2-0:天界にてその1
「それではこれより、臨時の天界会議を始める。進行はこの私、天使長のミルエテスが行う」
天界にある会議場にて、天使達を集めて行う天界会議が行われることになりました。能天使である私も当然のように参加義務があり、正直面倒です。
こういった会議では基本権力を持つ一部の天使達が勝手に討論するだけであり、参加する意味はほとんどありません。後日決定した内容が再告知されるのですから、尚更です。
「おい、そこ!クルルクエル!何をしている!?」
「何と言われましても、ご覧のように鶏の羽を毟っていますが」
天使長補佐であるウエールファ様が何やら私の名を呼んで叱責しています。会議の内容は耳にさえ入れれば問題ないなのですし、今日の夕食の鶏の仕込みを少しでも進められればと手元で内職をしていたのですが、何か問題があるのでしょうか。
「見ればわかるけどね!?何でそれをやっているのだと叱責しているのだ!今は会議中だぞ!?迷惑だとは思わんのか!?」
「一応消音の魔法で鶏の鳴き声は消していますが」
「それ生きてるの!?普通仕留めてからやらない!?」
「鮮度が落ちますので。この場で捌いても宜しければ締めますが」
「会議場で流血騒ぎを起こさないで!?」
なるほど、確かに会議室で血が流れるのは少々感じが悪そうですね。ではこの用意した包丁とバケツは仕舞いましょう。
「まあまあウエールファ。声を荒げ物怖じさせることに意味はない。クルルクエル、話し合いの最中に痙攣する鶏が視界に入っては皆の集中の妨げになる。自粛してもらえないか?」
「はぁ、でしたら見えないようにすれば良いのでしょうか」
軽度の隠密魔法を鶏に施す。この魔法には周囲の光の屈折率を不規則に歪め続けることで、その周囲の視認を誤魔化すといった効果がある。モザイク柄の何かがそこにあるようには見えますが、それが何かまではわからなくなります。
「ふむ……なら良し」
「良しじゃないでしょミルエテス!視界の隅でずっと謎のモザイクが脈動しているのよ!?場合によっては鶏以上に気になるでしょ!?」
「そうか……仕方ない。クルルクエル、会議が終わったら私が手伝うからその鶏を仕舞って貰えるか?血抜きも手伝うぞ」
「分かりました」
やることもないのでやれることをと思っていたのですが、こうなるとすることが何もなくなりますね。他に仕留めた獣の皮などは地上に置いてきていますし。
「なんでお前はクルルクエルにいつも甘いのだ……。それにクルルクエル、どうしてお前はいつもそうおかしな行動を取るのだ……」
「おかしいのでしょうか。感極まると口調の変わるウエールファ様の方が余程特殊かと思いますが」
「そ、それは……色々とあってだな……」
「クルルクエルはまだ若いから知らなかったのか。ウエールファは感極まった方がいつもの口調なだけであって、部下の前では威厳の出るような喋り方を意識しているだけだ」
「ミルエテス!?それを部下の前で言っちゃう!?」
なるほど、普段の口調は意識的に変えていたものだったのですか。天使の上役というのも見栄や威厳などが大事なのですね。
天使長のミルエテス様は男性よりでウエールファ様は女性よりの印象を受けます。まあどちらも中性的な顔立ちではあるのですが。天使に性別はないのですが、階級の高い天使は大抵どちらかの性別によった感じになっているのは何故でしょう。
「天使ならほとんど知っている話だからね。今更ではある」
「そう言えばそんな話を聞いたことがあったかもしれません。興味なかったので記憶の片隅にもありませんでしたが」
「私への興味がなさ過ぎじゃないの!?忘れてるかもしれないけど貴方の直属の上司は私ってことになっているのよ!?」
「それくらいは覚えていますよ」
私は基本イリュシュア様に直接仕える形ではありますが、立場上特別扱いされない為に階級を決める際に世話役のような者も選ばれています。それがこのウエールファ様なのですが、特に何かをしてもらったということはありません。
「ウエールファ、別に君だけそのように扱われているわけではない。この子はイリュシュア様に対しても似たような態度を取っているからね」
「それはそれで問題でしょ!?ああもう、だから昔私に少しの期間だけでも訓練を行わせて欲しいとイリュシュア様に進言したのに。生まれたての天使は色々と抜けているところが多いからと……」
「それは生まれながらにある程度の知恵や知識を持った者の定めだ。人間のように場の空気を読む技術を並行的に学んでいれば、もう少し人らしくはなるのだろうがね」
長く生きた天使ほど、人のような性格になると言うのは聞いたことがあります。感情を表情として表現し、様々な手段での交流方法を学んでいるからでしょう。ですが既に言葉という概念がある以上、意思を伝える手段は十分揃っていると思うのですが。
「もう良い……話が逸れ過ぎだ。余計な討論などせずに会議を続けよう」
「元はと言えば君が大声でクルルクエルを叱責したのが発端だけどね」
「眼の前で鶏の羽を毟り始められたら誰だって気になるでしょ!?」
ミルエテス様は然程気にしていなかったように感じましたが、それを口にすると再び話が脱線しそうな予感がするので黙っておくことにしました。
ミルエテス様は魔法で空中に巨大な世界地図を描くと、二箇所に印を付けていきました。エルト様の村とイリュシュア様が向かったとされる魔界の集落ですね。
「イリュシュア様からの情報だ。現在魔王はこの地域を拠点として魔界の権力争に参加をしているらしい。ちなみにその隣がイリュシュア様と勇者が拠点としている村だ」
「話では聞いていたが、地図で見れば本当に目と鼻の先だな……」
「現在魔王オリマは勇者と同じくして、女神ウルメシャス様より与えられた力を行使できないでいる。その詳細は現在のところ不明だ。しかし魔王オリマは魔物怪人と呼ばれるこれまで存在しなかったような独自の魔物を生み出し、戦争行為そのものに大きな変革を与えようとしている」
空間に映し出されたのは魔物怪人であるライライム、メンメンマの姿。私の視覚情報を記録として複製したものですね。
「自らの力を振るうのではなく、新たな力を生み出す魔王ということだな」
「さらには四魔将と呼ばれる幹部が存在しており、こちらに至っては過去の歴史でも稀に見る強者達で構成されているそうだ」
「そんな連中がいる場所に様子見とは言え乗り込むとは……。イリュシュア様にはもう少しご自愛してもらわねば、いっそ護衛の天使をもっと増やすべきではないのか!?」
力を持つ天使達がイリュシュア様の側付きになるのであれば、私の役目もなくなるかもしれませんね。今の仕事はそこそこ楽な上に、地上の食べ物を満喫できるのでそれを奪われるのは少し困ります。それに……。
「いや、イリュシュア様が我ら天界の者をお創りになられたのと同じくして、女神ウルメシャス様もまた女神の補佐を行う存在を創っているのだ。我々の干渉が目立てば、その者達もまた地上に現れることになるだろう。イリュシュア様でさえ人間の体で地上に降りたほどだ。天界の介入には慎重にならなければならない」
イリュシュア様が天使を創り出したのと同じように、女神ウルメシャス様も身の回りの世話を行う異形の怪物を創り出していることは天界の者ならば誰もが知る話。しかしそれらの存在はこのヨーグステスの歴史において一度たりとも姿を表したことがありません。
これは地上の因縁は地上に住む者達だけで解決させようと言った二柱の女神の間での約束事が原因です。許容されているのは地上の監視、地上に住む者達に与える天啓などの遣いなどですが、わりと曖昧だったりします。
「我々が異形の怪物に劣る筈はないが、巻き込まれるのは地上の者達……か。イリュシュア様はお優しい方だからな……。クルルクエル、お前がしっかりとイリュシュア様を護るのだぞ!」
「私が今イリュシュア様に命じられている仕事はマクベタスア村付近の監視だけなのですが」
「創造主なのよ!?そこは護ってあげて!?」
「そうは言われましても、イリュシュア様は魔界にふらふらと出歩いてしまうような行動をしていますし。魔界に姿を見せるのは危険かと思われるのですが」
今回イリュシュア様が魔界に向かうことになった際、私が同行しなかったのもそれが理由です。まあ単純に慌ただしい中で呼ばれなかっただけの気もしますが。
「ぬ、ぐ……それは……そうだな」
「そもそもイリュシュア様は現在エルト様の覚醒を促す為、行動を共にしています。私が矢面に立ちますと、必然的にエルト様の危険をも排除してしまいかねません。そうなりますとイリュシュア様はいつまで経っても天界に帰ってこれないのでは」
「そうだな。イリュシュア様とて自らの危険を承知で地上に降り立っている。我々の創造主であられるのだから、クルルクエルを戦力として使う時期などの見極めはあのお方にお任せする他ないだろう」
まあイリュシュア様は結構抜けているところがありますので、イリュシュア様任せにしたらきっと大惨事になるとは思いますが。そこはエルト様の方を信用するしかありませんね。
「……ミルエテス、本音は?」
「危険があったとしても人間の体だ。死んだところで天界に戻ってくるだけなのだから、そこまで気にする必要もないだろう」
「もう少しイリュシュア様の心労を心配してあげて!?」




