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覚醒してください、勇者(魔王)。  作者: 安泰
覚醒しない勇者と魔王。

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20/44

1-14-2

 分裂したハククマイは司令塔の個体以外全て処理された。そして残った一体だけど現在部屋の隅でぽつんと正座をしている。あれだけ調子に乗っていたのに、随分と惨めなものよね。


「ご近所さんへの被害も出なかったし、なによりですね。庭については……後々ハククマイに修繕させれば大丈夫かな」

「そもそもケーラじゃなくてキュルスタインさんに対処させれば良かったんじゃ?」

「被害の差はあっても、誰でも対処できたからね。ケーラの溜飲を下げる為だよ」


 サッチャヤン=カースギブ、三人目の四魔将の一人。ちょっと性格が暗そうな印象を受けるけど、普通に喋れるアンデッド。あれだけ増殖していたハククマイを全て同時に呪いで支配下においた実力は確かなものよね。


「それにしても見事な呪いだったわね。結構複雑な感じの呪いに見えたけど、どういう仕組だったの?」

「えーと……」

「ウルメシャスさんなら先程も説明した通り、信用しても大丈夫ですよ」


 ちなみに私の事情については先程説明してもらった。サッチャヤンは『そっかー。でもオリマ様ならあるかもなー』とあっさり納得していたけど、オリマってかなり信頼厚いわよね。


「さっきオイラが使ったのは名前、魔力の波長を対象指定とした呪いだよ。直接使用しながら説明した方が早いかな。ええと、それじゃあそこの……」

「メ、メンメンマですメン!」

「そう、メンメンマ。今から同じ呪いを掛けてみるね。痛くはしないから安心してね」


 サッチャヤンは人型を模した紙を取り出してメンメンマの方に視線を向ける。さっきは気づかなかったけど、ほのかに魔力がメンメンマの方へと伸びているのが察知できた。


「……いつでもどうぞですメン!」

「ん、ああもう呪いは掛けているよ。ほら」


 サッチャヤンが紙の右腕を摘んで持ち上げるとメンメンマの右腕もふわりとあがった。本人が驚いているから本当に呪いが掛かっているみたいね。


「なんと……呪いを掛けられる素振りすら感じなかったメン……」

「この呪いは速度や条件の手軽さが特徴なんだよね。だけど抗おうと思えば簡単にできるよ。やってみて」


 今度は紙の左腕を持ち上げるが、メンメンマの腕は持ち上がらない。呪いを受けている当人はちょっと感動しているようだ。


「で、できましたメン!」

「ありゃ、意外と弱い呪いなのね?」

「そうでもないよ。だってこれは抗おうと思えば抗えるけど、抗おうと思わなければ即座に行動を奪われるからね」

「メンッ!?」


 今度は宣告なしに紙を横に倒してみせた。するとメンメンマの体は足が滑ったかのように姿勢を崩して転倒してしまった。


「四六時中常に気を張っていなければこの呪いを防ぐとこはできないよ。呪いに強い抵抗力を持っているケーラも咄嗟には反応できてなかっただろ?戦闘中に常に呪いに抗う為に気を張ることくらいはできるだろうけど、そうなりゃ今度は別の攻撃を当てやすくなるさ」

「い、意外といやらしいのね……あれ、でも抗えるならハククマイも拘束された時簡単に逃げられたんじゃないの?」

「重ね掛けだよ。あの時ハククマイは何百と増殖してたから、オイラが名前と魔力を指定した瞬間呪いはその数だけ放たれた。それを全て結びつけて一体に付き一つじゃなく、一体ににつき体数分の呪いが重ね掛けされるようにしたのさ」


 どうやってやったのかはちんぷんかんぷんだけど、確かに簡易的な呪いでも数百倍になって襲いかかってくれば個体のスペックがそこまで高くないハククマイには抵抗する術はないわよね。てことはこのサッチャヤン、ハククマイが増殖すればするほど一方的にねじ伏せられるってこと?わぁお。


「サッチャヤンは呪いを駆使して戦う専門家ですからね。対人、集団戦どちらもそつなくこなせますよ」

「ケーラみたいにゴリ押しでくる相手なら手玉に取れるけど、流石にキュルスタインさんには勝てないかなぁ」

「うぅ……」


 単純なスペックならケーラが圧倒的に上なんだけど、こんなにいやらしい呪いをふんだんに使われちゃ頭の弱いケーラには荷が重そうよね。キュルスタインは逆に全ての呪いを習得しているから対処も万全ってことかしら。


「ところでオリマ様。ハククマイへの処罰はどうなさるおつもりで?」


 キュルスタインの言葉にビクリと反応するハククマイ。表情はあまり読み取れないけど、怯えているのはよく分かるわね。


「後片付けを命じる以外には特に何もしないよ。生まれたての魔物怪人なんだ、自分の周りにどれだけ格上がいるのか分かればこれ以上のおいたはないだろ?」

「は、はいですマイ!今後オリマ様には絶対の忠誠を誓いますマイ!」

「誓いますマイって、ちょっと否定されてるっぽいわね」

「誓いますですマイ!」


 四魔将の反応からして、ハククマイがどれだけ増殖しようとも全員が対処できるっぽいのよね。名前と魔力の波長を覚えるだけで全ての個体を呪えるサッチャヤン、全ての個体の位置を捕捉し一度に薙ぎ払うブレスを放てるケーラ。キュルスタインは……まあできるんでしょうね。


「ところでオリマ、ハククマイって増殖しても喋っていたのは一体だけだったわよね?同じ意志を持つと困るって言っていたけど、どういう意味?」

「簡単な話ですよ。全ての個体に同じ記憶、経験が共有されるので全てがハククマイ本人ということになります。ですが全てが同じ仕事をするわけじゃありません。例えば僕の命令を受け他の個体に命じる者がリーダーとして扱われる場合、そこに個体差としての優劣が発生します」

「特別意識が生まれるってこと?」

「はい。もしも全ての個体に喋ったり自由に行動したりする権限があれば、その優位を持った個体を見てどう思うでしょうか」

「ええと……羨むかしら?」

「ではその優位な個体が死ねば自分がその立場になれると理解していたら?」


 あー、無限に増殖できるってのもなかなか大変なのね。そりゃあ全部が自分自身なら死ぬのは別の個体にやってもらいたいと思うわけだし、出世もしたい。そうなったらハククマイは自分達どうしで殺し合う可能性もあるってことね。


「ちなみに万が一自我が芽生えてもいいように、リーダーの死後に選ばれる個体は完全ランダムにしています」

「死生観もしっかり考えているのね」

「一体でも生き残っていれば全ての記憶は引き継がれますマイ。だからこそハククマイは皆で命を賭して戦うことができるのですマイ」


 ライライムやメンメンマが震えるほどの相手、ケーラを前にしても一切怯んでいなかったのはその死生観があるからなのでしょうね。でもサッチャヤンの呪いは全ての個体を同時に葬り去るものだった。それをすぐに実感できたからこそ、ハククマイは恐怖を覚えたと。


「反省は恐怖を持って十分にしてもらっただろうし、ハククマイ。庭の修繕をお願いしようか。ライライム、監修を頼むよ」

「了解スラ。ほら、ついてくるスラ。姑のように陰湿に徹底させるスラ」

「お、お手柔らかに頼みますマイ……」


 ライライムの方はまだハククマイを許しきっていないようだ。尊敬する上司にいきなり喧嘩を売った新人に対する態度なんてそんなものよね。


「ねぇオリマ。サッチャヤンってどっちなの?恋の病とよく分からない事故に巻き込まれた方」

「前者ですね」

「恋の病で休んでいた方なのね」

「オイラでもあの事故に巻き込まれたらこの場にいなかったよ。あれは酷かった」

「ほんと毎度知りたくなるわね。でもそれよりも先に恋の病って病気に入るの?」

「今後有給扱いにする予定はありますよ」

「あるんだ!?」

「流石オリマ様。一生ついていきます!」


 組織の幹部が恋患いで欠席って、示しがつかない気がするんだけど……ケーラもいるし今更かしら。


「あら、でもサッチャヤン。貴方戻ってきたということは……そういうことですの?」

「おや、慰めてくれるのかい、ケーラ?」

「哀れみの視線くらいは向けて差し上げてもよろしいですわよ?」

「残念だけど終わってはいないよ。オイラの気持ちはしっかりと伝えたし、理想的な返事とはいかなかったけど悪い感触じゃなかった」

「おやおや。やりましたな!」


 魔王の幹部って基本魔王にとっての一番の部下の座を競い合うから、仲良くないことが多いんだけど……仲いいわね。それにしても恋バナで盛り上がる魔王の幹部……部下にはあまり見せたくないわね。メンメンマは興味深そうに聞いているけど。


「ちなみに相手って誰なの?」

「聖騎士のシレミリアって女性だよ」

「ぶっ!?せ、聖騎士って人間の対魔物に特化した集団じゃない!」


 聖騎士と言えば、イリュシュアを信仰する連中が対魔物の粋を集めて結成した戦闘集団。勇者に比べれば格は落ちるけど、これまでの戦いで多くの苦汁をなめさせられた相手よ!?


「いやあ思い出すだけで心がときめくなぁ……。最初の出会いは魔界に討伐隊としてやってきた彼女とばったりと出会った時、心打たれたなぁ」

「相手は貴方を討つつもりだったと思うわよ」

「あんなに積極的な子は初めてだったよ」

「でしょうね」

「だけどその周りにいた連中がちょっと邪魔だったんだ。彼女の仲間だし、殺さない程度に痛めつけて大人しくさせたんだけど……そしたら逃げられちゃってさ。だから人間界まで追いかけていたんだ。そして神殿でオイラはあの子に愛の告白をしたんだ!」

「神殿に単騎でアンデッドが突っ込んでいったの!?」


 人間の作る巨大な建造物には様々な趣向が凝らされている。特に神殿は聖域としての役割を果たすために徹底された浄化魔法が施されていて、普通のアンデッドが侵攻しようものなら領土内に入った瞬間に灰になる。


「あの時は返事が怖くて生きた心地がしなかったなぁ」

「ある意味そうでしょうね。てかアンデッドでしょうに。それでどんな返事を貰ったのよ?」

「『私の聖剣をその胸に突き立てるというのなら、考えてやる』って!」

「それ皮肉よね?私の為に死ぬのなら愛してあげる的な」

「迷わずいったね、グサっと」

「聖剣で胸をグサっとやっちゃったの!?」


 サッチャヤンは服のボタンを外し、胸元を見せた。うわ、心臓部分が浄化されてる。なんで消滅していないのよこのアンデッド。


「これは……心臓の周辺に加護が与えられていますね。サッチャヤン、誰かに祝福を受けたのかい?」

「流石オリマ様、よく分かりましたね。シレミリアを探すついでに立ち寄った酒場でオイラの恋路を祝福してくれる気のいい男がいたんだよ。それで『お前さんの恋路に祝福を』って具合に」

「いやいや、そんなことで加護がつくわけがないでしょ」

「いえ、これは確かに加護です。それもかなり強力な。聖人クラスの特異な存在が本気で祝福を与えたほどの加護がサッチャヤンに施されています」

「えぇ……」


 偶然酒場で出会った聖人に祝福されたから、聖剣を心臓に突き立てられても消滅しなかったってこと?アンデッドが?


「凄い奇跡が起きていたようだけど、君が無事で良かったよサッチャヤン。君が恋の道を進むことは応援したいけど、君という友を失うのは辛かったからね」

「……オイラは自分のしたことに後悔はないよ。だけどそうだね、その点は心配を掛けたね」

「友情を見せつけるのはいいけど、結局その後どうなったの?」

「彼女は最初オイラが消滅しないことに驚いていたね」

「でしょうね」


 まさかアンデッドが聖人に加護を受けて告白しにくるとは思うまい。そもそも何やってるのよその聖人は、魔物すら愛そうっての?馬鹿なの?救いようのない変態じゃないの?


「だけど『君に愛されるのなら殺されてもいい』ってオイラの気持ちが伝わったんだ。そして……まあこの辺にしておくよ」

「なによそれ、歯切れが悪いわね!?」

「肝心なところはやっぱりオイラと彼女だけの思い出にしたいからさ」


 サッチャヤンは目を閉じながらご満悦そうな顔でうっとりとしている。ま、まあ別に人間と魔族の恋愛なんて興味ないけどね?そりゃあ将来オリマが魔王として人間界に攻め入ることになれば色々と問題は起きるかもしれないけど……オリマならどうにかするでしょ、うん。


「って、上手くいったのに魔界に帰ってきたの?」

「郵便の仕事の方は有給を申請していたからね。彼女の方も聖騎士の仕事があるし」

「そこはもう少し生物学的な問題に触れたら?」

「ウルメシャス様、そこは問題ありませんわ。魔族同士の恋愛において、種族が違うということはそう珍しいことでありませんですわ!」

「う、うーん」


 片やヴァンパイアとサキュバスのハーフ、片や魔界最強のドラゴンと人型魔族のハーフ……。そう考えると人間とアンデッドも……いやいや……。


「ウルメシャスさん、あまり気にしても仕方ないですよ。今は強力な仲間が戻ってきたことを喜びましょう」

「そうね……。ハククマイで雑兵としての数は揃って、将としても優秀な人材が三人も揃った。もうちょっとした軍隊だって作れるわよね!」


 ハククマイの強みは数を増強しながら使い捨てにできる歩兵だということ。それこそ圧倒的な力を持つ魔族相手には攻めあぐねるかもしれないけど、四魔将の三人ならばその対応も十分にできる。程々の相手ならオーガの投入だけでも事足りるわけだし。


「そうですね。あとは近隣の有力者がこの集落を飲み込もうとするのを待つだけですが……少し仕込みをするとしましょう」

「へ?何をするつもりなの?」

「ちょっとした悪さですよ」


 オリマはいたずらっぽく笑う。こういう物事を楽しんでいる時のオリマって可愛く見えるのよね。私としては凛々しい魔王の方が好みなんだけど。

 ちなみにハククマイの魔力の味はまごうことなき白米だった。ケーラの魔力を貰う時と一緒に貰うとちょうど良さそう。サッチャヤンの魔力は熟成されたチーズのような味、ワイン味の魔力を持つ魔物怪人が欲しくなるわね。



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