表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
覚醒してください、勇者(魔王)。  作者: 安泰
覚醒しない勇者と魔王。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/44

1-16-2

「ボルコタニ様、兵の配置完了です」


 とある手紙の配送ミスにより、南方にある複数の魔族が生息する集落が、さらに南に位置するダークエルフの傘下に加わろうとしていると思わしき情報を得た。我々にとってあの場所がダークエルフの領土となることは防がねばならない。新たな魔王が現れるだろうこの時期、各土地の覇権を争う競争相手にすぐ近くに拠点を作られることも問題ではあるのだが、何よりも警戒すべきはあの集落には現在オーガの一族が加わっているということだろう。オーガは知性が低くとも、魔族の中では抜きん出て腕力に秀でた種族だ。もしもダークエルフの軍の前線にオーガが加わるようなことになれば、この先の覇権争いで不利な状況を作られかねない。


「偵察兵の報告はあったか?」

「はい。既に集落ではオーガ達が簡易的な武装を済ませ、集落の外へと集結しているようです。それと集落南側、ダークエルフの兵も発見したとのこと」

「助けを呼んだか、それともこちらの動きが読まれていたか……どちらにせよ我々が取るべき行動に変わりはない」


 気になるのは集落に住んでいるはずの魔族達の動きが見られないということ。情報によればオーガを主軸とした自警団を編制していると聞いている。戦闘狂のオーガを利用し最低限の守りはするも、自分達は戦うつもりがないということか。

 つまりはオーガの一族さえ突破さえすれば、集落の魔族達はすぐにでも白旗を掲げることになるのだろう。それはそれで最小限の戦いで済むことになるのだから構わない。


「どのように仕掛けますか?」

「ダークエルフの軍の動きに注意を払いつつ、オーガ達を囲む。正面からぶつかりあえば相応の被害が生まれるだろうが、我々には知恵と策略がある。麻痺毒を浸した矢の用意は?」

「弓兵達に配備済みです。大盾の方も既に」


 オーガは強い肉体を持つが、魔法や毒などに対する対抗策を持たない。遠距離から一体ずつ丁寧に動きを封じていけば完封することも可能だ。本来オーガを戦略として使うのであれば、小回りの効く兵隊を随伴させなければならない。集落の自警団を組織しているものの未熟さが知れるな。


「よし、では進軍だ!」


 銅鑼を鳴らし、コボルトの兵達が集落の方へと進む。これは時間との戦い、速やかに集落の戦力を削ぎ落として降伏を促す。その後は集落に兵を配備してダークエルフの軍を迎え撃つ。地の利さえ確保すれば有利なのはこちらとなる。


「報告です、オーガの周囲に正体不明の魔物が現れました!」

「正体不明?」

「全て同じ種族ではありますが、全身が白いゴーレムのような個体です!」

「ふむ……数は?」

「それが……およそ二百前後とのこと!」

「何……!?」


 多少の伏兵の存在は予期していたが、その数は予想外だ。そのような魔物の存在はこれまで確認されていない。既にいずれかの一族を引き込んでいたというのか?

 思わず舌打ちが出る。百に満たないオーガの軍勢だけならばほとんど被害を出さずに制圧できる算段ではあったが、こうなると歩兵達にも相応の戦いを強いられることになるだろう。だが進軍を開始した以上、ここで時間を無駄に消費するわけにもいかない。


「こちらの兵力は九百、負けることはないだろうがより丁寧に戦うことを心掛けさせよ!我々にとってこの戦いは前哨戦、ダークエルフとの決着を前に悪戯な消耗は避けなければならない!」


 ほどなくして前線の方から戦闘が始まったことを示唆する掛け声が響き出す。多少数が増えたところで、こちらは練磨された屈強の兵士達だ。そう時間を掛けずに制圧を済ませることができるだろう。


「報告です!さらなる増援を確認!その数五百!」

「馬鹿な!?それほどの伏兵、あの集落の近辺に潜ませられるような地形はないはずだ!集落の魔族も加わっているのか!?」

「い、いえ、それが先程報告した白い魔物がさらに増えたとのことで……」

「潜伏能力を持つ魔物か……?その魔物の戦闘能力はどれほどのものだ?」

「個体としての能力は我々コボルトよりも遥かに下と思われます!しかしその魔物は自らの死を顧みずオーガの盾となり、まるで玉砕するかのようにこちらへと突撃しています!」


 厄介な展開になってきた。戦場において、死を恐れない理由はいくつか存在する。一つは勝利することで得られるものが自らの死よりも価値があるということだ。だが集落を守ると言うだけで玉砕覚悟の突撃をするものなのか?いや、考えられない。知恵のある者ならば敗色が濃いと判断すれば降伏する道を選ぶ場面だ。

 この戦いは殺し合いを目的としているのではなく、その先にある未来、魔王の傘下に加わった時により有利な権力を得る為のものなのだ。

 進軍を続けていくにつれ、その報告にあった白い魔物の姿を確認した。オーガの周囲を守るかのように配備され、放たれた矢に向かって飛びかかり、こちらの兵の武器を封じるためだけにその体を差し出してきている。間違いなく死を恐れていない、知性があるとは思えない行動だ。


「幻影魔法の類ではない、これは一体……」

「ほ、報告です!白い魔物の数、さらに増殖!我軍の左右にも現れ、こちらを包囲し始めています!その数……千五百!」

「な……」


 そんな馬鹿な話があるか、そう叫ぼうとした時、既に周囲一面が白い大地で覆われていることに気づいた。それが全て白い魔物の集まりであることに気づいた時には、撤退を指示するタイミングは完全に失われていた。


 ◇


 うわぁ、えっぐい。そんな感想しかでない光景よね、これ。有力者の率いる軍勢と聞いていたからちょっとは苦戦すると思っていたのに、そんなことはまったくなかったわね。コボルトの軍勢の練度は高く、一体でハククマイ十体相手だろうと怯む様子はない。でも十一体から同時に襲われたらどうしようもない。

 槍兵の一撃がハククマイの胴体を貫こうとも、その個体が死ぬまでの間槍を封じる。その隙を突いて数体のハククマイが手足に組み付き、残るハククマイが自重によってコボルトを押しつぶしていく。


「ハククマイ、多少は死ぬだろうけど、なるべくは無力化するだけに留めるようにね」

「了解ですマイ」


 オリマの傍には司令塔のハククマイが控えている。全体にシンプルな指示を飛ばすことができる程度ではあるのだけれど、離れた位置から戦況に応じてすぐに行動を変化させられるのは強いわよねー。


「戦いじゃないわね、これ」

「ええ、単純な数の暴力による制圧です。ダークエルフの方も包囲は済んでいるので、そう時間が掛からないうちに敵兵全員を捕縛することができるでしょう」

「普通戦争で相手の兵士全員を捕まえるとか、そんなことしないわよ……」

「これは戦争ではありませんよ。身を以てこちらの力を体験してもらい、どちらが上かを理解させる為の演習のようなものです」


 オーガもなんとも言えない顔で戦っているわね。飛び交う弓矢、突き出される槍や剣は全てハククマイが身を挺して庇ってくるし、オーガの仕事は大盾を持った兵士達の装備を奪うこと。子供からおもちゃを取り上げるかのように力尽くで盾を奪い、そこからハククマイ達が雪崩込んでいく。地面には赤い血は流れず、ただ無数の白い死骸が転がっている。これが普通の兵士だったら大損害もいいところよね。


「ただこれってハククマイの死骸の処理が大変じゃない?ケーラに焼き払わせるの?」

「いえ、ハククマイの死骸は一定時間が経過すると液状になり、すぐに大地に染み込んで肥料のような役割を果たしてくれます。大地から回収した魔力もある程度は還元しないと不毛の大地になりかねませんからね」

「その辺は気をつけているのね。伊達に薬草を育ててないわね」


 あ、本当だ。ハククマイの死骸の一部が液状になって地面に染み込んでいる。戦場特有の死臭すら立ち込めないなんて本当に異常な光景よね。


「ふと思ったのだけれど、ハククマイは密偵とかには向いていないの?帰ってこなくても平気な斥候って敵からしたらかなり厄介だと思うのだけれど」

「これだけ無尽蔵な増殖を可能とする代償として、司令塔以外は臨機応変な対応が取れませんからね。情報を盗み出すのであれば発見されるリスクを減らせるライライムの方が適任ですよ」


 情報を知られたことを知られないということも大事ということね、ちょっと納得。


「でもこれだと策もなにもあったものじゃないわね」

「一応考えていますよ?最初からハククマイで包囲しなかったのは相手に進軍させる為でしたからね。通常ならば伏兵とは相手の隙を突き、戦線を瓦解させる為のものです。だからコボルトもダークエルフも最初の伏兵を見た時点で安堵して進軍してきたわけです」

「見えて対応できる位置に伏兵が現れても怖くはないものね」


 軍事の経験のないオリマにとって、策略などで相手を上回ることは難しいこと。だからオリマは最初からそういったテーブルに付くつもりがない。ただずるい手段で相手を捻じ伏せるだけ。だけどそのずるい手段を用意できるというのが恐ろしいのよね。


「ちなみにオリマ、貴方が逆の立場なら対処できるの?」

「時間が貰えるのであれば一人でもどうにかできますけど、今すぐですと僕一人では無理ですね。ですが四魔将の皆がいれば特に問題はありません」


 うん。過去の魔王とは全然違うけど、立派に魔王としての素質はあるわね。どちらかと言えば魔王の側近として欲しい人材なのだけれど……。

 コボルトは特に目立つ反撃もなくハククマイの群れに飲み込まれた。ダークエルフの方は魔法による範囲攻撃である程度耐えたようだけど、それこそ一度に全てのハククマイを倒せるような化物は存在しなかった。魔力切れになるまで追い込まれ、その後はあっさりと終わった。その光景を眺めていたケーラはしょんぼりと肩を落としていた。


「やっぱり出番はなかったですわね……」

「頭が回る者がいれば、ハククマイを総括して動かしている存在にも気づけたんだけどね。魔力の流れを探知すればここに司令塔のハククマイがいることは掴めたはずだよ。サッチャヤンのような特殊な力を持つ魔族がいなくても、単騎でここまで突破できる強者がいれば君の出番だったんだけどね」


 オーガ達からの報告によれば、ダークエルフの方にこちらを目指す部隊がいたらしいのだけれど、視界を埋め尽くすハククマイとところどころに控えているオーガを突破することはできなかったようね。それこそ個として規格外な魔族でもいない限りは……。


「――オリマ様、私の背後に。一体、こちらに接近する者がおりますわ」

「えっ嘘!?」


 ケーラが真面目な顔になり、オリマの前に出る。既にコボルトもダークエルフも制圧が済みつつあるのに、今になって突破してくる奴がいるの?でも周囲の動き的にそんな様子は――


「ああ、それが魔王なのね?わかりやすく守られているから見つけ易かったわ」

「――ッ!」


 視界に何かが飛び込んで来るのと同時に、ケーラが正面を炎で薙ぎ払った。ハククマイ達を巻き込むことなんてお構いなしの一撃、炎が沈静化し一部分だけが焼け野原となった場所に、一人の人間が立っていた。見た感じ、人間の村とかに住んでいる村娘のような出で立ちなんだけど……え、なんで無傷なの?


「オリマ、なんなのあの人間?」

「……メンメンマが書いた人相書きと一致していますね。勇者の傍にいたカムミュと言う人間のようです」


 カムミュ、そんな名前だったわね。カムミュが握っている武器は料理に使う包丁一本。魔界でこんな光景を見たことなんて一度もなかったけど、なんて言うかシュール。だけど直視して私でもヤバそうってのはわかるわね。


「……ケーラ、君はどう見る?」

「危険ですわね。この人間、私の同族を殺めておりますわ」

「そうなると『殺戮姫』で間違いなさそうだね」


 そう言えばそんな話もしてたっけ、ってこれがドラゴンやオーガキングを殺したって人間なの!?もっとこう、個性的な格好の冒険者とかと思っていたのに……。


「少しはまともなのがいるわね。ああ、エルトが言っていた四魔将って奴?まあ、別に一体くらいなら問題なさそうだけど」

「言ってくれますわね、人間。オリマ様に殺気を向けるなんて、余程命が惜しくないようですわね?」

「命は惜しいわよ、失う気がないだけよ」


 私ここまで強気な人間の村娘とか見たことないんだけど。人間ってそこまで強くなったの?いやでも流石にケーラ相手じゃ包丁なんか武器にもならないわよ!?


「……ハククマイ、キュルスタインとサッチャヤンを急いで呼び戻すんだ。それとケーラの援護を、近くにいる個体全て、惜しまずにぶつけるんだ」

「りょ、了解ですマイ!」

「そ、そこまで本気でやるの?見た目は普通の人間っぽいのに……」

「あの二人にはこの騒動に紛れて動く者がいないか監視をさせていました。ですがあのカムミュはその監視網を抜けて僕の前にまで現れています。ケーラですら接近されるまでその存在に気づけなかった。普通ということは絶対にありません」


 そんな風に説明されると、確かに普通じゃないわよね。そもそもどうやってハククマイの中を進んできたのよって話だし。とか思っていたら最初に動いたのはハククマイ達。全方位から突撃し、カムミュを拘束しようとしている。


「なんか米臭いのよね、この魔物。少し齧ったけどふやけた米みたいな味だったし」

「うっそ!?」


 カムミュはまるで実体を持たないゴーストのように、ハククマイ達の隙間を物凄い速度で移動してくる。ハククマイ達はその動きを知覚すらできていないようで、って何体か首が落とされてる!?明らかに動きが人間のそれじゃないわよ!?


「オリマ様、下がっていてくださいまし!」

「下がるのは貴方でしょ?邪魔なのよ」


 ケーラが放った炎が自らの意思でカムミュから離れるように散っていく。僅かに腕の動きが見えたけど、包丁で炎を切り払ったの!?さっき無傷だったのはこのせい!?


「邪魔をするのは当然のことですわ!」


 カムミュの身体能力は化物じみているけど、ケーラだってそれは同じ。一瞬で距離を詰め、その爪を振り下ろしていた。ただそれを私が目視できたということは、止められているってことよね!?最強のドラゴンの一族の一撃を包丁で防いでいるわよあの人間!?


「すん、ドラゴンの臭いがするわね。そういう魔物なのね。そもそも何よその爪、そんなので料理とかできるの?」

「もちろんできますわ!」


 ケーラの爪が紅く輝く、あれは熱かしら。周囲の空気が揺らいで見えている。カムミュがその熱を嫌ったのか、後方へと弾けるように飛んだ。抑えていた包丁が離れたことでケーラの爪は深々と地面に突き刺さった。


「うわぁ、地面がぐつぐついってる……。どんな温度なのよ、あの爪」

「僕としてはその爪で溶かされない包丁の方が気になりますけどね」

「言われてみればそうね。勇者の剣でも再利用してるのかしら?」

「ただの鉄製よ。少しだけ魔力で強化しているだけよ」

「少しってレベルじゃないわよっ!?」


 そりゃあ魔力で物質を強化すれば頑丈にはなるけど、強化前の物質を元にした硬度のはずよ!?どれだけえぐい強化してるのよ!?


「うるさいわね。何で腕輪がケチを付けてくるのよ。……ああ、なんだっけ……ウメボシャス?」

「ウルメシャスよ!?……はっ!」

「そう、あの虫の身内なのね。ならついでに殺しておかなきゃ」


 え、あの虫ってイリュシュアのこと?この前の報告でも首を傾げたけど、あの姉なんで人間に縛られたり虫扱いとかされたりしてるの?流石の私でもちょっと同情したくなるわね。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ