2-6-1
食事が済んだ後、ライライムとメンメンマは逃げるように去っていきました。片付けをしっかり手伝ってから逃げる辺り、魔王の教育が行き届いているように感じますね。
村長さんを連れて戻ると、ちょうど大きな風呂敷を背負ったカムミュさんと鉢合わせしました。血生臭く、風呂敷からは血のようなものが滲んでいるのですが……触れない方が良いのかもしれません。
「あらエルト。村長でも捕まえに行ってたの?」
「イリシュとシレミリアの滞在許可を貰うためにな。そっちの塩梅はどうだった?」
「良さそうな肉を手に入れたわ。大きなトカゲの肉よ、今日はお肉たっぷりのフルコースにしてあげるわね」
カムミュさんの表情が上機嫌だと分かるのはなかなか珍しいですね。まあ私が視界に映っていると常に不機嫌そうなのが原因なのですが……。それにしても大きなトカゲですか……魔物だとは思うのですが、どのような種類なのでしょうか?
「ちなみにどんな獲物だったんだ?」
「ええと、そうね。おかしな魔法を使ってきたわ」
「おかしな魔法?」
「突然砂しかない広大な世界に放り込まれて、純白の砂粒の中に一粒だけ黒い砂粒が混じってるって、更にその砂粒を見つけない限りその世界からはでられないって認識が刷り込まれてくるの」
んん?どこかで聞いたことのあるような、ないような。はて、なんでしたっけ……。
「カムミュちゃん、それ封印魔法だよ。確か『無限の砂漠』とか言う、伝説のグシャラストスドラゴンが扱う魔法」
「ああ、そんなこと言ってたわね、あのトカゲ」
「グシャラストスドラゴン!?魔界で最も禍々しいとされるあのドラゴンですか!?」
純粋な強さだけで言えば、ウルメシャスの名から付けられたと言われるウルメスティアドラゴンが魔界最強のドラゴンです。しかしそのウルメスティアドラゴンの独断を許さないドラゴン、それがグシャラストスドラゴンなのです。
それを単身でハント!?そりゃあ魔王の幹部相手にも優位に立ち回っていたとは聞きましたけど、包丁一つでできるものじゃないですよ!?
「禍々しいのか……。毒さえなければ意外と美味いかもな」
「毒味はしてあるわ。問題ないわよ」
「そうか、じゃあ今日の夕飯はカムミュに任せる。馳走になるぞ」
「ええ、腕によりをかけて作るわね!」
魔界でも最強クラスのドラゴンを夕食にする勇者……。ワイルド過ぎませんか?いくら勇者の仲間の子孫だとしても、この強さは流石におかしいです。
頼りになることには違いないのですが、やはりここはもう少し踏み込んで聞いてみるべきなのでしょう。
「あ、あの、カムミュさん?」
「何よ、貴方の分はないわよ。頭を地面に擦り付けるなら、残飯くらいは考えてやらないでもないけど」
「それは結構です!?あ、でもちょっと欲しいかも……いえ、それは置いといてですね!」
「後で土下座する可能性があるのもどうなんだ」
ドラゴンの肉が美味しいのか、興味が全くないわけではないのです。じゃなかった、本題本題。
「カムミュさんは自己流で鍛えたと言っていましたが、ヤハム=エンドリフもそこまで強くはなかったんです。やっぱりその異様な強さは他に何か要因があるとしか思えないのですよ」
「なら愛の力よ。私はエルトの為だけを思って強くなったのだから」
「想いの力を馬鹿にしているわけではないですが、その振れ幅を優に超えているのです」
魔物を食べることに意味があるのかとも考えましたが、エルトもそれなりに魔物の肉は食べた経験があるのでその線は外れます。ヤハム=エンドリフの残した指南書で学んだところで、この年齢でヤハム以上に強くなることは不可能なはずなのです。
「そう言われても、他に要因なんて……。あれくらいかしら?」
「あれとは?」
「ほら、エルト。覚えている?私達がまだ幼い頃、森で見つけた不審者」
「ん、ああ、あの人か。名前は何だったかな、思い出せないんだよな。ミュルポッヘチョクチョンを村に伝えてくれたことは覚えているんだが」
んん?ミュルポッヘチョクチョンってあの謎な工芸品ですよね?私の知らない存在を広めた謎の人物?
「あれ、でも流れ者の伝道師が伝えたとされる工芸品って言っていませんでした?」
「その人がそう教えてくれたのよ。何故か村で流行ってて、気づいたら他の村や国にも存在が伝わっていたわよね。十年くらい前だったかしら?」
「……シレミリアさん、ミュルポッヘチョクチョンが聖地付近で流行ったのって……」
「十年くらい前だったと記憶しているな。突如その価値を認められた趣のある工芸品として、様々な者達の興味の対象となっていたぞ」
謎の工芸品を人間界中に広め、直接関わったカムミュさんに異様な力が備わっているとか、明らかにその人が怪しいですよ!?
「でもあの人がカムミュに何かしてたのか?」
「あの人は私がエルトを愛していたことを見抜いていて、愛の貫き方、想いを力にするにはどうすれば良いかを説いてくれていたわ」
「それだけで強くなる要素には感じられませんが……」
「あとオマケで魔力強化のコツをいくつか教わったわね。同じ魔力でも数十倍くらい効率がよくなるやつ」
「それですよね!?そんな無茶苦茶な魔力強化とか過去に存在してませんよ!?」
魔力強化とは、自分の持つ魔力で肉体を強化して従来以上の身体能力を得る技法です。肉体と魔力を同時に鍛えることで、片方だけを集中して鍛えるよりも効率的に強くなれる為に、多くの戦士達が好んで磨いています。
ただ魔力強化はシンプルなもので、そこまで極端な違いはありません。せいぜい使用する筋肉などに魔力を集中させることで、効率よく強化するなどが上級者との違いなのです。
それを数十倍の効率がよくなる方法って、明らかにこの世界に根付いている手法じゃないですよね!?
「エルトも『女神の天啓』だっけ?その方法の基礎みたいなこと教わってなかった?」
「あー、なんか簡単なレクチャーを学んだ記憶があるな」
「エルトのスキルまで!?やっぱりその人只者じゃないですよ!?もう少し詳しく教えて頂けませんか!?」
二人は暫く無言で昔を思い出していたようですが、やがて同時に首を横に振りました。
「妙だな。あの人のことがまともに思い出せない。言われてみれば只者じゃなかったと自覚できるんだが、今日の今まで何一つ疑問に思うことがなかった。何かしらの暗示を俺達に掛けていると考えられるな」
「……そうね。私も素直に尊敬できる人だって覚えているのに、どうでもいいコックン以上に覚えていることが少ないわ」
「それ酷くね?」
怪しいどころの話じゃありませんよ。この世界に存在しない未知の強化法を持ち込んだとするのであれば、これは女神としての管轄になります。ミルエテスに連絡を付けた方が良いかもしれませんね。
「じゃあコックンは何かあの人について覚えているの?貴方も確か話したことあったわよね?」
「名前は覚えてねぇけど、そもそもあの人人じゃなかっただろ。二足歩行のカブト虫だったじゃん」
「二足歩行のカブト虫!?」
「あー」
「二人共それで記憶が合致しているんですか!?」
え、ちょっと待ってください!?二足歩行のカブト虫がミュルポッヘチョクチョンを伝え、カムミュさんを人外レベルの猛者に鍛え上げ、エルトに独学で女神の天啓を覚えさせたってことですか!?
「今思えば珍妙な記憶よね。私カブト虫に愛の貫き方を教わっていたのよね」
「夢か何かだと思って、気にするのを忘れていた可能性もでてきたな。三人共覚えているのなら、夢じゃなかったってことだ」
「もう少し疑問に思いましょう!?いえ、何かしらの暗示だとは思うのですが……はっ!クルルクエル!貴方なら幼少期のエルトを監視していたのですから、その二足歩行のカブト虫について何か知っているのでは!?」
そうです。クルルクエルはエルトが生まれてから今日に至るまで、ずっとその様子を観察していたのです。ひょっとすればその二足歩行のカブト虫についても何か知っている可能性があります!
「幼馴染の三人組が森でカブト虫を囲んでわいわいやっていた記憶ならありますよ」
「上空からの監視ではそこが限界ですか……。ですがこれは放っておけません、急いでこの地域のカブト虫を調べて――」
「落ち着きましょう、イリシュ様。常識的に考えて二足歩行のカブト虫にそんな真似ができるはずがないじゃないですか」
「わかっていますよ!?でもエルト達がそう言っているのですから、カブト虫以外にないじゃないですか!?カブト虫じゃなかったら何なんですか!?」
「そりゃまあ、異世界人なのでは?」
「……あ」
そう、先程まで女神の管轄だと考えていたのはそれが理由でした。異世界から転移、転生してくる異世界人。もしもその存在がいるのであれば、この世界の理とは違った理を持ち込むことも可能です。
ですがこのヨーグステスでは異世界人の受け入れは行っていません。まだ女神としての自力が不足している私やウルメシャスの為に姉さんが部外者の参入を拒絶しているはずなのです。
もしもそうなら、姉さんに確認を取る必要がありますね。カブト虫に転生した異世界人がいた可能性があると……いやいや、カブト虫に転生してくるような気の狂った転生者とか普通いますか?
奴だ!奴に違いない!




