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グシャラストスドラゴンのベルラハーラ卿が何者かによって暗殺された。その情報は現在進行系で魔界中の有力者達の耳へと広まっているらしい。
「殺戮姫の仕業でしょうね」
「ウルメスティアドラゴンの私の索敵範囲ならベルラハーラの領土全域を把握することも可能だからな。奴が突然死んだのは驚いたが、確かにその近くに人間らしい存在の魔力を検知した。その推論に間違いないだろうな」
そんな情報を聞いたオリマはというと、ゆっくりとダグラディアス卿と晩酌をしている。ダグラディアス卿からすれば仲の悪い好敵手の突然の脱落。急いで状況を把握しなければならないタイミングなのだけれど……。
「魔王クラスの魔族があっさり暗殺されるって……本当にメチャクチャね」
「魔王クラスのサッチャヤンでも危なかったですからね。可能性はありましたよ。ただピンポイントで領主の命を狙ったのは少し驚きましたが」
そっか、サッチャヤンも魔王クラスって言ってたわね。でもあっさり追い込まれてたからサッチャヤンの強さがこう、微妙に感じちゃってたのよね。
「サッチャヤン=カースギブか。あの災厄も君の配下にいるのだったな。アレを追い詰めることができるのならば、ベルラハーラが敗れても不思議ではないな」
「え、サッチャヤンってウルメスティアドラゴンでも評価するほどなの?」
「あの男は原初の呪いを体現している存在だからな。戯れ程度に戦う分には楽しめるだろうが、殺し合いともなれば取り返しの付かない結果を産むことになるだろう」
そうやってオリマの配下が評価されるのは喜ばしいことなんだけど、そのサッチャヤンもカムミュ相手にはお手上げだったのよね……勇者の仲間って強過ぎじゃない?
「それでダグラディアス卿、このあとはどう動きます?」
「お父様でも構わないのだがね。領主亡きあとはあの土地は他の有力者の格好の標的になる。ベルラハーラの子息が対応するだろうが、そう長くは保つまい。よって手紙を送った」
「手紙?」
「こちらからそちらの領土を奪いに行く真似はしないので安心しろ。保護下に入りたくばいつでも連絡を寄越せとな」
つまりはノータッチってことね。下手に交渉するよりかは受け入れ口だけを用意して、あとは相手の好きにさせると……。消極的だけど、ベルラハーラには子供もいるわけだし兵力としてはまだまだあるのよね。無理に奪いにいけば徹底抗戦を受けるし、他の有力者に隙を突かれるかもしれない。
「他の有力者に領土を奪われる心配はないの?」
「ないわけではないとも。だがドラゴンの一族の領土を奪うのは骨が折れる行為だ。ここで最初に動く馬鹿になれば悪目立ちしてしまうのだよ」
「最初に動いた有力者は間違いなくベルラハーラ卿の子息達の抵抗に遭うでしょう。最小限の被害で奪えれば良いでしょうが、もしも子息達が他の有力者に助けを請えばあっという間に戦いの規模が膨れ上がりますからね」
「だがそう遠くない内に魔界は再び統一に向けて動くことになる。いずれ飲み込まれる立場ならば、誰かの傘下に入る決断をする。私がすべきなのは軍門をより魅力的に見せることだ」
へぇ、色々と考えてるのね。魔界の動きはこれまでずっと眺めているだけだったから、もうちょっと脳筋な感じで統一していくものだと思ってたわ。水面下では魔族同士の駆け引きがこうして行われていたのね。
「でも出遅れたら困るんじゃない?」
「多少はな。だがベルラハーラ卿亡き勢力が加わった程度で厄介になる相手はおらんよ」
「あら、自信家。流石はウルメスティアドラゴンね」
「それよりも気になるのは殺戮姫の方だな。強いのかね?」
「強いですね。特異な力は確認していませんが、心技体のいずれもが規格外です。アレを人間と判断することだけは避けるべきでしょう」
それは同感。あんな化物、勇者以外に見たことないもの。もしかすればイリュシュアの新たな手駒だったりするのかしら?だけどあの規模の化物を生み出せば、勇者の質が下がるって分かるものよね。そうなるとやっぱり何かしらの突然変異……?
「ふむ……女神的にはどう思うかね?女神イリュシュアが生み出した勇者だったりするのかね?」
「それはないわよ。だって勇者ならその殺戮姫の……っ!?」
や、やっちゃったあ!?ちょっと、なんでこの流れでさらりと誘導尋問しちゃってくれてるのよ!?ああ、オリマが苦笑いしてる!?
「はっはっはっ!我らが創造主なれど、想像以上にうっかりな御方だな」
「……いつから気づいていたの?」
「半信半疑ではあったがね。特異な魔力の質に、魔王クラスを束ねるオリマ君相手に物怖じしない姿勢。もしもオリマ君がそうなのであれば、考えられるのは女神ウルメスティア以外にないとな」
う……言われてみればキュルスタインやケーラが傅いているオリマ相手にツッコミとか色々言っちゃってたものね……。今後はもうちょっと静かにしないと……。
「うう……ごめん、オリマ」
「気にしないでください。そこまで本気で隠すつもりはありませんでしたから。認められた後ですし」
「最初から女神ウルメシャスが選んだ魔王だと証明すれば、グシロアも余計な事をしなくて済んだのだがね」
「余計ではありませんよ。純粋な勢力としての評価を得る為には必要なことでしたからね」
「魔王と名乗るつもりはない、と。よければ理由を聞いても良いかね?」
オリマはこれまでの経緯をダグラディアス卿に話すと、ダグラディアス卿は終始愉快そうに話を聞いていた。
「――そんなわけで僕は魔王としての力には頼らず、この魔界を統一したいと思っています」
「なるほど、なるほど。それで私に実力を証明しようと色々と頑張っていたのか。少々背伸びをしているような印象を受けたのはそれが原因か。納得した」
背伸び?オリマの様子はいつもと変わらなかったけど……そんなところも見抜いていたの?やるわね、このドラゴン。
「いやぁ、お恥ずかしい」
「だが魔物怪人か……。はははっ!まさか創造主の前で新たな生物を創造して見せるとはな。これまでにないほど挑戦的な魔王ではないか!」
「言われてみればそうよね……。ま、私だけで魔族を創ったわけじゃないけどね。あ、そのへんの話はしないわよ!」
「創造主にすっかりと警戒されてしまったな。なに、神の域に入り込むつもりはないとも。我々が思っていた以上に自由にさせてもらえていると知れただけで、私には十分過ぎる収穫だ」
「どういう意味よ?」
「一個体として、ある域を越えるとだね。どうしても視野が広くなってしまうのだよ。未来に現れる魔王の配下になることよりも、この世界の流れを生み出している女神の思惑とは一体……などとね」
これまでも強者の中には私と接触を持とうとした魔族がいた。だけど私はこれまで魔王とさえ接触するつもりはなかった。イリュシュアとの間にある暗黙の了解もあるけど、私が描いた通りに成長するだけの魔族には興味を持てなくなるって分かってたからだ。
「思惑も何も、魔王と一緒に魔族の方が人間よりも優秀だって証明してくれれば、それで十分よ」
「うむうむ。それにはしっかりと応えるとしようではないか」
ダグラディアス卿が何に満足しているのかは分からないけど、とりあえずは心配するようなことはなさそうね?オリマもなんだか柔らかい顔で笑ってるし、何が良かったのかしら?
「あ、いたいた。オリマ様、大変ですよー。ベルラハーラ卿がなんか死んだっぽいよ」
「あれ、サッチャヤン」
ふらっと窓を登ってサッチャヤンが現れた。ここダグラディアス卿の領土で、しかもケーラの私室(城)なんだけれど……。
「ちょっと大事かなと思って、急いで伝えに来たんだよ」
「ありがとうサッチャヤン。だけどちょっと遅かったかな。ここにはダグラディアス卿がいるから、隣接している有力者の死亡ならすぐに分かるからね」
「あー、そっかー。てことはその人がケーラのお父さん?初めまして、オイラはケーラの同僚のサッチャヤンって言うんだ」
「君があのサッチャヤンか。直接会うのは初めてだが……なるほど、魔王クラスと噂されるだけはあるな」
どう見ても配達のお兄さんなんだけど、これに魔王クラスと判断できる要素あるの?むしろ窓によじ登っている姿は不審者のそれなんだけど。
「よいしょ、よいしょ。ゆったりと晩酌をしてるってことは、ダグラディアス卿は動かないのかな?結構騒ぎになってるっぽいけど」
「直接見に行ったのかい?話を聞かせてもらえるかな」
「近くに配達があってね。そしたら凄く恋しいシレミリアの匂いを感じたんだ」
「匂いて」
「ああ、確か勇者と行動を一緒にしているって話だったね。カムミュにその匂いがついていたのかもしれないね」
他人についた恋人の匂いに誘われてドラゴンの領土に入るって……。恋は盲目って言うけど、そんなレベルじゃないわね。
サッチャヤンが現場に向かった時にはもう事は済んでいたらしく、ベルラハーラ卿はバラバラに解体されていて、体の一部があちこち持ち去られていたそうな。何その悲惨な光景。
「ドラゴンの部位を……何かしらの武器や触媒にするつもりか?」
「んー、聞く限りだと可食部位ばかりだから、食用じゃないのかな?」
「だろうね」
ああ、うん。多分それだと思う。あの包丁を握った殺戮者の顔は、素材よりも食料として相手をハントしてきそう。
「ドラゴンを食用……するかね?殺戮姫は」
「殺戮姫の被害に遭った魔族の情報によれば、殺戮姫が魔族を襲う理由は狩猟です。おそらくは希少な食材を探してベルラハーラ卿の領土に侵入し、最も希少だと判断したベルラハーラ卿本人を……」
「なにそれ怖い。私もそのうちハントされそう」
「人型の姿を取っていれば、食材と見られることはなさそうですよ」
ベルラハーラ卿は自分の領土でドラゴンの姿で羽――じゃなくて翼を伸ばしていたのかしらね。突然襲われてバラバラに解体されるとは夢にも思わなかったでしょうね。
「殺戮姫は勇者の仲間で魔界の近くにある辺境の村、マクベタスア村にいるんだったな。……ふむ」
「ダグラディアス卿。現段階で殺戮姫を敵に回すことは、他の有力者相手に無作為に勝負を挑むよりも危険ですよ。その村には他に勇者と女神イリュシュア、そして聖騎士と天使がいるとされています」
「私一人の身ならば、構うまいと空を飛んでいる頃だろうが……そのつもりはないとも」
村一つを焼き払うのであれば、ダグラディアス卿が一人で人間界まで飛んでいってブレスの一撃で全てが終わる。でもそれで殺戮姫や勇者が死ぬとは思えない。もしも逃してしまえば必ず報復されるわよね。アレから報復を受けるとか考えるだけでもゾッとするわ。
「ん?マクベタスア村?それってコックンの出身の村じゃないか」
「コックン?」
「この前オイラに祝福を与えてくれた男の名前だよ」
「そんな話もあったわね。って確か聖剣を心臓部に受けても平気だったってレベルの奇跡を施した男よね!?オリマの見立てでは人間の魔法職の最上位、聖人クラスはあるってやつ!」
勇者の周りにいる連中、どいつもこいつも規格外過ぎない?そりゃあ最終的なパーティではそうそうたるメンツを揃えてくることもあったけど、最初から完成され過ぎてない!?
「そそ、そのコックン。てことは近くにいるのかな?シレミリアもその村にいるって話だし、一度遊びに行きたいな」
「殺戮姫もいるから、もれなく殺されるわよ!?」
「あー……あの女はちょっと不味いね。オリマ様、どうにかできないかな?」
「うーん、そうだね。確かにこの調子で魔界側の有力者が食料として狩られるのは不味い。なにせ次はダグラディアス卿かもしれないし」
「怖いこと言うね、君」
「冗談ではなく、可能性の話です。殺戮姫は食材として魔族を襲っていて、ドラゴンの被害はこれで二度目となります。つまりは、そういうことです」
「……ドラゴンの味、気に入られちゃった系?」
生き物は学習する。女神である私でさえも、美味しいご飯を食べられたらまた食べようと思うもの。狩猟が目的で二度目のドラゴンに手を出したってことは、美味しかったのね。ケーラの魔力は油濃かったけど、調理できるなら……うん。
「ライライム達が帰ってきたら、少し人間界に足を運ぶ準備をしてみましょうかね」
「えっ、オリマが直接!?勇者の村に魔王が足を運ぶの!?」
何その展開、王道系で結構見たやつ。まあ実際には幹部系が多いんだけどね。でもオリマだと意味合いが違ってきそうなのよね。




