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クルルクエルが天界から戻ってきてから、エルトは近くの魔界の地理を調べる為にクルルクエルと交渉を行いました。クルルクエルはあっさりと了承し、コックンさんと二人で調査をすることになったのですが……まさか本当に縄で結んで連れて行くなんて……。
「なぁイリシュちゃん。イリシュちゃんは天界とかで悪さとかしたことあんの?」
「な、なんですか急に!?」
「あーいや。女神イリュシュアって聞けば世界を創った女神の一柱、文字通り雲の上の存在だ。だけどさ、イリシュちゃんはこうして驚いたり困ったりしたりするわけだろ?意外と人間と似たような生き方をしているんじゃねーかなって興味を持ってさ」
「そ、それはこの体が人間だからですよ。私は天界を統べる女神として、しっかりと働いております!」
勇者が生まれる前なら、それはもう凄い女神パワーで人間界の魔力の調律など手慣れた感じです。今やそのお仕事をする魔力さえないので、天使達に任せっきりですが……。
「面白みがあるかと言えばないですね」
「クルルクエルッ!?」
「クルルちゃん、天界からの知り合いってことなんだろ?上司の面白エピソードの一つや二つ、ないもんかね?」
「時折様子を伺うのは天使長の役目ですから。その天使長も定時には帰りますのでプライベードな時の話はほとんど聞かないのです」
「うっ」
そうなのです。天使達は私が生みだしたとだけあって、皆真面目で規律正しい生活をしているのです。この前天使長にお仕事が終わりに『少し一緒にお茶でも』と誘った時も、『いえ、本日はジムでトレーニングをする日ですので』と躊躇なく断ってくるのですよ!なんですかジムって!天使が筋肉を鍛えて何の意味があるのですか!?
「そっかぁ……。でもな、イリシュちゃん。俺はイリシュちゃんの友達だぜ!」
「うう……少し嬉しいのが逆に辛いところです……。あ、いつも一人というわけではありませんよ!姉さんが帰って来た時などは一緒に遊んだりする時もあります!」
「姉さんって、女神ア――」
「おい、コックン。これを被ってろ」
エルトが姿を現し、コックンさんに水色のマントを投げつけました。なるほど、これなら空に飛んでいても保護色で……って夕方になったらどうするのでしょうか?
「なぁエルト、これ夕方とか夜だと逆に目立たねぇか?」
「馬鹿かお前は。視界の悪くなる夕方や夜に飛んで何を調べるつもりだ」
「あー、それもそうだな。へへ、ぐうの音もでねぇな」
「……ソ、ソウデスネ……」
「?おろ、そういや三女のウルメシャスは魔王の傍にいるってのはわかってるが、長女の女神さんは今何処にいるんだ?」
「姉さんでしたら今は異世界に旅行に行っています」
「それで良いのか女神さんよ!?」
「だ、大丈夫ですよ!この世界を創り出したのは私達三柱の女神なのですが、その大半は姉さんが受け持っていました。ですから私とウルメシャスがそれぞれ世界の管理をするといった形で役割分担をしているのですよ」
姉さんは私達女神の中でも格段に優れています。ですが細かいことが苦手で、人間や動物、自然の繁栄の調整などが本当に下手なのです……。
「へぇー。やっぱイリシュちゃんみたいに美人なんだろ?ひと目お会いしてみてぇなぁ!」
「そ、それは止めておいた方が!」
「ん?どうしてだ?」
「あ、いえ、その……姉さんは世界を創る女神以外にも別の力を持った女神で……。色欲を持った人間が近寄ると、灰になってしまうのです……」
「へへ、そいつは覚悟が要りそうだぜ……!」
「会わない方向でお願いしますね!?」
そうこうしてクルルクエルが空を飛ぶと、縄で繋がっているコックンさんも一緒に飛んでいきました。なんと言いますか、珍妙な光景だなって思いました。
「天使に空へと連れて行かれたコックン……か」
「天に召されたかのような言い方!?」
「いっそ天界に連れて行ってくれた方が助かるわよ。聖人のなりかけなんだし、多少は役に立つでしょ?」
「カムミュさんまで……」
コックンさん、悪い人じゃないと思うのですが……致命的な問題はありますけど……。ただ天界で雇えるかというと……姉さんと出会ってしまったら間違いなく灰になってしまいますよね……。
「ねぇエルト、コックンが天使に落とされるか賭けない?私は落とされて全身複雑骨折に賭けるわ」
「じゃあ俺は落とされて両足骨折だな」
「落とされる前提!?そこまで確実だと思うのならどうして行かせたのですか!?」
クルルクエルはそんなことをする子じゃ……子じゃ……。ああ、どうして脳裏に獣を狩って血塗れのあの子の姿が……。コックンさん、自粛してくださいね……!
※ちなみに後日談ですが、コックンさんは両足を骨折して帰ってきました。
「おーい、カムミュー!そこにいたのか」
「あら、ダスティン。どうしたの?」
「マジェスだよ。顔だけでそれっぽい名前を呼ぶのを止めてくれよ……」
ダスティ――マジェスさんという村の守衛さんがカムミュさんを探しに姿を見せたようです。……この人マジェスさんと言うのですね……私も村の人達の名前を覚えないといけませんね。
「それで、私はこれからエルトと仲睦まじく過ごす予定なのだけれど、それを邪魔するということは私の恋路を邪魔する障害になるということなのよね?ダスティンの分際でいい度胸じゃない」
「マジェスだよ。そう怒らないでくれ、村の外からお前さんを探しに来た連中がいるんだ」
「私を?」
「ああ、なんでも勇者の一行らしい」
「へっ!?」
勇者の一行!?でも勇者はここにいて、ええと、どういうことです!?
マジェスさんに教えてもらった広場へと向かうと、そこには冒険者風の装いをした三人の男女がいました。一人目は赤毛の男性で剣士のような装備、二人目は大きなローブと帽子を被った魔法使いらしき女性、そして三人目は……あれ?
「ありゃ聖騎士の装備だな。金の掛かってそうなこった」
「あ、そうですよね。どこかで見た覚えのある装備だと思いました」
上から下まで聖騎士の鎧をしっかりと着込んだ……顔的に女性でしょうか。私達が観察していることに気づいたのか、赤毛の男性がこちらの方へと歩いてきました。視線はどうやらカムミュさんの方へと向けられているようです。
「わかる。わかるぞ!お前がカムミュ=エンドリフ、ヤハム=エンドリフの子孫だな!」
「いきなり人をフルネームで呼びつけるとか、何様?台詞の途中で舌を切ってくれって斬新なアプローチのつもりなの?」
「なにそれ怖い。あーこほん。俺の名はテナンス=ブレイブンズ!先の勇者の子孫だ!」
ブレイブンズ!その名を知らないわけがありません。先代の勇者トナンス=ブレイブンズ、比較的安定した勇者であり先代の魔王相手を見事打ち倒した功労者です。言われてみれば何処か面影があるような気がしますね!
「名前の付け方がこれでもかってくらいに勇者のゲン担ぎだな」
「しっ、聞こえますよエルト!?」
「それで、その勇者の子孫とやらが何の用?」
「聞くまでもないだろう?お前の先祖、ヤハムは俺の先祖トナンスと共に勇者の一行として世界を救った。だから俺はお前を迎えに来た。世代を越え、かつての盟友の血脈が新たな世界を切り拓くのさ!」
ええと、その……熱血な方ですね。つまりかつて世界最強の剣豪と言われたヤハムの子孫であるカムミュさんを、仲間としてスカウトしにやってきたということですね。
「興味ないわよ。帰ってもらえる?」
「――おかしい。ここは心打たれて故郷に別れを告げる展開のはず……はっ!そうかそうか!彼女達のことなら心配しなくても良い、俺はハーレムも大丈夫な勇者だ!」
「おかしいのは貴方の頭よ。私が愛しているのはエルトただ一人、それ以外の男に関わる時間なんて名前を覚える手間すら惜しむわ」
まるで物怖じしないテナンスさんに対して、まるで躊躇なく言い返すカムミュさん。ただしカムミュさんの方はちょっと苛立っているのが分かります。
「ねぇテナンスぅ、この子怖いけど大丈夫なのぉ?」
「大丈夫さハニーミ!これはアレだ、ツンデレって奴だ!」
どちらかと言えばヤンの方だと思います。魔法使いの女性はハニーミと言うのですか、感じる魔力もなかなかのもので結構やり手ですね。ただちょっと頭が弱そうと言うか……。ただ聖騎士の方は物凄く投げやりな感じで遠くを見ていますね。多分この人は常識人に違いありません。
「だいたい勇者って何よ。本物のゆうムグ――」
「落ち着けカムミュ。まずは相手の言い分をしっかり聞いてからだ」
「エルトが私の口を抑えて……手のひらに口づけ……、切り取って剥製にしなきゃ……」
「怖いですよっ!?」
割って入ったエルトの姿を見たテナンスさんはようやくエルトの存在に気づいたようです。一瞬首を傾げますが、すぐにエルトの方へビシっと指差します。
「エルト、そうか貴様がカムミュをこの村に縛り付ける元凶だな!」
「人を指差すな」
「あだだだ!?」
その指を躊躇なく掴み、曲がらない方向へと曲げようとするエルト。テナンスさんはそれに抗うようにおかしな姿勢となります。あの勢い、普通なら折っちゃっていますよね……。
「お、いい体捌きだな。指くらいへし折ろうと思ったんだが」
「は、離せ!初対面の勇者の指をいきなりへし折ろうとする村人がいるか!?」
「ちょっとぉ!テナンスになにをするのよぉ!?」
「初対面の相手を指差したらへし折られるって親から習わなかったのか?」
「習ってないわよぉ!?」
一体どんな教育をすればそんなことを教えるというのでしょうか。
「私は習ったわね」
「習ったんですか!?じゃなくて……。エルト、いきなり暴力はどうかと……」
「それもそうだな」
エルトが指を曲げるのを止めると、テナンスさんはふうと息を吐きながら真っ直ぐな姿勢へと戻りました。少し涙目になっていますね。
「全く、なんて村人だ……」
「それじゃあ指を曲げるぞ」
「え、ちょ、あだだだ!?」
「前もって告知をした上で!?」
再び膝を曲げ、背中を大きく逸らす姿勢で耐えているテナンスさん。それに対してエルトは表情一つ変えないまま万力を込めるかのように指を曲げていきます。
「や、やめ、止めろって言ってるだろ!?」
「っ!エルト、危な――」
「――ぼぐふぉっ!?」
テナンスさんが痛みに耐えかね空いた手でエルトを殴ろうとした瞬間、カムミュさんがテナンスさんの頭を掴み、地面へとめり込ませました。
「誰に断ってエルトに手を出しているの?いえ、そもそもエルトに指を握ってもらうだなんて、羨ましい。エルト私の手も握って?」
「仕方ないな、ほれ」
「あ、ちが、指じゃなくて、あだ、あだ、あだだ、でも、いい」
うわぁ……。涙目で痛がっていたテナンスさんと違って、カムミュさんは余裕たっぷりに恍惚の表情を浮かべています。ってテナンスさんは大丈夫なのでしょうか……痙攣しているということは生きているのでしょうが、完全に気を失っているようですね。
「テ、テナンスぅ!?こ、この女、よくもテナンスをぉ!」
ハニーミさんが杖を構え、魔力を練り込み魔法を構築していきます。あ、これ範囲攻撃の上級呪文です!?こんなところでそんなものを放たれたら私まで巻き込まれちゃいますよ!?
「誰がエルトに魔法を向ける許可を出したの?攻撃魔法ならエルトに迫って良いと思ったの?ねぇ、何を勘違いして私のエルトに関わろうとしているの?」
「ひいぃっ!?」
ハニーミさんが魔法を放つよりも早く、カムミュさんは間合いを詰めてハニーミさんの顎を掴みます。その圧力にすっかりと怯えてしまっているようです。わかります、その気持ち。
「いやいや、今のはカムミュさんに向けたもので……まあ範囲攻撃の上級魔法のようでしたから、私達もろともだった気はしますけど。テナンスさん込みで……」
「それくらい匂いで分かるわよ。じゃあこの女殺すわね」
「駄目ですよっ!?」
「カムミュ、そこで気を失っている奴を運び出す奴がいなくなるだろ。やめとけ」
「……それもそうね」
それはそれでどうかと思いますが……。ハニーミさんは解放されるのと同時に肉体強化の魔法を使用し、テナンスさんを担ぎ上げました。
「お、覚えてなさいよぉ!」
「エルト、今追撃しても良い?」
「一度目は見逃してやれ。村の評判が悪くなる」
「二度目であっても評判は悪くなると思いますよ?」
捨て台詞を吐いてハニーミさんは何処かへ行ってしまいました。残されたのはもう一人の聖騎士……って帰っていません!?
「――なるほど。流石はエンドリフの血を継ぐ者、見事な体術だった」
「なによ、やる気?」
「どうしてそうなる……。私は確かにテナンスの仲間ではあるが、おもりのようなものだ。教会がどうしても力を貸してやって欲しいと聞かないものでな。あれでも勇者の血を継ぐ男だからな、難儀なものだ」
やはり私の見立ては間違えていませんでした!この人は常識人です、それもかなりの!
「カムミュ、そいつは話ができる奴のようだ。少しくらい話を聞いてやれ」
「嫌よ。私が聞くのも面倒だし、エルトに応対させるのも嫌だわ」
「ふ、不条理過ぎる……。だが少しは話を聞いてほしい。先代の勇者と魔王との戦いから百年という年月が過ぎた。過去の歴史からも分かるように、新たな魔王が生まれている可能性は大いにある。帝国は人間達の士気を高める為、新たな勇者を担ぎ上げようとしているのだ」
人間達は私が新たな勇者として誰を選んだのか、直接その力を目にするまで知るすべがありません。ですが勇者は人間にとって欠かせない英雄、素質ある者を勇者として担ぎ上げたくなるという気持ちは理解できますが……。
「それがあの頭の弱い勇者か」
「……ブレイブンズの血脈の中では最も優れた者ではあるんだ」
「カムミュの攻撃で気を失うだけで済んでいたしな。その辺はわかる」
「そうね。殺すつもりだったけど、思いの外硬かったわ」
「殺すつもりだったのですか!?」
もしもテナンスさんが弱ければ、今頃そこの地面には頭の割れた死体が……。ですがカムミュさんの異常な強さを前にしても大丈夫というのは確かに素質を感じますね。
勇者の子孫は女神の加護で強化された勇者の素質をある程度引き継ぐことができます。私の力そのものを受け継いでいるというわけではないので、本物の勇者と比べれば大分見劣りはしますけど……。
「ああ、名乗るのが遅れた。私の名はシレミリア、シレミリア=ライラーだ。ご覧の通り、イリュシュア神を崇めるイリュシュア教の構成する聖騎士団の団員をやっている。よろしく頼む。カムミュにエルト、それと……」
「イ、イリシュと申します……」
「イリシュ、か。イリュシュア様から名を頂いたのだな。背負うには重い名ではあるが、君は品性も良いしとても可憐だ。名前負けしているということはなさそうだな」
「ソ、ソウデスカ……アリガトウゴザイマス……」
聖騎士の方に私の正体が知られてしまうことは避けなくてはなりません。それこそ多くの聖騎士達が私を保護する為に押しかけてくるでしょうし、エルトのことも知られてしまいます。エルトを勇者として認めたとしても、きっとエルトの望まない展開になるでしょうし……。認められなかった場合、私の女神としての信頼が……!
「何言っているのよ。コレ本物のイリュシュアよ」
「カムミュさんッ!?」




