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※再び遡ること少し前。
現在の状況を整理しましょう。今眼の前には魔王の幹部、キュルスタインがいます。その実力はオリマ曰く相当なものらしく、聖騎士であるシレミリアさんでさえ歯が立たなかったとされているサッチャヤン以上に強い……。と言うことは今この場でキュルスタインと戦える者はいないということでは?
「ど、どうしましょうエルト!?」
「急に冷静になって現状に慌て始めたな」
「で、ですが相手は相当強いのでしょう!?」
「お前からすれば望むところだろうに……」
「……はっ!」
そうでした。エルトが窮地に陥らなければ勇者としての力が覚醒しないのです。ならば今魔王の幹部と言う強大な存在が眼の前にいるこの状況は、願ってもない好機なのではないでしょうか!?
「ふむ。その様子ですと勇者もオリマ様と同様に、勇者の力に目覚めていないと言うのは本当のようですね」
「わざわざ魔王の情報まで混ぜなくてもいいんだぞ。まああんな独特な魔物怪人とかを生み出している時点で、本人にそこまで強大な力があるとは思ってないけどな」
「能を隠しているだけかもしれませんよ?」
「あの戦い、数を数で圧倒しようとしているだろ。しかも白い魔物には武器を持たせていない。戦闘が終わった後に吸収する予定の兵を減らしたくないんだろ。そう言う戦い方を選んだり、人手を欲しだったりするのは個の戦闘能力に乏しい奴に現れる典型的な特徴なんだよ」
エルトの事情は知っていますけど、魔王が力に目覚めていない理由は一体何故なのでしょうか。ウルメシャスの好みから考えると、エルトと同じように窮地に陥らなければならないと言うわけでもないでしょうし、もっと簡単に力を得られるはずなのですが……。
「なるほど、同じ境遇だからこそ考えていることはよく分かると」
「まあな。ついでに言えば今回の戦い、あの白い新人の動員のテストを兼ねたものだろ?」
「――その根拠を尋ねても?」
「お前のような主戦力が周囲の監視に回されているしな。それにあの魔物が既に実戦で使われていたんなら、コボルトやダークエルフがあんな馬鹿な攻め方をするか」
「ごもっともで」
そうですよね。互いの軍が取ったのは数を活かした蹂躙を行うような動きでしたし、あのような魔物がいると知っていればもう少し慎重に攻めていたはずですよね。
「個人的に気になるのは、力のない魔王がお前のような魔族を従えていられる理由だな。人望か?」
「そうですね。私はあのお方の人柄に惚れ込んでおりますので」
「昔話に聞く魔王とは似ても似つかなそうだな」
「そう言う貴方も、伝承に聞く勇者とは似ても似つきませんね」
コクコクと頷いているとエルトが白い目で見てきました。だってそうじゃないですか!私エルトみたいな勇者は初めて見ますよ!?
「な、なあエルト。世間話をしている場合か?」
「そうは言ってもなシレミリア。他にすることないだろ」
「いやいや、相手は魔王軍の幹部だぞ!?」
「戦闘要員が二人しかいないからな、流石に戦えって言うわけにもいかないだろ」
「自分で戦おうと言う発想はないんだな……」
この清々しさも勇者らしからぬ態度ですよね……ってあれ?二人……私も含まれていますっ!?
「私の方も邪魔をされないのであれば、ここで事を構えるつもりはありませんから」
「それでいいのか魔王軍幹部……」
「オリマ様に命じられた任務を遂行することが私の成すべきことですからね。もちろん貴方達の始末を命じられていれば、速やかに処理させていただきますがね」
淡々と語るキュルスタインからは殺気のようなものは微塵も感じられません。ここまで穏やかに接してこられると、本当に強いのかどうかさえピンときませんね……。
「俺達はこれ以上介入するつもりはないが、他はどうなんだ?こんなところで油を売っている暇がある程に平和なのか?」
「ええ。他の魔族の出方も伺っておりましたが、特にこれといった動きはありませんでしたよ。やはりまだまだ小規模な軍勢ですので、注目されてはいないようですね」
「実質オーガの一族くらいしか従えてないわけだしな」
「――ところで、わざと会話を長引かせようとしていることに意味はあるのでしょうか?」
キュルスタインの質問にハッとして、エルトの方へと視線を向けると彼は白々しい顔で笑っていました。
「さてな」
「何かを隠していそうな感じですね。さて、一体何を――」
その時、茂みの中から一体の白い魔物が姿を現しました。これは先程平野で戦っていた白い魔物?印象としては白いゴーレムのようですが、関節などはとても滑らかに動いていますし……一体何なのでしょう?
「キュ、キュルスタイン様!至急オリマ様の元にお戻りを!『殺戮姫』が!」
「……なるほど、そう言うことですか。よもや勇者の方が囮だったとは」
キュルスタインが虚空に線を描くように手を動かすと、その場所に空間の歪のようなものが発生しました。これは確か転移魔法の一種、かなり希少な魔法だったはずです。
「なんだ、もう帰るのか」
「勇者と長話をしていて遅れたとあっては、小言を言われてしまいますからね」
「キュルスタイン様、ここは私が――」
「いえ、貴方も一緒です。そこの勇者に貴方を細かく解析されては困りますので」
「は、はいですマイ!」
キュルスタインと白い魔物は空間の歪へと体を滑り込ませ、そして去り際に声だけが周囲に響きました。
「またお会いすることになるでしょう。その時を楽しみに待っていますよ」
「……こっちには楽しめる要素なんて少しもないんだがな」
エルトは頭を掻きながら大きなため息を吐き出しました。あれ、意外と余裕そうに見えたのですが、随分と気苦労を感じますね。
「エルト、先程の会話は――」
「キュルスタインは本当に強い魔族だ。あれが魔王の元に戻ればカムミュでも退かなくちゃならなくなる。少しでもここに釘付けにして時間を稼がないとな」
「そ、そうだったのですか……。ふふ、エルトもカムミュさんの為に気を使っていたのですね」
「キュルスタインが俺達と戦う気満々だったら、迷わずカムミュを囮にしたんだがな」
「もう!」
ですがエルトがカムミュさんですら危険な相手とされるキュルスタインを、可能な限り引きつけようとしていたことには違いありません。こうやってエルトの優しいところを見つけられるのはちょっと嬉しいですね。
「しかしあの悪魔、本当に強かったのか?サッチャヤンもそこまで夥しい魔力を放っていたわけではないが、あれはどう見ても中の下くらいにしか感じなかったぞ?」
「戦場で発動しようとした魔力の痕跡をいち早く察知し、俺達が移動するよりも早く到着した。転移魔法を使用し、俺が白い魔物相手に発動した解析魔法を妨害してきた。これを全部一人でやってたんだぞ」
「うへぇ……」
「……解析魔法の妨害だと?」
「ああ、出会った瞬間には解析魔法を使えたんだがな。それで覚えられたのか、あの白いのに発動したら見事に邪魔されていた。あのまま残してくれてりゃ弱点なり簡単に掴めたんだがな」
さっきの間にそんな攻防が行われていたのですか……。傍目から見れば穏やかに会話していたようにしか感じていなかったのですが。
「そうなるとあの悪魔自体は解析できたということか?」
「ああ、あれはアベレージデーモンとか言う変異種だ。詳細までは調べきれなかったが、保有している魔法や能力の数が異常な量だった。魔界全土を探してもあれだけの数の保有者はいないと思うぞ」
アベレージデーモン……。聞いたことのない名前の個体ですね。何か別の魔物との混合種と言った感じでもないですし、時折発生する特異な能力を持つ個体なのでしょう。ですがよりにもよって全身全霊を込めて生み出した勇者の時代に、そのような変異種が現れなくても……。
「これは報告することが多くなりそうだな……。それで、このあとはどうするのだ?」
「魔王軍の規模や現在の動きも分かったからな。偵察の成果としては十分だ。撤退する」
「カ、カムミュさんはどうするんですか!?」
「カムミュなら俺の匂いを追いかけてこれる。少しでも早くこの場を離れないと別の四魔将が送り込まれてくる可能性がある。サッチャヤンとかな」
「そ、それは困るな……よし、移動しよう!」
シレミリアさん、そこまでサッチャヤンと出会いたくないのですね……。ひとまずは山を降り、人間界の方へと戻ることにしました。初めて訪れた魔界で魔王の幹部と出会うだなんて、展開が早過ぎますよ……。あ、でも他の勇者も早い段階で魔王の幹部と出会っていたこともありましたね。負けイベント的な感じでしたけど……。
「それにしてもカムミュさん……大丈夫でしょうか……」
「あんたに心配される覚えはないわね」
「ピィッ!?カ、カムミュさんっ!?」
肩を抱きしめられたと思ったら、そこにはカムミュさんがいました。あまりにも突然過ぎて変な叫び声が出てしまいましたよ!?
「無事だったか。流石と言わざるを得ないな」
「当然よ、あの程度の魔族に後れを取るわけないじゃない」
「そ、そうですよね……!あ、あの、ちょっと重いのですが……」
「うるさいわね、砕くわよ、肩」
「ひぃっ!?」
なんだかカムミュさんが不機嫌ですっ!?そこまで時間があったわけでもないですし、魔王討伐は失敗したのでしょうけど……それが原因で!?
「カムミュ、足は大丈夫なのか?」
「え、足?」
視線をカムミュさんの足の方へと向けると、カムミュさんは足に力が入らないように私の方へと体重を預けていました。出血などはないようですが、どうも赤く腫れているようです。
「……両足とも腱が断裂しかかっているけど問題ないわ」
「問題ありますよっ!?今すぐ治療しないと!」
「こんな場所で悠長に治療していたら追手が来るかもしれないでしょ。さっさと移動するわよ、肩を貸しなさい」
「は、はいぃ!わかりましたから、肩をギリギリするのは止めてくださいぃ!」
カムミュさんに肩を貸し、恐る恐る歩きます。その表情からは痛みを感じているかは定かではありませんが、思うように歩けていないのは分かります。カムミュさんほどの人を、こんな風にするなんて……。
「相手は誰だ?」
「サッチャヤンとか言うアンデッドよ。自分の足を切断して、その傷を呪いとして私に移してきたの。もう少しで殺せたんだけど、キュルスタインって奴が戻ってきたから仕方なく引いたわ」
「あ、あいつと出会ったのか!?もう少しで殺せた!?」
「仕留めそこねたついでだけど、その前にドラゴンの臭いがする女も倒したわね。あれも四魔将だったかしら」
シレミリアさんと一緒に口をパクパクさせてしまいました。カムミュさんがいくら強いと言っても、そこまでだったなんて……。
「キュルスタインの相手は厳しかったか」
「あれは万全の状態でしかやりたくないわね」
そのカムミュさんにそこまで言わせるなんて、あのキュルスタインという悪魔は私の想像以上に恐ろしい相手だったのですね……。戦えると言っているカムミュさんも大概ですけど……。
「ま、良くやったな。イリシュ、ちょっと代われ」
「え、あ、はい」
エルトが私の代わりにカムミュさんの肩を抱いたかと思うと、そのままカムミュさんを背負いました。あ、カムミュさんの顔がさっきみたいに真っ赤です
「エ、エルト……ッ!?」
「イリシュと一緒じゃ移動に時間が掛かり過ぎる。シレミリアはいざという時の戦力だからな」
「で、でも、重いし……!」
「これくらいは背負える。あまり動くな、疲れる」
「……うん」
何と言いますか、甘酸っぱさを感じますね。シレミリアさんも少しだけほっこりした顔で二人を眺めています。エルトが覚醒するせっかくの機会を逃し、エルトはいつもと変わらずにぶっきらぼうな表情のままですが……その背中で真っ赤な顔をしているカムミュさんを見ていると、この二人が無事でいてくれたことの方が嬉しく思えてしまいますね。
それにしても随分と真っ赤と言いますか、なんだかエルトの背中まで真っ赤に見えます……って本当に血で真っ赤ですっ!?しかもカムミュさんの表情、意識が朦朧としていませんかっ!?
「カ、カ、カムミュさんっ!?」
「ほっとけ、慣れない接触で鼻血を出しただけだ」
「そこまで興奮してっ!?」
「……きゅぅ」
「気絶してますっ!?」
エルトの勇者への道のりもそうですが、この二人の先も険しそうですね……。




