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覚醒してください、勇者(魔王)。  作者: 安泰
覚醒しない勇者と魔王。

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1-16-1

「本物の……イリュシュア……?」


 シレミリアさんに私がイリュシュアであることを隠そうとした矢先、カムミュさんに暴露されてしまいました。


「あ、いえ、その、本物のように可憐だと――」

「イリシュ、それだとただの自惚れ女になるぞ」

「だ、だって!正体がバレてしまうよりはいいじゃないですか!……あ」


 ああ!?私ってばまた墓穴を!?シレミリアさんが考える仕草のまま私を見つめています……!


「嘘のような気配もしないし……いや、だが……えぇぇ……」

「そうですよね、困惑しますよね!?」

「しかしいきなり言われて信じろと言われても……そうだ!」


 シレミリアさんは何やら懐から何かを取り出して……あれ?女神像?何やらブツブツと祈り始めていますね……あ、これってまさか――


「わぁぁっ!?また体が光ってますぅ!?」


 コックンさんが私に祈りを捧げた時と同じ反応が起こりました。これ、私が祈られる度に光るのですか!?……あれ、でもそうなると地上に降りてから光ったのはまだ二度目ですし、ひょっとしてここ最近まともに祈られてないのでは!?きょ、距離が関係しているのですよね!?


「ちょっと、いきなり光らないでよ。眩しいじゃない」

「私のせいじゃないですよ!?」

「女神への祈りを捧げたら光りだした……むしろそうなるのか……」

「知らずしてやっていたのですか!?」

「あ、いや、もしも本物ならば何かしら私の祈りを受け止めるようなことが起きるのではと思ったのだが……光るとは思わなんだ」


 私も思ってもみませんでしたよ。今後イリュシュアであることを隠すのであれば、何か対策をしないといけませんね……。


「まるで光るゴキブリね」

「そこはホタルと言ってください!?」

「……いや、待て待て、どうして本物の女神イリュシュアがここに?人間界に降り立っていたのか?一体どうして?」

「そ、それは……!じ、実は魔王が動き出したという情報を得まして、その調査をしにきたのです!」


 そ、そうです!これなら私の正体が知られたとしてもエルトには迷惑が掛かりません!しかも聖騎士の方々に魔王の存在も伝えることができます!


「女神が直々に人間界に降り立って調査を?」

「ア、ハイ。ヤッパリダイジナコトデスシ……」

「そうか、魔王が……!やはり動き出していたのか……」

「やはりとは?」

「それについてはまず私がテナンスの仲間に加わった経緯から話していく必要があるだろう」

「ならいいわよ。長話とか聞きたくないし」

「そうだな。帰っていいぞ」

「もう少しくらい私に興味を持ってくれないか!?」


 ああ、シレミリアさんにとてつもなく親近感が湧きます……。ちょっとだけ私の苦労を肩代わりしてもらっているようで、とても気が楽になってしまうのですが……少しくらいはいいですよね?

 立ち話もということで、エルトの家へと移動して詳しい話を聞くことになりました。カムミュさんがとても不服そうな顔をしていますが、シレミリアさんは特に怯む様子などはないようです。


「別に聖騎士の事情とかどうでもいいんだけどな」

「ここまで塩対応な村は初めてだな……。コホン、我々聖騎士の仕事には人間界に近い魔界の調査なども含まれる。人間界の傍に大きな魔物の群れが生まれていないかなどを調べ、必要とあればその討伐を行う。人間界に大きな被害が出ないように出る杭を打つというわけだ」

「んなもん知ってる」

「私、何か悪いことしたかな……」

「迷惑な勇者モドキを連れてきたじゃない」

「いや、テナンスは自主的に来たわけであってだな……まあいい。それで少し前、私が聖騎士の部隊として魔界の調査を行った際にとても強力な魔族と対峙したのだ」


 シレミリアさんは深刻そうな顔で話を続けました。ここからそう遠くない魔界のある場所で調査していた聖騎士の部隊がとあるアンデッドと接触。その魔族が危険だと判断した聖騎士の方々は戦闘を開始するも、瞬く間に半壊してしまったとのこと。


「聖騎士が束になっても敵わない魔族か。しかも相性のいいはずのアンデッド、そりゃあ難儀そうだな」

「リッチとも違う存在だったが、あのようなアンデッドは過去の歴史では一度も確認されたことがないだろう。その体には夥しい数の呪いが蠢いており、奴自体も我々を圧倒するほどの呪いを自在に操っていた」

「そんな相手によく生きていたわね」

「死人が出なかったのは奇跡と言うべきだろう。いや、殺す価値すらないと侮られただけなのかもしれないが……。これを見てくれ」


 シレミリアさんは剣を差し出し、鞘から抜いて私達に見せました。清く純白の刃、魔法が発動しているわけでもないのに仄かに感じる神々しさ……女神がそう表現するのもどうかと思いますけど。


「あ、これ聖剣ですね」

「そう。天界より与えられた人間達が魔族に抗うための武器。これはあらゆる不浄の存在を祓うとされる『白銀の乙女』と呼ばれる一振りだ」


 聖剣は選ばれた才能を持つ者にしかその力を発揮できないとされています。実際には魔族に奪われて利用されないようにセキュリティが掛かっていると言った感じです。


「あれ、でもこの聖剣……アンデッド相手ならとても効果があるはずですよね?」

「ああ。過去の歴史でもこの剣は多くのアンデッドを屠っている。アンデッドの上位種、リッチすら倒した逸話もある。……だが奴はこの剣を心の臓に突き立てられても平然としていたのだ……」


 そんなことはありえないはずです。今もこうしてこの聖剣が力を保っているということはシレミリアさんが適正のある聖騎士であり、アンデッドに突き立てたのならば無事ということはないはずなのに……。


「アンデッドではなかったという可能性はないのですか?」

「いや、あれは間違いなくアンデッド特有の魔力だった。変わり種であったことには違いないのだが……。奴の名はサッチャヤン、サッチャヤン=カースギブと名乗っていた」

「サッチャヤン……」


 少なくともライライムの話からは出てこなかった名前です。聖剣を握った聖騎士ですら勝てないアンデッド……要注意ですね。


「結局お前らは逃げたのか?」

「あ、ああ。逃げた……のだが、奴は私達を人間界まで追ってきた。神殿にまで逃げ込んだのにも拘わらず、奴は平然と私達の前に現れたのだ」

「神殿にまで!?神殿には聖域として浄化魔法の結界が施されているはずですよね!?」

「本当にメチャクチャな奴だった……し、しかもだ。その……私に告白をしてきてだな……」

「告白!?告白って、その……愛の?」


 シレミリアさんは複雑な顔で頷く。一体どんな魔族なのか、想像に困りますね……。


「私の聖剣をその胸に突き立てるというのなら、考えてやると言って聖剣を心臓に突き立ててやった。だが奴はピンピンとしていた……」

「えぇ……」

「あら、素敵じゃない。貴方の為ならこの身を刃に晒したって構わないってことでしょ?」


 カムミュさんが少しだけ会話に興味を持ったようです。恋の話に敏感なのは女の子らしいですけど、心臓に剣を突き立てる恋の話というのはちょっと……。


「そ、それはそうなのだが……」

「それでどうなったの?」

「『有給も終わるから一回帰る』と……」

「有給!?雇われ社員なのですか!?」


 魔族も人間に似た社会制度があるとは聞いていましたけど、有給制度もあったのですね……。


「意外と魔界も人間と変わらないんだな」

「だいぶ違うはずなのですが……多分……」

「ええと、それで……ああ、そうだ。あれほどの特異な魔族、魔王の配下に違いないと我々聖騎士は判断したのだ」

「なるほどな。それだけ強い魔族なら魔王の生みだした魔物怪人、あるいは四魔将の一体かもしれない。単純に個体として優れているだけかもしれないけどな」

「魔物怪じ……四魔将?」

「そのですね、つい先日のことなのですが……」


 シレミリアさんにはエルトの事情は説明せず、魔王が生みだしたライライムという魔物怪人がいること、そのライライムから四魔将と言う魔王の配下がいることを説明しました。


「なるほど。魔王はまったく新しい魔物を創り出すことができるのか……。あの男もそうなのだろうか……」

「聖騎士でも歯が立たないことを考えると、四魔将の方が可能性は大きいけどな」


 エルトが聞き出した情報ですと、ライライムは魔物怪人の中でも戦闘能力が高いと判断できました。話を聞けばサッチャヤンと名乗ったアンデッドはそのライライムよりも遥かに危険そうですし……。


「そのサッチャヤンを危険と判断した教会はテナンスにその討伐を任命したのだ。勇者の子孫であり、凄腕の冒険者ならばと……」

「カムミュにのされていたけどな」

「いや、あれでもかなり強い男なのだがな……。私は唯一サッチャヤンに剣を突き立てることができた聖騎士として、テナンスへの協力を命じられ同伴している。まずは戦力を集めようと言うことになり、ヤハム=エンドリフの子孫を訪ねてこの村に来たというわけだ。できれば協力して欲しいところではあるのだが……」

「嫌よ」

「むう……。とりあえずそちらの事情も分かった。これは早急に教会や各国に伝えなければならないな」

「あの、そのことなのですが……私のことやこの村で情報を得たことは伏せていただけると助かるのですが……」


 話が大きくなれば、私を訪ねる者達が大勢この村に現れることになるでしょう。そうなるとエルトの事情を隠し通すことが難しくなるかもしれません。


「む、しかしだな……女神イリュシュアが伝えた内容ならば信憑性もあるだろうが、その辺を隠すとなると……」

「そこは問題ない。イリシュの部下の天使がいる。そいつから聞いたことにすればいいだろう。場所もヨルドムストの王都で聞いたことにすればいい。必要ならそこに天使を連れて行くこともできる」

「おお、天使もいるのか!それならどうにかなるかもしれないな」


 クルルクエルなら……そうですね。人間界に天使が干渉することは稀ではありますが、まったくないというわけでもありませんし。これなら危険な場所に冒険者を送り込まなくとも人間界に魔王の情報を伝えることができるかもしれませんね。


「ただいま戻りました」

「あ、噂をすれば。お帰りなさい、クルルクエル」


 良いタイミングでクルルクエルが帰ってきました。これで色々と打ち合わせをすることもできそうですね。あれ、ですが一人姿が見えないような……。


「クルルクエル、コックンさんはどうしたのですか?」

「何やら下から覗く視線に不快感を覚えたせいで、途中で落としてしまいました」

「落としたのですか!?雲の上から!?」

「生存は確認しましたので、そのままにしておきました」

「そのままに!?」


 雲の上から落下して生きているということにも驚きですけど、それを放置して帰ってくるクルルクエルの精神にも驚きましたよ!?


「クルルクエル、コックンはどれくらい負傷してたか?」

「両足骨折程度でしたね」

「よし、俺の勝ちだな」

「無駄に丈夫になったわね。残念……」


 この二人はこの二人で少しも心配していませんし!どうしましょう、助けに向かった方がいいのでしょうか……。


「ところでイリシュ様。こちらの聖騎士風の方は?」

「実は――」


 クルルクエルにシレミリアさんのことを紹介し、ひそひそとエルトのことは伏せるようにと釘を刺しました。前もって言っておかないとカムミュさんのようにポロリと言ってしまうかもしれませんからね!


「なるほど。本物の聖騎士の方ですか。聖剣も持っていますし、割と上位の方のようですね」

「まさかこうして本物の女神イリュシュアと、その使いである天使をお目にかかるとはな。天使殿は何かの使いに出ていたのか?」

「クルルクエルで構いませんよ。イリシュ様に命じられて近場の魔界の地形を調査していました。大まかな製図はこれからする予定です」

「近場の地図か。聖騎士の方でも作った物があるから、そちらを提供しよう。役に立つはずだ」

「今後範囲を広げていく予定でしたので助かります」


 クルルクエルのことだからと少し心配でしたが、この様子なら大丈夫そうですね。


「ところで新たな勇者について何か情報はないのか?」

「――っ!?」


 そうでもありませんでした!?……うう、でも聖騎士の方からすれば勇者は支援すべき存在ですし、女神や天使が目の前にいるのであれば質問したいと思うことは当然なのでしょうね……。


「え、ええと……」

「勇者でしたら生まれていますよ。ですがまだその使命に目覚めていません」

「そうなのか……。可能ならば我々の方で保護、支援を行いたいのだが、詳しい情報は得られないのか?」

「勇者としての素質を持つからと言って、その心までが生まれつき勇者というわけではありません。下手に干渉してしまうと勇者として不十分な状態になる可能性があります。もう暫くは観察を続けていこうというのが我々の判断です」

「ふむ。無理に担ぎ上げるような真似は逆効果になりかねないということか……。そうかもしれないな」


 良い説明です、クルルクエル!嘘ではないですし、上手く誤魔化せそうです!やはり貴方はやればできる子なのですね!天使として色々問題があるかもしれないと思い始めていた私が間違っていました!


「実際に何代か前の勇者が増長して独裁国家とか作りましたし」

「ああ、あのある意味伝説の勇者か……」


 あ、なんだか心が痛いです。私の過去の失敗が後世に広く伝わっていることを知ってしまったことで、途方もなく気まずい思いになっています。最初から完成された勇者として生まれれば、色々と展開が早くなるに違いないと思っただけなのですよ!?


「忘れましょう。勇者も人の子、私の加護があるからと言って内面まで完璧というわけにはいかないのです」

「ううむ。深い言葉だ……!」


 シレミリアさんは私の言葉に満足している様子。私の判断ミスとか、そんなことは微塵も思っていないようです。あ、やっぱり心が痛いです……。


「あ、ところで先程大規模な魔物の群れが移動しているのが見えたのですが。これって地図上にどうやって表現すれば良いのでしょうか?」

「そういうことは最初に言ってください!?」





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