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覚醒してください、勇者(魔王)。  作者: 安泰
動き出す勇者と魔王。

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2-4-1

 あれから数日後、聖騎士の鎧を身に包んでいたシレミリアさんがすっかりと狩人のような格好になっています。ラフな軽装にバンダナ、腰には聖剣代わりにナイフが……。


「って聖剣はどうしたのですか!?」

「うん?獣を狩ったり捌いたりするのに聖剣は不要だろう?家に置いてあるぞ」

「家って……アレですか?」


 視線の先には数日前に見たものよりもいくらか大きい小屋のようなものが。とてつもなくツギハギだらけではありますが、簡易的なテントよりは住心地は良さそうです。ただまあ、鍵などを掛けられるような扉は見当たりません。


「うむ。この村は治安が良いからな。盗まれる心配もないだろう」

「治安が良いと言うより、誰もが顔見知りだからな。わざわざつまらないリスクを背負いたくないだけだ。ほら、言われていたロープだ」

「おお、助かるぞ!これはまだ私個人では作れないのでな」


 この聖騎士さん、自分が大工か何かと錯覚しているのではないでしょうか。格好からして既に聖騎士であることを忘れていそうですが。


「あの、そもそも村の敷地内に勝手に家を建てても大丈夫なのですか?」

「うん?この家を建てて数日過ごしているが、文句を言われてはいないぞ?」

「それを家だと認定する人は貴方だけだと思いますよ!?」

「犬小屋の上位互換、熊小屋みたいなものですからね」


 会話ににゅっと加わってきたクルルクエル。手には羽を毟り取られた鳥が握られています。いえ、天使が肉を食べることに反対と言う訳ではないのですよ?ただ、こう、この絵面を見ていると天界を統べる女神としての心が荒んでいくと言いますか……。


「……クルルクエル、そもそも貴方と同じテントの作り方を教えてあげれば良かったのでは?」

「同じ形のテントが並ぶと、独創性に欠けそうでしたので」

「独創性は大切だな。それに私は布製よりも木製の方が落ち着くしな」


 その結果がこの独創性まみれな小屋なのですが……いつ崩れてもおかしくないですよね。


「シレミリア、ロープで縛れば安定はするだろうが、そもそも組み立てが雑過ぎるな。設計図からきちんと作ったらどうだ」

「設計図か……なるほどな。しかしそこまでやるのなら木材の加工からきちんとしなくては……道具を揃えるのも大変そうだな」

「聖剣を使えば加工くらい簡単なのでは?」

「……はっ!」

「はっ!じゃないですよっ!?天界から与えられた聖剣で日曜大工をしないでくださいっ!?」


 激化した魔族の侵攻に対抗する為、大天使ウエールファによって創り出された聖剣。それが日曜大工に使われたと知ってしまえば、あの子はどれほど悲しい顔をすることやら……。


「意外と聖剣を創られたウエールファ様も『そんな用途にも使えたのか』と感心するかも知れませんよ?」

「あの子に限ってそれはないですよ……ミルエテスは別として……。とにかくダメですよ?」

「……ダメなのか?」

「しょんぼりした顔をしないでください……」

「別にお前が創ったわけでもないだろうに、ケチケチするなよ」

「私が創ったわけじゃないからですよっ!?私が創った物ならば譲歩もしますけど……」


 そんなに切なそうに指を咥えられても、私から大丈夫ですと言えるはずがありません。私が許可を出してしまえば、それはこの世界に与えられた全ての聖剣の扱いを決めてしまうことになるのですからね!


「ん。聖剣の話で思ったのだが、女神イリュシュアが直接創った聖剣とかの話は聞かないな。イリシュが直接創ればもっと優れた聖剣が創れるのではないのか?」

「――い、いえ。私が干渉するのは勇者だけですので……」


 実は外見的に美しいと言えるようなものを創るのが苦手なのですが、そこはちょっと伏せておきましょう。


「イリシュ様は不器用なので、工芸品などの精巧な物を創るのは不得意なのです」

「ああ、不器用だしな、こいつ」

「クルルクエルっ!?貴方はどうしてこう、人が隠しておきたいことをすぐに言ってしまうのですか!?私のことが嫌いだったりするのですかっ!?」

「いえ、可もなく不可もなくと言った感じです」

「その評価はその評価で辛いですっ!?」

「そうは言われましても。役職を与え与えられるだけの関係で、最近でも顔をちょくちょく見る程度ですし」

「そ、それはそうですけど!?」

「生みの親だとしても、そんな関係で好感を持ってもらえるわけがないよな」


 あれ、これって私が悪いのですか?でもウエールファとかは私のことをとても慕ってくれているのですが……。他にも……他にも……あれ……ウエールファ以外に私のことを慕ってくれている子の顔が思い浮び上がってこない……。


「……あれ?私って意外と慕われてない?」

「急に悲しい現実に気づいたって顔をしてるな」

「そ、そんなはずは……!」

「大丈夫ですよ、イリシュ様。天界で行われている人気投票ではイリシュ様がぶっちぎりで一位ですから」

「そ、そうなのですか……そんなのが行われていたのですか!?」


 天界で人気投票が行われていたなんて、女神としてこの世界を見守り始めた時から聞いていないのですけど!?


「イリシュ様の投票が入りますと、特別な扱いになるからとかで。あと天使達の戯れとして行われているので、報告するようなことでもないかなと」

「それはそうですけど……」


 でも良かったです。ウエールファのように慕ってくれているのだと直ぐに分かる子が少ないだけで、皆私のことを……。


「ちなみに投票理由の大多数が『驚いた時の顔が面白いから』です」

「人望要素皆無っ!?」

「ついでに二位はウエールファ様です。イリシュ様に負けないくらいにリアクション芸人だと」

「あ、それはちょっと分かるような……。あれ、私ってあの子よりもリアクション過多?」


 おかしいですね。天界ではクールなイメージを通していたはずなのですが……。


「話を戻すが、本格的な家を建てるなら、村長の許可くらいは貰ったほうがいいかもしれないな」

「む、それもそうだな。……冷静に考えると滞在許可も貰うべきだったような」

「今更過ぎませんか?」

「それを言うとイリシュも同じではあるんだがな」

「わ、私は居候ですし……」

「ちなみに私は滞在許可を貰っていますよ」

「貰っていたのですか!?」


 そんなわけでマクベタスア村の村長さんの家へと向かうことになりました。……この村に来てからと言うもの、村長さんを見たことがないのですが……どのような方なのでしょうか?

 村長さんの家に到着し、家の扉をノックしようとするとちょうど扉が開き、中からコックンさんが現れました。


「あれ、コックンさん」

「ん?よう、エルト達じゃないか。どうしたんだ?」

「シレミリアが村の隅に家を建てるつもりらしいからな、その許可を貰いにきた」

「ああ、あれか。あの程度なら子供が遊びで作る秘密基地の方がまだ質がいいだろうから、気にしなくてもいいんじゃないか?」

「んぐっ」


 コックンさんの歯に衣着せぬ言い方に少なからずのショックを受けているシレミリアさん。


「コックンさんも村長さんに会いに?」

「いや、ここ俺の家だし」

「そうなのですか……えっ!?」

「そう言えば言ってなかったか。コックンは村長の孫だぞ」

「そうだったのですかっ!?」


 思えばコックンさんに対するエルトやカムミュさんの態度にそんな片鱗が……片鱗が……。


「村長のお孫さんに対する態度でしたっけ!?」

「いや、村長の孫以前にこの男そのものに対する態度だしな」

「へへ、ぐうの音もでねぇな」


 た、確かに立場とか関係なしにその相手の本質と向き合うことは大切だとは思うのですが……。クルルクエルとか空の上からコックンさんを落としていましたよね?だ、大丈夫なのでしょうか……。


「それでコックン、村長は今家にいるのか?」

「いや、爺ちゃんなら一昨日から見てないぜ」

「それは不味くないですかっ!?」


 村長が二日前から行方不明って、村からすれば重大事件だと思うのですけど!?どうしてこの二人はこんなにも落ち着いているのです!?


「んー爺ちゃんってよくふらふらーって森や山の中に消えるからな。酷い時には一ヶ月くらい姿を見せない時もあるし」

「まるで仙人みたいな方ですね……」


 ただ聖人としての資質を持ったコックンさんのお爺さんなのですから、あながち仙人と言う表現も間違ってはいないのかもしれませんね……。


「シレミリア、どうする?コックンに頼んで村長が戻ってくるのを待つか?」

「そうだな……いや、やはり村に住まわせて貰う以上、こちらから出向くべきだろう。……どうしたイリシュ?気まずそうな顔をして」

「い、いえ……」

「女神の不法滞在と言うのも稀有ですよね」

「ほ、法は破ってないと思いますよ!?」


 マクベタスア村にそのような掟があるとか聞いていませんし!セーフです!セーフ!


「ふむ……普通なら勝手に探せと言いたいところではあるんだが……俺も村長に少し用事があるからな。よし、それじゃあ皆で村長を探しに行くか」

「そうだな……ん?もしも用事がなければ私一人で森に向かわねばならなかったのか?」

「イリシュくらいは同伴してくれただろうがな」

「うう、悪意のない視線なのに、何故か痛いです……」


 私達五人は準備を整え、村の外へ村長を探すこととなりました。勇者の冒険と言えば聞こえは良いのでしょうが、勇者の村の村長探しと言うのがなんとも……。

 コックンさん曰く、村長さんは自然が好きな方らしく、よく野宿同然のような形で森山へと足を運んでいるのだとか。マクベタスアも十分自然の溢れる田舎村だとは思うのですが……。


「あれ、そう言えばカムミュさんの姿が見えませんね?」

「カムミュなら狩りに出てるぞ。多分魔界の方だとは思うが」

「近くに魔王がいるのに……」


 近くに魔王がいるのを知っていながら、その近辺で狩りをするって……勇敢どころの話ではないですよね……。


「カムミュちゃんがいれば、匂いで追跡できたんだけどなぁ」

「別にカムミュがいなくても問題はないさ。村長の私物を確認したら釣り竿がなかった。となれば向かう先は山の麓に流れてる川の近くだろ」

「お、エルト冴えてんじゃん!」

「村長さんの私物を確認って……部屋を調べたのですか?」

「追跡の基本は相手の目的を把握することだからな」


 間違ってはいないのでしょうけど、人として何か欠けてしまっているような気がします。ですがエルトの判断力の高さは信頼できますし、村長さんを見つけ出すこともそう難しくはなさそうですね。

 森の中を暫く進むと、川が流れている場所に到着しました。そしてそのまま川の上流へと進んでいくと大きな岩の上から釣り竿を携えているご老人の姿が見えました。

 どうやらあの方がマクベタスア村の村長さんのようですね。ですが何やらどなたかとお話をしているような……。


「フィーッシュスラッ!これで五匹目スラ、一歩リードスラね」

「むむむ、まだですメン!まだ私の秘密兵器、芋虫団子の真の力はこんなものではないですメン!」

「ふぉっふぉっふぉ、あまり騒ぐと魚が逃げるぞい?」


 ……あれ、あのご老人の傍にいる二人……どこかで見たような……って魔王の生み出した魔物怪人の二人ですっ!?



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