1-3
「え、ちょ――」
振り下ろされる包丁を間一髪で回避して、慌ててベッドから転げ落ちます。目の前にいる少女は明確な殺気を放っており、ゆったりとした動作で私の方へと視線を向けてきます。
一体どう言うことです!?私命を狙われる覚えは……ウルメシャスにはありますが、この少女は人間。ウルメシャスの手先とは考えられません。
「あ、あの、ど、どなたか人違いを……」
「人違い……?そんなことないわ。貴方がここで寝ている。だから殺すの」
「脈絡が成立していません!?」
もしかしてエルトが言っていた命の心配ってこのことですか!?意味が分からないのですが!?ともかくここは穏便に話し合い……できる雰囲気ではないので、まずはこの危機を乗り越えなくてはなりません。魔力の回復量は……簡易的な魔法が一~二発撃てる程度しかないですし、不用意に刺激しては危ないですよね。
「大丈夫よ。四~五回くらい刺せば痛むこともなくなるわ」
「大丈夫な要素がまるでありませんよね!?」
少女が切り掛かってくるのを這いずりながら回避、なんとか起き上がり部屋を出ることに成功しました。あの少女、明らかに動きが一般人のものと違いますよ!?人を攻撃することに少しの迷いもないですし!
「え、エルトオオオ!助けてくださあああい!」
家の主の名前を叫びながら玄関の方へと向かっていると、居間にエルトを発見。物凄く落ち着きながらお茶を啜ってます!?
「ああ、おはよう。よく眠れたか?スパッと起きれたようだな」
「別の意味でスパッとなりそうでしたけど!?って追ってきたぁ!?」
エルトと話している間に少女も居間に現れました。殺意は変わらず、包丁を握った腕をだらりと下げて歩いてきます。
「だから言っただろ。命の保証はしないって」
「直接命を狙われる理由が分からないのですが!?助けてください!」
「まあ、そうだな。おい、カムミュ。人の家を血で汚すなやるなら外でやれ」
「それ助けてないですよね!?ってお知り合いなんですか?」
「……エルト、その女は……誰?ああ、答えなくていいわ。エルトに群がる蠅に名前なんて必要ないし、覚える意味もないわよね」
「蠅っ!?私の名前はイリュシュアです!」
このカムミュという少女、もう色々と怖い。魔界にいるアンデッドキングより迫力があるんですけど!?
「イリュシュア……?何よ、自分は女神様だとでも言いたいの?女神の名ならエルトに相応しい女だとか妄言を吐くの?自惚れも大概にしてほしいわね。害虫は害虫らしく、生きる価値もなく潰されて死ぬのがお似合いなのよ!」
「だから人の家で殺すなって言ってるだろ」
「さぁ、死になさい。死骸だけは丁寧に、丁寧に焼き尽くして山の奥底にある沼に沈めてあげる!」
「ひぃっ!?」
エルトの制止なんてお構いなしにカムミュが切りかかってきます。ああ、こんな所で殺されるだなんて、そんなことって――。
「人の話を聞け」
「あっつぅ!?」
襲い掛かるカムミュの頭に対し、エルトは少しの躊躇いもなくそれまで飲んでいた熱々のお茶を浴びせました。カムミュは少女らしからぬ悲鳴を上げてその場を転げまわっています。
「まったく。おい、お前のせいで飲んでいたお茶が台無しだ。淹れ直せ」
「酷過ぎません!?」
「あっつ、あっちゃ、あちゃ、あ、でもエルトが飲んでいたお茶、全身でエルトを感じれる……あぁ……」
「えぇ……」
熱さに転げまわっていたはずが、いつの間にか恍惚の表情で悶えだしているカムミュ。この人、特殊な性癖を持っているのでしょうか?
お茶のおかげか落ち着いたカムミュは床に零れたお茶の掃除を始めました。そんな私は居間に座らせられ、彼女の説明を受けることになりました。
「紹介を……面倒だな。自分でしろ」
「雑っ!?」
「……私はエルトの許嫁のカム――」
「幼馴染のカムミュだ。二軒先の家に住んでいる」
「ああ、私の言葉にエルトが言葉を重ねてくれる……」
話を遮られたカムミュ……さんは何故か悶えています。本当によくわからない子です。
「暇があれば俺の跡を尾行して、家に忍び込むような奴だ。王都ではストーカーって言うらしいが、そんな感じだ」
「エルトのストーカー……エルトのって響きは素敵よね……」
「ご覧の通り、話が通じない。あと俺に近寄る年頃の女には躊躇なく襲いかかる」
「危険人物過ぎませんか!?」
「失礼ね。そもそも誰なのよ、この虫は。エルトと同じ屋根の下で同じ空気を吸うなんて、早く体をかっさばいて中の空気を取り出さなきゃ」
もうやだ、この子怖い。なんで雑巾と一緒に包丁を持っているのです!?なんで微妙に飛びかかりそうな姿勢になっているのですか!?
「さっきもいっただろ、イリュシュアだって。一応本物の女神らしい」
「一応じゃないですよ!?」
「エルト、大丈夫?そんなオークでも信じないような嘘に騙されるなんて、やっぱり殺さなきゃダメよね?」
「いや、本当だ。あの天使が保証してくれた」
「え、あの常連さんの天使がですか?なら本当なの?」
やっぱりあの子、村に馴染んでいますよね……。この様子だと村で知らない人のほうが少なさそうですね。ただ話を聞いてくれるようになったので、私が女神で勇者であるエルトに覚醒してもらうために現れたことを説明しました。
「エルトが……勇者……私の……勇者!?」
「お前のじゃないがな。そうらしい」
「でも凄いじゃない!ああ、やっぱり貴方はこんなごみ溜のような村に収まるような器じゃなかった!さあ、早く私と一緒に世界を救いに、いえ、私と二人ならどこにだって、むしろ世界を救わなくたって構わない!」
「それは困りますけどね!?」
「仮に冒険に出るとしてもお前を連れて行くつもりはないがな」
「村で貴方の帰りを待つ恋人役というのも悪くないわね……あ、でも村の外にはエルトに集る虫がいくらでもいるし……。そうだ!私が先回りして害虫駆除をすればいいのよね!?」
「もれなく人間界が滅びそうだな」
とりあえずこのカムミュさんはエルトのことが好きなようです。過激な発想を除けば、とても可愛らしい少女ですし、お似合いのようには見えるのですが……。とりあえずここは彼女の機嫌を取ることが大事ですね!
「カムミュさん、貴方がエルトを想う気持ちがあるのは分かりました。私のような者が彼の近くにいたら想うところがあるのも理解できます。ですが私はエルトに勇者として覚醒して欲しいだけなのです。お二人の仲を邪魔するつもりはありません」
「私の視界にエルト以外の存在が映るだけで邪魔なのよ」
「不条理!?……ですがエルトさん、カムミュさんはこれほど貴方を思っているのに、随分と冷たい態度を取るのですね」
「特別な対応をしているつもりはないんだがな」
「エルトは皆に対してだいたいこんな感じよね?」
「それは人としてどうかと思いますが!?」
よく考えると見ず知らずの人に躊躇なく自白剤を飲ませたり、宿に困っている女性を平然と見捨てようとしたりしていましたね。あれ、でも天使には割とフランクな感じだったような気もしますが……。
「私もエルトのことになるとちょっと過激になることもあるけど、エルトはそんな私でも他の人と隔たりなく接してくれるの。これはもう私は愛されていると言っても過言ではないわよね」
「過言過ぎるな。まあ助かっていることがあるのは事実だ」
「そうでしょう、そうでしょう!」
「助かっている……ですか?」
「年頃の女の子は皆エルトに近寄ろうとするの。だから私がそんな害虫からエルトを守っているのよ」
「お前もその一人なんだがな。どういうわけか女難に巻き込まれやすいんだ。多少ならまだしも、カムミュみたいな危険な連中ばかりが集まってくる」
「エルトにとって危険な女……それも良いわね……」
「良くねぇよ」
あれ、何か引っかかるような……あ!
「……」
「どうしたイリュシュア、何か覚えがあるって顔だな」
「そ……その、エルト……。貴方が女性に言い寄られるようになったのって、いつからでしょうか?」
「いつからも何も、生まれたときからだな。赤子の頃から誘拐されたりとかしたぞ」
「……た、多分ですが……それは勇者が持つ女神の加護のせいかもしれません」
「――おい、どういうことだ」
あ、エルトがすごく食いつきました。あと目がちょっと怖い。
「その……勇者は魔王を倒す使命があって、とても危険な人生を歩むことになります。ですから一人でも多くの人間に支えてもらえるようにと、私の加護で人に好かれやすくなる……的な?」
「……どう考えても足を引っ張られているんだが。しかも女に限って」
「その……勇者の血筋などは優秀な人間が生まれやすいので……異性に対しては特に効果が出るように調整してあると言いますか……」
「なるほど。俺がこんなのに付きまとわれているのはお前のせいか」
「こんなの……なんだか距離感が近くて良い……」
「れ、歴代の勇者でもそこまで人を惹きつけたりはしなかったんですよ!?たまーにカムミュさんみたいな人はいましたけど、それはその人物が特別思い込みの激しい人物だからであって!」
特にそのへんの加護は弄ってありません。今回エルトに与えた力で特別なのは覚醒率による強大な力を得るということだけで……。
「確か今回は女神の力をほぼ全て注ぎ込んだって言ってたよな?」
「……は、はい」
「そのせいで受けている加護が更に強化されたってことじゃないのか?」
「か、可能性としては……」
「おかしいとは思ってたんだ。今までは普通に生活していた女性が、俺と関わると豹変することが多々あったからな」
「可能性どころじゃないですよね!すいません!」
幼馴染として規格外の勇者の加護を受け続ければ……カムミュさんがここまで危険人物になったのも私のせいかもしれません。
「エルトが五歳のころだったっけ、流れ着いた女冒険者に誘拐されて二ヶ月くらい監禁されていたわよね」
「あの時は五歳児にあるまじき力で逃げ出したな。あれ以来、女性と関わることを避けるようになったからな」
五歳で覚醒率が三十パーセントになったのって……そういうこと!?
「その頃から危険に対して過敏にもなったわよね」
「油断したらまた拐われると思えば過敏にもなる」
そしてそのままこんな風に!?全部私のせいだった!?
この日、私は女神として生まれて初めての土下座をしました。
「本当……申し訳ありません!」
「まあ、別にそれはいい」
「え、いいのですか?」
「いや、反省はしろ」
「全面的に反省していますっ!」
「世の中には危険があるということを早い段階で知れたのは悪くないことだ。取り返しのつかない事態にならなかったわけだしな」
私が歪に変えてしまったというのに、それでもこの許容力。ひょっとしてエルトって凄く根が優しい人なのではないでしょうか。
「私が言うのもなんだけど、エルトってよく無事だったわよね」
「本当にお前が言うな」
「カムミュさんがここまで拗れてしまったのも私のせいかもしれませんし……それも兼ねてお詫びします……」
「いや、カムミュは俺と合う前からこんなだったらしいけどな」
「そうなんですかっ!?」
この子、天然物の危険人物でした!?
「生まれてすぐに虫を潰して遊んで、おままごとと言いながら生きた鳥を捌いていたそうだ」
「怖すぎませんか!?」
「幼い頃から花嫁修業は欠かさなかっただけよ。そういった経験がエルトを護る糧となったんだから」
「花嫁修業でゴブリンの皮剥は覚えねぇよ」
聞けばカムミュさん、村の警備担当で一番の猛者だとか。本当に怖い子です。
「エルトを勇者として導くのは譲るとして、それでもエルトと一緒に生活するのは許せないわ。私と代わりなさい」
「ええと……それは宿を貸していただけるということでしょうか?それでしたら構いませんが……」
私としては常にエルトの側にいた方が効率的なのですが、二軒先ならば全然許容範囲でしょう。カムミュさんの嫉妬の対象になることもないでしょうし……。
「イリュシュアがカムミュの家に行くことには反対しないが、カムミュを俺の家に住まわせるつもりはない」
「通い妻も悪くないわよね……。なら私がイリュシュアを預かるわ」
「わ、私は大丈夫ですが……」
「そうか。カムミュはたまに発作で周囲の若い女性に無作為に襲いかかるが、大丈夫なら心配はいらないな」
「やっぱり大丈夫じゃないですっ!?」
結局私はエルトの家に住み続けることにしました。ごねて暴れだし、家から蹴り出されたカムミュさんが『寝ているときはせいぜい気をつけることね』と小声で言ったのはトラウマになりましたが。
「イリュシュア、お前はこの村に滞在するなら名前を変えたほうがいいな」
「えっ」
「女神の名前をそのまま名乗っていたらただの痛い奴だ」
「本物なのですけど!?」
「そもそも俺が勇者であることは公にして欲しくない。カムミュは他人に俺の話をすることがないから大丈夫だとしても、下手に噂が広まればこの村に変な連中が寄ってこないとも限らないだろ」
「そ、それはそうですが……」
私としては、多少のトラブルがあったほうがエルトの覚醒率を上げる機会が増えるのでありがたいのですが……。
「自称女神と名乗る冒険者が一緒にいるってだけでも冷めた目で見られかねん」
「う……」
私は女神ですが、確かに普通の人間から見れば冒険者の人間にしか見えません。そのような人物が女神を名乗るというのは確かに不自然ですね……。エルトがここまで捻くれてしまった経緯を多くの人に知られたくはないですし……ここはその案を飲むしかないでしょう。
そういったわけで私は今後名前を縮めてイリシュと名乗ることにしました。
◇
トントンと壁を叩く音で目が覚める。……壁?ああ、そうだった。オリマの用意した箱、もといベッドで眠っていたんだったわね。
「ウルメシャスさん、そろそろ起きられましたか?」
「ん、ちょうど起きたわ」
私がそう答えると天井からにゅっとオリマの顔が覗き込んでくる。寝ているときにこの覗かれ方をされるのはなかなかにビックリするかもしれないわね。そのへんを気遣ってくれるのは評価プラスだわ。
「そろそろ仕事をするのですが、ウルメシャスさんはどうしましょう?」
「どうしましょうと言われるのもなかなか不思議な感覚ね。箱の中で放置されるのも嫌だし、連れていきなさい」
「では失礼します」
オリマは手袋を装着し、箱の中から私を取り出す。体内の魔力は……う、減ってるわね。起きている間よりは消耗が少ないけど、回復する見込みはなさそう。
「オリマ、魔力を補充してもらえないかしら?」
「はい、ではこちらに置いてっと……」
私は台座の方へと移され、オリマは手袋の片方を取り外す。凄く丁寧に扱われているのは悪くないのだけれど、朝食を取るのであれば片手でもいいんじゃないかしら?でも私から提案するのもちょっと恥ずかしいし……。オリマの好きにさせるとしましょ。そして……きたきたきた!うーん!全身に染み渡る魔力、全身で美味しいと感じられる食事、これは腕輪ならではの特典よね!まるで動けないストレスの大半が相殺されているわ!
「そういえばオリマはどれくらい魔力を回復しているのかしら?」
「うーん、そこまで魔力の総量があるわけでもないですし……昨日与えた魔力の四倍くらいかと」
「そう!なら四倍……は無理よね」
地下の研究所にあった機械はどれもオリマの魔力を使って可動している。魔王としての活動をしてもらうためには魔力の使用は不可欠だ。
「そうですね。朝昼晩の三食は提供できると思いますけど、僕も実験に魔力を使いたいですし……」
「あ、そこはきっちりしてくれるのね。でも昨日の時点で自然回復量の四分の三を使っていたのよね?実験に使う魔力足りるの?」
「そこはまあ、上手くやりくりしていこうかなと。ライライムにも魔力を提供してもらっていますし……ああ、そっか。魔力量の多い魔物怪人を作ればその辺の問題は解決しますね!そうすれば朝昼晩、おやつも用意できますよ!」
それは凄く魅力的な提案なのだけれど、魔王の自然回復量の全てを私の食事にしていてはいつまでたってもオリマの魔力は枯渇寸前となる。ほんっとうに魅力的なんだけれど。
「おやつはいらないわよ。少しずつでも貴方は魔力を蓄えておきなさい。そんなんじゃいざっていう時に何もできなくなるわよ」
「ならライライムの魔力とかをおやつにするのはどうでしょう?」
「魔物の魔力……?どうかしら……。まあ試して見る分には悪くないわね」
もしもライライムの魔力も美味ならば、今後はオリマ以外からも魔力の補充ができるということ。ただ魔物の魔力となると……ゲテモノ感ありそうなのよね。
私の食事を済ませると、オリマは台座ごと私を運び庭に出る。そして見晴らしの良いところに置くと、庭の魔草の手入れを始めた。
「いやぁー今日も精がでるスラね、オリマ様」
「普通に手伝いしているのね、魔物怪人」
「食事代くらいは稼がないと、ただの穀潰しスラ」
「う……」
なかなか刺さることを言ってくれるじゃないの、このスライム。で、でも私はオリマに魔王としての力を与えたのだし?先払いで全部済ませているんだからね?……微塵も発揮されていないけど……。
「そこまで人手のいる仕事じゃないですけど、僕はあまり肉体労働が得意ではないですからね。ライライムのおかげで早く庭での仕事が済みますし、昼からは薬の調合に移れて助かっています」
「ライライムは一般常識も危ういスラ、こういう肉体労働はおまかせスラ。スライムだから筋肉痛もないスラ」
「そもそも筋肉のないスライムの体で肉体労働ってどうなの?」
「液体の圧力を舐めてもらっちゃ困るスラ」
ライライムは近くにあった土嚢袋をまとめていくつも軽々と持ち上げた。思った以上に強いのかもしれないわね、このスライム。
私にできることは見ることだけなのだけれど、正直暇。なにか面白い工程でもあるんじゃないかって期待していたんだけど、地味な作業よね。でもオリマの表情は楽しそう、なんか魔草に話しかけてるし。なんだかこうして単純作業を眺めていると……うとうとしちゃうわね……。なんだか体が軽く、宙に浮いているような感じに……って、
「本当に浮いてない!?」
腕輪の体だと視界は意識した方向に、一般的な視線と同じくらいの情報が得られる。だから浮いている理由を考えるために周囲をぐるぐると視線を変えていると、真上にその原因を発見。小型の烏のような魔物が私の体を掴んで飛んでいた。
「ちょ、ちょっとオリマ!助けなさい!」
「うん?あ、そっか。腕輪って光り物だからなぁ」
「冷静に分析してないで早く!?」
「よし、ライライム!ウルメシャスさんを助けるんだ!」
「わかったスラ!」
ライライムは手にしていた道具を丁寧に地面に置き、空にいる私の方へと向き直る。いや、悠長にしてないで早く助けなさいよ!?そしてそのまま何やら腕を突き出すような構えを取る。ひょっとして腕をバイーンって伸ばせるのかしら?スライムだし、それくらいは出来そう――
「スライム……ビームッ!」
「へっ?」
突如突き出されたライライムの腕の先端から眩しい光線が放たれ、それが魔物の体のスレスレを通過する。光線に驚いた魔物は私を手放し、重力に従って私は落下していく。
「よいしょっと」
落下した私をオリマがキャッチ、彼の手の温かさがじんわりと……って違う違う!
「な、なんなの今の!?」
「スライムビームスラ」
「ビーム出るの!?」
「スライムだし、出せるスラよ?」
「スライム出せるの!?ビーム!?」
「出せるスラよ?」
当たり前のように言っているが、スライムがビームを放った事例は過去に一度もない。そもそもビームを撃てるような魔物が一般的にはいない。
「スライムはビーム撃たないわよ!?」
「それは一般的なスライムは撃ち方を知らないだけですよ。スライムにだって魔力はあるのですから、撃ち方を教えればビームくらい発射できますよ」
「う、うん……。そうなのかも?」
ビームを撃たないのは撃ち方を知らないだけで、知性があるのであれば……ってそんなのありなの?でもそれがありならとても凄いことだわ。どんな魔物にも知性がなければ使えない手段が使えるようになる。やっぱりオリマの研究ってかなり凄いことなんじゃ……。
「オリマ様には真っ先にビームを教わったスラ」
「ビームは浪漫ですからね!こう、ズビビーって!」
凄いと認めたくなくなる会話ね……。だけど助かったことは事実よね。お礼は……言わなくてもいいか。
「でもスライムなのだから、水属性の技を使ったらどうなの?」
「ライライムは水属性じゃないスラ。光属性スラよ?」
「光属性のスライム!?」
毒属性や火属性ならわかるけど、光!?……もうこのスライムの生体にはあまり触れないほうが良い気がしてきた。それよりも、今後のことを考えなきゃ。
「この体……結構宝石ついているわよね?」
「そうですね。外に置いてあったら鳥のいい的ですね」
「どうにかしなさいよ!」
「宝石を外せばなんとか大丈夫かも知れませんが」
「……外さなきゃダメなの?」
「光り物ですし、鳥以外にも盗まれる確率は上がりますね」
このデザイン、結構気に入っているのだけれど……。でもオリマの近くにいられなくなるのは問題よね。
「し、仕方ないわね……」
「では早速――」
「いたたたたっ!?ちょ、ちょっとタンマッ!やめてっ!痛いっ!」
オリマが私の体に装飾されている宝石を摘み、思い切り引っ張ると物凄い痛みが全身に奔る。
「うーん。腕輪の装飾も体の一部となっている感じでしょうか」
「つまり宝石を取るということは目玉を引きちぎるような感じスラね」
「でも我慢してもらうしか……」
「全身を引き千切られる痛みに耐えたくはないわよっ!?宝石は一個だけじゃないし、それを全部剥がされることを考えるとゾッとするわ。宝石を外す案は却下よ却下!」
「そうなると常に持ち歩かないといけないのですが……」
「腕輪なのだから装備すればいいでしょ!?」
「センスが……」
「センスは悪くないでしょ!?」
確かに女物の腕輪だけど、ここまでセンスがどうこう言われると地味に辛い。
「それにそれはサキュバスの誘惑の力を強化するもので、混血の僕にも効果がありますし……」
「いいじゃない別に。魔王が魅力的なのは悪くないわよ!」
「じゃあ装着してみますけど……」
オリマは渋々と私を腕に装着する。元々ゆったりとした感じで装備する腕輪だったみたいで、男のオリマの腕でも簡単に装備することができた。うん、これなら大丈……夫……。
「……」
「どうですか?」
「や、やっぱり腕に装着するのはなしで……」
こ、これはダメだわ。オリマの肌と密着すると温度や脈が全身に伝わってくる。これをずっと続けるのは……流石に、流石に。手と手が触れ合っているというより、全身にオリマの手首が触れ続けているような感じだし……。
「オリマ様、鎖を使って首飾りにしたらどうスラ?」
「大きすぎるネックレスはなぁ……。でもやってみましょうか」
今度は手頃な長さの鎖を私の中に通して輪っかにし、オリマの首に掛ける。……布越しなら体温とかはそんなにわからないわね。
「これでいいわ。あ、でももうちょっと位置を下げてもらえる?」
流石に心臓の上だと鼓動が伝わってきちゃう。少し鎖を長くしてもらってお腹の上あたりまで位置をずらしてもらう。
「これだとしゃがみながらの作業の時、地面につきそうなのですが……」
「う、上はダメよ!」
心臓の位置より上だとオリマの顔が近すぎる。サキュバスの血を引くオリマの顔を間近で見続けるのはあまりよろしくないわ。
「うーん。それじゃあちょっと作業を再開しますので、上着の中に入れますね」
「え、あ、ちょっ、ちょっと!?」
オリマは私を上着の内側に入れる。中にはもう一枚着ているので素肌に触れるということはないのだけれど、服の中ということはオリマの体温に包まれるということで、しかも当人の匂いがバッチリと……。あ、これはダメ、色々な意味でダメ!
「せ、背中!後ろに回して背中に載せなさい!」
「体を傾けたらずり落ちちゃうじゃないですか」
「正しい姿勢でやればいいのよ!」
結局背中に載せたままオリマは作業をすることになったけど、背中も背中で結構クルものがあった。そりゃあずっと人の背中に覆いかぶさっているような感じなのだから、色々と意識しちゃうところがあるのは仕方ない。外に出る時は常に私を警護する魔物怪人を作ってもらわないとダメね……。
「あ、そろそろおやつにしましょうか。ライライム、ウルメシャスさんに魔力を少し分けてもらえるかな?」
「良いスラよ」
「あ、そういえばそんな話もしてたわね」
魔物の魔力、はたして美味しいのかしら。ま、まあもしかしたらオリマの魔力のように凄く美味しいのかもしれないし、不味かったら次からはオリマに頼ればいいだけよね。
ライライムは腕を伸ばし、軽く私に触れる。ぷるぷるしていてそれでいて冷っこくて気持ちが良い。
「じゃあ魔力を送るスラよ」
「え、ええ……ん?」
あれ、この味、どこかで……不味くはない。どっちかと言えば美味しい。オリマの魔力ほどじゃないけれど……これは……。
「どうですか?」
「……ラムネの味がするわね」
「ラムネですか」
確かにライライムの魔力はおやつになるようだった。