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カムミュさんが去った後、私はエルトの仕事を手伝うことになりました。
「さてイリシュ。俺の手伝いをするのはいいが、具体的に何ができるんだ?」
「一応一通りの魔法は使えます。ただ魔力の都合で今のところ制限がかなりありますけど……」
これでも私はこの世界を創り出した女神の一人、人間が使える魔法ならなんでも使えます。ただ女神としての力は全てエルトに与えているし、なけなしの魔力も降臨で枯渇してしまったので魔力がたりなさすぎます。しかもこの体、魔力回復量がかなり少ないです。
「暫く魔法を使わなければそのうち強力な魔法も使えるってことか」
「はい。今のところは下級の魔法を一~二発分ですね」
「一日で下級魔法二発分として、五日で中級魔法一発分てところか。えらいしょっぱいな」
「女神の力を全部貴方に与えているんですから仕方ないのですよ!この体を創るだけでも相当な魔力を使いましたし……。あ、でもこの宿に馴染めばもう少しくらいは回復量も増えると思いますよ!」
「まああまり期待しておかないでおく。暫くは雑用をこなしてもらおう」
女神なのに雑用係……創った私が言うのもなんですが、世知辛い世界です……。でも魔法が使えないからって全くの役立たずというわけにはいきません。ここはなんとしてでも活躍し、エルトに認めてもらわねばなりません。エルトに役に立つと認めてもらえれば彼もより危険度の高い仕事を受けるようになるでしょうし、そうすれば私の目的も果たされます。
「わかりました。ところで今日は何をするつもりなのですか?」
「昨日ホブゴブリンの群れを退治しただろ。あれの巣穴を処理する」
「あれが全部じゃないんですか!?」
「どいつもこいつも同じような見た目ばかりだったからな。リーダー格ってのは多少見た目が違っているもんだ。それに子供の姿もなかったからな。昨日出くわしたのは狩りを行う若い衆だろうよ」
言われてみれば。魔物も普通に繁殖するわけですし、雌や子供が見えなかったのは不自然ですよね。
「でも巣穴って、場所とかわかるんですか?」
「この辺に住み着くには丁度いい洞窟があってな。過去に何度かゴブリンどもが住み着いている実績もある。多分そこだな」
「なんというか……学習しないのですね、ゴブリンって」
「学習させてないしな。過去に掃除した時は常に綺麗に全滅させていた。今回の群れも頭の回らない新規の連中だろう」
「うわぁ……」
エルトが凄く怖い顔で笑っています。戦闘好きな人間はこれまで何度も見てきましたが、これほど寒気のする笑い方をする人はなかなか見ないです……。
私はある程度の荷物を持たされ、エルトと共に森の中を進んでいきます。エルトはとても手慣れた感じで森の中を進み、私が歩きやすい道を指示してくれます。それでもやっぱり体力的にきついものはあり、途中見晴らしの良い場所で休憩することになりました。ですが休憩するのは私だけで、エルトは一人で先の様子を確認しに行っているのですが……。
「ゴブリンの巣穴の掃除……昨日のような地獄絵図になるのでしょうか……」
でも今日はそこまで大荷物ではありません。荷物はちょっと重いですが、森ごと焼き払うような油は入っていませんし……。何が入っているのでしょうか?
ふと気になったので私が持たされてた荷物を開けて見ると、中には浅黒い鉱石のようなものがゴロゴロと入っています。……炭?
「疲れはとれたか?」
「ほひょぅっ!?」
気づいたらエルトが後ろにいました。心臓が物凄くバクバクしています。まるで気配を感じなかったのですが、これは私が暗殺者的な才能を持っていないせいなのでしょうか。そんな私の反応を無視しつつ、エルトは地図のようなものを取り出しふむふむと考え込んでいます。
「あ、あの。偵察の様子はどうでした?」
「ああ、目当ての洞窟で間違いない。数としては昨日仕留めた分とどっこいだが、小柄なゴブリンや雌がほとんどだな。洞窟を護る戦士型もいたが、その数で言えば大分少ない。餌を確保する連中が軒並み全滅したと見るべきだろうな」
「そ、そうですか……」
「ただまあ、餌を確保する連中を全滅させたってことはだ、何匹かは獣を狩るために外に出ているだろう。今仕掛ければ戦力は少ないかもしれないが、帰還したゴブリンと挟み撃ちに合う可能性もある。仕掛けるなら夜だな」
「夜ですか……夜の森はとても暗いと思うのですが……」
「だからこそやりやすいんだろ。ゴブリンは夜でも活動するにはするが、この辺には夜行性の動物がいない。狩りをするのは昼間だけと考えていい。なら夜は素直に巣穴に戻るだろうよ」
エルトはごそごそと荷物の中身を確認し、よしと呟く。彼の中でやることが決まったようですが、どうもピンときません。
「夜まで待つのですか?」
「いや、仕込みはする。近くにゴブリンも使用していない隠し洞窟がある。そこを仮拠点として夜まで細工をする。イリシュは適当に飯の支度でもしておいてくれ。火は使うなよ、ゴブリンが寄ってくるかもしれないからな」
こうして私は再度森の中を進み、小高い丘にある小さな洞窟まで辿り着きました。エルトが指を差す方向にはちょっとした山が見え、どうやらゴブリン達はその山の中にある洞窟で活動をしているそうです。私は重い荷物を運んだ疲れもあったので、手頃な岩を椅子にして休憩をすることにしました。
「もぐもぐ……。この干し肉美味しいですね……。スープも冷めていますけど、味がはっきりでてますし!」
しかも食後のデザートにドライフルーツまで……!新鮮な果物も美味しいですが、凝縮された甘みも捨てがたいですね。
それにしてももう日も沈み、月明かりが見える時間帯なのですがエルトが戻りません。小腹が空いたので先に食事をいただいちゃいましたが、いつになったら戻ってくるのでしょうか。
「戻ったぞ」
「ほひょぅっ!?」
外の様子を伺っていると背後からエルトが現れました。どうして正面から来ないのですか!?
「ああ、驚かせたか。洞窟の中で脱ごうと思ったんだが、イリシュがすれ違いで出ていったからな」
エルトは一枚のマントを取り出して私に見せます。あ、これどこかで見たことがありますね。ええと確かよく暗殺者の方とかが装備している魔法のアイテムだったような……。
「姿隠しのマントだ。これを羽織っている間は当人の魔力を消費して五感による知覚を妨害することができる」
「ああ、そういうものでしたね。でもどうして村人のエルトがそんな物を……」
「おふくろが元暗殺者だからな。そのおさがりだ」
「そうなんですか!?」
「何でも屋をやる上で、一人で魔物退治ともなると危険が伴うからな。下見なんかの斥候活動の時はこれを羽織って行動している。常に羽織ると魔力の消費が馬鹿にならないけどな」
ちょっと欲しいと思いましたが、今の私には魔力がないので使えそうにはありませんね。そもそも一枚しかないようですし、二人で入るのはちょっと……悪くは……いやいや。
「それにしても随分と遅かったですね?」
「仕込みついでに巣穴の探索をしてきた。万が一冒険者やらが捕まっていたら困るしな」
「一人で中に!?」
「あとこれは土産に貰ってきた」
そう言ってエルトはいくつかの宝石や魔石の入った袋を取り出して見せました。この人、昼間の間にゴブリンの巣で盗賊まがいなことをしていたんですね……。
「でもそういうのはゴブリンを退治してからで良いのでは?」
「そういうわけにもいかないんでな。今回は思ったよりも数が多くて今までに使った方法だと仕留め損なう可能性もあった。時間を掛けるのも面倒だし、あの山ごとゴブリンを処理しようと思ってな」
「それってどういう――」
突然の轟音が夜空に響きました。それも一度ではなく何箇所も。僅かですが地響きもここまで……って、なんか山が崩れていきます!?
「よし、上手くいったな」
「う、上手くいったって、何をしたんですか!?」
「何って、地脈やら洞窟の支えになっている箇所を爆破して崩したんだよ。出口も複数あるし、火攻めや毒攻めじゃ人員が必要になるからな。これが一番まとめて一掃できる」
「山が崩れていますよ!?」
「思ったより洞窟が広かったからな。その辺が崩壊したことで地滑りが起きただけだろ」
「起きただけって……そもそもどうやって爆破したんですか!?」
「お前が運んでいただろ、爆裂石。一定以上の熱や衝撃で爆発するやつ。あれを時間差で爆破できるように仕込んだ」
「私が運んでいたあれですか!?そんな危ないものを運ばされていたんですか!?」
こうして話している間にも山はどんどん崩れて……夜中だと言うのに鳥達がどんどん飛び立っていますよ……。捕まっている人間や宝がないかを先に潜って確認していたのはそれが理由だったのですね……。
「さあて、後は朝になってから周囲に残党がいるかどうか調べるくらいか。爆裂石の出費はこの宝石や魔石を売れば十分補填できるし、結果は上々だな」
「あの……山には獣とかもいっぱい住んでいたと思うのですが……」
「ゴブリンが住み着いていたんだ。賢い動物はとっくに避難しているさ。残っているような連中は餌にしかならないんだし、気にすることもないだろ」
そうかもしれませんが……なんというか……色々と酷いです。勇者がこのような手段をとっても良いのでしょうか……。
この後は今いる洞窟で一晩を過ごし、崩れた山へと向かって残党の確認をすることになりました。入口があったとされる場所は地滑りにより跡形もなくなっており、周囲にゴブリンは一匹も発見しませんでした。
「はぁ……荷物が軽くなったのに、気持ちが重いです……」
「大した鉱石も掘れない資源としての価値がないに等しい山の一つや二つで大げさだな」
「一応この世界を創った女神なんですよ!?景観ががらりと変わったら思うところくらいありますよ!?」
「自然なんて人間がいくらでも開拓するなりで変わってるだろうに。それこそ村の周りの森が綺麗に伐採されるくらいは想像に容易いぞ?」
「うう……過去の歴史を考えると否定もできないです……」
エルトの手慣れた作業を考えると、こういった手段も初めてではないのでしょう。色々と調べておくべきなのか、調べない方が良いのか……。
「ただこれで隠れ家になりそうな洞窟がなくなったからな。今後魔物が住み着くのに格好の場所は調べておく必要があるな。暇な時にでも散策しておくか」
「貴方の好きにさせていると地図がどんどん書き換えられそうで心配です……」
その後村に戻り、村の守衛さんに経緯を説明するとやはり乾いた笑顔で応対していました。驚いた様子がないのが辛いです。エルトの家に戻るとエルトは倉庫のような場所の整理を始めました。そこには色々と用途のわからない道具が所狭しと並んでいます。
「んー村の周囲は当面は大丈夫だろうしな。一度王都に買い出しにいくか」
「王都に行くのですか?」
「そりゃあこんな辺鄙な村で爆裂石や油をまとめ買いできるような店はないからな。必要な道具は買い出しに行かなきゃダメだろ」
王都!つまりは栄えている都市ですよね!この田舎も嫌いじゃありませんが、やっぱり都会には憧れがありますよね!
「わ、私も一緒に行きたいです!」
「別に構わないが、手伝いなら荷物運びくらいは手伝えよ」
「物騒じゃないものでしたら!」
「……大分限られるな」
「限られるのですか!?」
「まあ王都に行くには村の馬車を借りることになるしな。村の連中の希望する品の買い出しとかも引き受けなきゃならない。その辺を任せるさ」
ほっとしましたけど、よく考えたら爆裂石も積み込むわけですよね?果たして大丈夫なのでしょうか。こうして私はエルトと共にこの周囲の領地を収めるヨルドムスト王国の王都へと向かうことになりました。
◇
昼食を済ませ、オリマは薬の調合の前に簡単な買い出しに出ることになった。私は首から下げられる形で同伴している。ライライムはお留守番、一応は秘蔵の魔物怪人らしいし。
「町並みとしては中の上くらいかしら?」
「まあそうですね。この辺は様々な魔物が住むのでそれなりの活気はありますが、軍事的な重要拠点はありませんから」
「まさかそんな場所で魔王が着々と魔界支配の準備をしているとは思わないでしょうね」
「でしょうね。おっと、買い出しの前に掲示板をチェックしておかなきゃ」
オリマが向かったのは公共の広場に設置されている掲示板のある場所。簡易的な依頼や最近の魔界事情などがちょこちょこ張り出されているらしい。
「近くに住んでいたゴブリンの群れが人間界に移り住んだようですね」
「あら、感心じゃない」
「どうでしょうかね。土地を欲して人間界に移り住もうという魔物はそれなりにいますけど、大抵は失敗しますよ。賢い魔族なら下手に人間界に手を出さないほうが良いって知っていますし」
「そういうものなの?」
「人間だって馬鹿じゃない。魔王軍とかにもなればそれなりの力はあるでしょうけど、少数の部族くらいじゃ返り討ちに遭うのが関の山ですよ。魔界からの侵攻には素早く対応しますし」
過去の戦争を考えると魔族は皆血気盛んと思っていたんだけど、そうでもないのね。やっぱり魔王のようなカリスマのある指導者が率先して動かないとダメなのかしら。
「まあ頭の悪い魔族や魔物はすぐに数が増えますし、適度に間引ければ僕らの生活も安心ですからね。そういう意味ではありがたい情報です」
「そ、そう。わりとドライなのね……」
確かに雑食の魔物が増えると兵站の問題が増えるものね。過去に魔王が軍を編成する時にも食糧問題は発生していたわね。
「滅茶苦茶に数を増やして大量の魔物が餓死する被害を出した魔王もいましたよね」
「あーいたわね。人間界に攻め込む前に半分くらい死んじゃって大変だったわね」
「飢えを人間界で満たす手段も悪くないですけど、やっぱり今の時代は少数精鋭ですね」
そういう意味ではオリマの創り出す魔物怪人は悪くないのよね。スライム単体でも相当な実力があるわけだし、数がどこまで用意できるかは気になるところではあるけども。
「ライライムが戦闘でどれだけ通じるのか、人間界で試したりするのはありなんじゃない?」
「そのうち試したいところではありますけどね。まずはもう少し魔物怪人を増やさないと、仕事をしながらだと色々と手がまわらないので」
「兼業で魔王をするのも珍しいわよ……」
オリマが魔物怪人の生産を本格的に始めるためにも、生活費や研究資金、維持費などを捻出する必要がある。ライライムも十分に役立っているとは言っても二人じゃ限度があるわよね。四魔将は期待しないことにして。
「植物の世話をするわけですし、今度は植物型の魔物をベースにしようかなぁ」
「マンドラゴラ、ドライアド、アルラウネ、色々いるわよね」
「その辺は成長すると人型を模すようになって魔族として認められますからね。下手に手を出すと眼をつけられそうではありますけど」
魔族と魔物の違いは知性と理性があるかどうか。ゴブリンも魔物扱いだけどホブゴブリンほどに成長すれば魔族として扱われる。大きな目安としては言語を理解し、意思疎通ができることが挙げられる。
「そう考えると色々と難しいわよね。植物型の魔物を人型にすればそれらと似たような感じになりそうだし」
「怪人とつけるだけあって、人型にはしたいのですが難しい課題ですね」
「ドラゴンも人型になればドラゴニュートよね。一人くらいはそういった格好いいのが欲しいけど」
「その辺は四魔将の一人がそうなので大丈夫ですね」
「あら、ドラゴニュートがいるのね」
「はい。食中毒で今は療養中ですが」
食中毒のドラゴニュート……あんまり頼れない気がするわね。でもドラゴニュートはとても強い魔族の一角、全くの無能というわけではないでしょうけど。
「戦力としては期待できそうよね」
「四魔将最弱ですけどね」
「ダメそうね……」
早いところ四魔将とは顔通ししておきたいわね。現在のオリマの戦力を知る上で重要そうだし……。
「あ、風邪を引いている方は近くに住んでいるので、よければ会いに行きますか?お見舞いにも行きたいですし」
「魔王がお見舞いって……でもいいの?お昼からの仕事もあるんでしょ?」
「少しくらいなら大丈夫ですよ。店番はライライムに任せていますしね」
「一応秘蔵じゃなかったっけ?」
でも会ってみたいのは事実、私はオリマと共に一件の家を訪れることになった。ただどう見ても普通の家、四魔将という響きを持つ予定の人物が住んでいるとは考えたくないわね。
オリマが不規則なリズムでノックをすると、扉の奥から足音が聞こえてくる。そして暫くして扉が開いた。
「おや、オリマ様じゃないですか」
「やあキュルスタイン。風邪は大丈夫かい?」
姿を現したのは……どの魔族かしら?ぱっと見た感じだと人間に近いけど、確かに角とかが生えているし……デーモン?というかなんで自宅なのに執事服?
「ええ、一応は治りましたよ。ただ病み上がりですのでしっかりと療養していたところです。お見舞いに来てくださったのですね。ありがとうございます」
「元気になってくれて何よりだよ。今日は紹介したい人がいてね。こちら女神ウルメシャスさんだ」
そう言ってオリマは私を持ち上げてキュルスタインに見せる。いきなり腕輪を見せられたキュルスタインは僅かに首を傾げている。まあ、そうよね。挨拶しなきゃ反応のしようもないわよね。
「私がウルメシャスよ。ちょっとした事情で腕輪に宿っているの」
「おお、そうなのですか。外でお話するのもなんですから、ささ、中へどうぞ」
あれ、すんなりと受け入れられているわね。この男も適応性高そうね。中に通されると質素ながらに清潔感のある居間へと通される。オリマもそうだけど、魔族って思ったよりも綺麗好きなのかしら?オリマは私との出会い、魔王として認められたことを説明する。
「素晴らしい。やはりオリマ様は持っておられますね。ところで私の紹介がまだでしたね。私の名はキュルスタイン、アベレージデーモンです」
「アベ……?」
「デーモンの変異種です。その名の通り平均的な力を持つデーモンですね」
「なんというか……地味ね」
「とんでもない!キュルスタインはとても凄いデーモンですよ!アベレージデーモンの凄さはこの魔界に存在する全ての魔物、魔族の能力の平均値であるということなんです!」
「いやぁ照れますね」
全ての平均値と言われても、ピンとこないのだけれど……。
「私のことは私が説明しましょう。私の一族は常にその力が変動します。その力は魔界に生まれた全ての魔物、魔族の平均値を参照しているのです。つまり、強い魔物が増えれば増えるほど、私の力は何もしなくても強くなるのです」
「な、なるほど?そう考えると凄いのかしら?」
「まあ魔族だけではなく、弱い魔物の値も参照しますので魔族の中では平均以下ですが」
「ダメじゃない!?」
なんだか急激にダメな感じがしてきたわ。そもそも風邪を引くようなデーモンって時点でどうかと思うわけだし!?
「私の存在は魔界の勢力の強さの推移を確認する上で非常に便利ですよ」
「統計的な意味ではそうかもしれないけど……。あれ、ちなみにその平均値には魔王も含まれるのかしら?」
「はい。ですから私の一族が突如力が増す時、それは魔王の誕生を意味するので一部の魔族からは重宝されているのです」
覚醒した魔王の力は相当なもの。その強さは魔界全体の力の絶対値を簡単に跳ね上げる。確かにそういった特異性があるのなら、魔王を求める魔族からすれば貴重……?
「でもオリマはまだ魔王としての力に目覚めていないのよね。しかも当人はその力を欲するわけでもないし……」
「それはそれ、これはこれですね。オリマ様が魔王として認められたのであれば些細なことです」
「自分の一族の存在価値を全否定してきたわね……」
そもそもこんなよくわからないデーモンより弱いドラゴニュートがいるってのもどうかと思うわね……。
「ちなみにキュルスタインは四魔将最強ですよ」
「魔族の中で平均以下なのに!?」
「いやぁ照れますね」
うん。四魔将に期待しちゃダメってことがわかっただけでも収穫はあったわね。四魔将がダメでもオリマには魔物怪人がいるし、そっち側に力を入れてもらうしかないわよね。
ちなみに物は試しとキュルスタインの魔力を食べてみたけど、驚くほどに平均的な味だった。こう、美味しいとも不味いとも思わない。味のしない水を飲んだような感じ。まだライライムの方が食べた気分になるわね。
「しかし、こうしてオリマ様が魔王として女神に認められる日がくるとは……やはり貴方を信じた私の眼に狂いはなかった」
「狂いだらけな気もしないけど……。それはそうとキュルスタイン。私が女神って名乗っても少しも疑わないのね?」
「それは女神の見分けができる観察眼がありますので、平均値ですが」
「……え?」
「私はあらゆる能力を平均値として持ち合わせています。ですから全ての魔物、魔族が持つ能力、特異性を使えるのですよ」
あれ、ひょっとしてこのデーモン、凄い万能?魔界に住む全ての者の能力を持つって……。
「なんでも?」
「ええ。該当する能力を持たない者も参照するので、一般的に持ち合わせている者達と比べれば平均以下ではありますが。基本なんでもありますよ」
「特定の個体しか持ちえない固有スキルとかも?」
「一応は。そのへんになると非常に微力なものですが、あるといえばあります」
使える者の水準で考えると平均以下で微妙な印象は受けるけど、それが全てあるというのであればそれは相当凄いことになるわよね。実用性はさておき。
「ね?凄いでしょう?」
「そ、そうね。そもそもこんな変わった種族がいたことも知らなかったわ……」
「しかもキュルスタインはアベレージデーモンの中でも特別優れていて、最も平均値に対しての誤差がないとされているんですよ。ついた二つ名が『Mr.アベレージ』です」
「その二つ名は凄さを感じないわね」
「あ、ちなみに戦闘力は平均値を参照していますが、知能に関しては反映されておりませんので、自前で鍛えることができます」
「ああ、言われてみればそうよね。知性まで魔物込の平均値だと相当頭が悪いってことになるわけだし……」
「ですので普段はオリマ様の参謀として尽力させていただいております。ちなみに普段は執事カフェを経営しておりますので、興味がありましたら是非いらしてください」
それで執事服なのね。って自宅で着ていることの理由にはならなくない?そもそも経営者なら執事服の必要ないわよね?
「家で執事服を着る理由はなんなの?しかも風邪で療養していたのよね?」
「執事の心得を忘れない為です。朝昼晩、寝る時も常にこの格好ですごしております。もちろん着替えはしますがね」
「そ、そう……真面目なのね?でもそれだけきっちりしていて風邪を引くのね」
「執事服で寝ていると意外と暑苦しく、布団を蹴ってしまい寝冷えで風邪を引いたのです」
「うん、馬鹿じゃないの?」
オリマの言っていた言葉に嘘はなかった。確かに個性的ではあるわよね。ただこのデーモンについては今後、どれほど役に立つのかをしっかりと確かめる必要があるわね。