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覚醒してください、勇者(魔王)。  作者: 安泰
覚醒しない勇者と魔王。

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1-18-2

 現在ライライムとメンメンマがコボルトとダークエルフの指揮官が捕えられている場所へと向かい、降伏勧告を行っているけど……兵士が誰一人として逃げられないような大敗で呑まない馬鹿はいないわよね。突如の乱入者、『殺戮姫』カムミュによるトラブルはあったけど、今回の戦いの目的自体は無事に達成することができたわね、一件落着!


「うぅ……」

「なんだけど、こうなるわよね……」


 治療を受けたケーラは直ぐ様意識を取り戻した。だけど敗北した事実を突きつけられ、こうして岩陰に座り込んで拗ねている。あれだけ強い啖呵を切っておいて負けたんだから、プライドもなにもあったものじゃないわよね。


「オリマ様、ケーラはあのままで良いのかい?」

「なんとかするよ。サッチャヤンはメンメンマの交渉の手伝いに向かってもらえるかな?コボルトはライライムが少し脅せば十分だろうけど、ダークエルフの方は君がいた方がスムーズに進むだろうからね」

「わかったよ」


 カムミュとの戦闘で一番負傷していたのはサッチャヤンだったけど、もうすっかりと元通りになっている。やられたと言うか、自分で切断しただけなんだけども。あ、一番負傷してたのはハククマイだったわね一応。

 オリマは手袋を外しながらケーラへと近寄る。ケーラもあんなえげつない一撃を受けたのにほぼ完治しているってのは凄いわよね。


「さて……と。ケーラ、怪我の後遺症とかはないかな?」

「うぅ……。はい、大丈夫ですわ……。申し訳ありませんですわ……」

「ケーラ、何を謝る必要があるんだい?君は援軍が駆けつけてくるまでの間、僕を立派に守り通したじゃないか」

「ですが……、ですがっ!オリマ様の手足ともなる四魔将の名を頂いておきながら、たかだか人間の娘に――っ!?」


 声を荒げるケーラの口を、オリマは指を当てて黙らせた。突然の行動に不意を突かれたケーラは、目をパチクリとさせながらオリマを見つめている。


「君の物事に対して抱く熱量は美徳だ。清々しさすら感じる君の情熱が、僕は好きだ。だけど君は時折悪い方向にも強い感情を向けてしまう。前も言っただろう?それは勿体ないって」

「オリマ様……」

「敗北を悔しいと思うことも、僕を一人で守れなかったことも、いくらでも憤って構わないんだ。だけど嘆いちゃいけない。感情を涙で燻らせては勿体ない。君にはその屈辱を力へと燃え上がらせるだけの熱があるのだから」


 オリマはもう片方の手でケーラの目元を拭う。過去に演説力のある魔王は何人もいたけど、ここまで優しい言葉を投げかけた魔王はいないわよねぇ……。


「そうですわね……。このケーラ、オリマ様から頂いたお言葉を忘れていましたわ!今回はそのことだけ、お詫び申し上げますわ!」

「うん。その謝罪だけは受け取ろう。残りは今後の活躍で挽回するように」


 あら、もう復活したのね。ちょろいと言えばちょろいけど、オリマの言葉も意外としっかりとしているからちょろいって言い切れないのよね。


「んふ、んふふふ……」


 ……でもオリマに触られているせいか凄くゆるんだ顔しているし、やっぱちょろいわね。

 オリマはキュルスタイン、ケーラと共に集落へ戻ることになった。どこもかしこもハククマイだらけで、本当に白い戦場ねここ。ちらほら見えるオーガが凄く困惑した顔をしているわ


「それでオリマ、このあとはどうするの?」

「それはですね――」

「ドラクロアル!これは一体どういうことだ!?」


 集落への入り口から声を上げながら近づいてくる魔族、リザードマンのリドラードね。その横にはケンタウロスのタクロウス、後方には会議で見た魔族達も見える。皆その表情はオーガの比にならないほど、そりゃそうよね。オーガの一族を用いた自警団で時間稼ぎをするって話だったのに、蓋を開けてみれば謎の魔物による蹂躙でコボルト、ダークエルフの軍勢は壊滅してるもの。


「やぁリドラード。どういうこととは?」

「全部だ!あの白い魔物は何だ!?この展開は何だ!?何が起きている!?」

「まあまあ、リドラードさん落ち着いて。ドラクロアルさん、説明できるんでっしゃろ?」

「ええ、彼は僕が生み出した魔物怪人です」

「魔物……怪人?生み出した?」

「こういうことですよ」


 唖然としている二人を前に、オリマは優しく笑いながら右腕を上げる。するとその合図に従い、全てのハククマイがオリマの方へ向かって跪いた。ハククマイだけではなく、キュルスタインやケーラ、いつの間に戻ったのかサッチャヤンまでもがその傍で跪いている。ちょっと壮観なんだけどさ、いつの間にこんな合図を決めてたの?私聞いてないんだけど。


「キュルスタイン=ディアエル」

「ケークシュトファフラ=ダグラディアス」

「サッチャヤン=カースギブ」

『我らオリマ様に仕えし四魔将、ここに』


 このテンポの良い名乗り文句、さては結構練習してたわね?でも四魔将って言いながら三人なんだけど、勢いで誤魔化しそうね。


「なお一人欠席です」


 言うんだキュルスタイン!?


「四魔……将?ダグラディアスの姫君まで、一体!?おいドラクロアル!?」

「リドラード。オリマ様に対するその態度、余程命が惜しくないようですわね?」

「――ひッ!?」


 キュルスタインやサッチャヤンはともかく、ケーラは周囲の誰もが知る有力魔族の血統。そのケーラがオリマに跪いている以上、その意味を理解しなくてはならない。


「ここまでして見せたのだから、皆さんも感じ取っているのでしょう?僕はこれより魔界を統べる争いに加わります。誰かの傘下としてではなく、僕自身がその先駆けとなって」

「魔界の覇権争いに加わるだと!?本気で言っているのか!?」

「その問答に意味はありませんよ。僕の意思は既に皆さんに見せました。言葉ではなく、行動による結果で」


 会議室で同じことを言ったとしても、誰もが鼻で嗤っていたかもしれない。だけどオリマは行動し、結果を見せてこれが自分の力だと意思を示した。オリマの言葉を妄言と受け取る者はいない。リドラードが口を挟むのも現状を受け止めきれていないだけ、オリマが本気であることくらい分かっているのでしょうね。


「いや、でも、確かに……コボルトとダークエルフの軍勢を同時に相手にして、圧倒する兵力……。これなら十分に覇権争いに食い込むことができますな……」

「突然のことに驚かれているでしょうが、皆さんには選択をしてもらいたいと思います。僕の傘下に加わるか、否か。それを決めていただきたい。傘下に加わる方はそのままこの土地に残ってもらって構いません。ですが反対の方には申し訳ありませんが、この集落から排除させていただきます」


 オリマの宣言にどよめく魔族達。だけどそこに罵詈雑言を吐くものはいない。彼らにとってオリマは途方もない脅威となっている。それをつい先程まで見せつけられていたのだから。だけどそんな中、一人タクロウスだけが恐る恐る手を上げた。


「ド、ドラクロアルさん。一つ質問しても良いでっか?」

「構いませんよ」

「どうして選択を迫るので?あっしら相手なら別に――」

「僕は意思を持った者を傘下に加えたい。僕の傘下に加わると選択する意思を持つ者だけを。強要され従わされることを受け入れるだけの者に、僕の理想を共有する資格はない」


 オリマは自らの下に付くと決めた者以外は不要だと明確な答えを示した。タクロウスはそれ以上の質問を続けず、他の魔族達も沈黙を続けていた。


「――では今日はこれでお開きということで。残りの処理は全て僕達が行いますから、皆さんは十分に考えて選択をしてください。期限は引っ越しの準備も含めて一週間もあれば大丈夫ですね?」

「い、今すぐ答えを出さなくても良いんで?」

「ここで誰かが手を上げれば、それに便乗してしまう方も出てくるでしょう。それでは意味がありませんからね。自分の意思で決めてください」


 オリマは魔族達の横を通過して帰路へとつく。四魔将もそれに続き、ハククマイ達は集落の外へと移動していった。残された魔族達がどれだけその場に残っていたかは知らない。

 オリマの家へと到着し、門を潜るのと同時にオリマは大きく息を吐き出した。


「ふぅ……。どうだったキュルスタイン?」

「完璧です。台本通りでした」


 そう言ってキュルスタインは懐から一冊の冊子を取り出した。うん、そんなこったろうと思ったわ!しかも結構付箋張ってあって使い込んでるし……。


「流石はオリマ様ですわ!このケーラ、あまりに感極まってついリドラードを始末しそうでしたわ!」

「ついで始末されるリドラードが哀れ過ぎない!?まったく、いつの間にそんなものを用意してたのよ?」

「この数日間、ウルメシャス様が寝入ったあとに。夜通しの稽古をしておりました」

「夜通しで!?」


 こいつら、変なところに力を入れてるのよね……。最近変な夢を見てた気がしたけどそのせいかしら……。


「ケーラが合わせるのが下手でね。昨日なんてほぼ徹夜で調整してたんだよ」

「サッチャヤン、貴方も結構失敗してらしたわよね!?」


 何で重要な戦闘の前日に徹夜で稽古とかしてるのよ……。ていうかケーラ、あんたそれが原因でカムミュに後れを取ったんじゃないの!?


「だいたい何で私に隠れるように稽古とかしてたのよ?」

「ウルメシャスさんの台詞も考えましたけど、いきなり魔王であることのカミングアウトまでするのはどうかなと思いまして。証明しにくいですし」

「貴方が魔王の力に目覚めてくれればそれでいいんだけどね!?ちょっと台本見せなさいよ、まったく……うわ、一言一句さっき聞いた話の内容のまま……ってリドラードやタクロウスの台詞まで!?」

「彼らくらいの言いそうなことは予想できますからね」


 本当、どうでもいいところで凄さの片鱗を見せてくれるわねこの魔王。


「台本通りの台詞が出てこなかったらどうするつもりだったのよ……」

「そこはアドリブでどうにかしましたよ。キュルスタインの『なお一人欠席です』のところもアドリブ任せでしたし」

「あそこアドリブだったの!?」

「四魔将と名乗っておきながら三名しかいないことに疑問を持った者の気配がしたら、何か気の利いたことをと頼まれましてね」

「気はまったく利いてなかった気がするわよ。てかそんなこと思った奴いたのね」


 あの空気の中で冷静にツッコミを入れられた人物なら少しは見どころがあるかもしれないわね。何の見どころかは知らないけど。


「それでサッチャヤン、ダークエルフの方はどうだったかな?」

「問題なかったよ。指揮官がオイラのことを知っていて、オイラの顔を見るなりすぐに降伏するって約束してくれたよ」


 配達のお兄さんの何が降伏する条件になるのよ、ってサッチャヤンの実力の方か、方よね?一応ケーラよりも強いらしいし、意外と有名な経歴とかあるのかしら?


「それは良かった。実力主義なコボルトの方は問題ないだろうから、あとは後日に領主との交渉を控えるだけだね」

「ですがやはり懸念すべきなのは勇者の存在でしょうね」


 勇者、その言葉で空気が少しだけ引き締まったのを感じた。魔王にとって最大の敵となる存在である勇者とその仲間に遭遇したのよね、しかも結構危なかったし……。


「キュルスタイン、君から見て勇者エルトはどんな人物に見えた?」

「――あの日、オリマ様に感じたものと似た空気を感じました」


 あの日って何よ?ちょっと、二人して随分と真剣そうな顔をしてるけど他の連中皆首を傾げてるわよ?


「ねえエルト、勇者ってまだ力を得てないんでしょ?だったら一番の問題はあのカムミュじゃないの?」

「『殺戮姫』も確かに厄介ではありますけどね。ですがキュルスタインの直感を信じるのであれば、僕にとって最優先に対処しなければならないのは勇者の方だと思います」

「私、オリマとキュルスタインの過去とか知らないんだけど……」

「その辺はおいおいと。つまるところですね、キュルスタインは勇者に僕と似た何かを感じ取ったと言うことです」

「似た……何か?」


 オリマは首から私を取り外し、台座へと丁寧に置いた。そして数歩下がり、私にオリマの全身が見えるように立ってみせた。見た目は悪くないけど、その温和な姿にはこれまでに見た魔王と比べると儚さすら感じてしまう。


「ウルメシャスさん。貴方にとって僕は異端な魔王に映るんですよね?」

「ええ、そうね。これまでに見たことがない魔王ね」

「異端な魔王に似ていると言うことは――その勇者もまた、過去に例のないような異端なんですよ。それはきっと、僕のように女神の力とは関係のないところで、異質な在り方をしている」

「自分と似ているから気をつけたいってこと?」

「有り体に言えばそんな感じですね。『殺戮姫』は僕を危険だと判断した。勇者が厄介だと言っていたからと観察し、僕を目の当たりにした上で。魔王としての力を一切得ていない僕をです」


 カムミュほどの強者ならば、オリマなんて一息で殺すことができる存在でしかない。そのカムミュがオリマを脅威として認めていた。直ぐ側に無数にいたハククマイには興味すら向けていなかったのにだ。


「それは……」

「真なる強敵とは、相手の強さを認めている者です。僕は僕を厄介だと認めてくれている勇者を同様に厄介な存在だと認めざるを得ません」


 それは強者である四魔将がオリマを認めていることと似ている気がする。穏やかに語るオリマの目は、これまでにない真剣味を帯びている。その姿に、見たことのないはずの勇者の幻影が重なったような錯覚を受けた。


「……ま、別にいいんじゃない?魔王最大の敵は勇者、このことは過去の歴史で繰り返されてきた事実なんだし。精々頑張りなさいよね?」


 今までの魔王は皆私の力を受け入れていた。だから私は過去の魔王達を魔王と認めるといったことをしてこなかった。だって、私が魔王にしたのだから魔王なのは当然じゃない。

 だけどオリマは違う。私の力がなくとも、魔王となろうとしている。そんなオリマを私は魔王として完全には認めていないのだろう。


「はい。頑張らせてもらいます」


 それでも、オリマは私が思っている以上の魔王になってくれそう。そんな予感がする。欲を言えばそんなオリマが私の力を受け入れて、完璧な魔王になって欲しいのだけれども。



一章終了です!

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