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覚醒してください、勇者(魔王)。  作者: 安泰
動き出す勇者と魔王。

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35/44

2-3-2

 場所を移動し、飾り気のない巨大な部屋へと到着した。部屋と言うよりは空間で、どうやらダグラディアス家の鍛錬場っぽい。

 部屋の隅には結界を展開しやすいように確保された祭殿のような場所があり、そこにオリマ達ギャラリーは移動している。ドラゴン族の鍛錬は見学するだけでも危険なようで、キュルスタインやグシロアが本気で闘う為にも必要な模様。


「結界は私が維持するよ。魔力量だけで言えばケーラもできるとは思うけど、私ほど器用ではないからね」


 ダグラディアス卿が祭壇に設置されている水晶に触れ、魔力を通して結界を発動させる。凄い結界ね、これを抜ける攻撃なんてそうそうないわよ!?


「制約と条件付けによって強化された結界ですね。見事なものです」

「実戦では使えないがな。なんせ設置してから十年はしないと機能しない特別製だ」


 オリマは興味深そうに祭壇を見渡している。オリマの家にもよくわからない装置とかいっぱいあるものね、こういうのは好きそう。

 でもそんなことをしている暇はないと思うのよね。今も鍛錬場の中央には一触即発な二人の姿、キュルスタインとグシロアが静かに向き合っている。

 執事服にメイド服って、とても戦う格好とは思えないのだけれど……まあその辺はツッコんでもしょうがないわよね?


「勝敗についてですが、貴方の勝利条件はオリマ様が私の敗北を認めた時です。もちろん私が死んでも貴方の勝利で構いません。私の勝利条件は貴方が敗北を認めた時でよろしいですね?」

「何故私と貴方で条件が違うのでしょうか?」

「ダグラディアス卿が貴方の敗北を認めることを条件にした場合、オリマ様やケーラがダグラディアス卿を説得するだけで私の不戦勝にできます。そして貴方を殺すのではなく、敗北を認めさせることが私の目的なのですから、違いはありますよ」


 オリマがキュルスタインの敗北を認めない限り、キュルスタインには降参すら許されない。これはかなり不利な条件とも言えるけど……。


「混血の悪魔風情が……」

「――その後の話についてですが、それはオリマ様の方に決めてもらいましょうか」


 キュルスタインがオリマの方へと視線を向けると、祭壇を調べていたオリマは振り返ることなく応えた。


「キュルスタインが勝てばこれまで通りなのは言うまでもないけど、負けたらどうしようかな。希望はあるかな、グシロア」

「今後お嬢様との関わりを一切断ってもらいます!」

「――温いよ。そこは僕の命を差し出せくらいに言わないと」

「っ!?」

「ドラゴン族の執着心、君自身がよく知っているはずだ。僕が今後ケーラの前に姿を見せない程度で、未練が消えないとでも?」

「……ではそれで」


 オリマはグシロアに視線を向けることなく、手を振って了承の合図をする。キュルスタインが負ければ自分の命を差し出すと、手前にある好奇心から目を離すよりも簡単に言ってのけた。それは凄いんだけど、オリマに死なれると困るんだけど!?


「オ、オリマ君……本当に大丈夫?グシロアは私の部下の中でも五本の指に入る強者だ。こと一度きりの殺し合いにもなれば、ケーラすら凌駕する実力があるんだ」

「大丈夫ですよ。開始の合図をお願いします」

「う、うむ……。それでは両者、構え!」


 グシロアは直立の姿勢のまま、腕だけで構えを取る。対するキュルスタインは構えすら取らず、主人の傍に控える執事の如く佇んでいる。


「……始めっ!」


 開始の合図と共にグシロアの姿が消える。一瞬で間合いを詰めた!?ならキュルスタインの近くに――


「へぁっ!?」


 キュルスタインの方へと視界を向けると、グシロアがその後方、凄い勢いで滑って壁にぶつかっていた。ダメージはないようだけど、何が起こったのか分からない様子。いや、私もよく分からないんだけど。


「ちょっとオリマ、今何が起こったの!?」

「あ、見てませんでした」

「まだ祭壇調べてるのっ!?もう始まったわよ!?ああもう、ケーラ!?」

「簡単ですわ。グシロアはキュルスタインの背後に回り込もうとしましたが、その位置で滑って転倒。その勢いのまま壁に激突したのですわ」

「滑ってって……」

「キュルスタインが床に何かを撒いているようですわ」


 んん?あ、本当だ。良く見るとキュルスタインの足元の周りに水溜りのようなものができている。滑って転倒したと言うことは、何かしらヌルヌルした液体なのかしら?


「魚型魔物が持つ、物理的な攻撃を受け流す時に脂を分泌するスキルですね。石の床に撒けば、専用の靴でもない限りまともに立つことすらできなくなりますよ」

「ああ、ローション的な……」


 グシロアは起き上がるも、靴に残っていた脂で再びバランスを崩して倒れた。その後壁に手を付きながら立ち上がり、靴に付着した液体を床に擦り付けるようにして両足のグリップを回復させていく。


「小癪な真似を……!」

「カチューシャがずれていますよ」


 グシロアはケーラが使ってたものと同じ、炎を操る魔法を放つ。しかしその炎はキュルスタインの元へと届く前に、見えない壁に阻まれるように拡散しグシロアの方へと戻ってきた。


「近づけないのなら遠距離で、それくらい誰でも考えますよ」

「――ッ!?」


 グシロアは自らが放った炎に包まれる。ドラゴン族だから自分の放つ炎くらいでやられることはないけど、直撃を受ければそれなりには熱そうよね。でもなんで炎が跳ね返ったのかしら?


「キュルスタインはグシロアが背後に回り込む瞬間、グシロアの体を起点に結界を展開する仕込みをしていましたわ。そしてグシロアが炎を放つ瞬間に展開したのですわ」

「へぇー。器用な真似をするのね」


 ただの炎では燃えない壁である結界を破ることは難しい。あの一瞬でグシロアは逃げ場のない檻の中に捕えられていたってことね。

 だけどこれで終わりじゃないわよね。グシロアは炎を吹き飛ばし、無傷の姿でキュルスタインを睨んでいる。無傷なのは分かるけど、服まで燃えていないのは凄いわね。全身にものすごい魔力強化を行なってるんでしょうけど。


「まさかこの程度の反撃で、勝った気になっていないでしょうね?」

「これで終わられたら逆に困りますとも。その程度の私兵しか持たないようでは、オリマ様にダグラディアス家との縁切りを進めなくてはなりませんから」

「――フウゥッ!」


 グシロアの手袋と靴が破れ、鋭利な爪が現れる。自らの肉体を戦闘用に変形させてきたようね。ちゃっかり爪が紅く輝いているし、あれ受けたらかなり不味いわよ?


「いやはや、優雅さに欠ける姿ですね」

「魚の脂を撒き散らす輩がほざくな!」


 ごもっとも。グシロアはそのままキュルスタインの方へと突撃を行う。足の爪で地面を抉りながらの突進、脂が撒かれていようともお構いなしって感じね!対するキュルスタインはグシロアの方へと振り返っただけで姿勢は変わっていない。


「これでは脂の効果は薄そうですね。まあ、脂だけですが」

「もぎゅっ!?」


 グシロアがキュルスタインの正面で盛大に転ぶ。顔面から地面にいったわね、痛そー。


「ケーラ、説明!」

「周辺の足場を柔らかい砂場に変化させていますわね。私も何度かやられましたわ」


 ケーラの視線が冷ややかになっているけど、過去に同じようにあしらわれたのかしらね。脂と砂が混じった泥に顔面からいったグシロアは起き上がるも、全身が酷く汚れてしまっている。


「不味いな……グシロアが冷静さを失い始めている。オリマ君、このままでは彼が危険だぞ!?」


 ダグラディアス卿の言うことも理解できる。キュルスタインの取っている行動は全て相手にダメージを与えるのではなく、子供を小馬鹿にするような技ばっかりだ。このままではグシロアは本気を出してくる。それこそまともに受ければキュルスタインではひとたまりもないほどに……!


「ここはこうで……。え、あ、はい。問題ありませんよ」

「まだ祭壇見てたの!?君も好きだね!?しかしだね――」

「一度きりの殺し合いにもなれば、ケーラすら凌駕する実力がある……でしたか。キュルスタインはその一度すらもケーラに与えない強者ですよ」

「な――ケーラ、それは本当なのか!?」

「……はい、そうですわ。私はキュルスタインに過去何度か挑んでいますが、一度として触れることすらできておりませんもの」


 四魔将の中でケーラは最弱、そしてキュルスタインは最強とオリマは言っていた。その差がどれほどなのか私は知らないけど、少なくともこのケーラの表情から埋めることのできない差があるのだと分かる。


「体も良い感じに温まってきたことでしょう。そろそろ遊びは終わりにしましょうか」

「ふざけ……るなっ!」


 グシロアは固い地面を蹴り、キュルスタインの元まで跳躍して殴り掛かる。並の魔族ならば跡形すら残らず消し飛ばされるほどの一撃、それを――


「貴方に敗北を認めさせる為に、小細工などをするつもりはありません。私だけが持ちうる固有スキルを披露させてもらいます」

「……馬鹿な」


 キュルスタインは人差し指だけで受け止めていた。ってええぇ!?

 キュルスタインからは特段強い魔力を感じない。魔力強化によるものでもなく、結界によるものでもない。だけどそうでないのなら、グシロアの一撃をあんなふうに防ぐことなんてできるわけがない。


「ケ、ケーラ!?説明っ!」

「いえ、それには及びませんよ。彼が直接説明してくれます」


 オリマが私を持ち上げて首に掛ける。どうやら満足いくまで祭壇を調べ終わったようだ。

 キュルスタインの方も動きがあった。グシロアは空中で姿勢を変えキュルスタインの胴体へと蹴りを放つも、それはキュルスタインの体を動かすどころか、衝撃の音すら発生させなかった。


「これは……何が……っ!?」


 蹴りを放った姿勢で動けないグシロアの額に対し、キュルスタインは片手を突き出し指で弾いた。デコピンってやつ、だけどその威力はグシロアが後方に吹き飛ばされるほど。

 空中で姿勢を立て直し、グシロアは地面へと着地する。しかしその額からは夥しい血が流れていた。ってうっそ!?グシロアって全身を凄い魔力強化してるから、剣の一撃だって弾くはずよ!?


「今体験してもらったのが私の固有スキル、『臆病者の想定』です」

「臆病者の……想定?」

「私自身が想定した範囲の障害を無力化する。理に対して干渉する力です。そうですね、例えばこの石……」


 キュルスタインは地面に落ちている石を一つ掴み、放り上げる。石は落下し、キュルスタインの指の上へとピタっと止まった。


「石が降ってくる速度、その時の衝撃、それらを想定することで、その範囲を無力化することができます。そして次に石の硬度を想定すれば――」


 キュルスタインが指を動かすと、石はまるで砂でできていたかのように崩れ、地面へと溢れていった。


「……ッ!?」

「ご覧のように、硬さを無力化することもできます」


 キュルスタインは指先に残った石の残骸を優しく払う。グシロアはその光景に唖然とし、言葉すら出ていないようだった。


「うっそ……」

「嘘じゃありませんよ。キュルスタインにとって、想定できる攻撃、防御は全て意味をなしません。事実ケーラの攻撃すら全て無力化されていますからね」


 理に干渉するスキル自体が存在しないわけじゃない。だけどそれは本来、魔王や勇者だけが持つような特別な力なのよ!?それを一魔族が持っちゃってるの!?


「……ちょっと待って。キュルスタインってアベレージデーモンって種族だったわよね?魔界全域に存在する全てのスキルを保有しているって……」

「はい。ですから魔界に存在する全てのスキルは、キュルスタインに対して想定内となりますので無意味です」


 開いた口が塞がらない。いや、口ないけど。そりゃ最強よ、オリマが絶対の信頼を置いているのも頷けるわ……。魔王クラスの存在が万が一にも遅れを取るはずがないもの。


「そんなことが……あるはずが……あるはずが……ない!」

「否定をするのはご自由ですが、目の前の現実を否定し続けることはできませんよ」


 再び放たれたグシロアの拳を、今度は片手を使って掴み取る。衝撃や音は一切発生せず、まるでグシロアが寸止めしているようにしか見えない。そしてキュルスタインがグシロアの拳を握りしめたままゆっくりと内側に捻ると、まるで力技でねじ伏せられているかのようにグシロアの姿勢が崩れていく。


「あ、がああっ!?」

「抵抗する腕力を想定すれば、貴方は無力なだけの存在になる。魔力強化と腕の強度まで想定すれば、パンのように千切ることもできます」


 身体能力、魔力、あらゆるスペックで勝っているグシロアが赤子のよう。グシロアの表情から、今にも腕の骨がへし折られそうな状況なのは明らか。これはもう勝負あったわね。


「ぎっ、ぐ……っ!」

「降参しますか?」

「この……程度……でぇっ!」


 折れた、グシロアの腕がありえない形に変形してしまっている。だがグシロアは腕を犠牲に姿勢を立て直し、大きく息を吸った。ドラゴン族が誇る高威力、広範囲の技が、ドラゴンブレスがゼロ距離でキュルスタインへと放たれた。


「む、いかんな」


 ダグラディアス卿が展開していた結界をさらに強化する。その直後に放たれたドラゴンブレスが鍛錬場全てを覆い、私達の所までも炎で包んだ。結界ごしでも熱が伝わってきており、ケーラが冷気の魔法でオリマを包んでいる。


「うひゃー、ドラゴンブレスを間近で見るのは初めてだけど、凄いわね!って、キュルスタインは大丈夫なの!?」

「大丈夫ですよ。この程度のブレス、ケーラの方がまだ凄かったですから」


 暫くして結界を覆っていた炎が消える。鍛錬場の地面や壁が熱で赤く変色し、熱で空気が揺らいでいる。その奥にキュルスタインとグシロアの姿が、先程の姿勢のままで残っている。


「気は済みましたか?」

「……そん……な」


 自らのブレスの影響で服が焼け焦げているグシロアに対し、キュルスタインは完全に無傷。それどころか汗の一滴すら流していなかった。

 今まで散々疑っていたけど、これはもう認めざるを得ない。キュルスタインは間違いなく最強だ。オリマの配下としてだけではなく、魔王を除く存在の中で最強だと断言できる。


「オリマ様をお護りする四魔将、私以外もまたケーラと同等以上の存在です。そこにケーラがいることは決して不相応ではありませんよ。良い意味でも、悪い意味でも」

「……負けを……認めます」


 グシロアは項垂れ、敗北を認めた。渾身の一撃として放ったブレスを生身で受けた上で無傷でやり過ごされたのだから、そのショックは大きいでしょうね。


「いや、たまげたものだ。まさか魔王クラスの実力者だったとはな。オリマ君が自信たっぷりなはずだ。私相手でもいい勝負になりそうだ」


 え、ダグラディアス卿、キュルスタインの力を見てもいい勝負って……私が思ってた以上に魔界の上位層って進歩しちゃってる感じなの?

 キュルスタインは勝利になんの特別性も見出していないかのように、普段通りに歩いてきた。うーむ、今までは変人感たっぷりだったのに、急に強者の貫禄を感じるようになったわね。


「お褒め頂きありがとうございます」

「しかしそれほどの強さ、君個人が魔王を目指しても良いほどだと言うのに。それでも君はオリマ君の部下であろうとするのかね?」

「ええ、オリマ様は私が仕えるに相応しいお方ですとも」

「それは人柄からかね?」


 その問いにキュルスタインは一度だけ視線を逸した。その視線の先には他のメイド達に抱えられてやってくるグシロアの姿。敗北したことを引きずっているのか、暗いムードになってるわね。


「それだけではありませんとも……そうですね、オリマ様はこちらに」

「――ああ、そういうことか。いいよ」

「ダグラディアス卿、もう一度結界を発動してもらえますか?」

「うん?まあ構わないが」


 オリマが祭壇から降りると、ダグラディアス卿は結界を再発動した。ドラゴンのブレスさえも防ぐ強固な結界、外から見ると突破するイメージが浮かばないわよね。


「私の力ならばこの結界を突破することは容易です。ですが……オリマ様、お願いできますか?」

「え、オリマにやらせるの?できるの?」

「ええまあ。結界の構築なら分析を終えています。質さえ分かれば特別な力がなくても――」


 オリマが結界に手をかざし魔力を流し込むと、結界は破裂したかのように消え去った。うそん、この子結界を分解したわよ、手動で。

 その光景を見て驚愕の表情を浮かべるダグラディアス家夫妻と執事メイド達。キュルスタインは当然だと言わんばかりの顔で、ケーラは恍惚の表情で感動している。


「――これは……驚いた。あれだけの時間で、この祭壇の結界の仕組みを完全に把握したのか……」

「観察に結構な時間を費やしますので、実戦では役に立ちませんけどね」


 ダグラディアス卿が驚くのも無理はない。結界を外からの干渉で構築的に破壊するなんてこと、理論的には可能かもしれない。だけどそれは乾いたレンガの壁を、レンガを壊さず素手で解体するようなものよ?


「これがオリマ様です。私の想定を超えることができるお方、ケーラが従うだけの意義があるお方なのです」


 特別な力を持ったキュルスタインに対し、力を持たずして同等のことをしてみせるオリマ。対極でありながら成せる業が等しいならば、キュルスタインにとってオリマは異常な存在に見えるのだろう。

 ま、私にとっても異常な魔王なんだけどね、オリマって!


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