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覚醒してください、勇者(魔王)。  作者: 安泰
覚醒しない勇者と魔王。

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1-15-2

 あれから数日、オリマは近隣の有力者に何かしらのアプローチをすると言っていたのに、やっていることはいつもと同じ庭仕事。周囲には複数体に増えたハククマイがいるおかげでとても手早く済ませている。一体でも生きていれば完全回復で復活できるし、死生観も自分の特性を理解しているおかげで無理とかも平然とできるみたいだし、便利よねこの白米。


「オリマ様、郵便でーす」

「ありがとうサッチャヤン。少しお茶でもどうだい?」

「喜んで。そう誘われると思って、オリマ様のところには最後にしたんだよ!」


 サッチャヤンは郵便配達の制服を崩し、どっかりと椅子に座る。こう、仕事疲れありますって伝わってくるわね。


「それにしても四魔将の一人が郵便配達のお兄さんって……。結構イチャモンとか付けられたりする仕事じゃなかったっけ?」

「中にはそういう相手もいますよ。『呪いも届けてやろうか?』って言いながら呪えばだいたい黙りますけど」

「既に呪ってるじゃないの、それ」

「オイラはしっかりと手紙や荷物を届けているんだ。個人的な不満をぶつけられる筋合いはないんだよ」


 それもそうよね。仕事に不備があるのならまだしもだし、あったとしてもそのことを必要以上にネチネチとするようなのは別の感情が含まれているだけだし。他人と関わらないといけない職業あるあるよね。まあ私は基本誰かと関わるような真似はしないんだけど!


「サッチャヤン、例の仕込みは上手くいったかい?」

「もちろんだよ。配送ミスを装って、仕込みの手紙を近隣の有力者に送りつけてやったさ」

「しっかりと届けてないじゃない!?」

「仕事としてはしっかりやっているよ。オリマ様にとって送ってほしい相手にしっかりと届けているんだし」


 そりゃそうだけど……。それはそうと、オリマはなにもしていないように見えてしっかりと手を回していたのね。確かに郵便の配送ミスを装って手紙を送りつけるのなら、直接会ったり忍び込んだりするような必要はないわね。


「ねぇオリマ、どんな内容を送ったの?」

「そうですね、まずはこの集落の周囲にいる有力者について説明しましょうか。この集落の北と南にはそれぞれコボルトとダークエルフの一族を取りまとめている有力者がいるんですよ。どちらもそれなりの数を持ち、互いの力量はほぼ互角と言った感じですね」

「ふんふん。そうなるとどちらもこの集落を手に入れたいと感じているのかしら?」

「内心はそうですね。ですが表立って行動すると相手側への侵攻を始める気だと思われます。そうなるとすぐに開戦となりかねないので互いに睨み合いの状態になっているんですよ」


 この集落を手に入れればすぐに対抗相手と隣り合う位置になってしまう。互いに五分である以上、この集落を手に入れるために手間を掛けてしまえば不利になる。穏便に交渉で手中にしたとしても、即座に使える戦力になるかは判断できない。準備が整うまで下手な手出しはしたくないわね。


「んー、ということは片方にこの集落が傘下に入るとか、そんな情報を流したとか?」

「はい。コボルトの方にはダークエルフ宛の手紙を送りつけました。『貴方の傘下に入る為の条件をいくつか提示します』といった形でね」

「いかにもな手紙ね。罠と考えたりはしないのかしら?」

「そこは大丈夫ですよ。サッチャヤンの配送ミスはそれなりに有名ですので」

「えへん」

「やっぱりしっかり届けてないじゃない!?」


 サッチャヤンは誇らしげに胸を張っている。割と真面目そうに見えて、結構雑な性格なのねこのアンデッド。


「そうなるとコボルトはどう動くのかしら?より良い条件をこの集落に突きつけてくるとか?」

「いえ、この集落の代表がコボルトではなくダークエルフに交渉を持ちかけたということの意味を、コボルト側が理解できないということはないでしょう」


 ええと、コボルト側の視点で言えば……この集落は自分達よりも、ダークエルフの方が良かれと判断して交渉を持ちかけている。そっか、自分達がダークエルフよりも下に見られているって思っちゃうのね。


「そうなると……コボルトとしてはどうにか邪魔したいわよね」

「そうですね。放っておけばダークエルフの領土となり、自分達の方へ侵攻する足がかりとなることは確実。しかし手紙自体がダークエルフの手元に届いていない以上、ダークエルフ側はまだ動けない。彼らが取るべき行動は――」


 オリマがそこまで説明すると、ケーラが飛び込んできた。両手にはお土産のお菓子がわんさか。ほんと遊びに来てるわね、こいつ。


「オリマ様ぁ!北のコボルトに動きがありましたわ!どうやら兵を整え、この集落に向けて侵攻を開始するようですわ!」

「うわぁ、行動力高いわねコボルト……。あれ、でもこうなると集落としてはコボルトの配下になるか、ダークエルフに助けを求める展開になっちゃわない?」

「ええ。ですのでダークエルフにも似たような手紙を仕込んであります」


 続いて姿を現したのはキュルスタイン。両手にはお茶のセット、こいつも遊びに来てるわね!?


「オリマ様、ダークエルフの方も動きがありました。あとお茶です」

「ちょうど欲しかったところだよ、ありがとう。これで両陣営が兵を集めてこちらにやってくることになるでしょう。そう時間が掛からないうちに互いが挙兵したことに気づき、そうなればもうあとには引けません。この周囲を中心として戦闘に入るでしょう」


 それぞれが相手の邪魔をする為、先んじて兵を用意したのに相手も同じ状態。こうなると一触即発で悠長に事実確認を取る余裕もない、随分とかき乱しているわね!


「それではオーガの一族に戦闘の準備をさせましょう。オリマ様はリドラードを始めとした者達への詰めをよろしくお願い致します」

「詰め?」

「現段階だとこの集落の人達の取る行動は三つ、一つは互いを敵に回し徹底抗戦。次に片方に取り入って片面での戦いを行う。そして三つ目はどうにか誤解を解いて矛を収めさせるといったものです」


 三つ目はちょっと難しそうよね?でも有力者を同時に二人も相手にしようだなんてことはまず考えないもの、片方に取り入って戦うという可能性が大いにあるわね。


「オリマ様、私はどうすればよろしいのです?」

「ケーラは今回おやすみかな。ダグラディアス家の関与が知られると、この状況を作り出した犯人として有る事無い事思われるだろうからね」

「私もご一緒に戦いたいですのに……」


 コボルト、ダークエルフ、どちらもオーガと比べればその腕力は控えめ。だからといって弱いわけじゃない。コボルトは様々な武器を使い、編制や策を駆使している。ダークエルフは魔法を併用した戦況のコントロールに長けている。

 なーんて言うけど、流石にケーラみたいな化物が暴れたらどうしようもないと思うのよね。普通の兵士ならたった一度の魔法で仲間が数百人も消し炭にされたらまず恐怖で動けなくなるでしょうし、あの時ケーラ相手に怯まなかったのはハククマイだからこそよね。魔王の力を使えば魔物達が受ける生物としての恐怖を緩和させることはできるんだけど……。


「もしも僕らが苦戦するようなら、その時は迷わずに君を頼るよ。だから今回は見守っていてほしい」

「オリマ様……」


 あ、これはちょろいパターンね。何度か見たわ。


「キュルスタインやサッチャヤンがいる時点で苦戦などしないと思いますわ?」


 違った!?……四魔将最弱を自覚しているケーラにとって、キュルスタインやサッチャヤンはやっぱり頼れる仲間なのね。スペックで言えば断然ケーラなはずなのに。


「他の二人も今回はおやすみだよ。キュルスタインはまだ手の内を隠しておきたいだろうし、サッチャヤンは別件でお使いを頼まなきゃいけないからね」

「まぁ!それでしたら私が力を振るうチャンスがあるかもしれませんわね!このケーラ、いつでも駆けつけられるよう備えておきますわ!」


 あーやっぱちょろいパターンで良かった?


「別に備えなくても、僕と一緒にいれば良いんじゃないかな?」

「……はっ!?」


 それもそうよね。オリマは直接戦うような位置にはいないし、そこが何かの間違いで奇襲されるようならそれこそケーラの出番なんだし。

 ケーラに留守番を任せ、オリマとキュルスタインはリドラード達を呼び出した公共の建物へと向かった。以前と同じ場所ね、まあそういう場所だからってのは分かるけど代わり映えしないのはちょっと物悲しさを感じるわね。


「――といった状態ですね」

「そ、そんな馬鹿な……!コボルトにダークエルフ……その両方が武装してこちらに向かっている……!?」

「嘘じゃないでっせ、あっしらの仲間もその進軍を目撃しとります。コボルトはおよそ九百、ダークエルフは五百ってところでさ」


 互角って聞いた割には数には倍近く差があるのね。やっぱり魔法を多用するダークエルフの方が集団戦には強いのかしら。


「こ、こうなれば急いでどちらかにつかなければ……!」

「まあまあ落ち着いてくださいリドラードさん。こういう時の為の自警団じゃないですか」

「馬鹿かドラクロアル!オーガの一族で戦えるものは百もないと聞く、多少形になったところで両方から攻められては耐えられるはずもない!」

「ええ。これは護る為の戦いではなく、見極める為の戦いです」

「見極める?」

「自警団を半分ずつにわけ、北南両方の勢力とぶつけます。リドラードさん達はその戦闘の様子を観察し、コボルトとダークエルフ、どちらの側につくべきか見極めてください」


 なるほど、そういうことね。オリマからすればこの戦いは勝算がある戦い、だけどそれを信じることができないリドラード達が戦う前から北南のどちらかの傘下に入ってしまうことは避けたい。そこで自分が捨て駒になるような作戦を提示して、時間を稼ぐと伝える。リドラード達にとって大事なのはコボルト、ダークエルフ、どちらの勢力が強いのか、その一点のみ。


「ドラクロアルさん、それで大丈夫なんです?そりゃああっしらからすればありがたいことこの上ない提案。ただオーガの一族やそれを率いるドラクロアルさんの無事は……」

「僕のことなら問題ないですよ。オーガの一族の方は……あの人達戦闘狂なので」


 あー、そっかーそうだよなーと何人かの魔族が納得する。そうよね、オーガってなんだかんだで戦うのが好きだから多少旗色が悪いくらいじゃ尻込みしないもの。


「……ドラクロアル、どれくらいの時間を稼げる?」

「地の利はこちらにありますので、無駄に反撃をしなければ……戦いが始まってから二時間ってところですかね」

「そ、そこまでできるのか!?……わかった、お前に任せる。俺達はどちらにもつけるよう、契約書の準備などをしておく」

「はい、精一杯頑張りますので皆さんもどちらの勢力が強いのか、しっかりと見極めてくださいね?」


 あーこの白々しい笑顔、私好き。こう、この先の展開を見通しておきながら白々しい態度でいるの。

 こうしてオリマはコボルトとダークエルフの軍勢を相手に、魔物怪人という前代未聞の兵力をぶつける機会を得ることになった。ま、オリマにとってこの戦いは勝ち負けとかじゃなく、自分の創り出した魔物怪人という成果の試験なんでしょうけど。





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