2-1-1:私、女神(です)よね?
魔王が魔界の統一に向けて動いた事実はクルルクエルによって天界に、シレミリアさんによって人間界へと無事に伝わりました。考えるべき問題は色々と残されていますが、まずは最低限の情報共有を済ませることができたと言うわけですね!
「一人で納得顔をしているところ悪いけどな。天界はさておき、人間界の方では魔王オリマが魔王として認定される可能性は低いぞ?」
「えっ」
横で剣の手入れをしていたエルトの呟きに、思わず間の抜けた声が出てしまいました。言葉の意味もそうですけど、私の心読まれてませんか!?怖いですっ!?
「一人で満足そうな顔をしていたからな。現状イリシュがそんな顔をする要因は絞られている。別に心を読んでいるわけじゃないから怖がるな」
「読んでますよね!?」
「お前の顔が感情を出しすぎなんだよ。それでシレミリアの報告の件だがな、一応正しくは伝わるだろうよ。自称魔王オリマとその配下である四魔将の存在、魔物怪人と呼ばれる特異な魔物の存在とかはな」
「自称?」
エルトは手慣れた手付きで分解していた剣を組み立てつつ、私の方へと視線を移します。こう、職人の作業を見ている感じでちょっとドキドキしますね!
「問題は魔王オリマが女神ウルメシャスの力を振るっていないって点だ。魔王の実力が発揮されない限り、魔王を名乗っていても本物とは限らないし女神ウルメシャスの存在も証明されない」
「で、でも魔王オリマもウルメシャスも本物ですよ!?私が保証できますし!」
「イリシュの存在を伏せた状態でどう証明するんだよ」
「あ……」
シレミリアさんには私の素性は伏せた状態で報告してもらうことになっています。そうなると魔王とウルメシャスの存在を証明する手段が……。
「危険な魔族が動いており、自称魔王を名乗っている。もしかすれば本当に魔界を統一して魔王になる可能性もあると納得させることはできる。だが魔王である確固たる証拠がない以上、人間側から本格的な行動は起こせないだろうな。この話前も言わなかったか?」
「言われたような……言われなかったような……」
「まあ別にお前の気分を害する為に口を挟んだわけじゃない。ただこれで全て上手くいくと思うなよって釘を刺しただけだ」
「はひ……」
女神同士の決めごとにより、天界からの干渉は最低限しかできません。具体的には勇者や魔王がいない時に、多少の舵取りとしての介入が許されていると言った感じでしょうか。基本的には人間界の事情は人間界の者達で頑張ってもらう他ありません。
それこそミルエテスやウエールファに天啓として人間の王に伝えてもらうとか……ギリギリアウトになるのでしょうか……。私からその辺の綱渡りをするのは少しばかり怖いですね。ウルメシャスのことです、『イリュシュアだけ人の体で降りてきているなんてずるい!』って言うくらいでしょうし。
そんなことを考えていると、コックンさんが顔を出してきました。この前両足を骨折したのに、少しもそんな素振りは見えません。そもそも雲の上から落下して両足骨折だけで済むのも異常なのですけども……。
「おーいエルトー!まだかー!?」
「もう終わった、いちいち喚くな。訓練の前でも装備の点検はしっかりしないと気が済まないんだ」
エルトが剣の手入れをしていたのは、コックンさんとの実戦訓練を行う為の準備です。エルトはそこまで熱心に鍛錬をしているわけではないそうですが、時折カムミュさんやマジェスさんを相手に手合わせをしているそうです。カムミュさんと手合わせって……手加減してもらっているとは思いますけど、よく無事ですよね。
外に出るといつの間にかカムミュさんが地べたにシートを敷き、お弁当やらを並べて待っていました。完全にギャラリーのスタンスですね。私もちょっとお邪魔をして……。
「何よ、あんたは立ってなさいよ」
「酷いっ!?」
「そう冷たくするもんじゃないぜ、カムミュちゃん。花は一輪でも美しいが、並んで咲いていた方が賑やかで楽しい。応援される側としてもやる気が出やすいってもんだ」
「あんたのやる気なんて、村の裏側に生えている苔の成長度合いくらいにどうでもいいわよ」
「最近雨が降ってたせいでちょっと苔増えてたよな。きのこも生えてたぜ」
カムミュさんの毒舌もそうですが、コックンさんのメンタルの強さも相当ですよね……。私だったら悲しくて涙が流れてしまいそうです……。
「カムミュ、座らせてやれ。ギャラリーは纏まっていてくれた方が集中できる。イリシュは対価で飲み物でも用意してやれ」
「あ、はい!」
「はぁ……靴は脱ぎなさいよね」
家の中からお茶の用意をして戻ってくると、既にエルトとコックンさんの手合わせは始まっていました。別に私が来るのを待っていて欲しかったわけではないですけど……くすん。
エルトとコックンさんは同じ剣を使い、エルトが主に攻め込んでいる感じでしょうか。動きも悪くなく、基本的な動きはしっかりできています。
「どうしたエルト、随分と動きが鈍ってないか?」
「お前が強くなってるだけだろ。これでも気持ちくらいは上達してんだよ」
エルトとコックンさんの身体能力の差は、素人の私でもはっきりとわかります。コックンさんはカムミュさんほどではないにせよ、熟練の戦士と変わらないほどの動きを見せています。流石は聖人になる為の巡礼を成し遂げただけはありますね!
「ああ、飛び散るエルトの汗……あの位置、あの位置……。ちっ、コックン踏むんじゃないわよ……」
「なんか怖いこと言ってます!?」
カムミュさんの荷物の中にスコップと瓶が見えるのですが、一体何をするつもりなのでしょうか?……考えないようにしましょう。
エルトの剣筋は本人の性格が現れているようで、とても慎重な運び方となっています。そのおかげか時折反撃に転じるコックンさんの剣にも素早く対応できています。ですがコックンさんの動きが段々と早くなってきており、攻守の比率が徐々に入れ替わり始めてきました。
「こんなもんか?ならそろそろ終わらせに入るぜ?」
「そうだな。こんなものでいいだろ」
「お、決めに入るか?いいぜ、返り討ちに――って、ちょ、おまっ!?目潰しは止めろ!」
エルトが大きく地べたを擦るように剣を振り上げると、剣先についていた土がコックンさんの顔面へと命中しました。なんだか凄く手慣れていますね!?
僅かに怯んだコックンさんに対し、エルトは何処に隠し持っていたのか球状に加工された小さな石をコックンさんの足元へと大量に放り投げました。
「ん、何をばら撒いて……うおっ!?」
その石を踏んだコックンさんは足を滑らせるように転倒。その間に距離を詰めたエルトはコックンさんの剣を握る腕を踏みつけ、剣先を喉へと突きつけます。決着……って勇者の戦い方じゃないですね!?
「俺の勝ちだな」
「手合わせでこんな小細工するかね……」
「得意げな顔を見せられたまま負けるのも癪だからな。恨むなら調子に乗ったお前自身を恨め」
「へへ、ぐうの音もでねぇな」
それでいいんですか、コックンさん……。でも目潰しからの転倒誘導、詰みまでの動作は本当に迷いのない動きでした。あれだけスムーズに繋げられると、大抵の人では対応できそうにないですよね。
「あぁ……エルトの負けず嫌いな顔……いつ見ても素敵……」
「いつも見てるんですか……」
「エルトは私との手合わせでも何かしら一矢を報いるようにしてくるのよ。百戦やって百戦私が勝つ実力差でも、最後の最後には決めてくるのがエルトなのよ」
そう言われると聞こえはいいですけど、その手段が何と言いますか……姑息と言いますか……。でもエルトからすれば正面から勝てない相手に抗う為に必死なのでしょう。そこを否定するのは何か違う気がしますね。
「そうですね。エルトらしいと言えばらしいですね」
「ちなみに俺がこの村を出る前の最後の手合わせじゃ、前日の飯に一服盛られたけどな。おかげで悲惨な旅立ちだったぜ」
「それはどうかと!?あ、お疲れ様ですコックンさん」
「――うわぁ、労われたのとかいつ以来だったか……。ちょっとじーんときたぜ……あとムラっときた」
「最後のは言わなくていいですよ……」
エルトやカムミュさんから優しい言葉が出てくることはなかなかなさそうですからね。コックンさんも色々と大変な思いをしてきたのですね……。
「お疲れ様、エルト。お茶とお弁当の用意をしてあるわ」
「ああ、助かる」
「それでこのあとはどうするの?私とも手合わせする?」
「午後からは仕事があるからな。これくらいにしておく」
そのお茶は私が用意したのですが……口を挟むとカムミュさんに睨まれそうなので止めておきましょう。格上との手合わせとあって激しい運動となっていたのか、近くに座るエルトからは随分と熱気を感じます。ほんのり汗の匂いも……はっ、私は何を!?
「俺としちゃあ、負けっぱなしなのは不服なんだけどな」
「じゃあカムミュと手合わせしてろ」
「へへ、それも悪くねぇな」
「悪くないんですか……」
コックンさんの全力を見たことがあるわけではないですが、カムミュさんとまともに勝負できるとはとても思いません。それだけカムミュさんは頭一つ抜きん出ていると言いますか……。
「よっし、カムミュちゃん!一発やろうぜ!」
「私はエルトと一緒にお昼を食べたいのよ。やるならそこの虫とやれば?」
「私ですかっ!?無理ですよっ!?」
この体は平均的な一般人の身体能力程度しかありません。剣を振っても体が泳いでしまうほど非力なのです。天界での姿をほとんどそのまま人間の肉体に反映させると、この辺が限界だったりするのですよ……。
「魔法対決でも悪かないけどな。つか女神をうっかり浄化しちまったらどうなるんだ?」
「女神をうっかり浄化って……。この体は人間のものと同じですから、心身への均等なダメージが入る感じでしょうか?」
聖職者が得意とする浄化魔法は精神へのダメージを付随するもので、肉体に重点を起きやすい魔界の生物には有効な場合が多いですね。もちろん人間相手にもそれなりのダメージが発生します。物理的な防御を貫通しやすいので結構強いのですよね。
「イリシュちゃんの肉体って一般人くらいだよな?それじゃ廃人になっちまうなぁ……」
「廃人になるのですか!?嫌ですよ!?」
「大丈夫だ。廃人にしちまったら最後まで面倒見るからよ!」
「何一つ大丈夫じゃないですよ!?」
過去の歴史で聖人クラスの浄化魔法の攻撃を一般人が受けた事例はありませんが、本当に廃人になるかもしれませんよね……。ちょっと身震いが……。
「ったく、騒がしいわね……。いいわよ、一回だけ相手をしてあげるわ。ささっと終わらせましょう」
「お、そうこなくっちゃね!」
カムミュさんが靴を履き、先程エルト達が手合わせした場所より少しだけ位置をずらしてコックンさんと向き合います。あれ、でも剣を持ってませんよね?
「カムミュさん素手でやるのですか!?」
「コックン程度なら素手で十分よ。手合わせで首を刎ねてもしょうがないでしょ」
「そこは寸止めで良いのでは!?」
するとコックンさんも握っていた剣を放り投げ、指の骨をポキペキと鳴らし始めました。えっとこれはコックンさんも素手でやると言うことでしょうか?
「手合わせなんだからフェアにいかねぇとな」
「本音は?」
「そりゃあ肉体同士でぶつかったほうが気持ちいいだろ?合法的なお触りオッケーな展開だし」
「でしょうね」
「下心しかない!?」
コックンさん……本当に本能に忠実ですよね。色欲まみれで残念過ぎますけど……。
「ほら、さっさと始めろ。よーどん」
「開始の合図が凄くやる気ない!?」
エルトはお弁当を食べる手を止め、手を叩いて開始の合図を行いました。その音に反応して先に仕掛けたのはコックンさん。先程のエルトとの手合わせよりも素早くカムミュさんへと接近し組み付こうと――
「もぐっ!?」
突如組み付こうと接近していたコックンさんが頭を地面に埋められています!?余韻として残っているカムミュさんの姿から、頭を鷲づかみにされて叩きつけられたのでしょうか?瞬きはしていなかったはずなのですが、一連の動作がまるで見えませんでした……。
「ってコックンさん!?大丈夫ですか!?」
「このくらいじゃ死なないわよ。多分」
「頭部が地面に埋まるまで叩きつけられたら普通は死にますよ!?」
あ、でも痙攣してますから死んではいませんよね……って痙攣でも大事故ですよね!?早く助けてあげないと!
「カムミュとコックンの力量差もほとんど変わらないようだな」
「そうでもないわよ。そいつ投げられながら私の胸に触ってきたわ。代わりに気持ち強めに叩きつけたけど」
「ある意味では一矢報いたわけか。イリシュ、助ける時は注意しろよ」
「そこは手伝ってください!?」
気持ち注意しつつ、私は地面に埋まったコックンさんを助けました。昼食を取る勇者の前で聖職者を掘り起こす女神って……。




