えるには勇者の存在は欠かせません」
「でもこの勇者にその気は微塵もなさそうよ?」
「そうですね、ではこうしましょうか。なんでも屋のエルト、君に依頼をしよう。報酬は君が望むものをなんでも用意する」
「……」
あ、エルトの表情がちょっと仕事人の顔になりました。
「報酬は出来高制、達成した依頼に対して君が対価として見合う報酬を要求してくれて構わない。もちろん内容によっては拒否してもらっても、途中で拒否してくれてもいい。この条件なら受けられるだろう?」
「ふっかけられるとは思わないのか?」
「そうだとしても僕はその対価を支払おう。なぁに、適正価格でなくとも『勇者に依頼をするのならばこの程度が相場だ』と思うことにするよ」
「……良いだろう。その条件なら飲もう」
うわぁ……この魔王、交渉が上手です。エルトが勇者であることを嫌がっているのを利用して、なんでも屋として働けるように提案しています……。ちょっと後でメモしておきましょう。
「よし、交渉成立だ。僕は魔界を、君は人間界を変えていこう」
「俺にその気はないけどな。優良なビジネスパートナーが増える分には歓迎だ」
魔王オリマが差し出した手を、勇者であるエルトが握り返しました。
この世界が生まれてから決して起こり得ない、想像したことすらない光景が目の前で起きている。それが異世界人の影響なのか、この勇者と魔王だからこそ起きた結果なのか……そればかりは女神の私でも分かりませんでした。




