表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
覚醒してください、勇者(魔王)。  作者: 安泰
動き出す勇者と魔王。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/44

2-3-1

「エルト!俺と決闘しろ!」

「他所でやれ」

「お前に挑んでいるんだろうが!?」


 早朝から現れ、何の脈絡もなしに決闘を仕掛けてきたのはテナンスさん。それを表情一つ動かさずに拒否するエルト。


「あのぅ、テナンスさん?どうしてエルトと決闘を?」

「よくぞ聞いてくれた!……だがその前に、君は誰だ?」

「……はっ!そう言えば初めて名前を聞かれました!?……コホン。私の名はイリシュ、エルトの何でも屋のお手伝いをしている者です」

「そうか……君もこの男によってこんな辺鄙な田舎村に囚われているのか……!だが安心してくれ、俺が全ての元凶を断つ!」


 どうも話の流れがピンとこないのですが、その元凶とやらがエルトなのでしょうか?でもまあ確かに私がこの村にいる原因はエルトであることには違いないのですが。


「どうするのエルト?私が処理するわよ?」

「おっと、カムミュは手出し無用だ。これは俺とエルトとの問題なんだからな!」

「聞こえは良いけど、それただ私を相手にしたくないだけよね」

「そもそも君と争う必要などなかったのだ。だからその包丁はしまってくれ。じりじり近寄るのは止めてくれ」


 うわぁ、カムミュさんが包丁を握っているのは見て分かりましたが、テナンスさんとの距離が縮まっていることには言われるまで気付きませんでした。体を一切揺らさずに接近する歩法、聞いたことはありましたがこの目で見ることになるとは……。


「エルトに群がる虫は女であれ男であれ、区別なしに駆除するわ。貴方の顔を見るのも正直飽きてきたのよね」

「そこだ。君はエルトに強い執着を持っている。ならば俺がエルトよりも優れていることを証明できれば、俺の元にくることを拒む理由もなくなるはずだ!」


 ええと……なんと言いますか、凄い暴論ですね?こんな滅茶苦茶なことを言って、カムミュさんが怒ったらどうするのですか!?


「……それは一理あるわね」

「あるんですか!?」

「別にこの男にその可能性が砂一粒よりないとしても、道理としては間違っていないわよ」

「砂一粒よりもないのですね……」

「そうだろう、そうだろう!だからエルト!俺と決闘しろ!」

「だから他所でやれって言ってんだろ。お前とカムミュとの問題に俺を巻き込むな」


 ごもっともです。エルトからすれば一方的に絡まれているだけですからね、本当に。ですがテナンスさんが言葉くらいで退いてくれるような方でないことも知っていると思うのですが。


「フフン、俺に負けるのが怖いのか?」

「強いて怖いものを挙げるなら、お前らの馬鹿騒ぎにつきあわされて休日を無駄に過ごすことだ。人に自分の都合を押し付けるなら、相応の対価を寄越せ」

「対価だと?何を対価にすれば受けると言うのだ?」

「金銭でいいぞ。お前が持っている有り金全部でどうだ」

「エルト……それはどうかと思いますよ?」


 勇者が有り金全部を要求する決闘とか、聞いたことがありませんし……。いえ、エルトならありそうではあるのですが……。


「良いだろう。イリシュ、これを持ってろ」

「わわっ!?」


 テナンスさんから投げ渡されたのはずっしりと重たい小袋。ジャラジャラと音がするので、恐らくはテナンスさんの路銀が入っているのでしょう。


「それが俺の今の手持ちの有り金全てだ。お前が勝てばそれをそのままくれてやる。さあ、俺と決闘だ!」

「……いいだろう。ただし、条件をいくつか俺が決める」

「条件だと?まあ聞くだけ聞いてやろう」


 エルトが提示した条件は開始時刻、場所、戦闘方法の三つでした。開始時刻は太陽が最も高く登る正午、場所はこの村から少し離れた森です。テナンスさんは森の中にある広場で待機し、時間になったら森の中に潜むエルトを追い詰めると言った勝負方法となりました。


「姑息な罠を仕掛けるつもりだな?別に俺は構わんぞ、カムミュが関わらないのならな!」

「それはない。カムミュは今日一日村の中にいてもらうからな」

「なら良し!では先に向かっているぞ、せいぜい程度の低い罠でも張り巡らせておくんだな!」


 テナンスさんは自信満々な様子で去っていきました。お昼までの数時間、それだけでテナンスさん相手に通じる罠を用意できるのでしょうか?

 そんな心配を他所に、ついに正午となりました。エルトとテナンスさんとの一対一の戦い、私にできることはエルトの家で二人の無事を祈るだけです。


「エルト、お昼ご飯の準備できたわよ」

「ああ、ありがとう」


 そこには穏やかに昼食を食べ始めるエルトとカムミュさんの姿がありましたってあれえぇぇ!っ?


「なんでいるんですかっ!?」

「自分の家にいちゃ悪いのか」

「むしろいたら悪いのは貴方でしょ」

「酷いっ!?そうではなくてですね、テナンスさんとの決闘はどうしたのですか!?」

「行くわけないだろ。何が悲しくて休日に汗を流さなきゃならないんだ」


 そ、そうでした。エルトは自分に害をなす相手には少しの躊躇もない人でした……。よもや森に呼び出して自分は行かないだなんて……色んな意味で酷い……。


「で、でもテナンスさんは所持金の全てを賭けて――」

「返せと言ってきたら返せばいいだろ。お前が預かっているわけなんだからな」

「それはそうですけど……。これじゃ根本的な解決にはならないのではないですか?」

「解決ならしてるだろ。俺は俺の休日を守った」

「……あ」


 最初からそのつもりだったのですね……。いえ、無茶苦茶な暴論で決闘を挑んできたテナンスさんもテナンスさんなのですが……ちょっと可哀想ですね。

 その後、エルトは一人で休日を満喫したいとのことで私は村をフラフラと出歩くことになりました。少しは思うところもありましたが、カムミュさんまでもが素直にその言葉に従って帰ったので素直にその要望に応えることにしました。


「ただ一人で時間を潰すと言っても、何も思い付きません……」


 思えば地上に降りてからはエルトの動向を観察することばかりで、自分だけの余暇を楽しむといったことはしてきませんでしたね。何かないかと考えましたが、そもそもこの村は田舎も田舎で、娯楽に繋がるようなものは……うん?

 そろそろクルルクエルが天界から戻ってきているかもしれないと、足を運んで見たのですがまた何か増えていますね?まるで犬小屋のような……。


「おや、イリシュ様。どうかされましたか?」

「あ、クルルクエル。天界から戻っていたのですね」

「はい。一昨日に」

「一昨日!?どうして帰ってきたその日に連絡してくれないのですか!?」

「連絡と言いましても。イリシュ様が指示した通り、天界でも情報を集めつつ様子見していく結果になっただけですし」

「ああうん、それはそうなのでしょうけれど……。こう、ミルエテスから何かあったりとかしないのですか?」

「いえ、何も」


 天使長……とても優秀ではあるのですが、あの子も大概ドライなのですよね……。クルルクエルがそのまま成長したような、そんな感じです。


「心配されるとは思っていませんでしたが、何も思われていないのもそれはそれで……」

「ウエールファ様は心配しておられましたよ」

「ウエールファ!そうでした!あの子ならきっと私のことを心配してくれていると信じていましたよ!」


 ウエールファは真面目な努力家で、天使の中でもより人間らしく、私に懐いてくれていた子です。ああ、思い出したらちょっと恋しくなってきました……。

 思えば地上にきてからまともに女神として敬われていない気がしますね……。勇者であるエルトに、カムミュさん。天使のはずのクルルクエルに……。


「どうかされました?」

「……いえ。ところでそこの小屋は一体どうしたのですか?」

「ああ、これですか。これは――」

「ん?どうした、誰か来たのか?」

「シレミリアさん!?」


 小屋から這い出てきたシレミリアさん。鎧は来ておらず、随分と楽そうな格好をしています。いや、そんなことよりもどうしてシレミリアさんが犬小屋のようなところに入っているのでしょうか。


「ああ、イリシュか。どうかしたのか?」

「それは私の台詞ですよ!?」

「これか。どうだ、素人ながらに良くできているだろう?多少手狭ながら我が家だ」

「我が家!?」

「先日シレミリアさんがここを訪れまして。住む場所がないとのことで一晩泊めたのですが、やはり二人で住むには狭すぎましたので。こうしてシレミリアさんにも野宿できるようにと色々教えているのです」


 そうでした。シレミリアさんは暫くこの村に滞在することになったのですが、住む場所を確保する為に奔走していたのでした。それがこの結果と……。


「ひとまずは風雨が凌げればそれで構わないからな。クルルクエルのおかげで温泉にも入れるし、意外と悪くない」

「悪くないって……」

「もちろんこれで満足するつもりはない。寝室だけでは不便だからな。いやぁ、大工仕事と言うのも意外と奥深いものだな!」


 あ、この瞳、秘密基地とかを作って遊ぶ子供と同じ輝きをしていますね。もともと聖騎士として魔界の探索などを行っていたわけですし、アウトドアな行動に抵抗はないようですね。


「この後は森に出て夕食を取りに行くつもりですが、イリシュ様も一緒に行きますか?」

「クルルクエルの狩りの腕はなかなかのものだったぞ。野営の訓練はある程度受けていたが、こうして今でも色々と学ぶことが多いからな!」

「……いえ、私は遠慮しておきます」


 こう、私を信仰する聖騎士の方が、犬小屋のような場所で野性味溢れる生活をしているのを眺めると言うのは……色々と複雑な気持ちになりそうなので。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ