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「オリマ様、私もっと強くなりたいのですわ!」
唐突なケーラの大声にきょとんとした顔をしているオリマ。ただ脈絡のなさはさておきとして、ケーラの表情は真面目そのもの。やっぱりこの前人間相手に一対一の勝負で完敗したことを根に持っているようね。
「それは宣言ではなく、相談と言うことでいいのかな?」
「ええ。そうですわよ?」
「単純なスペックだと僕はおろか、四魔将の誰にも負けないのが君だ。純粋な力を求めるのであれば、僕よりも適任な相談相手がいると思うのだけれどね」
四魔将最弱っていう肩書はあるけど、傍目から見て一番強いと感じられるのはケーラなのよね。おかげでサッチャヤンやキュルスタインの強さがピンとこないんだけど。
「ドラゴニュートとしての強さだけならば、日頃からお父様に指南を仰いでおりますわ。でもそれだけでは勝てない相手が……わりと……」
「わりといるのがそもそもおかしいのよね。いいじゃないオリマ、貴方賢いんだし、何か教えて上げなさいよ」
ケーラに足りないのは力による制圧以外の手段、それは私でも分かるわ。力任せが通用する相手なら無双の力を発揮できても、通用しない相手にはその時点で詰んじゃうことになる。つまるところ臨機応変に立ち回る賢さが足りてないのよね。
「能力的に言えば、僕の方がケーラに教えを請う立場になりそうなんですけどね」
「オリマ様に教えを……!手取り足取り……くんずほぐれつ!?」
「変なスイッチ入る前に収集付けなさいよ」
「まあ僕としてもケーラが強くなることには賛成ですよ。わかりました。どこまで成果が出るか保証することはできませんが、やれるだけやってみましょう」
こうしてオリマによるケーラ強化訓練が開始されることになった。いつもの庭に出て、ケーラはせっせと準備運動をしている。なんか動きやすそうな服に着替えているわね。
「これから行うのは条件付きによる模擬戦闘、ケーラは課された条件を満たしつつ戦闘を行ってくれればいいからね」
「わかりましたわ!」
「……あの、オリマ様……。どうしてこうなっているスラ?」
ケーラの模擬戦の相手にはライライムとメンメンマの魔物怪人コンビ、二人ともぷるぷると震えている。あら、メンメンマもケーラと同じで動きやすそうな服を着てるわね。異世界の話で聞いた体操服?だったかしら?
「僕じゃまともな訓練相手にならないからね」
「ライライムもケーラ様の相手は無理スラよ!?」
「そ、そうですメンッ!死にたくないですメンッ!」
この二人も結構強いんだけどね。ケーラが弱いとか負け越しているとか言っても、それは相手が規格外なだけだし。
「キュルスタイン様やサッチャヤン様は呼べなかったスラッ!?」
「今日は平日だよ。二人とも本業の仕事に決まっているじゃないか」
「どうして平日にケーラ様がいるのですかメンッ!?」
「ケーラが働いていないからに決まっているじゃないか」
この場合、魔王の幹部なのに執事カフェや配達のお兄さんとして働いているキュルスタインとサッチャヤンがおかしいのか、それとも職を持たないケーラがおかしいのか、何とも言えないのが悲しいところよね。
「そうだスラ!換えの利くハククマイがいるスラ!」
「ハククマイの個体スペックは低すぎるからね。それに換えが利く相手だとケーラに課す条件がぬるくなるし」
「ぬあああスラァッ!」
「ぬあああメンンッ!」
心なしかこの二人似てきているわね。同じように教育を施しているのだから当然と言えば当然なんだけど、苦悶のポーズとかまで一緒なのはちょっと面白いわね。
「オリマ様、先ほどから気になっているのですが……条件ってなんですの?」
「この訓練の目的は考えながら戦う習慣を身につけることだ。だからケーラには普段からできることを制限しながら戦闘を行ってもらう」
オリマはいつのまにか庭に運び出していたホワイトボードに、デフォルメ化されたケーラの絵を描いていく。あら、やだ上手で可愛い。そしてその絵の右手、右足にバツ印を書き足しつつ振り返る。
「まずは小手調べとして魔法、右手右足の使用を禁止した状態で始めようか。ああ、言うまでもないけど相手を殺傷することも禁止だからね、手加減を忘れないように」
「わかりましたわ!」
「ど、どうするメン、ライライム先輩……!」
「落ち着くスラ、メンメンマ!ケーラ様が如何に規格外だからと言って、魔法と手足を半分封じられてはまともな攻撃はできない筈ス――」
ライライムの言葉が終わるよりも早く、ライライムの頭部がケーラの左手によって吹き飛ばされた。まあスライムだからコアのある場所を狙われなければ大丈夫よね。実際にゆっくりと再生しているし。
「ヒィィッ!?片足だけでこの距離を一瞬で詰めたメンッ!?」
「まったく移動できないと訓練にならないかなと思ったけど、流石に簡単過ぎたか」
オリマは更にバツ印を書き足し、左手の使用を禁止した。これでケーラは手を使った攻撃ができず、足も片足しか攻撃に使えなくなったと。
「片足だけと言うのも難しいですわね……。そうだ、こうして真空波を出せば!」
「そうだで真空波出してくるスラッ!?」
「ケーラ様!真空波で首が飛んだら死ぬメンッ!」
ケーラは左足を鞭のようにしならせ、音よりも早い蹴りを放ちつつその衝撃波だけで攻撃している。片足だけでも本当に二人を殺せそうなところが凄いわね。でもこんなに楽じゃ訓練にならない気がするのだけれど……。
「まあこれくらいじゃハンデにもならないか。じゃあケーラ、左足も禁止するよ」
「わかりましたわー!」
「えっ、オリマそんなことしたらケーラはどうやって攻撃すればいいのよ!?」
「メ、メンッ!両手両足が使えないのなら流石の私でも――メンッ!?」
「メ、メンメンマァッ!?」
飛びか掛かったメンメンマだったけど、死角から放たれた尻尾の一撃を受け宙に舞った。ドラゴニュートだから尻尾はあるわよね。あードラゴンの尻尾の一撃って結構強いのよねー。ただ流石はメンメンマ、空中で回転しつつ見事に着地。自分から吹き飛んで上手く衝撃を殺したようね、顔半分が腫れているけど。
「く、首の骨が持って行かれるかと思ったメンッ!?」
「あら、もう少し加減しないといけませんわね?むむむ……」
「ケーラ、尻尾も禁止するよー」
「あ、はい。わかりましたわー!……あれ、でもそうなるとどうやって攻撃すれば……」
両手両足、尻尾に魔法と次々と制限され、ケーラは攻撃手段に困っている様子。普通に考えれば制限し過ぎってレベルじゃないんだけど……。
「チャンススラッ!今のうちに仕掛ければ……!メンメンマッ!続くスラッ!」
「了解ですメンッ!」
この二人も早く訓練を終わらせたいのか、凄く元気に飛び込んでいくわね。でもあの二人の戦闘力を持ってすれば、何も出来ないケーラ相手になら一本取れるのかしら?
「ええと……手足がダメで、尻尾もダメ……魔法も……ああ、そうですわ!」
「とったス――ラッ!?」
放たれたライライムのパンチをケーラは首と腰を使うだけで回避し、そのまま反動を付けてライライムの頭部へと頭突きを行った。あ、ライライムの頭部がまたなくなってる。しかも頭突きじゃなくて噛みつきだったようで、ケーラが頬を膨らませながら何か咀嚼していた。
「んもんも……あら、意外と美味……」
「先輩を食べないでくださいメンッ!?」
「ひょっとして貴方も意外と……元はメンマでしたわよね?」
「メ、メンメンマは美味しくないですメンッ!?」
あーどうかしら。ライライムの魔力はラムネだったし、メンメンマはメンマだったし。肉食系のドラゴンからすればその肉体も意外と味付きで美味しく食べられそうよね。まああんな速度で噛みつかれたら人型のメンメンマのスプラッターショー間違いなしでしょうけど。
「うーん。あんまり効果がなさそうですね。もう少し対等な相手がいれば良かったのですが」
「そうね。そろそろ止めてあげないと予想もしない方法で死にそうよ、特にメンメンマ」
「そうですね。ケーラ、そこまでだ。ライライムとメンメンマもお疲れ様」
あっさりと訓練は終了したけど、その言葉を聞いたメンメンマの顔はとても嬉しそうだったわね。結局全身のほとんどを制限されてもケーラの圧勝、やっぱりスペックだけは規格外なのよねぇ……。あの子に勝ったカムミュってのが本当に……なんなのよって話よね。
訓練を終了したあと、オリマは負傷したメンメンマの治療を始めた。オリマの魔力で治癒される行為もメンメンマにとっては食事行為に近いのか、とても満たされた顔で治療を受けている。まあ魔力の美味しさ以外にも心に安寧が訪れているしね。
「……ウルメシャス様、少しよろしいでしょうか?」
「ん、どしたの?」
そんなオリマ達を眺めながらケーラが傍に寄ってきた。ケーラが私に直接話しかけてくるのはちょっと珍しいわよね。
「その……今回の訓練、ウルメシャス様から見ていかがでした?」
「そうね、やっぱり強いわねケーラは。あの二人だってオーガ相手に無双できるくらいには強いはずなのに、貴方相手じゃすっかり震え上がっていたもの」
ライライムにいたっては頭を食べられたせいか、オリマの足元で頭を抑えてぷるぷると震えている。捕食される経験なんて一生でもなかなかないものね。あったらそこで一生が終わっているけど。
「ですがこの訓練は私の力を示すのではなく、鍛え上げるためのもので……」
オリマが手配したからと言っても、ケーラからすれば得られるものの実感がないんでしょうね。だからこんな風に私にこっそり聞くような真似をしてくるわけで。
「まったく意味がないとは言えないわよ?手足が使えなければ尻尾、それも使えなければ頭、単純な発想ではあるけど考えながら戦闘を行っていたじゃない」
「それはそうですが……」
「気持ちは分かるわよ。だけど貴方が求めたのは純粋な力じゃなくて、上手に戦う力でしょ?肉体を苛め抜くのとは違って当然よ。オリマなら今日の経験を生かしてもっといい訓練を思いついてくれるはずよ」
頭を使う訓練で魔力や筋肉を増やしても成功とは言わない。むしろどうしてそうなったと頭を抱える案件よね。実感はなくてもケーラは頭を使って戦っていたわけなんだし。
「そう……。そうですわよね!」
「それと、今の話は聞かなかったことにしてあげるわ」
「――ッ、ありがとうございますですわ!」
ケーラは嬉しそうに頭を下げる。むふん、魔王の幹部に相談されるってのもなかなかないことだけど、こうやって感謝されるのもたまになら悪くないわね!
「メンメンマの治療が済みました。ライライムは……暫く土を弄らせておけば大丈夫でしょう」
「本当に大丈夫なの、それ?ところでケーラの特訓ってこれで終わりじゃないわよね?」
「それはもちろん。今日の訓練はケーラの戦闘時における思考パターンの分析が主体でしたからね。今後はそれに合った思考方法の学習を計画していくつもりです」
ほらね、とケーラに向かってウインクをしたいところではあるのだけれど、私の体は腕輪なのでウインクなんてできないのよね。でもケーラはちらりと私の方を見て、少しだけ恥ずかしそうに笑って見せてくれた。
「それにしてもあれだけのことをやって、普通に執事カフェとか配達のお兄さんをやってるのってどうなの?特に執事カフェ、この集落を出ていくかどうか考えさせている期間なのに」
オリマが魔界の覇権争いに名乗りを上げ、この集落の者達に対して従い残るか、出ていくかを選ばせた。この集落に住む魔族からすれば、今後の未来を大きく左右する分岐点となる案件のはずなのよね。
「だからこそ、と言う理由もありますよ。キュルスタインのお店は人気がありますからね。彼の店で残る者が決意を固めるかもしれないし、去る者が思い留まるかもしれない。切っ掛けなんて些細なことだったりしますから」
「一生を左右する大事な決断を執事カフェで決めるのってどうなのよ……」
魔族それぞれと言えばそれまでなんだけど、魔界の住人らしくないと言うかなんと言うか……。まあ魔王が一番らしくないわけだし、実際に些細なことよね。
オリマもオリマで午後は本業の魔草の調合を再開することになった。よくよく考えればオリマにも職はあるのだし、無職のケーラのお願いに仕事の手を止めて付き合ってくれていたのよね。面倒見のいい魔王だこと。
のほほんと作業を眺めていると、ケーラとメンメンマが元の服に着替えて戻ってきた。オリマの家の一室を更衣室として使っているのだけれど、さっきまでの訓練の影響かメンメンマの顔がどこかぎこちないわね。
「あ、そうでしたわ。オリマ様、お父様からオリマ様にお手紙を預かっていたのですわ」
「ダグラディアス卿から?……うーん」
渡された手紙を開封し、オリマはその内容を読むと少しばかり唸った。何か変なことでも書いてあったのかしら?
「あの、オリマ様。お父様はなんと?」
「ああ、今回僕が魔界の覇権争いに名乗りを上げたことと、その中にケーラが含まれていることについて少し食事がてら話がしたいってさ」
「へぇー……ってそれって不味くない!?」
ケーラの父親であるダグラディアス卿は魔界最強のドラゴンの一族、ウルメスティアドラゴン。主だった行動は起こしていないけど、魔界の覇権争いには必ずと言っていいほど絡んでくる魔界における重要な存在。その有力魔族がオリマを呼び出すってことは、やはり色々と目をつけられたってことじゃないの!?
「どんな話かはさておき、招待された以上は行かなきゃならないね」
「まぁ!ついに正式にお父様にご挨拶してくださるのですわね!?」
挨拶と言えば挨拶なんでしょうけど、ケーラの考えている挨拶とはちょっと違うと思うわよ。あーでもどっちでも修羅場になるパターンではあるわよね。ケーラはオリマの魔王活動の為にダグラディアス家の財産を一部利用しているわけだし……。娘だし……。




