2-2-2
ダグラディアス卿の招待を受ける旨をケーラに伝えたオリマは、後日ケーラの実家へと向かうことになった。ケーラは今日その日のうちにと言ったけど、仕事が終わった夕方頃からケーラの実家に向かっていてはとてもじゃないが夕食には間に合わないとのこと。
そりゃあここから最寄りの集落二つと争ったんだし、ダグラディアス卿の領土はそれよりも遥かに遠い場所にあるってことだもの。むしろ日帰りで帰れるケーラの飛行速度が気になるわよね。
「でもケーラの背中に乗って飛べば間に合ったんじゃないの?」
「娘のことで話があると呼び出した相手が、娘の背中に乗って現れたらどう思います?」
「あーうん。今のは忘れて」
そりゃあ女神だし、魔族達の世間体にそこまで詳しいわけじゃないけども、それくらいはわかるわ。ただ日常的に触れているわけじゃないから、ちょっと物理的な問題の方が気になっちゃっただけで……。
「それに招待されたからと手ぶらで向かうわけにもいかないでしょう。相手は魔界でも屈指の有力者ですから。手土産くらいは用意しますよ」
「魔王なんだからもっと強い態度で出ればいいのに」
「過去の歴史に存在する魔王はウルメシャスさんの力を受け入れた者達ですから」
だったら貴方も、そう言いたいところだけど……暫くは見守ろうって気分になったのだから言動にもきちんと反映させなきゃね。見ていて飽きないことには違いないのだし。
後日の早朝、オリマはダグラディアス卿の領土に向けて出発した。同行するのはケーラとキュルスタインの二人。もちろんケーラの背中に乗るのではなく、魔界で利用されているレンタル飛竜を使っての移動。
魔族の域にまで知性が育たなかったワイバーンなどは魔族達に訓練され、移動の際に重宝されているんだけど……これって知性が芽生えたワイバーン的にはどうなのかしら?それとなくオリマに聞いてみる。
「あまりその辺を聞くのは失礼だったりしますよ。それは知性を持った者達を同列に扱うことになる侮辱行為ですから」
「そんな感じなのね。プライドがあることは好ましいことだわ。過ぎるとアレだけど。オリマもそうなの?」
「まあ……知性もなく性を貪るだけの子供と同格に見られたら、知性的には悲しくなりますね」
ちゃんと調べたことはなかったけど、この際だからとオリマに魔物と魔族の違いについて、現地の者としての見解を尋ねてみた。
魔族は自分の子、立場としては魔物と呼ばれる状態の同種を将来魔族になるものだとして育成する。周囲からの扱いは魔物扱いではあるが、魔族になるかどうかは数年も様子を見ればわかるとのこと。魔族として認められるだけの知性の成長が見込められる者は、例え魔物であっても魔族として認めてもらえる。
逆に魔族になりそうにないと判断された者は魔物としての一生を設計され、その魔族の配下として扱われるとのこと。家畜……とはいかなくとも、ペットのような扱いになるのよね。
「子供が魔族にならないことになったら、親としては悲しくなりそうね」
「まあそうですね。でも基本的に魔族同士の間に生まれる子は魔族になりますよ」
「……基本的に?」
「異種族の場合は魔族になる可能性が少しだけ下がりますが、それでも稀です。自分の子が魔物のままである可能性が高いのは魔物との間に子を作った場合ですね」
「それ、知性のない相手との間に子供を作ったってことよね?」
「魔族もピンキリですから、物好きもいますよ。ちなみにこのワイバーンは魔物としてのワイバーン同士を掛け合わせて生まれたものです。ですから初めから魔物として生まれることを想定とした扱いが行われているわけですね」
姿だけで言えば同じなのに、ちょっと人と比べると変わっちゃっているわね。私が手を加えたのが原因なんだろうけど……。ま、これはこれで面白いからいっか!
「ちなみに魔物同士の間の子に魔族に成り得る者が現れた場合はどんな扱いになるの?」
「大抵の場合は希少価値のある者として重宝されますね。まあ知性が芽生えたと言っても、常識がないのでその辺をしっかり学ばせようって意味合いも大きいですけど」
家畜やペットの中から突然言語を話せるだけの知性を持った存在が生まれたら、そんな感じってとこかしら?ちょっと度肝を抜かれそうではあるけど、魔族達にとってはその事象が起きることを知っているわけだし、それなりに受け入れる心得が身についているのね。
「ああ、じゃあ魔族同士の子でも、魔物としてか生きられないって扱われた子が魔族に認められた場合は?」
「全くない事例ではないですが、相当希少なケースですね。親は本来、自分の子が魔族に成り得るかどうかの判断を見誤ることはありません。本能的に分かるそうですからね」
「誰しも最初は魔物だったわけだから、知性の芽生えの見極めを自覚してるってとこかしら?」
「そうですね。ただ異種族同士の場合その判断がやや曖昧になるらしく、間違ってしまった例も過去には何度かあるそうです」
「その場合全く別の魔物が生まれることになるものね。それで、その後ってどうなったの?」
「――それですわね、まず両親共に子に深く謝罪をするのですわ」
難しい話をしていたつもりだったのに、ケーラが会話に割り込んできた。しかもちょっと表情がアンニュイな感じなんだけど。
「ケーラはその事例を知っているの?」
「知っているも何も、私がそうでしたもの」
「えっ」
ケーラの実力を知っている私としては、ケーラが幼い頃に魔族に成ることができないと判断されたことには驚きだわ。
「お父様はウルメスティアドラゴン、お母様は人型の混合魔族。その間に生まれた私はドラゴニュートでしたもの。非常に判断が難しかったそうですわ。あと私自身幼い頃からかなりその……頭が……」
「ああ、納得」
ケーラは今でもちょっと何処か抜けている。幼い頃にもなればそれこそ知性の欠片もなかったのかもしれない。割と酷い言い草だけど、多分その通りだったんでしょうね。
「ケーラの言う通り、基本的に自分の子が魔族に成るか否か、その判断を見誤る親は親失格と言われてもおかしくない程ですからね。自分の判断で子の一生を大きく変えてしまうのですから、知性のある魔族としてその子に償いをするんですよ」
ああ、この子はダメだって決めつけた結果が違った。その恥を抱えながら生きることは誇り高い魔族には耐え難い苦痛なのだろう。だから自分の子であっても誠心誠意の気持ちで謝らなければ気がすまないのね。
「ケーラ的にどうだったの?間違われたことについては」
「正直な話、知性が芽生えた時にはお父様もお母様も私を溺愛していましたから。それが私を魔族足り得ないと判断した結果からの行為だとすれば……反って良かったのかも知れませんわね」
「そう、オリマは知っていたの?」
「ええ。昔ケーラと色々あった時に、少し」
四魔将としてその腕を認められているケーラがねぇ……。でもそっか、いくら最強のドラゴンの血筋を引き、その実力が高いとしても知性の有無は別ってことなのね。脳筋至上主義にならなくて良かったわ。私の理想とする世界は個の能力を高め続ける至高の世界なのだから。
長い時間を飛び続け、日も暮れる頃合いになって山のところにある巨大な城のようなものが見えた。あれがダグラディアス卿の住処、なかなか良い城じゃない。
「やっぱり魔界最強のドラゴンが住むとだけあって、良い城じゃない」
「ウルメシャス様、あれは私の私室ですわ」
「城が!?個人用!?」
「もちろん使用人達が手入れしておりますので、綺麗ですわよ!」
ケーラがお嬢様ってのは分かっていたけど、まさかこれほどだなんて。オリマの家でさえ、結構な広さがあるいい物件だと思っていた私の視野が狭かったわ……。
「あれ、でもそうなるとダグラディアス卿の住処って?」
「あの山ですわ。あの山一つの中身が全てお父様とお母様の住処なのですわ」
「山の中身って……ああそっか、ドラゴンだものね」
いくら豪華な城だと言っても、人型が住む場所とドラゴンが住む場所では適正の違いがある。ドラゴンが自由に生活するには山一つ丸々住処として改築しないとダメなのね。
「でも私としましては、オリマ様の家で二人睦まじく寄り添うように生活したいですわ……」
「ライライム達、魔物怪人もいるから二人きりは無理じゃないかな」
「問題ありませんわ、あの子達はオリマ様が生み出した存在、つまり私の子のようなものですもの!」
ほんと、ぐいぐいくるわねこの子。まあオリマは私が保証する魔王、性格もいいし、頭もいいし、魔力も美味しいし。弱いことに眼を瞑ればこれ以上にない優良物件なことには違いないのよね。
ケーラの私室らしい城を通り過ぎ、山頂付近にある巨大な洞窟の入り口へと到着した。うわ、なんか使用人らしきドラゴニュートが沢山いる。しかもその誰もがオリマの集落にいたどの魔族よりも高い魔力を秘めていて、ここにいるだけの使用人だけでもこの前に攻めてきたダークエルフやコボルト達を倒せるんじゃないってくらいだし。
使用人の中で一際高い魔力を持っているドラゴニュートが前に進み出て、ケーラの方へと頭を下げる。
「おかえりなさいませ、ケーラ様」
「ただいまですわ、執事長。こちらがオリマ様、あとキュルスタインですわ」
ついでのように扱われているわね、キュルスタイン。立場的には同じなのだから、仕方のないことではあるのだけれども。
だけどその紹介の仕方とは逆に、執事長はキュルスタインの方を見て『おお』と声を上げてみせた。
「貴方があの執事カフェの――お会いできて光栄です」
「こちらこそ、本職の方と出会うのは久方ぶりです」
なんで執事カフェ経営の悪魔と本場の執事長の立場が逆転しているのよ。どんなカフェなのよ、執事カフェ。
「お食事の用意は済んでおります。奥で旦那様がお待ちです」
「わかりましたわ。行きましょう、オリマ様」
鼻歌混じりに進むケーラを先頭に洞窟の中を進んでいく。洞窟の内部は洞窟らしさなんてまるでない、まるでお城の内装のような造りになっている。凄いと言えば凄いけど、これドラゴンが出入りするにはちょっと不向きじゃないの?
「――オリマ様、お機嫌は大丈夫でしょうか?」
「ありがとう、キュルスタイン。別に平気だよ」
「うん?どうかしたの、オリマ?」
「大したことじゃありませんよ。執事やメイド達の視線が少しばかり辛辣なだけです」
オリマは後ろから突いてくる執事長達には聞こえないように、私に囁いた。あーそっか。仮にもこの洞窟の主の娘が、オリマのことを様付けで呼んでいるものね。第一印象だけじゃオリマは下級魔族だって思われてそうだし、色々と思うところはあるのかもしれない。
「ケーラに言えばどうとでもできるんじゃないの?」
「できるでしょうけど、必要はありませんよ。具体的な解決にはなりませんし」
オリマは飄々としているけど、自分よりも遥かに強い魔族達に睨まれているのよね。普通だったら胃痛ものでしょうに。
暫く進んでいくと、大きなテーブルがある部屋へと到着した。そこには二人の人型魔族がおり、ケーラの姿を見ると笑顔で近寄ってきた。
「おお、ケーラ!おかえり!」
「ただいまですわ、お父様、お母様!」
ケーラと二人の魔族は互いに仲睦まじく抱き合っている。今のケーラの発言からしてこの二人がケーラの両親……あれ?
「オリマ、ケーラの父親ってウルメスティアドラゴンよね?」
「そうですよ。人型の姿に変身しているようですね」
「おや、言葉を話すアクセサリーとは珍しい。いかにも、私がケーラの父、ラグナディオ=ダグラディアスだ。こちらは家内のファフィール」
うわ、小声で喋ったのに地獄耳だ。人型でもドラゴンね、五感が相当鋭いと見たわ。
「オリマ=ドラクロアルです。こちらは護衛のキュルスタイン=ディアエルです」
「君の噂はケーラからよく聞いているとも。良く来てくれたな!」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
オリマのことは知っているのね。だけど私のことはしっかりと黙っていてくれているのね、ケーラ。
「ちなみにそっちのアクセサリーの方にも名前は?」
「はい、ありますよ。ウルと言います」
あ、一応私のことは伏せて行くつもりなのね。ウルメスティアドラゴン相手にウルメシャスって名乗るのもちょっとどうかと思うしね。取り敢えず合わせるとしましょう。
「ウルよ。思ったことはすぐに口にするけど、あまり気にしないでね」
「元気そうなお嬢さんだ。では先程の疑問に答えてあげよう。私が人型をしている理由はズバリ、妻とイチャイチャする為、そしてケーラを愛でる為だ」
「ドラゴンの姿だと触れることすら難しいものね。納得」
ドラゴンって貢ぐのが好きって話しだったわね。このドラゴンも奥さんに色々な意味で貢いでるってわけね。この洞窟も人型の奥さんと一緒に過ごすためにこんな内装にしてあるわけか。それだったら外に城でも建てた方が日当たり良さそうなのに。
各々が席に付き、食事が始まる。流石に名だたる有力者だけあってか、食事に気品を感じるわね。オリマとキュルスタインも食事作法は特に問題ない感じ。話の内容も料理の話などがメインでこれと言って波風はないようね。
「――さて、オリマ君。少し君に尋ねたい。先の集落を奪い合う戦いのことだ」
とか思っていたら早速きたわね!?しかもちょっと空気が重くなった気がするわよ!?
「君はコボルト、ダークエルフの一族から集落を守り、またその際にこの魔界の覇権争いに加わることを宣言した。そしてその中に私の娘、ケーラが部下として組み込まれている旨も宣言させたそうだな」
「はい、間違いありません」
オリマは少しも言い淀むことなく、はっきりと言った。貴方の最愛の娘が私の部下であると。
「ケーラが君を好いていることは知っている。そのことに口を出すつもりは微塵もない。私はウルメスティアドラゴンではあるが、血筋としては特に優れているわけではない妻を愛している。愛に血筋や力は関係がないからな。だが――」
あれ、地震?食卓の上にある皿が微妙に揺れているんだけど……ってこれ威圧だ!?ダグラディアス卿が物凄く膨大な魔力を自身の体内で循環させているだけ、その余波が周囲を揺らしているのよね!?
「私の娘を都合の良い道具として扱うつもりなら、それは別の話となる。そこに愛があれども、だ」
「ケーラには身も心も捧げられています。その身をどのように使うか、そこに拘るのはドラゴンらしからぬ発言ですね」
「そうだな。ドラゴンらしからぬ発言ではあるが、それ以上に私は父親だ。娘の差し出している献身的な愛を、愛を持って返さない者に対し憤る義務がある」
表情こそ穏やかだけど、これ並の魔族なら心臓止まるくらいのプレッシャーじゃない!?大丈夫なの、オリマ!?
「愛を持って返しているかと言われれば、そうではないと言えます。僕はケーラのことを好いていますが、彼女に僕の下で戦うことを求めてはいません。ケーラが求めたから、僕は居場所を与えたに過ぎません」
うわぉ、これでもかってくらい挑発的な返しぃ!?そっちの事情なんて知るか、ケーラが戦いたいって言ったから戦わせてやってんだって、父親に言うセリフじゃないわよね!?普通なら一触即発な事態よね!?大丈夫なの!?
「……そっかぁ」
「そっかぁ!?納得しちゃダメな場所じゃない!?」
急に威厳とか色々飛んだわよ、この最強のドラゴン!?しかも奥さんの方めちゃくちゃ笑い堪えてるし!?
「想定してない答えがきたんだもん……」
「だもんて……」
「ぷぷ……ごめんなさいね。うちの人、ちょっと父親っぽいことをしてみたいってオリマ君を誘ったのよ」
「威厳出てた?こう、娘はやらん的なオーラとか、どだった?」
さっきはともかく、今はゼロよ。むしろマイナスあるわよ。
「ええ、良い感じでしたよ。ダメ出しをするのであれば、台本はもう少し複数の場合を考慮して、熟読もしておくといいですね」
「台本て……。え、台本あったの?」
「はい。後ろでメイドさんがカンペを先程から」
オリマが私を少し持ち上げると背後の様子が見えた。そこにはカンペを何枚も持っているメイドのドラゴニュート達の姿があった。
「ありゃ、気づいていたのか」
「銀食器にちらちらと、日頃の手入れが良すぎたのが仇になりましたね」
「そこは叱れないなぁ。うむ、だがケーラが言うだけあってとても冷静な子だ。演技と分かっていても私の威圧に怯まないのだからな」
「当たり前ですわ、お父様。オリマ様は私の殺気すら耐えた方なのですから」
この様子だとケーラも芝居に加担していたようね。でも過去に何があったか、徐々に見えてくる発言はどうなの。そっちの方が気になるんですけど。
「てっきりオリマにケチをつける気満々だと思って、緊張していた私が馬鹿みたいだったわ……」
「ケーラが惚れた男だ。それだけで十分だとも」
「とかいいながらお父さん、オリマ君のことを色々影で調べていたりしていたのよ?気づいていたとは思うけど、ごめんなさいね?」
「調べてたんだ……しかもバレてたんだ……」
「そりゃあ密偵に送った執事の子が菓子折りを持って帰ってきたら分かるわよ。ぷぷっ!」
そりゃバレてるわ。てかオリマ、その辺説明しときなさいよ。それにしてもこの奥さん、さっきから小刻みに震えてるけど笑いの沸点相当低いんじゃない?
「もっとも、全く不満がないと言えば嘘になるがな」
「あるんだ」
「もうちょっと私を頼ってほしいとかさー。私これでも最強のドラゴンぞ?」
「そうね。とても見えないけど」
「ダグラディアス卿の力添えは魅力的ではありますが、ケーラだけ特別扱いするようなことはしたくありませんので」
「してよー。めっちゃ強くてめっちゃくちゃ可愛いじゃん、うちの娘ー」
駄々をこねるような感じで訴えるダグラディアス卿。この父親にしてこの娘ありって感じね……。いや、娘よりも酷い感じがするんだけども……。
「今はまだ小さな集落と、近隣を数箇所抑えた程度です。ダグラディアス卿の力添えを頂くに相応しいだけの力を得た時は、改めて交渉させてもらいますので」
「ドラゴンは力だけじゃなびかないんだけどなー。ま、君がそれを望むのであれば仕方ない。私から言えることは、少しでも娘を可愛がってやってくれと言ったところだな」
一時はどうなることかと思ったけど、ただの娘大好きな父親だったわね。しかもオリマのことも結構気に入っているようだし、良い感じじゃない。
「――お待ち下さい」
急に背後から響く声、この声は……誰?オリマが振り返ったことでその声の主が分かった。けどメイドのドラゴニュートの一人ってことくらいしかわからないのだけど。
ただ気の抜けたダグラディアス夫妻に比べると随分と真剣な顔つき、むしろ怒ってる?
「どうしたグシロア?」
「旦那様、私は反対です。いくらケーラ様がお認めになったとしても、ダグラディアス家の正統なる跡継ぎであられるケーラ様を、このような下級魔族の下に付かせることなど……あってはなりません!」
「グシロア!オリマ様に向かってなんて――」
「お静かに」
諌めるように声を出したのはキュルスタインだった。本当に静かになっちゃってるんだけど、さっきまで空気だったキュルスタインの発言にそんなに効果あるの?
「ほう。随分とマニアックな能力を持っているのだな君は」
「流石はダグラディアス卿、わかりますか。まずは場を鎮める為とは言え、力を使ったことを謝罪いたします」
え、本当に効果がある能力とか使ってたの?そんな能力を持ってる魔物っていたっけ?まあうん、何かの応用とは思うんだけど。
「構わんよ。うちのメイドが喚いたのが発端だ。むしろ身内で糾弾する前に止めてくれて感謝する。グシロアはケーラの教育係でな、私達夫婦を除けば最もケーラのことを大切に思っている者だ。ドラゴンとしての生き方以上に、抱いているものがあったのだろう。失礼した」
「旦那様!そのような得体の知れぬ悪魔に頭を下げずとも――」
「下げさせているのは貴方ですよ、グシロア。貴方はこの会食の場を乱そうとしている。もしもこれ以上オリマ様を侮辱すればケーラだけではなく、この私も相応の対応を取らなくてはなりません」
キュルスタインはナプキンで口を拭く。ってこいつ静かだと思ってたらずっと黙々と食事をしてたの!?こいつの皿だけ綺麗に空なんですけど!?
「この――」
「ああ、ご馳走様でした。美味しかったですよ。さて、このままの空気ではせっかくの会食の場が台無しになります。ここはこの美味な食事を用意してくださったダグラディアス卿の為に、私から少しばかりの余興を披露させて頂きましょう」
「ふむ、内容は?」
「単純なことです。そちらのグシロアは血統やらなにやらを気にしており、私やオリマ様がケーラの上にいることが我慢ならない様子」
「ちょっとキュルスタイン!?私は貴方と同じ四魔将ですわよ!オリマ様の下ではありますが、貴方の下ではないですわ!」
「オリマ様の素晴らしさは単純な力とは別の次元のもの、この場でそれを証明するのは少々手間が掛かるというものです。ですのでここはシンプルに、オリマ様の部下で最強であるこの私が、直接その実力を披露してグシロアを納得させてみせましょう」
「聞いていませんわね!?」
ええとつまり、この場でキュルスタインの実力を見せてケーラがオリマの下につくことが何の問題もないって証明するってことかしら?いつになくやる気ね、キュルスタイン。
「面白い提案ではあるがな。言い出したグシロアはさておき、オリマ君。君は構わないのか?」
「大丈夫ですよ。最初からこういった方が現れることを想定して、彼をこの場に連れてきていますので」
「え、そだったの?」
「魔物怪人の素晴らしさを座学で説明しても良かったんですけどね。夕食の後だと流石に眠たくなってしまう方もいるから仕方なく」
あ、このオリマ本気で言ってる、魔物怪人談義で説得できるって本気で思ってる。でもこの展開も予想していたのね。てっきり道中の護衛くらいにしか思ってなかったわ。
「率直な意見を言うと、グシロアとそちらのキュルスタイン君では力に差があり過ぎるように思えるが……大丈夫?」
「はい。本当に力に差があり過ぎますので、キュルスタインには手加減に手加減を重ねるように命じておきます」
眼をパチクリとするダグラディアス卿、そして顔を真っ赤にして怒り心頭なグシロア。オリマも言うわね、素敵な顔だわ。




